1・猫かぶりのお姫様。
「第10回、藤林・聖林合同文化祭・・・・っと」
早朝7時半。
いくら時間帯が早いと言っても、まだ暑さの残る9月、二学期早々。
澄み切った空は雲一つ無くて、今日も天気予報は晴れマーク大全快。
洗濯物を干すなら絶好のチャンス、お布団だってフッカフカに干しあがるだろう。
されど。
ここに、心は曇天、ともすればごろごろと雷が光り嵐になること間違いなし、といった奴が一人。
俺も暖かい布団で寝たい・・・と、両校ご自慢の生徒会長がモデルになった合同文化祭の告知ポスターを
構内の大きな掲示板に貼りながら、深森皐月は深々とため息をついた。
皐月の通う私立聖林学園は、姉妹校である私立藤林学園と三年に一度合同文化祭を行っている。
もちろん聖林学園の文化祭は毎年行われているのだが、両校の親睦を深めるという名目で行われる合同文化祭は、
3年に一度ということもあって、毎回それは盛大な規模で行われていた。
それ故に、生徒会を初めとする文化祭実行委員会たちの打ち合わせに対する力の入れ具合がまた格別で、
実行委員の一年生役員になった皐月も、夏休みを返上して学校の会議室に通っていた。
うだるような暑さの中、毎日が学校といえとの往復で、夏休みらしい夏休みを過ごした記憶がないほどである。
実行委員なんて名ばかりで、クラスの奴らにあれこれと用事を頼まれては、雑用係のように構内を忙しく駆け回った日々・・・。
全てはこの文化祭を円満に終わらせるため・・・・・・のはずだった。
だがしかし。
文化祭まであと二ヶ月、いよいよこれからといった8月の後半、事態は思わぬ方向へ急展開。
暗雲の立ちこめる鬱蒼としたけもの道に踏み込んでしまったのだ。
「俺って、不幸・・・・」
「ため息なんてついてどうしたんですか?」
「何か悩み事でも?」
今年の文化祭の主役は皐月なんだから、と非常に無責任なことを言ってのける友人たちをギロッと恨みを込めてにらんでみても、
「だめですよ、そんな顔したら」と、ほっぺたをつねられただけで終わってしまった。
(ちっくしょぉぉぉッ、どうしてこうなっちゃったんだよぉぉぉッ!!)
そう、かなり不本意ながら、今年の文化祭の主役は皐月なのだ。
合同文化祭では、舞台発表の目玉として演劇が行われることになっている。
両校の生徒会役員や演劇部が主体となり、一般生徒からも役者を集めて行われるらしいのだが、
皐月は見事主役の座に座らされてしまった。
座らされた、というのは至って適切な表現であり、決して皐月が望んだ訳ではない。
どぉぉぉぉしてッ、どぉぉぉしてこんなコトになってしまったのか。
皐月に言わせれば、そりゃもうお涙頂戴物語を握り拳付きで延々と語ってくれるだろうが、不幸は全てあの日から始まったのだ・・・。
夏休みも後半にさしかかったある日、やっと長い会議も終わり、連日の会議のせいで溜まりにたまった夏休みの課題を
どうしようかと頭を抱えながら帰る身支度をしていた皐月のところに、非常に穏和な笑顔を浮かべた生徒会長からお声が掛かった。
「なんでしょうか?」
身支度を待ってくれていた友人たちに、ちょっと呼ばれているからと断りを入れ返事をすると、
生徒会長や役員の皆様は会議室に鍵をかけ、ご丁寧にもカーテンを引き始めた。
(何なんだよ、一体・・・・・・)
そうして、会議室から完全に人気が無くなったことを確認してから口を開いた。
「実は、重要なお願いがあるの」
「はぁ・・・・・・?」
真剣な面持ちでそう切り出されると少々、いや結構な迫力で怖いものがある。
それでなくても自分はしがない一年生の平役員で役員のお姉様方には弱いのだ。
(先生に報告するのを遅れたこともあったし、会議に遅刻したこともあったよなぁ・・・)
ここで解任なんてことになると嫌だなあとは思うものの情けないことに、
「すみません」と「以後気をつけます」の二言がぐるぐると頭の中を駆けめぐるばかり。
どんなお小言が待っているのだろうと緊張しながら身構えていると、生徒会長様はにっこりと微笑まれた。
「深森君には、演劇に参加して欲しいのです。それも、主役としてですわ」
「・・・・・・・・はぁ?」
見当違いなことを言われた皐月は、ぽかんとした顔で生徒会長を見つめた。
劇と言えば、今年の演目である“マイフェアレディ”のことだろうか。
美術部員が半年も前から腕によりをかけて用意するゴーカなセットのもとで、
これまたどこから用意してきたんだと言わんばかりのゴージャスな衣装を身にまとい行うあの劇のことだろうか。
(しゅ・・・主役だってぇ?!)
自分は演劇部員でもなければ生徒会役員でもない。
それに、演劇に出演するためには両校生徒会のオーディションに合格するといった条件が付くのだ。
第一、演劇なんて、それも両校生徒の前で演じる勇気と演技力なんてあるはずがない。
(そんなことをするために俺は実行委員になったんじゃなーい!!)
あくまで裏方。
忙しくても、暇が無くても、準備をしたり打ち合わせをしたりするのが楽しく充実していて好きなのだ。
表舞台は人任せ、アタシは高みの見物とシャレ込むわ。
冗談じゃないとため息をつく皐月は、“縁の下の力持ち”ということわざが好きだった。
「そんな・・・無理ですよ」
そう堅く辞退しようとしたところ、この生徒会長様は我が耳を疑いたくなるような衝撃的でとんでもないことをのたまって下さった。
「心配はいりませんわ。相手役のヒギンズ教授は藤林学園の方がなさるそうなので、しっかりイライザ頑張って下さいな」
「!!」
新事実発覚。
マイフェアレディといえば、花売りの少女イライザが街の紳士ヒギンズ教授と出会い、
素敵な女性に成長するというシンデレラストーリーの原点とも言える物語である。
ここから、幼い女の子たちを夢中にさせる様々なおとぎ話が生まれたものだ。
少女と、白馬に乗った超美形の王子様。
当然といえばそうなのだが、主役のイライザの性別は女性であり、そのイライザを命じられた皐月の性別は男・・・・。
「ちょっ・・・どういうコトですか!?イライザって女の子なんじゃ・・・」
「その点は心配ありません。こちらで完璧な衣装を用意しましたから」
「そうじゃなくて!聖林は共学でしょう!?それにオーディションだってあるはずじゃ・・・」
ホラ、とたくさんヒラヒラのフリルがついたドレスを見せられたって喜べる訳がない。
そもそも、私立聖林学園は創立以来、男女共学校としてその歴史をつづっている。
学ランタイプの制服は姉妹校の藤林学園のようにブレザーでもなくあまり人気もないが、それでも皐月は結構気に入っていた。
それに何より、女子生徒の制服が淡い桜色のワンピースタイプに同色の上着、胸元には大きめでブルーのリボンが結ばれていて、
近隣の学校の中で一番可愛らしいと評判がよいのだ。
創立以来男子校として歩んできた藤林学園では女装しなければならない不運で不幸なお方がいらっしゃっても、
それは皐月の知ったことではないが、何が悲しゅーて男である自分が女役などしなければならないのか。
そんな皐月のショックに更に追い打ちをかけるように、生徒会長様はにこやかな笑顔で言い繋いだ。
「大丈夫です、藤林の方々にはあなたは女性だと伝えてありますし、オーディションは書類選考のみで合格ですわ!」
「そ、そんな無茶なことッ!」
「藤林の方も異論はないようですから、決定ですね」
(嘘だろぉぉぉぉッ!どうしてそうなるんだよぉぉッ!)
これでいいのか生徒会。
仮にも、全校生徒をまとめて行事を取り仕切り、生とのトップに立つ生徒会がそんなコトをしても良いものなのだろうか。
職権乱用じゃないかと嘆く皐月の思いも、浮かれきった役員達には通用しないようで、
「制服だってありますのよ」
「何考えてるんですか!俺は男なんですよッ!」
「だぁって・・・ほっぺはプニプニ、色は白くてサラサラの栗毛・・・」
「これで男の子という方が詐欺ですね」
ほう・・・とため息をつきながら目を輝かせて力説されたって、返す言葉もありゃしない。
「それに、男子校で女装ネタは学園祭のセオリーでしょう?」
(ここは共学じゃないんですかぁぁぁ)
冗談じゃねぇよ、と心の中で滝のような涙を流した皐月は、ひたすら絶句の2文字に寄りかかるしかなかった。
たしかに、身長165cmというのは男子高校生としては小さい方だし、あんまり日焼けしない体質だし、
母親に似たこの容姿は女顔だったけれど・・・・。
だけどッ!!
(俺は男なんだぁぁーッ!!)
説得より行動。
話し合いでまとまりがつかないのなら、ズラかるしかないだろうと思うや否や、
猛烈な勢いで鞄を掴んだ皐月はガタンと椅子を蹴って立ち上がり、会議室の扉を開いた・・・・・・はずだった。
「あら、まだ終わっていませんのよ」
「ホラ、おとなしくして下さいな」
「げげっ!」
皐月が会議室のドアを開けるよりも早く立ち上がった役員数名が、涼しい顔で皐月の両脇をがっちりガード。
いったいその細い腕のどこに隠していたんだと疑いたくなるほどの腕力と底力を発揮したお嬢様方に、
ズルズルと生徒会長の前まで引きずり戻されてしまった。
「きっと似合うと思うんですけどねぇ」
「うそっ!」
うふふ、と天使のような微笑みを浮かべる生徒会長が、
今だけ黒マントを着込んで女装道具という大きな鎌を持った悪魔に思えて仕方がない。
女子用の制服とロングストレートのカツラを持ってジリジリと詰め寄られても、
両脇はきっちりホールドされていて、皐月がどう足掻いても逃げる術はなかった。
(いやだぁぁぁっ)
神様、仏様、キリスト様、誰でも良いからこの状況から助けて下さい。
助けて頂いた暁には、宗教に興味なんてありゃしないが一生信仰させていただきます、などと思う皐月は、
すでに軽い錯乱状況に陥っているとも言えなくはない。
しかし無情にも、神様達が面白がっているのか昼寝をしているのか、黒マントの悪魔は今にも手にした鎌を振り下ろそうとしていた。
「メイクもしてあげますわ」
役員人数総勢16人。
対する皐月は一人きり、しかもしがない一役員である。
「うっそぉぉぉぉぉッ!!」
桜色の制服をずずいっと突き出し、体のあちこちをピタピタと採寸して、
さらにはメイクケースの蓋までも開けてすっかりルンルン気分の役員達を相手に、
バタバタと暴れてみてもどうにもこうにも動けやしない。
一斉に向かわれた皐月に抵抗の術はなく、広い会議室にむなしく叫び声がこだましたのは言うまでも無いことだった。