「悟られてはなりません。各々、静かに動くのですよ」
低く、落ち着いた声がする。
それでもその表情はわずかに曇り、ため息混じりの吐息をはき出していた。
薄暗い室内の机に一枚の調書が広げられ、手元の明かりで照らし出されている。
読みとれる文字は蜀の人間ではない人名、国の名前。
そして・・・・一人の蜀将の名前。
それを囲む姿は三人。
ほのかな明かりのために表情は見えなかったが
室内には緊迫した空気が漂っていた。
数分の沈黙に耐えきれなくなったのか、ぐっと下唇を噛むと拳を強く握りしめる。
「しかし本当に・・・」
「これが、真実です」
信じられない、と言うような瞳を遮り、声は念を押すように語りかけた。
「事は早急に進めて下さい・・・・」
「はっ!」
事態が発覚したのは、今から数時間前。
事は、急を要する緊急事態である。
一刻も早くこちらから手を打っておかないと、
今後この国をも揺るがしかねない事態が生じるのは必死。
そのために選んだ人選だったのだが、果たして彼等は上手くやってくれるのだろうか。
様々な思いが交差する。
一礼をしてから部屋を出て行った二つの影に、くれぐれも・・・と呟く声がした。
気がつくとその姿を目で追っている。
傍に感じる吐息も、遠くから見つめる姿も・・・
触れ合う肌の暖かさも、全てが愛しい。
けれど・・・
(そう思っているのは、私だけですか?)
あの人は、強くて美しいから。
そう思いを巡らせると、自然に深いため息をついてしまう。
自分も一生懸命武術や知略を学んできたつもりだった。
けれど、その自信を一瞬で突き崩すだけのものを彼は持っていたのだ。
その眩しいまでの輝きに惹かれ、あこがれが恋に取って代わるのに
そう時間は掛からなかった。
ずっとあこがれていた彼から想いを打ち明けられたのは、ついこの間の出来事。
信じられなくて、でも嬉しくて、複雑な気持ちになったのを今でも覚えている。
そういえば、それはこの場所だったな・・・と城内の中庭にある桃の木の傍で
姜維は立ち止まった。
趙雲は現在遠征のため城内には居ない。
蜀の要である趙雲は、前戦で戦うことが多い。
それは彼の武力を反映してのものであり、心配になるもののむしろ誇りにさえ思える。
現在の状況に不満があるわけでもない。
しかし・・・
「気になるんです、趙雲殿・・・・」
趙雲は、殆ど自分のことを喋ろうとしない。
過去のこと、未来のこと、自分のこと・・・いつも穏やかに微笑むだけである。
それが嫌だというわけではないが、どこかに壁を作られているようでもどかしいのだ。
コツンと木の幹におでこを当てた姜維は、背後から肩を叩かれて振り返った。
「よう。仕事中になにサボってんだ?」
「馬超殿・・・」
ニヤリと意地悪く笑う馬超にも、気の抜けた返事を返してしまう。
こんな時の馬超は、やけに人が何を考えているか読む癖があって間が悪い。
「何が不満なんだか、お前は」
「そんなことありません!」
なるべく悟られないように返したつもりが、馬超にはすっかりバレているようで
ニヤニヤと笑っている。
「他人の秘密を探るのは感心しないなぁ」
「そのようなことは・・・」
なにも秘密を知りたいのではない。
ただ、趙雲のことが知りたいだけなのだ。
むっとして返事を返すと、馬超は意地悪く微笑んだ。
「姜維殿も秘密を知られたら嫌だろ?」
「私に秘密などありませんよ」
ため息をつきながらそう返すと、
馬超は引っかかったとでも言いた気な顔をしてこういった。
「じゃあ、オレが秘密をつくってやろうか」
「は・・・・・?」
何を言ってるんですか?と問いかけるのと、
馬超の顔が間近に迫るのとはほぼ同時。
どんどん迫ってきた馬超の顔にうごけないでいると、
ふわりと唇に暖かいものが触れた。
「!!」
それは、ただ触れ合うだけの軽い口づけ。
ニヤリと意地悪く笑うと、馬超はあっさりと姜維から離れた。
「趙雲には秘密だな」
「な・・・・・」
「ごちそーさん!」
姜維が口を開いて抗議する前にさっさと退散するあたり、
要領が良いというか狡賢いというか。
いつにもまして上機嫌で手を振りながら馬超は去っていった。
「もう、なんてことを・・・・」
困ったようにタメ息をつきながら馬超の後ろ姿を見送った姜維は
まだ知る由もない。
この少し後、深い悲しみに襲われることになろうとは。
歯車は少しずつ、けれど確実に狂い始めていた・・・・・。
*ええと・・・今回はシリアス風味でお送りします(笑)
そう、あくまでも風味なんです、御崎の場合。
さてさて、序章部分のみですが・・・なんだか厄介なことになりそうだぞ、と。
お約束展開でもサービスサービスぅ(笑)
・・・・・ごめんなさい。