一途召しませ




−1−




「……なにやってんだ?」
 僕はそう呟いて、ふと立ち止まった。八月の終わり……まだ強い日差しが照る街の中、建設中のビルの足下。休日のため閑散としたその工事現場のど真ん中に、ポツンと和服を羽織った少女が一人、立ち尽くしているのが見えたためだ。
 その少女は、パッと見明らかに困り果てていた。しかし、僕以外の街ゆく人々は、彼女に気付きこそすれ、声をかけてあげようという素振りを見せようとはしない。ヘルプの合図に誰も応えてくれない心細さから弱く握った手を胸に押し当て、少女は立ち竦んでしまっているのだ。
 ……はぁ。僕は小さく溜息をつきながら、なんとなく放っておけないその少女のそばへと歩み寄っていった。
「なにか、お困りですか?」
 いきなり気さくに話しかけられても面食らうだけだろうと思い、敬語も交えて彼女に語りかけてみた。すると少女は、そばに寄ってきた僕の姿を見るなり、「あっ」と驚いたように目を丸くした。しかしそのまま僕の顔をじっと見るにつれ、ハッとなったように首を傾げた。そして、改めて笑顔を浮かべた。なんだか、ほわっとした感じの笑顔だ。
「ありがとうございます」
 丁寧にお辞儀をしながら、少女は僕にいきなり礼を言ってきた。綺麗に澄んだ優しい響きの、瑞々しい若さ溢れる声だ。まだ年齢は、15、6くらいかもしれない。やや色素の薄い髪は豊かに背中を包むくらいまで伸ばし、その髪を大きなリボンでまとめている。触れると心地よい弾力が期待できそうな、丸みを帯びた頬も可愛らしい。
「誠に申し訳ありませんが、少々道をお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「いいですよ」
 特に断る道理も無いし、第一彼女が困っているのを見かねて歩み寄ったわけだ。ここで断ったら何が何やら解らない。
 目の前の少女は一瞬目を大きく見開いて晴れやかな笑顔を浮かべると、視線を宙空に向け、たどたどしい口調で目的地を口にした。
「ええっと、鰯浜、という町に行くには、どう行けば良いのでしょうか?」
「鰯浜? そこの大通りを歩いて最初の十字路を左に曲がった所に大和駅があるから、その駅の7番ホームからみなと線に乗って、終点まで行けば鰯浜だよ」
「…………はい…はい?」
 僕が返した、落ち度も無くほぼ完璧な説明に、目を白黒させる少女。難解すぎず、かといって情報が足りないということもない…完璧な説明ができたという自信はあったが、ひょっとして、よく理解してもらえなかったのだろうか? 頼りなげな返事に一抹の不安が脳裏をよぎるが、まさかそんなことはないだろう、と自分の中で納得する。
「解りますよね。この大通りを歩いて、最初の十字路を左、ですよ」
「あ…はい、ありがとうございます」
 少女は言って、再びペコリとお辞儀をした。なかなか礼儀が良い、しつけの行き届いた子だなぁと僕は感心する。
「こちら、でしたよね。それでは、まことにお世話になりました」
 自動車の行き来する通りの方を手のひらで差しながら、少女はやや声を弾ませて礼を言った。なんだか、僕はさっきから感心しっぱなしな気がする。そんな僕が無言で見送るなか、少女はとことこと工事現場を抜けて、大通りの方へと歩いていった。一度こっちを振り返ったので、笑顔でバイバイと手を振ると、ペコリと一礼して応えてくれる。どこまでも良い子だ。そうして大通りへと出た少女は、逡巡したのち、大通りを右の方へと歩いていった。
 何故、右折……そっちの方は、十字路が無い方だ。大通りをどっちに向かうのか教えてなかったのは確かにそうだが、どうして視界に十字路が見えている方を選ばないんだ…? 呆れるよりも早く、僕の足は彼女が向かった方向へと駆け出していた。
「ちょっと待って」
「はい…あら、先程の親切な方」
 僕の呼びかけにこたえて、少女はくるりと振り返った。気の抜ける代名詞で呼ばないでほしい。
 道行く人のほとんどがカッターシャツや袖の短い洋服を着て歩いている中にあって、和服を綺麗に着こなす少女は陽光に妙に映えて見えた。そんな一輪の花が自分に対して微笑みかけてくれるというのは、状況は別にして、かなり幸せなことではないかと思えてくる。
「道、そっちじゃないですよ。こっちこっち」
 言って僕がちょいちょいと手招きすると、きょとんとした少女の顔がみるみる桜色に染まっていった。僕の背後に、十字路が見えているのに気付いたのだろう。
「あら……まあまあまあ。す すみませんっ。なにぶん不慣れな街なもので…」
 頬を染めながら、首を竦めて上目づかいに僕を見上げてくる少女。ここまで弱く出られると、男としては用意される選択肢の数は少ない。僕はクスッと自嘲気味に笑みをこぼすと、そっと彼女の手を取るように前に手のひらを差し出した。
「…俺もどうせ同じ路線だし、一緒に行ってあげようか?」
「まあ、それは大変助かりますっ」
 胸の前に手のひらを合わせて、さも嬉しそうに少女が頷いた。特に確信犯ではないようで、純粋に降って湧いたような幸運に喜んでいるのだろう。最初に話しかけてきたのが、僕のような品行方正な男で本当に良かったと思う。ろくでもない男が僕より先にこのコに話しかけていたら…と思うと、ちょっとだけ背筋が寒くなる。
「勝手が分からなくて困っていた私に話しかけて下さったばかりでなく、親切丁寧に案内までしていただいて……このご恩は忘れません。一生忘れませんっ!」
「ハハハ…ありがと」
 『一生』…このフレーズにドシリとした重みを感じつつも、僕は笑顔で返した。ややひきつった笑みであったかもしれないが、たぶんこの子は、それには気付かないだろう。大きな十字路が目に入らない彼女の瞳に、微妙な男性の表情が映るとは考えにくい。
「とりあえず、こっちだよ」
「あ、はいそちらですね」
 僕が視線で促すと、少女はタタタと傍らまで駆け寄ってきた。
 その仕草は、まるで本物の大和撫子を思わせる。こんな子と二人街を歩けるなんて、実は僕はちょっとした幸せ者かもしれない。

◆ ◆ ◆

 駅に着くまでの彼女の行動は、僕の目にはかなり珍妙に映った。
「す すごい数の車ですね。それに、速い……」
「そう? この街は、特別人が多いってわけでもないけど」
 道路を見てポカンと驚く彼女の言葉に僕が答えると、不意にこちらに振り返って声を弾ませる。
「私の育った所では、車は珍しいですから。話は聞いていましたけれど、見ると聞くとでは大違いなんですね」
「ふぅん……のどかな町で育ったんだね」
 終始がこんな調子だ。駅に着いてからも、電車を見て「凄い」と言い、自動改札を見て「何ですか?」と驚く。いったい田舎からどうやってここまで来たんだろう、といらぬ心配までしてしまう。
 まあ、そんなこんなでホームに登り、電車が来るのを待って乗り込む。長いシートの隅っこに二人で横に並んで座れば…なんかいい感じだ。
「はぁ……こちらに来て、初めて休めたような気がします」
 シートに深く腰を下ろして、少女が張りつめた身体から緊張感を解き放った。全身を弛緩させ、小さく伸びをしてリフレッシュしているようだ。僕はそんな彼女の仕草を見ながら、おもむろにふと尋ねてみる。
「ねぇ、ちょっと聞いてもいいかな」
「えっ、はい、なんでしょう?」
 キョトンとした表情で応える彼女に、僕はなにげない風に尋ねた。
「君って、どこから来たの?」
「えっ」
 突然目を丸くして、少女は少しだけ身を引いた。そんなにマズイ質問をしたつもりではないのだが…何か、答えに窮する理由でもあるのだろうか。だとすれば、あまり追及するのも悪そうだ。そうこう考えるうち、電車はガタンと一度揺れるとホームを離れ始める。少女は一瞬驚いた表情を見せたが、こちらを気にかけてすぐに居住まいを正した。
「ええっと…遠い所から来ました」
「そうなんだ。何をしにこんな所まで?」
「………ある人に、会いたくて…」
「へっ?」
 真顔でそう答えた少女に対し、今度は僕が素頓狂な声を上げてしまった。こんな純朴で汚れを知らなそうな娘が、そんな理由で見知らぬ街まで来る時代かぁ、と妙な感慨を味わったのち、別に男性に会いに来たと言ったわけではないということにハタと気付き、少々我を取り戻す。
「そ そうなんだ。そのある人って、男?」
「…………はい」
 少々俯いて、頬を赤らめながら答える少女を見ながら、僕は何となく、聞かなければ良かったと思った。答えを知りさえしなければ、もう少し夢を見ていられたかもしれないのに。まあ、聞いてしまったことはしょうがない。せめてもう少し聞きたいな、ともう少し穿った問いかけを仕掛けてみる。
「その男が、鰯浜に住んでるのか。でも、そんな遠くから会いに来た君を迎えにもこないなんて、それはちょっと男としちゃ問題だな」
「そんなことありません! …私が、会いたい一心でこちらに来ただけなんです。あの人には、まだ何にも…」
「そっか。悪かった」
 自分のちょっとした底意地の悪さに、そして少女の傷つくことを怖れない澄んだ瞳に驚きながら、僕は素直に謝った。何故、こんな終わりゆく夏にこんな少女と出会ってしまったのか。不謹慎な事に、僕はこの子に興味を覚えてしまったのかもしれない。もっと眩しい季節に…もっと早い夏、もっと早い年、今の僕が形成される前に彼女とこうして出会っていたなら、出会った瞬間に一撃で恋に落ちていたかもしれない。
 いつの間にか車内のアナウンスが、僕の降りるべき駅の名を告げている。しかし、僕は彼女の隣から立ち上がろうとはしなかった。
「これも何かの縁だ。せっかくだから、鰯浜までつき合うよ」
「これはご親切に。とても助かります」
 彼女は穏やかな笑顔で答えてくれた。僕の心の内に芽生えた、ちょっとした悪戯心には気付く気配もない。悪戯心…それは、彼女が会いたいというその男の顔を、拝むことだ。
「ところでさ…その彼が住んでるっていう街の名前は知ってても、住んでる場所は判るの?」
 ふと浮かんだ質問を浴びせてみると、隣の笑顔はふとパチンと覚めたように表情を変えた。
「…海に近い所、だとしか聞いていませんでした」
「海に近い所? あの辺一帯、全域がそれに該当するけど」
「ええっ! そうなんですか?」
 僕の言葉に、彼女は素頓狂な声を上げた。まさか……僕も手伝って、そいつの家を探す羽目になるのだろうか。盛りは過ぎたとはいえ、季節はまだ夏……日の照りつける中を情報も手がかりもなしに散策するというのは、意外に骨が折れることだ…。
「……探すの、手伝ってあげるよ」
「お世話かけます……」
 やや自嘲の入った僕の声を敏感に聞き取ってか、やや消え入りそうな声で少々身を縮めながら、すまなそうに微笑んで少女が言った。
 でも僕は、そんな仕草が見られただけで、何かもう報酬は得たような気分になってしまったのだから、つくづく安い男だと自分でも思う。

◆ ◆ ◆

 実はこの鰯浜という町は、僕が以前通っていた公立中学の学区の中に含まれている。ゆえに、僕より±2年前後の男子であれば、ある程度の顔と名前は一致する。しかし、それだけに彼女からその男の名前を聞くのは、わずか躊躇われるのだった。
「良い街ですね」
 彼女は何だか思い悩む僕の気など知る様子もなく、潮気を帯びた浜風に髪を梳かせながら目を閉じ耳を澄まして自然の英気を感じている。まさに自然と一体になっている。まるでこのまま大気に溶けて、消えていっても不思議ではないように…。
「会うの……楽しみかい?」
「はい! 半年ぶりですから……すこし、どきどきします」
 全く余計な問いかけに、予想通りの答えが返ってきた。
「見つかるといいね」
 どうもこの子はそそっかしい節がある。心を安らがせてあげられるようにと、とりあえず景気付けの言葉をかけた。
「はい!」
 嬉々として彼女が上げた声に、僕は少しだけ複雑な笑顔で頷いた。

◆ ◆ ◆

 閑静な住宅街を歩き始めてすぐ、僕たちの前を男女の二人連れがスッと通りかかった。僕にとって、見覚えがあるどころではない二人だった。そういえば鰯浜は彼が暮らす街でもあったのか…と思うに至らんとした矢先、つい先ほどまではポヤッとしていた筈の隣を歩く少女の視線が固まっていることに、ハッと気が付いた。
 『半年ぶり』……彼女は先程確かにそう言った。その言葉から感じる、妙な違和感と何やら刺激される最近の記憶………そう、あれからもう半年が経過していたのだ。だとすれば、ひょっとして…。僕がその考えに達するよりも早く、少女は行動を始めていた。
「雅さん!!」
 透明感のある凛とした声が、静まり返っていた街並みに響いた。声をあげると同時にまるで嬉しさが弾けたようにタッと駆け出す少女。僕は思わずその肩をつかんで止めようとするが、反応するのが遅すぎた。引き戻そうと伸ばした手は、虚空をつかみ無為に終わる。
 呼ばれた男……鷹山雅は、瞬間何が起きたのか理解できない様子でじっと少女を見据えていた。その傍らに立つ栗本有里菜も事態を把握しかね、雅の服の袖を握りそっと身を寄せている。その有里菜は僕の姿を視界に捉え、ハッとなって袖から手を離し雅から距離を置いた。しかし、全てはもう遅い。
「雅さん、私……会いたくて、来てしまいました…!」
 少女は身体から溢れんばかりの想いのたけを詰め込んで、一所懸命に言葉を紡いだ。その言葉は雅の耳にまで確かに届くだろう。しかし、彼の心には果たして響くのだろうか。
「若葉……か?」
「はいっ!」
 色を失い力無い声で少女の名を口にする雅とは対照的に、少女・若葉の声はまるで天使が愛を謳うかのような響きに満ちている。まさか、彼女の捜し人が、鷹山雅であったとは…。僕には及びもつかない、一体どんな関係があってここまで彼を追ってきたというのだろう。
「どうやって……ヒューガハートとこっちを行き来する術なんて、ある筈がない…ない筈…」
「私、また世界中を旅して、魔宝を集めたんです。カイルさんやレミットさんも協力して下さって…」
「ま 待って、待ってくれっ!!」
 僕と有里菜が見守る中、雅が急に語調を強めて若葉の言葉を遮った。息が荒い。何か焦っている。
「雅…さん…?」
 強硬な拒絶を受け、若葉はビクッと身体を震わせた。僕はたまらずにその強張った背中へと駆け寄る。
「いきなり来られたって…困るじゃないか」
「えっ…で でも」
 微かに半歩後ずさりながら、雅は言った。そこに、若葉が食い下がる。
「ロクサーヌさんが、仰っていましたが……『どうせ目的も見つけられず、故郷に戻ったことを後悔しているだろう』と。それを聞いて私、こちらに来る覚悟を決めましたのですけど」
「……そんな事、勝手にイメージで決められても。俺はもう後悔はしていない」
「ああっ、ひょっとして私、時間がかかりすぎました?」
「半年は長い……。俺はもうあの冒険は夢だったことにして、新たな人生を歩む決意を……」
「そ そんなっ!」
 端から見ていると、どうも若葉の一人相撲になってしまっているらしい。しかし、自分が可愛いと思った少女が他の男性に拒絶される姿は、痛ましくてなかなか見ていられる光景ではない。まして、相手の男が自分の肉親…半身であるのなら尚更だ。
「雅…そんな言い方は酷いんじゃないのか」
 僕は消沈する若葉の肩に手を置くと、そっと後ろに引きつつ自分は彼女の前に出た。そして、雅に対し食ってかかる。彼は僕の姿を見るなり、怪訝そうな表情を浮かべて一歩こちらへと詰め寄ってきた。
「笙! なんでお前が若葉と一緒にいるんだ? …しかも何で肩を持つんだ?」
「それは成り行き上…肩を持ってるのは今偶然なんとなく…」
「いや、肩を掴んでることじゃなくて……ああもうそうじゃね〜っての」
 雅は僕との会話でどうやらペースを乱したようだ。昔から、こういう展開になってしまうのが僕たち二人の常だ。どんなに時が経ち紆余曲折を経ようとも、この法則に乱れはないらしい。
「とにかくっ! 俺は今は新しい人生を生きているんだ。行こう、有里菜」
「えっ? え ええ……」
 言って、雅は有里菜の手をグッと引くと、足早に僕と若葉の横を通り過ぎていった。有里菜がチラリと僕の方へと目をやったようだが、僕は応じない。若葉はやや力無く視線を落とし、横目に去りゆく雅の姿をじっと追っていた。
「……すまないな、あんな兄で」
 僕はなんだか申し訳なくなって若葉に謝った。すると、彼女はハッとなって僕の顔を見上げてきた。
「兄…って。貴方は、雅さんの弟さんだったのですか?」
「そう。俺は鷹山笙、君が追ってきたっていう鷹山雅の、双子の弟なんだ」
「笙…さん。街で見かけた時、一瞬雅さんかと見間違えてしまったのは、私の気が逸ったからではなかったんですね」
「そんなすごい似てるわけでもないけどね」僕は笑って続ける。「一卵性ならまだしも、俺らは二卵性だから、顔も性格もそっくりってわけじゃないんだ。勿論双子だから、まるっきり違うってこともないけどね。それにしても、さっきのあいつの言動はちょっと許せないな」
 僕がそう言って少し眉間に皺を寄せると、若葉は再び視線を落として弱々しく言った。
「私…迷惑だったのでしょうか? 良かれと思ってこちらに来たのですが……あら、そういえば、帰る時っていうのは、どうすればよいのでしょう?」
 言って小首を傾げる若葉。ちょっと待て、そんなの聞かれても解るわけないじゃないか。
「知らないよ…だいいち、君ってどこから来たって?」
 先程はゆるりとかわされた質問を再度ぶつけてみる。何が何やら、意味不明な言葉が度々聞かれて、僕の思考回路はショート寸前だ。
「…私は、こことは違う世界の、パーリアという街から来ました」
「それって…半年前に、ずっと消息を絶っていた雅が突然姿を現した時、あいつが言ってたような気がする……あれって、本当の出来事だったのか……!」
「はぁ、雅さんはどうして、夢だなんて仰ったのでしょう?」
「……ゴメン。俺らがみんな寄ってたかって、『それは夢だ』ってずっと言ってからかってたから……あいつも、きっとその気になったんだと思う。それのせいで、まさか君が不快な目に遭うことになるなんて」
 まさかこんな時にこんな形で影響が生じようなどとは思ってもいなく、僕は海より深い悔恨の念に囚われた。僕の軽率な言動のせいで、ひょっとしたら一人の少女の恋の芽を摘み取ってしまったかもしれないわけで…。
「ん? ちょっと……その異世界に帰る手段を…ひょっとして、全く知らないの??」
「え、あ…はい。まさか、こんな事になるなんて夢にも思わなかったもので……どうしましょう」
「悠長だなぁ…それって結構一大事だと思うんだけど」
 僕がそう言うと、若葉は微笑みの表情を浮かべたままビクッと小さく身体を震わせた。それを見て僕は、この瞬間ほど自分の浅薄さ、軽率さを呪ったことはないと言える程の苦渋を覚えた。彼女は、そのことについて充分な自覚を既に持っているのだ。その心境たるやいかばかりか。僕は、繊細な少女の心ひとつ読むことができないほどの鈍だったのだ。
「…ゴメン。まったく気が利かない男だよな俺も。こうなったら、君が雅と復縁できるように、俺は全面的に力を貸してあげることにするよ」
 僕の突然の言葉に、若葉を目を白黒させた。
「は はぁ…それは大変助かります……けど、そこまで一人の人に甘えるわけにはまいりません」
「いいんだって。乗りかかった船だし、ちょっと俺も個人的に、あの二人には思う所があるからね」
「はぁ」
 あの二人…雅と有里菜。僕とあのカップルとの間には、ちょっと人には言えないような関係がある。そんな僕と因縁深い二人に関わるこの少女を、ハイさよならとその辺に放り出すわけにはいかない。この子はこの国に身寄りがないどころか、このままでは『明日をも知れぬモード』に突入しかねない身の上なわけだ。それを見過ごしたのでは、男として人間として、誇れるものじゃない。
 それに…この子自身に魅力を感じたから、というのも理由の一つに入れないと、嘘になる。
「大丈夫。君と雅の仲は、俺が取り持ってみせる」
 住宅街にて途方に暮れる少女をなんとか鼓舞するように、僕は一人決意を固めるのだった。




つづく



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