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★Fairy in 星蘭学園!★


 深い野山の奥…月の光だけが照らし出す闇に包まれたその空間に、茂みを踏み荒らす複数の足音がガサガサと響いている。徐々に迫り来るその足音を聞きながら、巨木の幹にぴったりと背中をつけたままフェアは恐怖のあまり動くことができなかった。まだ、見つけられてはいない筈である。彼女はその者たちに気付かれないように精一杯息をひそめながら、ただひたすらにその足音が通過していくのを待った。
「いたか?」
 野太い声がフェアのすぐそばから聞こえ、彼女の心臓はまるで口から飛び出そうとしないばかりに跳ねるような鼓動を打ち始めた。距離にして、もう何mも離れてはいない位置から声は発せられていた。今見つけられれば、ひとたまりもなく彼女は連中の手に落ちてしまうことだろう。体が竦みあがってしまい、指の一本すら自分の意志で動かすことができない。緊張感が高まる。足音が、ザシザシと粗雑な音を立てながら一歩一歩近づいてくるのが、彼女の耳に聞こえていた。


「や、おっはよー!」
 同じ制服を着た少年少女が大勢行き交う通学路…そこ目一杯に響くような張りのある声を元気そうに発しながら、穂村あすかは目の前を歩いていた少女、光月つゆりの肩をパンと叩いた。突然のことにビクッとしながらつゆりが振り返ると、あすかはニッコリと笑ってひょいっと手を上げた。
「お おはよう、あすかちゃん」
「おはよ、つゆたん♪ 今週も頑張ろうね!」
「うん。それにしても、あすかちゃんって本当に毎日元気ね」
「そりゃね、それが信条だもん! あたしから元気を奪い取ったら、なんにも残らないもんね」
 言いながら、あすかはひょいっとつゆりの横を追い越して、上り坂になっている通学路をポンポンと何歩か先行してみせた。その坂を登りきった先に、彼女たちが通う私立星蘭学園があるのだ。校名にあやかったのかどうかはさだかでないが、1着10万円からするような立派なセーラー服が、道行く女生徒みんなをドレスアップしている。この制服のデザインの良さに惹かれて入学を志願してくる生徒も毎年後を絶たないという。
「今日って1限、確か体育だったよね。早めに行って、支度しとかないといけないんじゃない? 今週はたしか、つゆたんが当番の筈でしょ?」
「あっ、忘れちゃってた…ありがとうあすかちゃん。そうね、急がないと」
「あたしもつきあうよ! つゆたん一人じゃ心配だしね」
「ありがとう! でも、もう子供の頃とは違うんだから、私一人でも大丈夫よ」
「何言ってんのよ、箸より重いもの持ったことないんでしょ?」
「…もう、またからかうんだから」
「にゃははは」
 二人は互いに微笑み合いながら、気持ち足早に坂道をテクテクと登っていった。見上げた先には、太陽の光を吸収して白く輝く立派な校舎が厳かに佇んでいた。豊かな山林の緑を背景に、その白さは芸術ともいえそうな程に美しく、あすかとつゆりの気分も見ているだけで清々しく洗われていった。


 とりあえず教科書が詰まったカバンを教室の机に放り出すと、あすかは教科書の整理を始めようとしたつゆりの腕をガシッと掴んで、さっそく着替えの入ったカバンを手に体育準備室へと向かった。つゆりごと、朝のHRをサボるつもりらしい。別に珍しいことではない。あすかはけっしてふまじめな生徒というわけではなく、ただ学校のルールにがんじがらめにされるのが嫌いなだけなのだ。ゆえに、彼女がHRをサボることは学級全体が認める、いわば日常の出来事と化しているのである。さすがにつゆりとセットでサボるというのは初めてかもしれないが…。
 パタパタとあすかに手を引かれるままに移動して、二人はすぐに体育準備室へと辿り着いた。今学期のカリキュラムとして体育の授業に組み込まれているのは、ソフトボールであった。グラブやバットの支度、ベースの配置などやることは意外に多く、確かにつゆり一人の力では随分時間がかかったかもしれない。しかし、あすかが手伝ってくれたおかげで、本来かかる筈だった時間の実に三分の一の時間で作業は終わってしまったのだった。まだ学校の中では、全クラスHRの真っ最中の筈である。
「なんか、早く終わりすぎちゃったかな?」
「あすかちゃん、凄いんだもん。私がバット5本を抱えてなんとか歩いてる横を、何十本もバットの入った箱ごと持ってスタスタと追い抜いていくんだもん…」
「にゃははは」
「ソフトボールの試合でも、私全然ボールを打てないのに、あすかちゃんってホームランばっかり何本も打つし」
「普段から鍛えてるからね〜。毎朝ジョギングしてるし、そのへんの男子よりは絶対強いよあたし!」
「…それだけ強いんだから、何か運動部に入ればいいのに…」
「うっ…だってあたし、本番ってダメなんだもん」
 言って、あすかは少しはにかみ笑いを浮かべた。彼女の言う『本番に弱い』というのは真実で、彼女はせっかく有り余る才能を持っていながら、残念なことに極度のあがり症なのだった。日本女子スポーツ界にとっては至宝が一つ、発掘されずに眠っているようなものだ。
「それにしてもさあ、まだ授業開始まで20分くらいあるよ。ねね、ちょっと森の方探検してみない?」
「えっ?」
 悪戯っ子のような笑顔を浮かべながらあすかが指差す方向につゆりもつられて目を向けた。そこは、グラウンドの端っこであり、特に柵も設けられていない、山林へと直接続く領域だった。子供の頃から臆病だったつゆりは、木々の生い茂った空間でさえも、何だか閉塞感があって嫌いである。それを充分承知したうえで誘ってくるのだから、あすかもなかなか意地が悪い。
「探検…って。あきれた、子供じゃあるまいし…何を言ってるのあすかちゃん」
「でもさあ、まだ1回も入ったことないんだから、探検には間違いないでしょ? それにひょっとしたら、珍しいモノに出会えるかもしれないよ。オバケとか熊とか、サソリとかオバケとか、オバケとかオバケとか」
「や やだぁっ…怖がらせないでよ、あすかちゃんっ」
「にゃはは。それで、どうする? 行くの行かないの?」
「行かないわよぉっ…怖いんだもん」
「ふーん。それじゃ、ちょいとあたし行ってくるわね!」
「えっ」
 思わぬ言葉につゆりが目を丸くしている前で、あすかはひょいっと踵を返し、足取りも軽く一人で森の方へと歩いていってしまった。なんだか取り残されてしまった形のつゆりは、その去り行く後姿を眺めながら、ツンと唇を突き出した。
「い 行かないんだからねっ…そんな、オバケが出る森にだなんて………オバケ……」
 その時、一陣の風が彼女の周りを吹き抜けていった。風が肌を撫でる感触が、つゆりの背筋を凍りつかせる。
「い……いやあぁっ! あすかちゃん、一人にしないで〜」
 結局、あすかの後を追うつゆりであった。


「ね ねぇ…怖いし、授業も始まるし…もう帰ろうよ」
 あすかの服の袖をギュっと握り締めながら、震える声でつゆりが言った。しかし、あすかは森の中を進む足を緩めようとはしない。
「にゃははは、まだ3分も経ってないよ。まだ誰も着替えてさえいないってば」
「えーん、だってぇ…怖いんだもん」
「ん〜、その声可愛いよ、つゆたん♪」
「やぁっ、そんな冗談言ってないで、早く戻ろうってば〜」
 つゆりはなんとか立ち止まってあすかを引きとめようとするが、たゆまずに進みつづけるあすかのペースに呑まれて全く実行できずにいた。小さい頃から、この構図は変わっていなかった。グイグイ前に行くあすかに、その後にちょこちょことついて歩くつゆり。人生における選択のかなりの部分を、つゆりはあすかに依存しているのだ。あすかのいない自分など考えられなかったし、いつしか二人は、二人でワンセット的な色合いを帯びてきているのだった。
「そんなに怖いんだったら、引き返してもいいよ? あたしはもうちょっと奥まで見てみたいから、行くけどね」
 ただあすかの後ろをついて歩いていただけで全く周囲の景色など目に入っていなかったつゆりは、森に踏み込んでから初めて周囲を広く見渡した。そこは、彼女にとって全く好まざる空間だった。こんな太陽の光が閉ざされているような木々に囲まれたところを一人で歩くことなど、彼女には到底できなかった。つゆりはあすかの言葉に何ら返事をしないまま、袖を掴む手により力を込めて、ぴとっとあすかに寄り添うような形になって歩いた。
 その時だった。つゆりの耳に、誰かが助けを求めているような声がかすかに聞こえた。
「えっ、誰?」
「ん?」
 突然声をあげたつゆりに驚いて、あすかはふと立ち止まってつゆりを振り返った。つゆりは胸に手を当てた状態で耳をすまし、怖い筈の周囲を一所懸命に見渡して声の主の姿を探した。しかし、どれだけ目をこらしてもどこにも人影は見当たらなかった。
「どうしたの、つゆたん?」
「えっ…あれ、空耳かなぁ…?」
「何か聞こえたの?」
「うん…誰かが助けを求めてるような…そんな感じの声が…」
 それを聞いて、あすかの表情がややひきつった。
「にゃははは、やだなあ…つゆたんってば。さっきあたしが脅かしたの根に持ってる? そんなリアルな演技してビビらせないでよ〜、あたしだってホントはちょっぴり怖いんだから」
「ううん、演技なんかじゃないもん…あ、ほら、また…」
「や やだっ! もう許してってば、つゆたん!」
「こっちだわ」
 まるで何かに導かれるかのように、つゆりはあすかの許を離れてわき道へと逸れて行った。そんな彼女らしくない行動にさすがに信憑性を覚えたあすかは、一応念のため耳を目一杯すましながら、つゆりの消えていったわき道の方へと歩き始めた。

「誰…誰なの、私に助けを求めているのは…?」
 つゆりは無意識の内にあすかのそばを離れて一人、森の奥深くへと踏み込んできていた。
 あたりを注意深く見渡しても、それらしい人影は見当たらない。しかし、彼女の耳に先ほどから途絶え途絶え届くその声の発生源は、少しずつ近づいてきているような…そんな気がした。一歩また一歩と踏みしめるにつれ、その予感はだんだん強く感じられるようになってきていた。そして不意につゆりが足元の雑草の陰を見た時…そこに、白い何かが横たわっているのが見えた。つゆりは、自分の目を疑った。
「ちょ…もしもし、もしもし!? 大丈夫ですかっ!?」
 震える手をそっと伸ばして、傷つけないようにそっと撫でる…すると、その白い何者かは、ゆっくりと顔をつゆりの方へと向けた。つゆりは恐怖心よりもむしろ、衝撃の方がかなり強く胸に溢れた。
「あなた…私が見えるの?」
 そう呟いた、手のひらにすっぽり収まってしまいそうなサイズのその少女は、その小さな瞳を丸くして、つゆりの顔を精一杯見上げていた……。


「へぇ…おどろいた」
 間もなくつゆりに追いついてきたあすかもその少女を目にして、しばしきょとんと見つめていた。
「あなたも私が見えるのね。私、もう人間とは会話できないのかと思って半分あきらめていたのに」
 小さな少女・フェアはハコベの葉に腰を下ろして、しゃがみこんでいる二人の少女を見上げている。その髪は綺麗な水色で、背中からは透き通った薄い羽が生えている。ずいぶんと、人間とは異なった風体だった。
「フェアさんは…どうしてこんな所に?」
 つゆりが尋ねると、フェアはふと目を細くして、小さく溜息をついた。
「私は、妖精なの」
「見れば判るって」
 思わず口をついて出たあすかの言葉に、しばし場は静寂に包まれた。
「…ゴメン。続けて」
「え ええ。私たち妖精族は、人里から遠すぎも近すぎもしないこういう山の中で、自然と共に生活していたの。でも最近、自然が元気を無くしてきて…妖精は住みかが無くなってきているの。数も減ってしまったわ…」
「…あたしら、人間のせいなのかな…」
 あすかが言うと、フェアは小さく首を振った。
「確かに人間のせいな部分もあるけど、それが全てじゃないわ。妖精の数が減ってしまったのは、天敵ともいえる存在が、急激に発生したためなの」
「妖精の…天敵?」
「妖精にミソでもつけて食べるの?」
 ………。
「…ゴメン。続けて」
「今から一万年以上も昔のことよ…地底深くで文明を築いていた、人類と祖先を同じくする生命体…ムウマ帝国が、地上を手に入れようと恐ろしい軍を率いて突然地上に現れたの。奴らは私たち妖精が食べる大地の精気…マナをエネルギーとする異形の軍団で、マナを摂取する目的で、私たち妖精を…食料にしたの」
「やっぱり、ミソつけて…」
 …………。
「…ゴメンてば」
「そんな連中に滅ぼされるのはたまらないから、世界中の妖精たちは力を合わせて結界を作り、ムウマ帝国がそれ以上地上に出てこられないようにしたの。でも…近年、自然が元気を失ってきたせいでマナの量が減って、妖精たちにはもう結界を維持していくだけの力がなくなってしまったの……」
 言葉を紡ぐフェアの目じりに、小さな涙の雫が光った。それを見たつゆりは、心が強く痛んだ。
「あれから一万年も時が経っているから、連中も諦めているかもしれない…そう考えたとある妖精が、出来心からつい、結界を解いてしまったの。そこからは…もう、語りたくないわ」
 それだけ言うと、フェアは突然キリッとなって、二人を見上げてきた。
「私…今、そのムウマに追われているの! ちょっと事情があって、私は絶対に連中の手に落ちるわけにはいかないの! …でも、今の私にはもう奴らから逃げ切れるだけの力が残っていないわ。だからお願い…力を貸してほしいの」
「どういうこと?」
 訝しげにあすかが聞き返すと、フェアは一拍置いて答えた。
「…あなたたちには、私が見えているわよね。普通の人間には、妖精は見ることが出来ないの。そして、妖精の姿が見える人間には魔力があるの! ムウマと戦える魔力が…」
「ちょっと待ってよっ!」
 はつらつと語るフェアの言葉を、あすかは無理矢理遮った。
「なんであたしたちがそのムーミンと戦わなきゃいけないのよっ!」
「さっきも言ったでしょう? ムウマが地上に現れた本当の目的は、この地上を制圧することなのよ! そして、魔力の無い人間にはムウマを傷つける手だてがないの!」
「なんですって…?」
 あすかもつゆりも、愕然とした。もしこの話が本当なら、人類は、地球はお先真っ暗ではないか。
 その時だった。あすかの背後の茂みが大きく揺れ、巨大な影が姿を現したのだった。
「ん……な なんですと〜!?」
 そう叫びながら、あすかはその巨大な影の腕に抱え込まれてしまった。自慢のパワーでじたばたして抵抗を試みるが、不思議なことに、どんなに力を入れてもその腕はびくとも動かなかった。まるで、力そのものが届いていないかのように。
「きゃあっ、あ あすかちゃんっ!!」
 つゆりが表情を凍りつかせて振り返った先では、その巨大な影があすかを抱えてドンと立っていた。身長は3m近くもあり、人間ぽい雰囲気を感じさせもするが、そのオーラは明らかに人間のものではなかった。
「ムウマ……!」
 背後でフェアが戦慄した声をあげたのを聞いて、つゆりは理解した。この異形の怪物こそが、今フェアが語っていた危険な生物、ムウマなのだと。そのムウマの手に、あすかが囚われてしまっている。自分に力があればいくらでも助けるために飛び掛かっていけるのに、つゆりには悲しいかな、あすかの半分もパワーは無い…。
「くっ…あすかちゃんを離してっ!」
 勇気を振り絞って、つゆりは声を張り上げた。しかしムウマはビクともせず、ニヤリと頬を緩ませた。そしてゆっくりと、そのおぞましい口を開いた。
「…イヤだね。この娘からも、マナの匂いがする…」
「しゃ 喋ったっ!?」
 あすかもつゆりも、意外な出来事に目を丸くした。しかし、考えてみればフェアとも普通に日本語で会話できていたのだから、納得といえば納得かもしれない。ていうか、納得してくれ。
「フェアさんっ…私には、ムウマを倒せる魔力があると仰いましたよね?」
 背後のフェアを振り返り、つゆりは尋ねた。その目に、いつものつゆりらしい弱気なオーラは無かった。あすかを助けたい…ただ真っ直ぐにそう念じることで、彼女は人一倍の恐怖心を克服しているのだ。そんな彼女の言葉に応じるように、フェアは言った。
「ええ、あるわ! 今あなたに、私の魔力を分けてあげる…それをきっかけに、あなたの中に眠る力が目覚める筈よ!」
「お願いします、フェアさんっ」
「いくわよ…『マナティック・チャージ』!!」
 小さなフェアの声が、凛とした響きをもってつゆりの脳裏に突き刺さってきた。まるでその言葉を待っていたかのように、つゆりの心臓が1回、大きく跳ねた。
 バクン!
 その時だった。体育の授業のために着替えていた彼女のブルマがわさわさと動き、途端に眩いばかりの輝きを発すると、その光が落ち着いたころには、体中を紺色の繊維で出来たコスチュームに包まれた、見知らぬ少女の姿があった。あまりに理外の出来事に、囚われのあすかはしばしポカンとしてしまった。
「つ つゆたんっ!? つゆたんなのっ!?」
「いいえ、違うわ…」
 あすかの問いかけに、その少女はクールな声で返してきた。
「私はマナを守護する魔法戦士……ネイビー・ブルー!」
「つゆたん…本気?」
「…てへへ」
 ちょっぴりテレ笑いを浮かべながら、ネイビー・ブルー(つゆり)は視線をムウマの方へと向けた。ネイビー・ブルーの姿を見たムウマは、まるでいきりたったように大きく息を吸い込むと、あすかをポイと脇へ放り出して、一気の勢いでネイビー・ブルーへ目掛けて突進していった。
「きゃあっ!」
 突然の攻撃に思わず地が出てしまったネイビー・ブルーは思わず横に飛びのいた。すると、その脚力ははるかに思った以上の出力で、ほんのひとっ飛びでムウマとの間合いはたちまち5m程離れてしまった。初めて、自分に普段以上の力が満ち溢れていることを自覚したネイビー・ブルーは、不思議そうに自分の手のひらを見つめ、わきわきと指を動かしてみた。
「力が…ある。ひょっとして、勝てる?」
「うごおおおっ!!」
 再び、凄まじい勢いをつけてムウマが突進を仕掛けてきた。しかし、今度はネイビー・ブルーは逃げない。自信に溢れた視線でムウマを捉え、全身に静かに力を込めてその凶悪な存在を迎え撃った!


 眼前でネイビー・ブルーがムウマを相手に大立ち回りをしているのを見ながら、あすかはそのあまりに非日常な光景から思わず目を背けたくなってしまった。あすかが守ってあげるのが常だったつゆりが、マナという得体の知れない力を得て、あすかよりも遥かに強い存在となった。その事に、あすかは憤りとやるせなさを感じずにはいられなかった。その標的は、自分である。何もできない自分…つゆりの前でこんなにも無力感を感じたのは、生まれて初めてのことであった。
「アスカ!」
「ん?」
 ふと呼ぶ声にあすかが我に返ると、そこには必死に羽をはためかせながら、あすかの許へと移動してくるフェアの姿があった。こんな壮絶なバトルの周囲にフェアのような小型の生き物が飛び回っているのは危険だと思い、あすかはサッと手を伸ばしてフェアの無事に保護した。
「大丈夫だった? ごめんね、まさかいきなりムウマの奴が現れるなんて…ケガはない?」
「あたしなら大丈夫だけどさあ……つゆたんは大丈夫なの?」
「解らないわ。ツユリは、戦闘経験ってあるの?」
「ないない、からっきしゼロ。だから心配なんだ!」
 あすかがそんな心配をしたその時だった。ムウマの突進がついにネイビー・ブルーを真芯に捉え、彼女は森の木々を数本へし折って吹き飛ばされてしまった。
「きゃああっ!」
「つゆたんっ!?」
 まるで反射のように、瞬間的にあすかは立ち上がっていた。しかし、先程接触した際に、自分の攻撃がムウマには全く効果が無いことを知ってしまっているだけに、おいそれと動くわけにもいかなかった。
「くっ…あたしも、フェアの姿が見えてるよ! あたしも変身させてよっ!」
「うっ…これ以上力を使っちゃうと…私…」
「だって、このままじゃつゆたんが…殺されちゃうっ!!」
 随分身長差のあるフェアに凄むのも何だか気の毒な気がしたが、背に腹は代えられない。あすかは精一杯の気持ちを込めて、フェアの心を揺さぶった。口ぶりからすると、不可能ではないようだ。ここは押しの一手で…そう胸中に考えていた時だった。フェアが、コクリと頷いた。
「…そうね、ツユリを巻き込んじゃったのは私だし、羽なんていつかまた生えてくるしね…解った、アスカにも魔力を分けてあげる!」
「そうこなくっちゃ!!」
 嬉々としてグッとポーズを決めたあすかを見上げながら、フェアはちょっぴりだけ哀愁を表情に浮かべたあと、先程どうように力ある言葉を放った。
「『マナティック・チャージ』!!」
 すると、不真面目にも体育の時間を前にしていまだ着替えていなかったあすかの制服のリボンが、真っ赤な輝きを放ちながらあたりを閃光に包んだ。そして…。
「にゃははは、これはすごーい!」
 顔を除く全身を艶やかな真紅に覆われたあすかは、くるりんと一回転しながら嬉しそうに声をあげた。足にはヒールを履いているのにちっとも不安定でなく、コスチュームと全身のフィット具合は締め付けすぎず緩すぎずで、理想的である。また、勇猛果敢なイメージの赤一色に染まったことが、あすかには単純に嬉しかった。もしマジメに着替えていたら自分もブルマ色に染まっていたのかと思うと…つゆりには悪いが、ちょっとだけホッとするのだった。
「セーラー服のリボンカラーか…レッドリボン! コレで行こうっ♪」
「さぁ、レッドリボン! ネイビー・ブルーと二人力を合わせれば、きっとあのムウマに勝てる筈!」
「オッケー! フェアはそこで安心して観戦してて! あっさり終わらせてくるから!」
 ビッと親指を立ててポーズを決めると、早速レッドリボンはムウマ目掛けて向かっていった。魔力を使い果たし、萎れてしまった羽を根本から折りながら、フェアは二人がムウマと互角以上に渡り合っている姿を見て感慨深げだった。羽を無くした痛みと喪失感は何物にも代えられなかったが、自分を受け入れてくれそうな二人に出会えた心強さが、それ以上に彼女の胸にはあるのだった。


「助けにきたよ、ネイビー・ブルー!!」
「あすかちゃん!?」
「ううん、違うよ。私はマナを守る魔法戦士、レッドリボンなのさあ!」
 レッドリボンの加勢によって、戦局は一変した。はっきりいって、魔力に体を包まれてパワーアップした状態のあすかは、無敵であった。
「うごおおっ!!」
 ムウマが相も変わらず突進を仕掛けてくるが、回避してスキを窺うのが精一杯だったネイビー・ブルーに対し、レッドリボンはなんと正面から突撃を受け止め、逆にドンと突き飛ばしてしまった。さらに相手がバランスを崩している内に一気に間合いを詰め、その喉元に思いっきり、全力チョッピングブローを叩き込んだ!
 ドカァッ!!
「うぐあああっ!?」
 瞬間、呼吸ができなくなりもんどりうって倒れるムウマ。そのスキを見て、ネイビー・ブルーもザッと前進して、レッドリボンの隣に並んだ。二人の視線は、同時にフェアの方へと向いた。
「ねえ、トドメってどうやって差すの?」
「このままじゃ、いくら戦っても終わらないわ…」
 その言葉を聞いて、フェアは森の精気を通して二人の意識に直接、語りかけた。
『胸の前で手のひらを合わせて! そしたら、自分のカラーの光球が出るから…それを当てると、ムウマは体内のマナが自然に還るのに巻き込まれて爆発する筈!』
「よし、やろうネイビー・ブルー!」
「ええ、いくわよレッドリボン!」
 言って二人が胸の前に手をかざすと、そこに真紅の光球と、濃紺の光球が発生した。現れた二つの光球はまるでお互い引き合うかのように空中で混ざり、深紫色の光球が完成した。技の名前は、マナを介してDNAが知っていた。
「くらえっ、レインボー・ブラストッ!!」
「ぎゃあああっ!!」
 光球の直撃を受けたムウマは、体内に蓄積されていた膨大なマナを空中に吐き出し、その勢いで粉みじんに弾け飛んだ。これをもって、二人はムウマを一体、淘汰することに成功した。
「まさかこの後、巨大化して復活したりとかしないでしょうねぇ…」
 レッドリボンの呟きは、まあなんとか杞憂に終わったようだった。


 結局、体育の授業には遅刻してしまい大目玉を食らいはしたものの、あすかとつゆりは不思議と気分が高揚して仕方がなかった。変身して、悪者と戦う。小さい頃に二人揃ってあすかの家で見ていた戦隊ヒーローのノリがそっくりそのまま、自ら体現できているのである。あすかは言わずもがな、つゆりもひそかに、こういうのは嫌いではないのであった。
 何だかんだで一日も終わり、二人が帰路に着いた時…あすかの肩の上には、羽を無くした妖精・フェアの姿があった。通学路には数多くの生徒たちがいるが、道行く人の誰一人としてフェアの存在には気付いていないようだった。
「ホントに、あたしたちにしか見えてないんだね…不思議なこともあるもんだ」
「フェアさん…羽をもいだ傷痕は、もう痛みませんか?」
「ああ、大丈夫よ。心配してくれてありがと、ツユリ。それに引き換え、アスカは冷たいのね〜」
「なんだとっ? あたしたちを面倒ごとに引きずり込んでおいてよく言うよ。ね、つゆたん?」
「うふふ」
 あすかの言葉に、つゆりはただ微笑んで答えた。
 正直、前途は多難であるように思える。フェアの言葉が正しいならば、まだ世の中にはたくさんのムウマが残っており、妖精がこの世から消えた瞬間には、ついに地上の征服に乗り出すというのだから。背負った使命は、思いのほか重いのかもしれない。しかし、つゆりはそんな不安よりも胸の高揚の方が何倍も大きかった。自分の可能性が突然大きく開けたような…そんな感じがしてならないのだ。
「そういえば、まだ二人の詳しい名前を知らないわ。教えてもらえるかなぁ?」
 あすかの肩の上でフェアが言うと、あすかはニッコリと微笑んだ。
「あたしは、穂村あすか! 星蘭学園の2年生!」
「私は光月つゆり、同じく星蘭学園2年生よ。フェアさん、貴女は?」
 つゆりが笑顔で尋ねると、フェアもニコッと微笑み返して、答えた。
「私はフェア=レディゼット。二人とも、これからしばらくお世話になるけれど、どうかよろしくね」
「はい! こちらこそよろしくね、フェアさん!」
「しょーがないから、つきあってあげるとしますかあ!」
「ぶぅ、何よそれアスカ、恩着せがましい」
「にゃははは、ま、よろしくねっ」
 下り坂が延々続く下校路に、三人の笑い声がこだましていた…。

 かくして、あすかとつゆりの戦いのドラマは始まったのである!!

次回予告

 ついに始動した邪悪な軍団・ムウマ帝国!
 妖精狩りの魔の手が、羽を持たないフェアの身を襲う!
 しかしその時、謎の新たなる魔法戦士が……!?
 次回・制服戦隊プリティセーラー『水の戦士! 泉りあん登場!』
 君は妖精を見たか!

制服戦隊プリティセーラー 第一回・了

次の話へ(笑)
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