前の話


★りあんの涙! 決戦ムウマ四天王!★


−第26話−




 地底深くに位置するムウマ帝国の本拠地。長年の悲願である地上制圧を目論む戦いのさなかに四天王の一角である『迅雷のサズン』を失い、残った三人の将…『爆炎のフレアルト』『激流のレミオン』『鎮魂のデミール』は、眉間に深い皺を寄せてその顔を突き合わせていた。一度は駆逐したと思っていた妖精一族が皇女フェアを中心として対ムウマ戦力を結集させつつあり、人類に対して一方的に優位だった筈のムウマ陣営は、思わぬ苦戦を強いられる形になってしまったのである。その流れの中で、最強クラスのムウマ戦士であるサズンが命を散らしてしまったことで、帝国全体に大きな動揺が走ってしまった。捨て置けない存在にまで成長してきたプリティセーラーにより、ついにムウマの牙城の一角が切り崩されてしまったのだ。
「…まさか、あの小娘たちにこれほどまでの力があろうとはな」
 渋い表情で、うめくようにフレアルトは口を開いた。その名に恥じない屈強な肉体を真紅の鎧とマントで飾ったこの将軍は、こと破壊力という点においてはサズンに引けを取らない、ムウマ帝国が誇る最強の戦士の一人である。彼は以前に一度地上に出た際にプリティセーラーの面々と一戦交えているが、その時には四天王が後れを取るまでに彼女たちが成長を遂げようとは夢にも思わなかった。多少無理をしてでもあの時に連中の息の根を止めていれば…と、ギリリと歯噛みをするが、もう失われた盟友は彼の隣に戻ってはこない。
「一万年前も、我々は妖精どもの魔法戦士をあなどって痛い目に遭った筈だ。何故今回も、それと同じ過ちを繰り返してしまったんだ!!」
「落ち着きたまえ、フレアルト将軍。結局は、人間を舐めてかかったサズンが勝手に暴走して、敗れてしまっただけのことではないか」
 感情を激しく昂ぶらせるフレアルトを横目に、デミールが小さく声をあげて制した。
「それよりも、例の作戦は上手く進行しているのかね、レミオン将軍?」
「…ああ」
 漆黒のローブに身を包んだデミールが名を呼びかけると、それまでじっと押し黙っていた最後の四天王が、コクリと頷きながら答えた。フレアルトに劣らぬ長身のその男は、蒼を基調とした正装に身を包み、形の良い唇をキュッと真一文字に結んでいる。その表情からは、感情の一切を読み取ることができない。
「現時点で目立った綻びは無い。今後も継続して進行する」
「いや、その必要は無いじゃろ」
「…何?」
 デミールが言い放った言葉に、レミオンは初めて感情の動きを見せた。微妙に目を見開いて、隣に立つ漆黒の男を凝視する。周囲が限りなく闇に近い空間ということもあり、デミールの姿はすぐそこに居ながらにして、充分に見ることができない。
「魔法戦士…プリティセーラーをこれ以上野放しにしておくことは、我がムウマ帝国にとってデメリットしか生まぬ。サズンを倒したことからも判る通り、連中の戦闘能力はもはや侮れるモノではなくなった。連中を間近に見ながら、卿はその変化に気付かなかったのかね?」
「…サズンの敗北は、私にも意外だった」
「報告によれば、サズンの猛攻の前に陥落寸前だった魔法戦士の一人…ブルージャンスカを、卿は庇ったそうではないか?」
「………連中の信用をより強固にするための、策だ」
「その判断が、結果的にサズンの死を招いたとは思わんのかね?」
「!!」
 怜悧な視線の光る男に、明らかな動揺が走った。デミールはその反応を楽しむように、続ける。
「卿は…やや特定の魔法戦士に肩入れが過ぎるのではないかね?」
「そんなことは…無い」
「ならば、次の作戦に移行しても問題は無いのじゃな?」
 その問いかけに、レミオンは真っ直ぐに頷いた。数秒の間を置いて、デミールはゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「妖精の動向を探る潜入工作は、これをもって終了とする。これからは、連中の尖兵たる魔法戦士の各個撃破を優先し、その指揮はレミオン・フレアルト両将軍に任せる」
「……了解した」
「ああ、やってやる! サズン将軍の弔い合戦だ!!」
 フレアルトの意気猛々しい声が闇の空間にこだまし、人類に忍び寄る新たな脅威の発生を告げていた…。


 所変わって、プリティセーラーが本拠地としている大木戸博士のラボ。ベッドに横になっている泉りあんを心配そうに眺めるのは、魔法戦士としての使命を与えられた少女たち、そして彼女たちをムウマと戦う戦士として覚醒させた妖精の面々であった。プリティセーラーの一人であるブルージャンスカは先の四天王・迅雷のサズンとの戦いで大きなダメージを受けてしまい、今はラボにて療養中なのである。
「ゴメンね、みんな…心配かけちゃって」
 枕に頬を沈めたまま、りあんは照れ臭そうに微笑しながら言った。そんな彼女を人一倍心配そうに見守っているのは、枕側の柵に腰掛けている妖精・メオ=アルファールであった。彼女こそが、りあんにマナの力を与え、魔法戦士としての覚醒に誘った張本人なのである。それにより、りあんは水の戦士ブルージャンスカとして覚醒したが、その結果彼女は、サズンのような電気攻撃を主とする敵に対し、致命的な弱点を抱えることになってしまったのだった。今回はまさにそれが最悪の形で発覚し、こうして現在ベッドに臥せっている事態へと繋がっているのである。
「ううん、りあんはよく頑張ったよ。だから今はゆっくり休んで、傷の回復に努めてね」
 ねぎらいの笑顔を浮かべながら、穂村あすかはりあんに声をかけた。そのあすかの肩には、羽を無くした妖精フェアが心配そうに鎮座し、じっとりあんを見つめている。フェアは、あすかともう一人の少女・光月つゆりの二人に同時に魔力を分け与えてしまったため、その代償として羽を失ってしまったのであった。羽を失ったフェアは、妖精を捕食するムウマから逃げる手段の一切を持たなくなってしまい、絶体絶命の状態だったのだが、不思議な巡り合わせで彼女の元にはかつての仲間たちがそれぞれの魔法戦士を引き連れて集まってきたのだった。今ではこの大木戸ラボを中心として、対ムウマの遊撃部隊プリティセーラー(命名・穂村あすか)を結成し、ムウマ帝国の地上侵攻を食い止める人類の砦としての機能を有するまでになっている。
「それにしても、今の私たちで先日の戦いに勝利できたことが、いまだに信じられないわね」
 あすかの隣に立つ少女・大木戸もえぎが、ポツリと呟いた。大木戸ラボの主である大木戸博士の孫娘にあたる彼女は、あすかやりあんとは対極に立つような、物静かでクールな性格の持ち主でもある。妖精ミラ=アージュから魔力を授かり、植物を武器化して戦う魔法戦士エヴァグリーンとしての一面も持っている。
「確かに、ムウマ四天王を倒したのは、失礼ながら意外だったよ」
 もえぎの言葉を受けて、世話しなく羽をはためかせながらミラが言った。
「だけど、四天王はいずれ必ず雌雄を決しなければならない相手なんだ。先日のサズンと同等の相手があと三人は居るということ、肝に銘じておいてもらいたいな」
「えっ…あんなのがあと三人も〜?」
 ミラの言葉が終わるが早いか、ラボ内に甘ったるい声が響いた。頭からリボン付きのおさげを二本生やした少女・宇佐美みずきである。身長は140cm台と小柄だが、これでも立派に17歳の高校生だ。彼女もまた、妖精ワイルド=ウィンドの魔力を受けて魔法戦士へと覚醒した少女である。もっとも、彼女の場合は特殊なケースで、普段は年齢を疑ってしまいそうな程幼い外見&性格であるのに対し、変身後の姿であるパープルバニーになると途端に成長し、性格も攻撃的に変貌する。変身してもしなくても、トラブルメーカーであることには変わりがないのがアレである。
「それはちょっと…驚きだわ」
 あすかの隣に立つ少女つゆりもミラの言葉を聞いて、驚きの表情を浮かべた。あすかの幼馴染であるこの少女は、ひょんなことからフェアと出会い、魔法戦士としては第一号となった存在である。覚醒すると氷の戦士ネイビーブルーとなり、一応の戦闘力を得るが、本体に戦闘センスが皆無のため、今まで戦力となったケースは稀だったりする。
「今までの戦闘から鑑みるに…属性ごとの相性によって、かなり戦闘結果に差が生じるようね」
 一同を大きく見渡しながら、もえぎが淡々と語り始めた。
「先日のりあんのように…属性の得手不得手を顧みずに敵と戦闘行為に陥った場合、相当の苦戦を強いられることになるわ。各自、それぞれの属性を把握し、苦手となる属性を知っておいた方が今後のためになる筈よ」
「苦手って…たとえば?」
 あすかはその表情にクエスチョンマークを浮かべながら、もえぎに問い掛けた。
「そうね…先日の四天王戦から言えることは、りあんが属する青…水属性は電気に弱くて、私の属する緑…植物属性は電気に対して有効といった具合かしら」
「う〜ん…じゃああたしの赤タイプは何属性で、何に弱いわけ?」
「あすかの赤タイプはおそらく炎属性だわ。傾向から鑑みるに、多分水属性に苦戦する筈よ」
「え〜、じゃあ炎と水だと、水の方が強いわけ?」
 もえぎの言葉を聞いて、あすかはなんだか不満そうな声を上げた。しかしもえぎは落ち着いたままで言葉を続けた。
「相対的にはね。そのかわり、炎属性は植物属性に対して圧倒的な攻撃力を持つようだし、水属性は植物属性に対してかなり相性が悪いようだわ。属性にはそれぞれ一長一短があるのね。例えば私とりあん、そしてあすかの三人は、それぞれ得意と不得意の三竦みの関係になるわけよ」
 説明を聞いてあすかは、必死にその相関関係を理解しようと小さく唸り声をあげた。
「ん〜…ようするにあたしは水属性に弱くて、もえぎは炎属性に弱いわけね?」
「そうね。お互い、苦手な相手とぶつからないように祈りましょ」
 二人の問答が一段落するのを見ながら、つゆりとみずきはそれぞれ胸中に呟いた。
(…氷属性の得意・不得意は、いったい何なのかしら…)
(てゆーか、紫タイプの属性ってなに?)


 あくる日の朝。涼しげな南風がそよそよと吹き抜ける中、聖蘭学園へと続く坂道をせっせと登る少女の姿があった。昨日までベッドに臥せっていた、泉りあんである。
「…ねえ、まだ休んでいた方が良かったんじゃないの?」
 りあんの肩に腰掛ける妖精メオが心配そうに声をかけるが、少女はにこっと微笑みを返しながら言った。
「大丈夫、もう平気よ。まだ体力は戻ってないけど、ダメージは完全に回復したからさ」
 自分の肩に向かって笑いかける少女の姿は、端から見れば滑稽かもしれない。妖精メオの姿は、一般人の瞳には映らないのだ。妖精を見ることが出来るのは、体内に眠るマナ比率が一定の値を超えた者に限られ、りあんはたまたまその条件を生来満たしていたのであった。それは同時に、彼女には魔法戦士として覚醒できる素質があることを示していた。それゆえにメオは彼女にマナを分け与え、ムウマと戦う戦士としての覚醒を誘ったのである。しかし、それによってりあんは先日の戦闘で、あわや死の崖っぷちという所にまで追いやられてしまった。あの時、清流院の助けの手が無かったら…メオはそれを思うと、ゾッと背筋に寒気が走るのだった。
「もっと時間かかるかと思ってかなり早めに家を出てきたんだけど…思ったより早く着いちゃいそうね」
 もう目前まで迫った門を見上げながら、りあんは笑顔で言った。まだ早朝とも言える通学路には人の姿も無く、実際彼女が言うよりかなり早く到着してしまったんだろう事情がうかがえる。
「あすかやつゆりちゃんなんかは…まだ家を出てもいない頃だろうなぁ」
 学園御用達の洗練されたデザインのセーラー服に身を包みながら、りあんはやや自嘲気味に呟いた。聖蘭学園に入学したはいいが、道を違えて一年間を棒に振ってしまった彼女は、あすかと同年齢でありながら、まだ一年生に所属している。青いジャンバースカート姿で日々仲間たちと街を闊歩していた日々を少しだけ懐かしく思いつつ、彼女はもう二度とそのような退廃した生活に戻るつもりは無かった。
 妖精メオ=アルファールとの出会いが、彼女の人生を大きく変えるターニングポイントになったことは間違いない。そして、その一連の事件を通じて知り合った仲間たちに、かつての遊び仲間に対して以上の信頼と友情を感じていることも確かだった。死の淵を経験しても、今の彼女は踏み止まることをしない。今歩んでいる道こそが正しい道だという、確信に似た感覚があるからだ。
 坂を登りきり、校門を一歩くぐって…りあんはピタリと立ち止まった。昇降口へと続く歩道の脇に立つ一本の古木に寄りかかる生徒の姿を目撃したためだった。すらりと細い長身のその男の姿を、りあんはよく知っている。ぽかんと見つめる頬が、知らず知らずに桜色に染まっていった。
「おはよう、泉さん」
「せ 清流院先輩…おはようございます」
 ふいに声をかけられ、りあんは思わず視線を逸らしながら答えた。
 清流院麗美雄…やたら画数の多いこの男子生徒は、しばらく前にこの聖蘭学園に転入してきた、才色兼備の3年生である。ひょんなことからりあんと知り合い、それ以来顔を合わせるごとに言葉を交わす関係が続いている。
「もう、ケガの方は大丈夫なのか?」
「あ、はい、おかげさまで…」
「それは良かった」
 言って清流院はにっこりと微笑んだ。初めて会った頃には見せなかった、優しい笑顔だった。
 先日、りあんがサズンとの戦闘に敗れ、変身も解けてしまい絶体絶命の危機だった時、どこからともなく現れた彼の手によって最悪のピンチを脱したのであった。しばらくベッドに臥せっている間も、りあんは彼のことを忘れる瞬間は一瞬たりともなかった。早く会ってお礼が言いたい…そう念じるように思いながら。
「あの…清流院先輩」
「ん?」
 りあんは上目づかいに彼を見ながら、一歩だけその距離を近づけた。頬が熱くなるのを感じる。鼓動が、急スピードで高鳴る。視線が焦点を失ってしまいそうな程、激しい動揺が走る。何を私はこんなに焦っているの…?
「お お礼を言いたくてっ」
 やけに早口で捲し立ててしまう自分が、可愛らしくも歯痒い。
「あの時は、そのっ…危なかった所を助けていただいて、本当にありがとうございました!」
「…ああ」
「でも…何も聞かないでほしいんです!」
「えっ?」
 りあんの口から零れた思わぬ言葉に、清流院はきょとんと彼女の顔を見つめた。りあんは続ける。
「なんで私があの時あんなヤツと戦っていたのかとか、あいつは何者なんだとか…聞かないでほしいんです! 知ってしまったら先輩も、きっと奴らに狙われます!」
(ちょ ちょっと、りあんっ!?)
 いきなりの言葉に動揺を見せたのは、清流院よりもまずメオだった。敢えて話題に出さなければ触れずに終わっていたかもしれないその疑問を口にしてしまったことに、驚いたのだ。一般人である清流院には、メオの姿も声も認識できない筈である。そういう日常に慣れてしまっているメオは、学校内でも結構気楽にりあんに話しかける一面があった。
 いきなりそんな言葉を面と向かってかけられた清流院もまた、面くらった様子でりあんを真っ直ぐに見つめていた。
「清流院先輩は…巻き込みたくないんです。痛い思いをするのは、私たちだけで充分だから…」
「…りあん」
 突然、清流院はそう呟きながらりあんの肩にトンと手を置いた。優しい感触だった。一気に二人の距離は縮まり、触れ合わんばかりの体勢になる。互いの瞳は互いの瞳を見つめ、吐息が絡み合う程に二人は近付いていく。
「えっ…せ 先輩…?」
「…いや、何でもない。すまない」
 少女の声にふと我に帰ったのか、清流院はスッと目線を逸らしながら、何事も無かったかのようにりあんの肩にかけた手を離した。きょとんとそんな彼を見上げるりあんの頬は、突然すぎた事態に真っ赤に染まっていた。
「…そろそろ教室に行かないとな」
 そう告げるように言うと、清流院はスッと身を翻して、まだ何人も登校していない閑散とした校舎の中へと消えていった。その背中を見送りながら、りあんはポ〜ッと上気する頬を持て余すだけだった。
「りあん…実は意外と純愛派だったのね」
「うっさいわね、ミソつけてかじるわよ」
 瞳をキラキラ輝かせたまま、りあんは無造作にメオにそう切り返した。
「あう…ひどい」
「………」
 いたく傷つくメオに、完全にのぼせた状態のりあんは気付かない。そんな様子を肩から見ながら、メオはふと胸中呟く。
(…それにしても、清流院麗美雄…彼から感じる不穏な胸騒ぎは、いったいなに?)


 校舎の二階に位置する、3年生の教室。まだ人影もまばらなその空間にて、二人の少女が向かい合っていた。席に腰を下ろしているのは包容力溢れる眼差しを持つ才媛・月野なぎさ。彼女を見下ろすようにして立つのは、男子にも劣らぬ長身と美貌を兼ね備えた麗人・華山かおりである。校内でも有名な仲良し美人二人組の彼女たちは、今朝も今朝とて誰よりも早く登校し、蜜月の時間を迎えているのだった。
「…さっきから、じっと見つめてばかりいて。何なの?」
「なぎさは、今日も可愛いなって思ってさ」
 事も無げにかおりが言うと、なぎさは少し頬を染めながら、呆れたように肩を竦めた。
「貴女に言われると、イヤミにも聞こえるんだけど?」
「そんなつもりじゃない。ボクは、いつだってキミを真剣に見てるつもりだよ」
「やん…」
 言いながらなぎさの方へそっと手を伸ばして、さわさわとくすぐるように頬から顎にかけてのラインを撫でるかおり。何やってんだ朝から、という状態である。
 このまま放っておくとなんか別な世界に突入してしまいそうなムードが漂い始めたが、廊下の方から小さく聞こえてきた足音が、ふとその雰囲気に水を差した。二人の目が一瞬真剣な色彩を帯び、互いに頷いて視線を教室の入り口戸へと向ける。何秒もしないうちに戸はガラガラと耳障りな音を立てて開き、そこからスッと長身の男が姿を現した。
「…おはよう、清流院くん」
 男が教室内へ入ってくるなり、かおりは彼に向かって声をかけた。
「………おはよう、華山さん、月野さん」
 数瞬の間を置いて、清流院が挨拶を返してきた。しばらく前に転校してきてからこっち、彼は別段クラスに打ち解けようと努力する様子も見られず、いまいち浮いた存在と化している。しかしその容貌にときめく女生徒も多く、男子グループに群れないその孤高なイメージも相まって、現在学校全体でちょっとしたアイドルになりつつあるのだった。自分の人気を知ってか知らずか、女性に対し全くと言っていいほど興味を示さないのも、その傾向に拍車をかけていた。
「今日は早いのね。それともいつもこんな時間だっけ?」
「いや、そんなことはない」
「だよね。こんな時間に人が来るなんて、珍しいからさ」
「………お前たちは、いつもこんな時間に来ているのか?」
「そうだよ。ボクたちのウワサくらい、聞いたことあるでしょ?」
「…いや」
 かおりの言葉に、清流院は軽く首を横に振った。どうやら、横のネットワークはほとんど形成していないらしい。そのくせ、下級生である泉りあんと親しげに付き合っていたり、どうもかおりには解せない点が多かった。
「…なんかさあ、キミ、一年生の泉さんとつきあってるんだって?」
「そんな事実はない」
 興味本位にかおりが繰り出した質問に、清流院はこれ以上ないというほどに取り付く島のない答えを返した。
「でも、今だってそこで会ってたじゃないか?」
「! …見ていたのか」
「初めて表情動いたね」
 予想通りの反応を返してきた清流院の様子を見て、かおりは満足そうに微笑んだ。
「あのコ、ろくなウワサを聞かなかったけど…キミに会って更生したのかな?」
「…そんなことは知らん」
 うっかり半分乗りかけた話を、清流院は強引にうっちゃった。そして少し厳しい表情を浮かべ、誰にも聞こえないようなごく小さな声でポツリと呟いた。
「そろそろ…潮時なのか」
 ぴく!
 清流院を真正面から見つめていたかおりは、ふいに背中に悪寒が走るのを感じた。
(……? なんだろ、今の感じ…)
 ふとなぎさの方に視線をやると、彼女は何か汚物を見るような敵意さえ込めた目線で、清流院を捉えていた。
(彼は…やっぱり)
 胸中に渦巻く黒い不信感を確信に変えながら、なぎさは清流院の姿を深く脳裏に刻み込んだ。


 時は放課後。一日の授業を全て終えて並んで帰路へと着いているのは、あすか&つゆりのコンビと、今日復帰したばかりのりあんであった。無論、彼女らの肩の上には、一般人には見えない妖精・フェアとメオがそれぞれ座っている。
「ん〜、それじゃ今日は、りあん復帰のお祝いとして、どっか店にでも寄り道しますかあ!」
「あっ、それなら私、パフェが食べたいなっ!」
 やはり、仲間と共に並んで歩くというのはそれだけで楽しいものである。りあんは昨日までの情けない気分を全て吹き飛ばして、ほぼテンション全開状態だった。もえぎの言っていた通り、属性の相性というものを全く気に留めず突貫してしまい、それでみんなに迷惑をかけてしまったのだから、りあんが心に負った傷は案外根が深かったのだが、それも今この瞬間には全く癒えていた。若さゆえのしなやかさが、悔しさをバネとして彼女を成長させたのだ。
「にゃははは、パフェ〜? 意外とりあんってば、お子様なんだねっ!」
「うっさいわね、皮剥いてすりおろすわよ?」
「もう全開って感じだねっ♪」
 笑い声を交えながらそんな会話を交わす二人を、やや遠くに感じながら、しかしつゆりもまたりあんの復帰を心から嬉しいと思っていた。まだ魔法戦士がつゆりとあすかしかおらず、ムウマが脅威の存在だったころ、颯爽と登場し、メオと共に仲間になってくれたのが、このりあんだった。その後、大木戸博士と出会い孫娘のもえぎや妖精ミラと知り合い、最近では同じ学校にいたはぐれ魔法戦士であるみずきとも知り合えた。妖精ワイルド=ウィンドは現在行方知れずだが、フェアの元には少しずつ、しかし確実に頼りになる仲間が集い始めている。その実感が、つゆりには最近特に強く感じられるのだった。
「どうしたの、ツユリ?」
「あ、フェアさん。今みたいなこういう時間が、ずっと続けばいいなって思いまして」
 つゆりの肩に腰掛ける羽を無くした妖精フェアは、つゆりの言葉を聞いてにっこりと微笑んだ。彼女もまた、つゆりと同じことを感じていたのかもしれない。ムウマ帝国は確かに脅威の存在だが、魔法戦士が居れば、戦って勝てない相手ではないのだ。四天王こそはさすがに別格の存在だったが、一般の兵隊クラスであればつゆりでも敗北することはないし、あすかやりあんであれば、それこそ一人で百体をも相手にできてしまえるだろう。毎回出てくる隊長クラスの敵がちょっと強いことを除けば、プリティセーラーが負けそうな要素は今のところ、見当たらない。相手が四天王クラスでさえなければ、おそらく常勝ロードが待っていてくれることだろう。
「でも…これからは気をつけてね、ツユリ」
「えっ?」
 ふいにフェアが発した言葉に、つゆりは意外そうな表情を浮かべて彼女の方へと顔を向けた。フェアは、油断など微塵も感じさせない真剣そのものな瞳で、つゆりを一心に見つめていた。
「私たちは、先の戦いで四天王の一角を倒したわ。だからムウマは今まで以上に、私たちの戦力を警戒するようになると思うの。今までのような無差別な破壊活動ではなく、狙いをピンポイントに絞った作戦で、こちらの各個撃破を企んでいるかもしれない」
「えっ…そんな」
「それはありそうな話ですよ」
 りあんとあすかの会話に辟易としたのか、メオが羽をはためかせながら飛んできて、空いた方の肩へとちょこんと飛び乗った。
「メオさんも…」
「最近、聖蘭学園から不穏な気配を感じるようになったの。りあんは全然気付いてないみたいだけど、ひょっとしたら既に、学園にムウマが潜入しているのかもしれないわ」
「ええ。それに、みずき以外にもまだ魔法戦士が潜んでいそうな気配も感じるわ」
 メオの言葉を受けるように、フェアも言った。そこまでアンテナを張っていなかったつゆりは感心するやら恥じ入るやらで、小さく首を竦めてしまった。
「りあんと一緒にいても見かけないし、フェアさんも見かけていないんだから…もし潜んでいるとしたら、3年生の公算が大きいですね」
「今度、2人で3年生のクラスを調べに行ってみようか?」
「そうですね」
 つゆりの顔を挟んで、妖精2人が和気藹々と今後の展望を話している。つゆりの眼前には、あすかとりあんが…と思ったら、いつの間にやらりあんの姿はあすかの隣にはなく、あすかがやや手持ち無沙汰そうにつゆりが追いついてくるのを待っている状態だった。
「あれ、あすかちゃん…りあんさんは?」
 つゆりが尋ねて初めて、メオとフェアもりあんがいなくなっているという事実に気が付いた。
「例のセンパイを見かけたとかで、すっ飛んで行っちゃった」
「例のって…清流院先輩のこと?」
「そそ、それそれ」
「何やってんのよ…そんな所をムウマに襲われでもしたらどうなるのよ! 私がいないと、ブルージャンスカには変身できないのに!」
 りあんの軽率な行動にメオは思わず激昂するが、あすかはへらへらと笑いながら手を振った。
「大丈夫大丈夫。こないだ四天王を倒したでしょ、あれでムウマなんてしばらく大人しくなるってば」
 しかしそんな甘い見積もりは、何秒もしないうちに否定されてしまうことになる。メオとフェアの脳裏に、ミラからのテレパシーが届いたのだ。
『エリア218にムウマ出現! 今僕ともえぎで向かっているが、かなり強い気配がするんだ。至急応援たのむ!』
「言わんこっちゃないっ!」
 非常事態にメオは思わず取り乱したが、フェアは冷静に状況を分析し、あすかとつゆりに声をかけた。
「二手に分かれましょう。私とツユリはミズキを探してエリア218へ、アスカはメオと一緒にリアンと合流した上でエリア218へ急行。これでいいわね?」
「了解っ、それじゃさっそく変身といきますかっ♪」
 嬉々とした声であすかが催促すると、フェアもそれに呼応するように手で印を結ぶ。指の軌跡が光となり、何らかの力ある紋章を形作る。そして…力ある言葉!
『マナティック・チャージ!』
 一瞬の眩い閃光の後、そこには真紅の衣装に身を包んだ魔法戦士・レッドリボンが立っていた!
「にゃははっ、何かいっつもいい感じっ♪」
 抜群のフィット感覚のある特殊な衣装の感触を楽しみつつ、レッドリボンはその肩にメオを乗せた。
「ところで、りあんをどうやって探そう?」
「ケータイを使いましょ。あすか、持ってない?」
「ん〜、変身前なら持ってるんだけど。そうだ、つゆたんちょっと貸してっ」
 言って、レッドリボンはひょいっとまだ変身していない状態だったつゆりの方へと手を伸ばした。まるで以心伝心のように、数秒のタイムラグもなくその手に携帯電話が手渡される。下手な夫婦よりも心が通い合う2人である。
 メモリーの中から目当ての番号を探し、通話ボタンを押す。数回のコールの後、通話は接続された。
『もしもし、つゆりくんか。何の用じゃ?』
 ………。
「博士〜!?」
 電話に出たのはりあんでもなければ、電話をかけたのもつゆりではない。何が何やらわからずに混乱してしまうレッドリボンには気付かずに、何故か電話口に出た大木戸博士はその後も言葉を続けた。
「実は、昨日までうちで療養していたりあんくんが、うちに携帯電話を忘れていってしまっての。それがいきなり鳴り出したものだから、いかんいかんと思いつつ、ついつい電話に出てしまったんじゃ」
「うわあ、いきなし手がかり喪失〜っ!?」
 呆れた目でその会話を見守るフェアやメオに囲まれて、つゆりは苦笑いを浮かべる他はなかった…。


「こんな街なかで偶然出会うだなんて、なんか今日はいい日ですよね」
 人通りの多い商店街の歩道を、りあんと清流院の2人は並んで歩いていた。何のことはない、登下校に使われる校門前に長く伸びている坂…通称空蝉坂をまっすぐに降りていくと、夕顔町商店街へとそのまま直結しているのだ。ゆえに、この商店街を歩いていれば、聖蘭学園の生徒と出会う確率はかなり高い。しかしそれでも、会いたい人に必ず会えるというものではもちろんなく、出会えばやはり偶然といえるだろう。
「…出会うというより、こちらが一方的に発見されただけのようにも思えたがな?」
「それが出会いってモノですよ」
 解るような解らないような理屈をこねながら、りあんは心の底から嬉しそうな笑顔をずっと浮かべている。今までに何度かこうして清流院と2人きりで過ごす機会はあったが、その時には今ほど鮮明な気持ちのフィルターを通して状況を認識することはできなかった。しかし今は、胸を張ってはっきりと言える。これはとてつもなく嬉しい状況であり、こういうシチュエーションになることを夢見て日々生きている自分を否定できないのだということを。青春である。
「…えっと。朝の繰り返しになりますけど。…こないだはホントに、ありがとうございました! あの時私、すっごく嬉しかったんですよ!」
「…嬉しい?」
「はい! 私、今までヤバくなってる友達を助けにいくことはあったけど、自分がヤバくなってる時に助けてもらったことって無かったんですよ。だから知らなかったんです、頼れる人がいるってことがこんなに嬉しいことだなんて…ううん、助けてくれたのが清流院先輩だったから、こんなに嬉しいのかな…?」
「………そ そうか…」
 あまりに真っ直ぐな視線で自分を見上げてくる少女に対し、清流院はそれ以上の言葉を返そうとはしなかった。というより、できなかった。彼の中にも沸々とこみ上げてくる感情があり、それを表に出さないために必死だった。
「これからもずっと……頼りにしてもいいですか?」
 並んで歩いていた状態からスッと立ち止まって、りあんが尋ねかけた。
 清流院が答えずにやり過ごそうとすると、細くしなやかな指でそっと彼の制服の袖を掴む。振り返った視線と真っ直ぐに見つめ上げる視線が、交錯した。
 りあんの姿をひとしきり眺めたあと、清流院はおもむろに口を開く。
「いつもの妖精は…いないようだな」
「えっ…」
「そこの公園に、寄らないか…」
 清流院が目配せした先にあるのは、商店街のはずれに位置するさびれた公園・総角公園であった。そのロケーション自体に不満は無かったが…りあんは数瞬、返事をすることができなかった。
 …妖精・メオの存在に清流院は気付いていた。彼にもマナの力があるということか。
「…無理にとは言わない」
 不意に下手に出られて、りあんはハッと我に帰ったように頷いた。


 エリア218…大木戸ラボからおよそ1キロ程の距離にある地点。そこに辿り着いたもえぎとミラは、驚愕した。
「なっ…これは!」
 街路樹が一本残らず炭化しており、周囲のビルからも所々からモクモクと濃い黒煙が吹き上がっている。部分的にアスファルトが灼けてぬかるんでおり、そこに車輪を取られた自動車が何台も乗り捨ててある。突如として街を襲った異常事態は、まだ収束の段階を迎えてはいない様子だった。
「…これは、ムウマの仕業なの!?」
「判らない! これほどの力を持った奴がいるとは…」
 言いながらグルリと辺りに視線を飛ばすもえぎとミラ。そしてほぼ同時に2人は、道路の縁石に腰掛けている不敵な男の姿を発見した。前進を真紅の彩りに包んだその屈強なる男を、もえぎは以前に一度目撃したことがあった。
「まさか…四天王『爆炎のフレアルト』!?」
「…よく来たな、プリティセーラー・エヴァグリーンよ!」
 視線が合うが早いか、フレアルトは装甲をガチャガチャと鳴らしながらゆっくりと立ち上がり、もえぎとの間合いを無造作に詰めてきた。少女が口を開くよりも早く、肩に乗っていたミラが空中に印を切り始める。
(…まずいわ。よりによって、炎属性最強の戦士が相手だなんて…!)
 データから得られた『属性理論』に基づくもっとも自分と相性の悪い相手に鉢合わせてしまったことに、もえぎは歯噛みした。その時、ミラの印が完成し、力ある言葉が解き放たれる。
『マナティック・チャージ!』
 カッ!
 眩い緑色の閃光がきらめき、一瞬の静寂の後にもえぎは魔法戦士エヴァグリーンに変身完了していた。しかしだからといって、すぐにフレアルトに戦闘を仕掛けることはしない。元々四天王相手に1対1の勝負を仕掛けることは無謀である上に、相手が自分の弱点属性を使ってくるとなればなおさらである。ブルージャンスカがサズンに全く敵わなかったように、彼女もフレアルトに全く伍することができなくても不思議ではないのだ。
 だがそれでも、放っておけば街一つなど容易に破壊してしまえる四天王クラスのムウマを無視することはできない。エヴァグリーンは悲壮な覚悟で、腰のポーチの中にある武器を手に取った。
「…いけっ、ヴァイン・ビュート!」
 声と同時に、取り出した緑色の球体から長くムチが伸びる。その長さは10m以上にも達し、全力で振りぬけばその先端速度はマッハにも到達する。しかし、エヴァグリーンたるもえぎ自身があまり戦闘向きのタイプではないため、普段は主に相手の動きを封じる投げ縄のような使い方をしている。その長さと強靭さから、工夫次第でどんな用途にでも使える応用力が、このヴァイン・ビュート最大の強みなのだ。
 ビチュン!
 地面をえぐるようにして、ムチが跳ねる。ある程度の間合いがあるうちが勝機だとばかりに、エヴァグリーンは思いっきり背中を逸らして振りかぶり、大きなフォロースルーで一気に全力でムチを振りぬいた。
「受けてみなさい、『ソニックビュート』!!」

 パァン!!

 ムチの先端が音速の壁を突き破った破裂音が響き、時速1000km以上のスピードでヴァイン・ビュートがフレアルト目掛けて襲い掛かった。しかし爆炎のフレアルトは微動だにせず、眉間にグッと力を込めた。

 グァ!!

 それは一瞬だった。地面が突然揺らいだかと思えば、次の瞬間にはまるで天を衝くかのような巨大な炎の壁がフレアルトの周囲に発生し、ヴァイン・ビュートの先端部を超高熱でこの世から消滅させてしまったのだ。自らのエネルギーで作り出した武器を破壊され、エヴァグリーンは激しい眩暈と脱力感に襲われた。
「うあ…!」
 体躯を支える膝から一気に力が抜け、エヴァグリーンはその場で片膝を地面に落としてしまった。不意にエネルギーを削り取られた後遺症で、まだ視界が明瞭にならず、平衡感覚も狂ったままだ。
「し しっかりしろ、もえぎっ!」
「ミラ…!」
 手のひらに乗ってしまうような小さな相棒の激励を受け、なんとか失神だけは回避したものの、失ったエネルギーは深刻だった。苦手属性の攻撃は、無条件でダメージがでかい。フレアルトにとっては何気ない防御だったのかもしれないが、その行動の一つ一つがエヴァグリーンにとっては致命傷たりえるのだ。
「…魔法戦士の中で一番の知将とも名高い貴様の能力は、そんなものか…一番なまっちょろいぜ!!」
「くっ…!」
 エヴァグリーンは、戦闘に入ってまだ一分と経過していないというのに、もう既に絶体絶命の危機に陥ってしまっていた。サズンに敗れたりあんを皮肉混じりで揶揄した自分が、今は全くそれと同じ状況に立たされている。自分に皮肉られた時に彼女が感じたろう屈辱を初めて思い、もえぎは心底りあんに謝りたい気分になった。
(ある程度予想はしていたつもりだったのに、これほどまでだったなんて…有効属性のアドバンテージは、余程の偶然が重ならない限り覆せない!)
 しかし彼女には、まだ一縷の希望があった。仲間が駆けつけてくれるまでこの場を凌いでいれば、いずれ勝機は訪れる筈と、半ば自分に言い聞かすように心の中で強く念じた。
「…どうやら本当にそれが限界のようだな。つまらん」
(…ブルージャンスカさえ来てくれれば…戦況は変わる! それまでは、ここでこいつを食い止める!)
 改めて覚悟を強く決めなおし、エヴァグリーンは必死に立ち上がった。そして、フレアルトとエヴァグリーンとの間合いは、徐々に必殺のそれまで詰まり始めた……。


 その頃…総角公園。
 りあんがひとしきり遊具に触れて回るのを目を細めて眺めながら、清流院はじっと公園の真ん中から動こうとしなかった。ひと気のない公園には子供たちの姿もなく、見渡す限りその場には聖蘭学園の制服に身を包んだ男女が一人ずつ居るだけだ。いつもの妖精のちゃちゃも、入らない。
「あははは、こういう公園に来たのなんて十年ぶり以上ですよ。いつからだろ…こういうトコロで遊ばなくなったの」
「俺は…明日からはもう学園に来ない」
 シン…。
 清流院の声がこだまするように響く。りあんの足音もピタリと止み、そよ風の吹き抜ける音さえが鮮明に聞こえるほどの静寂が訪れる。
「………どういう意味ですか?」
「無理に曲解などしなくていい。文字通り、俺が学園に顔を出すのは今日限りだという意味だ」
 たたたっ。
 まるで他の景色などに一切の興味を示さぬかのように、一心に清流院だけを見つめてりあんはその傍らまで駆け寄った。すがるような瞳が、清流院の心の一番深い所にまで食い込む。
「どうしていきなり、そんな………」
「…そういう決定だからな」
 りあんの瞳を直視することを避け、清流院は続けた。
「…別れの前に…俺は一つ、お前に告白しなければならないことがある」
「そんなの聞きたくありません」
「俺の本当の名は…レミオン。激流のレミオン。ムウマ四天王の水の将軍だ」
「えっ…」
 その告白は、さすがにりあんの心を撃ち抜いた。予期せぬ方向からの一撃が、彼女の心をガツンと捉えた。丸く目を見開き、やや蒼白めいた顔色で、真っ直ぐに眼前の男…レミオンの顔を見つめる。
「俺は妖精界の皇女フェアの動向を探るために、清流院麗美雄を名乗って人間界に潜伏していた。お前に近付いたのも、たまたま魔法戦士ブルージャンスカの正体が泉りあんという少女だと判明したからに過ぎなかった」
「………」
「お前が俺に全幅の信頼を寄せてくれたおかげで、俺はフェアに正体を怪しまれる前に作戦の終了を迎えることができた。明日からは、俺は別の作戦指揮を執ることになる」
「………」
「……魔法戦士の個別撃破の作戦だ。お前ももちろん、その標的に加えられているだろう」
「言っちゃっていいんですか、そんな大事なコト…」
「言うつもりは無かった」
「…それじゃ私も、貴方に告白しなきゃならないことがあります」
 ただじっとレミオンの瞳を見つめながら、りあんははっきりとした口調で言った。初めて会った頃には全く表情を読み取れなかったその鉄のような仮面が、あきらかに綻んできていた。
「仮に貴方が誰であったとしても…今この瞬間、私は貴方のこと、世界の誰よりも好きです」
「りあん…」
「絶対に離れたくありません」
「逃げてくれ、俺の手が届かない所まで」
「レミオン…!」
 手が届くどころではない、吐息が届く距離にまで、りあんはレミオンに詰め寄っていく。自然と互いの手が互いの背に触れ、次第にその手に力がこもっていく。りあんの双眸から、透明な雫が伝った。周囲の景色が暗転したのは、ちょうどその時だった。
『別れはすんだかね、レミオン将軍…』
「!?」
 不意に、りあんの知らない声があたりの空間中にこだまするように響いた。驚いて二人が視線を巡らせると、公園で最も大きなジャングルジムの頂の所に、漆黒のマントを揺らす不吉な人影を見つけた。レミオンはそれを見るなり、カッと目を見開いた。
「鎮魂のデミールか…!」
『レミオン将軍、よくぞブルージャンスカをここまでおびき寄せてくれた。手柄だぞ』
「!!」
 その響きは、やけに長い残響音を伴って2人の鼓膜を揺らし続けた。瞬間的に身を強張らせたりあんを庇うように身を乗り出しながら、レミオンは上空の同胞に向かって声を張り上げた。
「な 何を言うっ! 貴様が勝手に介入してきただけのことではないか!!」
『この期に及んで演技を続ける必要もあるまい。信頼を得て裏切る…作戦は当初の予定通り大成功ではないか』
「貴様っ…それ以上ぬかすな!!」
 レミオンは必死の形相でデミールに食いつくが、老獪な術士がその手に構築し始めた術を感じ取って、完全にりあんを背中に庇うような形で立ちはだかった。
「デミール、よせ!」
『フォフォフォ…残念よの、裏切るのかねレミオン将軍。いつかは道を違える者よと思っておったが、最も滑稽な形でそれが現実になりおったわ』
 心の底からおかしそうに嘲笑しながら、デミールは先程から手の中で構築していた術を一気に解き放った。
『ライトニング!』
 ビシャアッ!!
 激しい雷光が、暗転した空間内全体を覆い尽くした。レミオンは事前に術の気配を察して2人を守るように水幕結界を張っていたが、ダメージの全てを無効化することはできず、りあんとレミオンはそれぞれ膝から崩れ落ちてしまった。
「うああっ…」
 生身で電撃を受けたりあんは、レミオンによりかかるようにしてほぼグロッキー状態にまで追いやられてしまった。それを支えるレミオンもまた、的確に弱点だけを衝いてくるデミールのいやらしい攻撃に舌を巻くよりなかった。
『直撃を受けていたなら、せめて苦しまずに死なせてやれたものを…どこまでも愚かな男よ』
「りあんは…俺が守る。俺はこの人間の娘を…愛してしまったのだから…!」
『思うに、卿もサズン将軍も、人間を理解しすぎたのよ。所詮狩られるだけの種族、言葉が通じるからとて、意志の疎通を持てば関係が崩壊するのは自明の理。そんな感情は一時の気の迷いに過ぎんのだ。その呪縛から、ほれ、今解き放ってやるとするかの』
 言いながら、デミールは先程の術よりもさらに大きな魔力を込めて、強力な術を構築し始めた。レミオンの顔から、サーと音でも聞こえてきそうなくらいに血の気が引いていく。先程の術は電気属性であったために、本質的に植物属性にあるデミールは100%の力を行使することが出来なかった。しかし、今相手が練り上げている術はまず間違いなくデミール最強の殺人術…『ブランチスピア』であろう。レミオンはその術を防ぎ切る手だてを持たないのだ。
『フォフォフォ…気の迷いもここまでじゃ。小娘の呪縛は、これで全て断ち切って進ぜよう』
 デミールは言いながら、宙空に巨大な魔力を解き放つ。ありとあらゆる方向から、一撃で人命を奪い得る威力を秘めた殺人矢が、意識を失っているりあん目掛けて降り注ぐ。変身していないりあんに、その術に耐えられる要素は何も無い。レミオンは、そんなりあんの体を、その身に抱えた。
「りあんは死なせん!!」
 まさにそれが、最期の咆哮となった。
 ドカドカドカドカドカドカッ………!!
 それこそ無数に降り注ぐブランチスピアが、レミオンの背中目掛けて何本も何本も突き刺さった。あまりに体の深くまで食い込んだために血しぶきはほとんど上がらず、少しずつ地面の上に真紅の図面が広がっていった。
『…血迷ったか、レミオン』
 術を放ったデミール本人でさえ、さすがにその光景には筆舌を尽くした。天に召されたレミオンの体から、それまで長年に渡り蓄えられてきた大量のマナが溢れ出してきたのだが、その多くが、彼が命を賭して守った人間の少女の中へと吸い込まれるように消えていくのだ。それに呼応するかのように少女の体を青白い光が包み始め、それまでに発現したことのない全く新たな魔法戦士の姿へと変化していくのだ。
『くっ、突然進化だというのか…だが、どのみち水属性には変わりあるまい。目を覚ますその前に、ブランチスピアで仲良くレミオンの元へと送ってやろうぞ』
 言いながらデミールが再び術の構築をし始めた、まさにその時だった。公園を包んでいた暗転空間が突如、その安定を失った。結界にヒビが入り、徐々にデミールの術がその効果を失っていく。
『な なんだと…?』
「デミールというのは、貴様かあっ!」
 ただちに凛とした声が公園内に高々と響いた。デミールがふとそちらに視線を飛ばすと、公園の入り口には、燃え盛る炎の剣を携えた真紅の魔法戦士・レッドリボンが彼目掛けてガンを飛ばしていた。その傍らに飛ぶ妖精メオ=アルファールもまた、デミールに対し激しい敵意を露わにしている。
「受けてみろっ、一撃必殺っ、ファイアーブレイドッ!!」
 言いながらレッドリボンは手にした紅蓮の剣を振りかざして、デミール目掛けて飛び掛ってきた。マナの力によって全体的な運動能力が向上しているあすかの脚力は、ジャングルジムの頂程度なら余裕で到達しうるジャンプ力を生み出す。結界の崩壊によって動揺しスキが生まれていたデミールは、その斬撃に対する反応が一瞬遅れてしまった。
 ズシャアッ!!
『なんだとっ…ぐはあっ!?』
 様々な属性攻撃を使いこなすとはいえ、デミール本体の潜在的属性は植物…あすかの燃え盛る魂の熱がこもった灼熱の必殺剣は、まさに効果抜群なのであった。滞空していたために致命傷こそ逃れたものの、デミールはレッドリボンを相手に戦闘を繰り広げる余裕を失ってしまった。
『ちっ…ここは退却が賢明かのぅ』
「逃がすわけないじゃないのさあっ!」
 雄たけびを上げながら、あすかはもう一度剣を構え直して跳んだ。しかしその剣が再びデミールの肉を捉えるよりも数瞬早く、四天王・鎮魂のデミールの姿は総角公園の中から掻き消えていた…。


 一方その頃、エリア218…。
「ほらほらほら、そこには誰もいやしないよ?」
 はぐれ魔法戦士・パープルバニーの『影分身』殺法により、四天王・爆炎のフレアルトは予想外の苦戦を強いられていた。炎属性が致命的弱点であるエヴァグリーンをあと一撃で陥落させようとした矢先、ネイビーブルーとパープルバニーの2人が増援として駆けつけてきたのだった。同じく炎が弱点となるネイビーブルーは最初から敵にはならなかったが、この得体の知れない新戦力・パープルバニーの特異な戦術に惑わされてしまい、彼は今大きくスタミナをロスしてしまっていた。その戦いを観戦しながら、満身創痍のエヴァグリーンはパープルバニーの戦術を理解し、舌を巻いた。
「なるほど…敵にそれとは悟られないように徹底的な防御戦術を採り、スタミナ浪費と精神的ストレスという二重の負荷を与える…それによって、戦いが長引けば長引くほどに彼女の方が優位に立てるんだわ」
「スゴイですね…みずきさん、いったいどこでそんな戦法を学んだんでしょう」
 ネイビーブルーが感心したような声を上げる。それを受けて、エヴァグリーンはふっと自嘲じみた笑みを浮かべつつ、その問いかけに答えた。
「本能でしょ、彼女の…どうも変身後のみずきさんは、根っからのサディストらしいからね」
「残念、こっちでしたぁ!」
 べちーん!
 幾度目か、数えるのもバカらしくなってくる程のだまし討ちをくらい、フレアルトは冷静になろうと思えば思う程にカッと頭に血が上ってしまう自分を抑えられなくなってきていた。策士のエヴァグリーン相手だったならともかく、こんな、言ってみればイロモノ系の戦士に歯が立たないなどと、自分が自分で許せなかった。
「貴様…調子に乗るのはここまでにしておけよ!」
 言いながら、これまた幾度目かの爆炎障壁で間合いを広げるフレアルト。戦闘が長引くにつれ、彼の放つ炎による街へのダメージは深刻なモノへと変わっていった。しかし今のパープルバニーには、そんな些細な事情を気にしていられるほどの良識は備わっていないのだった(変身前でも怪しいが)。
「お〜ほほほ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわよ?」
 パープルバニーは頭の後ろに両手を組んで、悩ましげな挑発ポーズでフレアルトを誘惑する。その行為がまた余計にフレアルトの脳幹を直撃し、抑制しきれない怒りが込み上げてくるのである。
 エヴァグリーンはその光景を見ながら、少し危惧を覚えた。
「…マズイわね」
「ああ…」
 傍らの妖精ミラもそれに賛同した。
「彼女…パープルバニーは、弱った相手に追い討ちをかけるのは大得意だけど、元気な相手を弱らせる技術には長けていないわ。それに、フレアルトを仕留められるような技があるわけでもない…」
「それどころか、彼女には他の魔法戦士にはない特別な弱点がある。彼女の変身には…強制的タイムリミットがある」
 少女みずきにマナを分け与えてくれた妖精ワイルド=ウィンドは、少女の覚醒以後、姿を眩ませてしまっているらしかった。その代わりにみずきは妖精の力を借りなくとも魔法戦士に変身できるという他者には真似できない圧倒的メリットが付加されていた。しかしその代償として、みずきの変身…パープルバニー形態の活動可能時間は、およそ10分以内に限られてしまうのだった。ちなみに、他の4人はマナの宿主である妖精と行動を共にしている限り、理論上は無制限に魔法戦士として活動することができる。それに対しみずきは、妖精が居なくても魔法戦士になれる反面、一日で10分程度しか活動することができないのだ。
「彼女の紫タイプ…いまいち属性が断定できないのよね。いわゆる、無属性なのかしら」
「とりたてて得意な相手もいないけど、決定的に敵わない相手もいないんですね」
「…まあ現時点では、そう判断できるわね」
 ネイビーブルーの言葉に、エヴァグリーンはいまいち歯切れの悪い言葉を返すことしかできなかった。
 その時だった。突然、パープルバニーを中心とする周囲の空間が、薄ぼんやりとした光に包まれ始めた。それを目の当たりにしたエヴァグリーンとネイビーブルーは、すぐさま戦闘が繰り広げられる領域へ向かって駆け出していた。今の光は、パープルバニーの変身が解除される予兆なのである。
(…くっ、あすか、りあん…まだなの?)
 炎属性を弱点とする二人がカバーに入ったところで、戦況が好転する筈は無かった。パープルバニーが戦線離脱をしたことを目で確認したフレアルトは、その顔に露骨な笑みを浮かべる。彼にとっては最大の難敵が勝手に消えてくれたわけであり、戦場に舞い戻ってきた2人は、はっきり言って敵ではなかった。
「…さんざんてこずらされたが、結局は収まる所に収まりそうだな…サズンの恨みは存分に晴らさせてもらうぞ」
「えぇ〜、そんなのヤだ〜」
 完全に変身が解け、お子様モードまっしぐらとなってしまったみずきがむずがゆい声を上げる。しかし、それで事態が好転する筈などありはしない。…筈だった。
 カッ!
 突然、眩い光がフレアルトの頭上から射し、その場に居合わせた者は全て一時的に視界を奪われてしまった。
「ぐお!」
「な 何…?」
「うふふふ…」
 そして、聞きなれない笑い声が、焦土と化した道にこだました。フレアルトは昂ぶる感情を抑えようともせず、大きく声を張り上げた。
「なんだ、貴様たちはっ!」
 皆がようやくその圧倒的光量に慣れてきた頃…その人影は、誰もが目につく二階建てのブティックの屋上に立っていた。
「なんだかんだと聞かれたら―」
「答えてあげるが―って、これって何か違わないかしら?」
「…コホン。とにかく、人類に仇なすムウマを封じ込む! 魔法戦士サンライズ、ここに見参!」
「同じく魔法戦士レモネードムーン!」
「この世を生きる人々の心を惑わす邪悪な奴は!」
「月に代わってぇ―」
「いや、それは何か違わないか?」
(…新手の漫才かしら?)
 ようやくなんとか目が慣れてきたエヴァグリーンは、建物屋上に立つ二人の姿を確認して、とりあえずそう感じた。しかしそんな彼女の後ろでは、フェアがまじまじと目を見開いてその2人の姿を凝視していた。
(新たな魔法戦士! この近隣に、私たち以外の妖精が居る!?)
「…まぁとにかく、ムウマ四天王・爆炎のフレアルト! キミの命は、ボクらが頂くっ!」
「覚悟はいいわね?」
 にっこりと微笑む2人に対し、フレアルトもまた不敵な笑みを浮かべた。
「生憎だが、その言葉はそっくりそのまま貴様らに返してやるとしよう!」
「は、可哀想なヤツだ。ここでいきがったりしなければ、せめて苦痛無き夢を見せてあげられたものを!」
「いきますわよ、『μサイコバースト』!!」
 レモネードムーンの声が響き、それに同調するようにサンライズも空中に大きな印を描いていた。それはすぐに力ある紋章へと変わり、レモネードムーンの声の響きに乗って、フレアルトの全身に激しい精神波を浴びせつけた。
「うっ…ぐわあああ!?」
 他愛も無い音波攻撃に予想以上のダメージがあったのか、フレアルトは突然絶叫を上げて頭を掻き毟り始めた。その光景を目の当たりにしたフェアとミラは、ほぼ同時に叫んでいた。
「これは…念属性!」
「念…サイコキノ能力を発現させられる妖精が、まだこの地に残っていたのか!?」
 念属性とは、魔法戦士に付与させうる中で最も弱点が少なく得意とする相手が多い、最強の属性とも目される存在である。その技の発動には高出力が常に欲求されるため、念属性の魔法戦士はこれまでほとんど誕生することが無かったのだった。それだけに、念術の使い手はかなりの攻撃力を誇り、対ムウマ戦において絶大は力を発揮することは間違い無いのだ。
「がっ…があはっ!」
 どさぁっ!
 エヴァグリーンたちをあれだけ苦しめた爆炎のフレアルトは…レモネードムーンとサンライズが放った術の前に、一撃で崩れ落ちてしまった。まったくもって、おそるべき破壊力である。
「…なんて技なの」
 エヴァグリーンが唇を噛み締めながら言うのを聞きながらか、屋根の上の二人組はいそいそと地面へと降りてきて、倒れているフレアルトの傍へと歩み寄っていった。
「………ダメだ、こいつも紋章の持ち主じゃない」
「四天王でも無いのね…」
(…紋章?)
 たまたまその会話を耳に拾ってしまったネイビーブルーは、なんとなくその言葉を胸に深く刻み込んだ。何か今後、自分たちの戦いに関わってくる重要な言葉になりそうな予感があったからだった。
「ところで、貴女たちは…」
 エヴァグリーンが二人を呼び止めようとした、その時だった。サンライズとレモネードムーンの二人は互いに顔を見合わせ頷き合った途端、シュッとその身を消してしまった。
「…何者、なの?」
 その問いかけは、無為に響いてしまう結果となってしまったのだった。


 
「…りあん」
 血溜まりに跪く少女の背中を見ながら、あすかはそれ以上の声をかけることができなかった。
 詳しい事情を聞いていたわけではないが、清流院と彼女とのいきさつは耳にしていた。あすかにとっても、そんな彼の正体がムウマ四天王の一角・激流のレミオンなどとは思いもよらなかった。況や、彼に全幅の信頼を寄せていたりあんが感じたろう衝撃は、想像を絶するものだったに違いない。
 そのレミオンは、あすかがデミールを追い払った時にはもう既に事切れていた。傷一つ負っていないりあんをその手に抱きながら。漆黒の術士が放った攻撃が全て止むまで、その肉体は一撃たりとも魔力の矢を打ち抜かせはしなかったのだ。執念が、誇りが、そしてりあんを守りたいと思う心が、彼に最期の瞬間まで力を与えたのだろう。
 ふわっ…
 妖精メオがあすかの肩を離れ、いまだ無言のままのりあんの傍へと近付いていった。
「りあん…その、元気出しなさいよ」
 言いづらそうに語りかける声が、やけに静かな総角公園に響く。
「こんなことになってしまって、残念だけど…」
「ねえ、メオ…」
 ふと、かすれた声が妖精の言葉を遮った。りあんがようやく、閉ざしていた口を開いたのだ。
「メオは知ってたの? …彼がムウマだということを」
「…予感があったことは認める。でも、確信は無かったから貴女に相談するのはまだ早いと思ってた…」
「同じ赤い血が流れてるのに…言葉だって通じ合うのに。気持ちだって…通じ合うのに!」
 りあんは、見えない何かに向かって、激昂していた。
「どうして私たちとムウマ帝国は戦わなければいけないの! こんな宿命さえなければ、私と彼はこんな形で出会うことはなかったかもしれないのに…こんな結末は、なかったかもしれないのに!!」
 少女の双眸から、とめどない涙が溢れた。両手をギュッと握り締め、涙をぬぐうこともせずにりあんはそのまま肩を大きく揺らして嗚咽を洩らし始めた。流れる涙は頬を伝って雫となり、愛に殉じた男の亡骸に幾滴も零れ落ちた。体内のマナを全て放出し尽くしたムウマの肉体は、もうそれ以上この世界に姿を保っていることができない。涙をきっかけにして、レミオンの肉体はりあんの目の前で、音も無く霞となって消えていった。
「…レミオン!!」
 りあんの絶叫が、公園の静寂を切り裂くようにこだました。しかしその声に応えてくれる相手は、もうこの世界にはいない。初めて心の底から慕った相手…感情の全てを燃やして愛そうと心に誓った相手が、全く理不尽な形で歴史から姿を消してしまう。りあんの哀しみは深く切なく、濃い影を彼女の心に落とした。
「…彼の全てが失われてしまったわけでは無いでしょ?」
 メオの呟くような声が、りあんの心に一筋の光となって届いた。
「彼の身体は確かに失われてしまったけれど、彼の魂は貴女の中に宿ったのよ、りあん。大気に霧散して溶けていく筈だった彼のマナは、命を賭して守ろうとした貴女の中に息づいているんですもの…」
「私の中に…?」
「そう。貴女はレミオンのマナをその身に浴びて、新たな魔法戦士として生まれ変わったのよ」
「………」
 りあんのメオの言葉には返事をせず、代わりに自分の右手の甲にふと視線を落とした。先程までは全く見られなかった新たな兆候が、そこにあったからである。
「…これは…」
『蒼の紋章』
 茫然と呟いたりあんに呼応するように、突然聞き慣れない声が、公園内に響いた。メオやあすかはハッとして、周囲をグルリと見渡す。
『地上と地底世界とを隔てる結界の謎に関わる、七つの紋章の一つ。ようやく一つが発現したようだな』
「…あなたは?」
 りあんはスッと視界を上方へとシフトさせた。そこには、メオやミラと同じく背中に透き通った羽を持つ、妖精の姿があった。慌ててメオやあすかもそちらを見つめるが、彼女らの知る妖精の姿ではない。
『ワイルド=ウィンド』
「…! みずきにマナを与えたとかいう…あの妖精なの?」
 驚きを隠せない顔でメオが尋ねかける。するとそこに浮かぶ妖精は、コクリと頷いて答えた。
『そうだ。四天王の牙城が崩壊し、戦いは次の段階を迎えるだろう…死や別れを悲しんでいるヒマは無いぞ』
「…ん。大丈夫よ」
 ゆっくりとまばたきをしながら…りあんはスッとその場に立ち上がった。
「レミオンは私の中で生きてる…それが何となく、実感して解るから。私はこの新しい力を使って、これ以上人間とムウマの戦いが激化しないように……早く戦いを終わらせなければいけないわ!」
「りあん! じゃあ!」
 あすかの声を聞き、りあんはクルリと彼女の方へと向き直った。
「ええ! 泉りあん、完全復活よっ!!」
 いつもの元気な声で、りあんはハキハキと宣言した。メオとあすかはその様子を見て一様に破顔する。ワイルド=ウィンドもその光景を見ながら、小さく頷いた。りあんは、ともすれば吸い込まれてしまいそうな青空を見上げた。雲間に、一瞬だけレミオンの姿が見えたような気がした。
「…バイバイ、レミオン。これからの私を、ずっと見守っていてね!!」
 りあんの呟きは、一陣の乾いた風に消されて、彼女の心の中にだけ、いつまでも響いていた。


次回予告!

 四天王をも凌ぐ最強の戦士・ムウマ九栄神がついに動き出す!
 これまでの敵を遥かに凌ぐ実力に、あすかはいきなり窮地に追い込まれる!
 しかしその時、フェアの身に異変が…!?
 次回・制服戦隊プリティセーラー『七色の羽! 唸れレインボーブラスト!』
 君は妖精を見たか!

制服戦隊プリティセーラー 第26回・了

第2話から第25話までをすっ飛ばすという荒業(爆)
しかも続くし(笑)
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