前の話


★使命と絆! 魔法戦士たち闇の世界へ!★


−第40話−




 超難敵揃いの恐るべき集団『ムウマ九栄神』との死闘を乗り越え、ついに7つ全ての紋章を手に入れたあすか達プリティセーラー。
 サンライズ、レモネードムーンら2人の遊撃魔法戦士の協力も得、7人の魔法戦士が同調して放った紋章奥義超結界『真レインボーブラスト』によって、人間界とムウマ帝国とを隔てる結界の消滅は、ギリギリの所で未然に防がれた。しかしプリティセーラーとムウマ帝国との戦いが、まだ完全に終結したわけではない。
 結界を閉じた後、九栄神最後の生き残り『紅のギレウス』との激闘のさなか、油断したレッドリボンをかばって代わりに凶弾を受けた妖精の皇女フェア…彼女の命を救うためには、ムウマ帝国の支配者『ムウマ皇帝ブルワーカ』を倒し、そのマナを解放しなければならない。
 そのタイムリミットは、わずか12日!!

◆ ◆ ◆

「結界を閉じて、これで全てが解決したと思ったのに…」
 大木戸ラボの一室に置かれた一脚のベッド…その大きく白いシーツの海にちょこんと横たえられているのは、先の戦闘にて負傷した妖精フェアの痛々しい姿だった。現在は包帯で手当てをされているが、その傷口は一夜明けた今もなお塞がる様子を見せなかった。
 ギレウスが断末魔に放った『インジャリーアロー』は、ムウマ皇帝ブルワーカの猛毒マナを込めた殺人矢だった。これが体内に侵入してしまうと、体に蓄えられた生命エネルギーであるマナが少しずつ失われていってしまうのだ。しかも失われた部分には猛毒マナがストックされ、外部からマナを取り入れたとしても回復することがなくなってしまう。そうしてじわじわと体内からマナが失われ続け、猛毒マナの比率が一定の割合に達した時、妖精は生命活動を維持できなくなってしまうのだ。
 自分のミスでフェアの命の灯火が消えかかっているという事実に、魔法戦士レッドリボンこと穂村あすかは、叫び出したくなるくらい激しい衝動に駆られた。矢を放ったギレウスよりも、呪縛をかけたブルワーカよりも、何よりもまず、不甲斐ない自分が許せなかった。紅蓮の紋章を得て以前よりも遥かに強大な力を手に入れていながら、フェアを危険に晒してしまったのだ。
「フェア…ごめん、フェア……!」
「あすかちゃん…」
 涙を流さずに声を震わす幼なじみの姿を見ながら、光月つゆりは目尻に雫を浮かべた。あすかと同じくフェアの魔力によって魔法戦士ネイビー・ブルーへと変身する能力を得た彼女もまた、藍青の紋章を得て以前よりも強力なパワーを手にしていたが、結果的にフェアを救うまでには至らなかった。
「あすかだけのせいじゃないわ…結界を閉じてそれで全てが終わったと油断していたのは…私たち全員なのだから」
 悲痛な表情を浮かべて、大木戸もえぎは言った。
「あの時は全員が、ギレウスにあんな力が残っているとは考えていなかったんだ。…フェアだけがそれに気付いていた」
 もえぎの言葉を受けて唇を噛み締めながら言うのは、彼女に魔法戦士エヴァグリーンとしての魔力を与えた妖精・ミラだった。長くフェアの傍らで知将として活躍していた彼にも、インジャリーアローは予想外の攻撃だった。多くのムウマと互角以上に渡り合い、今では魔法戦士の中で最も力のある戦士にまで成長したレッドリボンを狙って放たれた一撃なのだろうが、それをチームの中核であるフェアが受けてしまったというのは、ムウマ帝国側にとっては嬉しい誤算であったことだろう。
「インジャリーアローは、ボクの念の力でも癒すことが出来なかった」
 部屋の入り口に寄りかかりながら口を開いたのは、新たに加わった魔法戦士サンライズこと華山かおりである。魔法戦士の中でも最強格と言われる念属性の使い手で、もう一人の魔法戦士レモネードムーンと共にあすか達より以前に魔法戦士として目覚め、また、かなり早期の内に紋章の力を得ている。それにより、妖精の魔力を借りずに魔法戦士に変身する能力を得ているのだ。彼女らに遅れはしたものの、あすか達プリティセーラーの面々も今では全員が紋章の力に目覚め、妖精の加護がなくても変身する力を得るに至っている。
「ムウマ皇帝ブルワーカには、私たちの『サイコバースト』は通用しないということ…?」
 かおりの隣に立つ、レモネードムーンこと月野なぎさが、怪訝な表情を浮かべて尋ねかけた。その問いに応えたのは、かおりではなくその向こうに浮かぶ妖精ワイルド=ウィンドだった。
「ブルワーカは俺やみずきと同じく、念攻撃を全く無効化できる属性を持っていると考えられるな」
「あたしと一緒?」
 そう言いながら小首を傾げたのは、魔法戦士パープルバニーこと宇佐美みずきだった。唯一、もえぎの分類した属性概念のどれにも当てはまらない彼女の属性は、ひとまず無属性として考えられていた。しかし、ムウマ九栄神の一人『念動のレッドアイ』の強力な念攻撃によって魔法戦士が壊滅状態に陥った時、ただ一人平然と立っていたのが、彼女だった。それ以降、パープルバニーの属する紫タイプは無属性なのではなく、元来最強である念属性の使い手に対してのみ必殺の破壊力を発揮できる、全く新たなる属性ではないかと、もえぎは予想するようになっている。
「最強の破壊力を持つかおり先輩たちの『サイコバースト』が通用しないとなると、ブルワーカの戦闘力ってのは…」
「まだ通用しないと決まったわけじゃない」
 ベッド脇の椅子に腰掛けて難しそうな表情を浮かべつつ言ったりあんの言葉に、かおりは鋭く反応した。
「これまでは結界が破れた状態だったから、ボクたちはムウマの侵攻を食い止めることしかできなかった。しかし今、結界はボクたちが自在に開閉できる。これからは逆にボクたちがムウマ帝国に攻撃を仕掛ける番だ!」
「本気なの!?」
 かおりの言葉を制するように声を上げたのは、もえぎだった。
「無茶よ、そんなのは! ムウマ帝国の奥地には九栄神クラスのムウマがごろごろ居るって、鎮魂のデミールが言っていたじゃない!」
「それがどうしたって言うのさあ!」
 突然声を荒げたのは、じっとフェアの方を見つめていた、あすかだった。
「あすか…?」
「もえぎの言い分も解るよ…でもさ、ムウマ皇帝ブルワーカを12日以内に倒さなきゃ、フェアは二度と助からないんだ! …あたしは一人でも、行くよ」
 言いながら握り締めた右拳の甲には、鮮やかな赤色の輝きを放つ『紅蓮の紋章』が浮かび上がっていた。その拳にそっと寄せられる手のひらが、あった。
「あすかちゃん一人には、行かせないわ」
「つゆたん…!」
 両手のひらで柔らかくあすかの右拳を包みながら、つゆりは穏やかな微笑を浮かべ、コクリと頷いた。
「私も一緒に行く。昔から、ずっと一緒に歩いてきたじゃない?」
「ありがとう、つゆたん!」
「その話、私も乗るよ」
 カタンと椅子から立ち上がって、りあんもそう告げた。その肩には妖精メオの姿もある。プリティセーラーの斬り込み隊長・魔法戦士ブルージャンスカとして最も多くのムウマと戦い抜いてきた彼女は、前線志向のあすかとID派のもえぎの2人を繋ぐ重要な役割を担っていて、彼女自身それを自認している。
「りあん、貴女まで…」
「もえぎ……ごめんね。でも私、誓ったんだ。人間とムウマの戦いなんか、一刻も早く終わらせるんだって。そのためにはやっぱり、結界を閉じただけじゃダメなんだよ。ブルワーカを倒して、1万年の戦いに決着をつけるしかないのよ」
「ボクたちは、勿論あすかに賛同するよ」
 なぎさの肩を抱き寄せながら、かおりは自信に満ちた笑みを浮かべて言った。
 プリティセーラーとは全く異なる動機からムウマと戦う道を選んだ彼女たち。その目的の終着点は結界を再生することではなく、最初からムウマ皇帝ブルワーカを倒すことに向けられていた。
 その様子をじっと見ながら、ワイルド=ウィンドは突然、口を開いた。
「みずきは、その作戦に参加はさせん」
「何?」
 瞳に鋭い光を宿してかおりが妖精へと振り返る。体のサイズでは人間より随分小柄な妖精であるワイルド=ウィンドもまた、かおりに劣らぬ眼光をその目に宿していた。
 急激に、緊迫した空気が室内に充満した。あすかやりあんも、動きを止めてじっと両者の成り行きを見守る。
「どういうつもりさ、ワイルド=ウィンド。ボクたちをプリティセーラーに合流させるよう仕向けておいて、自分は最後まで高見の見物を決め込むっていうのかい?」
「俺には俺なりの作戦がある。みずきは別働隊として、俺が預かる」
「ほ ほええ〜?」
 静かなる妖精の言葉に、みずきは困惑の声をあげた。
「どうして、ウィンちゃん? あたしもあすかちゃん達と一緒に行きたいよぉ?」
「お前が行っても、しばらくは足手まといになるだけだ」
「うきゅぅ……そんなことないもん」
 あすかやりあん達がワイルド=ウィンドの物言いにムッとする中……もえぎとミラだけは、内心強く頷いていた。
(確かに…パープルバニーの能力は特徴的すぎて、万能タイプとは言い難いわ。多勢との戦いが予想される敵地侵攻では、彼女は十分に力を発揮できない…)
(むしろ彼女単身を先回りさせて、一行にとって最強の難関となるであろう念属性の使い手を事前に潰しておく作戦の方が有効かもしれない。あのワイルド=ウィンドが考えることは、俺にもよく読み取れないが…)
 かおりとワイルド=ウィンドは、しばらくの間強く視線を交錯させた。しかしやがてかおりはフッと肩の力を抜いて、スッと瞼を閉じた。
「まあいいさ、行きたい者だけで行けばいい。結界を閉じた時点でムウマの侵攻は完全に食い止めたわけだし、ゲームで言うならクリアしたも同然、ここから先は裏面みたいなモンだからね」
「てことは、DALKの地下ダンジョンみたいなものね?」
「………な なぎさ、その例えは……」
「それとも、人間界を平定したら魔人が侵攻してきたって感じ?」
「いや、あう、それは………」
「じゃあ、天使食いと化したシードが地獄を目指して――」
「わーっ! わーっ!」
(…会った当初と変わらないわね、この2人は…)
 眉間を指で押さえながら、もえぎはフゥと深い溜め息をついた。
 そんなもえぎを一瞥しつつ、かおりはコホンと居住まいを正した。
「じゃあ、メンバーは以上ということだね。あすか、つゆり、りあん、そしてボクとなぎさの5人」
「え…」
 ちょっと待って、と言いたげな表情で、あすかはもえぎをちらりと横目に見た。もえぎはなんだかムスッとしたような目で、一行を睨んでいるように見えた。
「あのさ、もう一人…」
「あ、そっか。忘れてたよ、すっかり」
「でしょ?」
「メオも、りあんと一緒に来るんだっけ」
「…違くて」
 あすかはガクッと肩を落とすが、かおりはどこ吹く風だ。あすかは何が何でも直球派なので、こういう変化球の攻め方をよく心得ていないのかもしれない。
 しかしもえぎは、その挑発に乗ったりはしなかった。
「…じゃ、行ってらっしゃい」
「もえぎ…」
「そんな顔しないの、あすか。誰かがここに残らなきゃ、万が一の事態が起きた時、どうするのよ?」
 言ってもえぎは、にこっと笑顔を浮かべてあすかを見つめた。
(…それに、かおりとなぎさがチームに加わった今、私は戦力的にはもう足手まといにしかならないし…)
 見つめる笑顔に微妙な影が差すが、それに気付けるほどあすかは敏感なタチではなかった。
「12日以内よ、解ってるわね!」
「………うん、もっちろんさあ!」
 もえぎの飛ばした檄に、あすかは力いっぱい応えた。
「長い人間界とムウマ帝国との争いの歴史を終わらせるため、なによりフェアを助けるために……行こう、みんな!」
「うん!」
 皆一様に力強く頷き、そして少女たちは確かな足取りで、大木戸ラボを後にしていった。


◆ ◆ ◆


 魔境ムウマンヴァリィ……広大なムウマ帝国の最奥部に位置するこの地に、ムウマ皇帝ブルワーカが根城としている摩天楼『ブディボレイド』は存在している。巨大なキャッスルの膝元には幾万ものムウマ戦士が住まい、この世界では稀少となりつつある純粋なマナのほとんどがこの地に集められるようにシステム造られている。それにより、莫大なエネルギーを常に生み出し続けることが可能となっているのだ。
 ブディボレイド高層階の一室。部屋の中央に設えられた円卓を囲むようにして、屈強なる面々が肩を並べている。その中央に座しているのは、ブルワーカの補佐を務めるムウマ一の知将『魔君ヒランヤ』だった。老いたりとはいえ1万年の昔より人間界侵攻を推し進め続けてきた最長老的存在だけに、その身から溢れる威圧感は、この部屋に居る他の誰にも劣ってはいない。
「よく集まってくれた、諸君!」
 ヒランヤは高らかに声を上げた。
「卿らに今一度、助力を願いたい! 我がムウマ帝国が誇る最強最大の戦闘部隊、『ムウマ十六傑』よ!!」
 その呼びかけに、室内の戦士たちは一斉に身に引き締まらせた。ムウマ十六傑……皇帝ブルワーカの膝元を守護する選り抜きの戦闘集団で、地位こそ低いが、その実力は四天王や九栄神以上とも言われている。属性や色彩など外面的な条件を兼ね備えていた四天王らと違い、彼らは純粋に強い者順に選び抜かれた超精鋭たちであり、部隊に秩序こそあるが、その構成員たちはけして仲間や味方同士という間柄ではない。皇帝やヒランヤの呼びかけでもない限り、構成員全員が一同に会することなど、数百年に一度あるかないかの出来事なのである。
「ふむ、我々を呼び立てたということは、余程の事態が起こっているものと見えるな」
「そういうことだ。詳しい説明は省くが、人間界の魔法戦士がブルワーカ皇帝の命を狙ってここに攻め込んでくる可能性がある。その芽を摘んでもらいたい」
「九栄神が全滅したという噂は、どうやら本当だったらしいな」
 ヒランヤの言葉を聞いて、十六傑のリーダーを務める男『無敵のスパルタン』は意外そうな、しかしどこか嘲笑めいた響きの声で言い、小さく肩を竦めた。十六傑と九栄神はその存在意義と立場上、これまで幾度か対立し合うことのある関係だった。その商売敵が潰えたという情報は、かなり早い段階で彼の耳まで届いていた。
「…そうだ。奴らは魔法戦士を誰一人として討ち取ることが出来なかった。四天王は裏切り者が出て自滅した。もう皇帝の期待に応えられる部隊は、諸君らをおいて他にはおらん」
 そう告げるヒランヤの声からは、苦渋が滲み出そうな程だった。
「諸君らに与えられる使命は、妖精どもの魔法戦士をこの皇帝膝元の地『魔境ムウマンヴァリィ』に近づけさせないことだ。12日間の時を稼げば、それで事は足りる」
「甘く見られたものだな……どうせなら、こういう指令を出していただきたい」
 スパルタンが一言そう返した次の瞬間。誰の目にも止まらなかった彼の手刀が、頑丈な造りの円卓を音も無く真っ二つに叩き割っていた。
「『魔法戦士を狩れ』……と。俺たちを九栄神ごときと同列に見ているのなら、その考えは早急に改めた方がいい」
「ふむ、ならば好きにするが良い。奴めらがこの世界に踏み込んできたその瞬間から、存分に狩るがいい」
 不敵な笑みを浮かべてそう告げると、ヒランヤはかたんと席から立ち上がった。これ以上のミーティングは不要ということを、理解しているのだ。十六傑という集団は、下手に手綱を握るより、策を設けてその範囲で存分に走り回らせた方が期待通りの働きをするのだということを、彼は知っているのである。
 通達を終えて円卓の間から去っていく老将を見送り、彼の姿が完全に見えなくなると、スパルタンはおもむろに立ち上がった。
「野郎ども…話は、聞いたな?」
『おう!』
 リーダーの問い掛けに合わせて、息の合った返事が全方位から飛ぶ。スパルタンは満足げに口元を釣り上げた。
「久々に、皇帝のお墨付きで狩りが出来るんだ。皆、好きなだけ暴れようじゃないか!!」
 円卓の間に、異様な空気が満ち溢れる。殺気と闘気が交じり合った、とてつもなく高濃度なオーラ。
 十六人全員が結集すれば皇帝をも凌駕すると噂されるムウマ十六傑…彼らがついに、動き出そうとしているのだ。
「そうだな、1000年くらいぶりに、点呼でもするか。俺に呼ばれたら返事をするんだ、いいな!」
『おう!』
 スパルタンの声に、またもや息の合った声が返ってくる。リーダーはすうっと大きく息を吸い込んだ。
「不動のアーバンチャンプ!」
「おうっ!」
「疾風のリブギゴ!」
「へいっ!」
「焦熱のブルマグマ!」
「あちゃあ!」
「流氷のナターシア!」
「はい!」
「電光石火のミカヅチ!」
「しゃあっ!」
「戦慄のドリルマン!」
「ギュルッ!」
「魅惑のバックニューン!」
「あはん!」
「沈黙のボラギノレーノ!」
「………」
「清流のミオン!」
「はいっ!」
「猫耳のロリエッタ!」
「にゃあ!」
「錯覚のカロノリネレイム!」
「じゃむっ!」
「不遇のソノタオーゼ!」
「ひでっ!」
「太陽のツルピカーナ!」
「はげっ!」
「深海のティティス!」
「はっ!」
「緊縛のハンドメイド!」
「はぁい!」
「そしてラストは俺、無敵のスパルタン! ムウマ十六傑、始動だぜっ!!」
 その号令がかかるや否や、ムウマ十六傑の面々は円卓の間を次々と後にしていった。一部を除いてチームワークとは無縁のこの集団は、各人がそれぞれの独断で、魔法戦士狩りを決行するのである。剛力に長ける者、神速を誇る者、特異な能力を武器とする者、愛嬌だけなら誰にも負けない者…九栄神をも凌ぐ多種多様な能力者が、魔法戦士の包囲網を構築していく。こうして、ムウマ帝国側の魔法戦士迎撃態勢は、着々と進んでいるのだった。


◆ ◆ ◆


「…またここに来るなんて」
 聖蘭学園の地下…超古代文明の遺跡の一角にある、結界の間。世界の数箇所にあるという人間界とムウマ帝国を繋ぐ門の一つ。扉としての役割を果たすその結界は、ここ数年は破れた状態が続いていて、容易に双方の世界の行き来をすることが可能だった。しかし先日、魔法戦士が力を合わせて『真レインボーブラスト』を放ったことでそれは解消され、全てが丸く収まった…筈であった。
「結界は完全に閉じているわ……どうやって向こうの世界に行けばいいのかしら?」
 あすかの手をぎゅっと握りながら、つゆりは呟くように言った。
 彼女たちの目の前には、水面のような半透明の厚い膜がある。それこそが、1万年もの間ムウマ帝国の魔の手から人間界を護り続けてきた結界『アルティマシャッター』なのだ。ムウマがこちらの世界に入ってこれないだけではなく、人間やその他動物が向こうの世界に行くことも封じてしまう、まさに遮断装置である。妖精だけが、自由にこの結界を行き来できるのだ。
「それに関して心配することは無いわ」
「なぎささん」
 結界に向かって一歩を踏み出しながら、なぎさは落ち着き払った声で言った。
「この結界は、1万年前に作られたモノとは違う。つい昨日、私たちが新たに作り上げた新品の結界なのよ。紋章奥義超結界は、その術者までを拒絶はしない仕組みになっているの」
 言いながらそっと結界へと手を伸ばすなぎさ。一同が喉を鳴らす中、そのしなやかな指先が徐々に揺れる水面のごとき膜へと近付いていく。そして……音も無く小さな波紋を描きながら、指は膜の中に埋没していった。
「な なぎささん……どんな感触?」
 おそるおそるあすかが尋ねかける。するとなぎさは、くるりと振り返ってあすかを見つめた。その表情は、笑っていた。
「気持ちいいわ。ほどよく締め付けてくる感じ」
「へえ…」
 ポッと湧いて出た好奇心に背中を押されるままに、あすかも結界の方へとスタスタ歩み寄っていった。それに引かれるようにつゆりも追従する。
「多少の抵抗は感じるけど……これならわけなく抜けられるわね」
 トポン!
 まるで池に小石を投げ入れたような音を立てて、なぎさは結界の中へ身を投じていった。そして1秒としないうちに、揺れる水面の向こうへと移動してしまった。
「わ…すごい」
 その様子を間近に見て、つゆりは素直に言葉を紡いだ。ゆらゆらと揺れる膜の向こうに見えるなぎさは、たおやかな微笑を浮かべ、一行をいざなうかのように手招きをしている。
「よーし、それじゃあたしもっ!」
 言うが早いか、あすかはタッと結界に向かって床を蹴っていた。その気配に気付いてつゆりが視線を送った時にはもうすでに、膜面に向けて全力のダイブを仕掛けている所だった。
「いっけぇ〜!」
 ダブーン!
 聞き慣れない奇妙な音を立て、あすかは結界へと飛び込んだ。窓やカーテンに向かうのと同じ心地でダイブしたわけだが、感触はまるで違った。言ってみれば、蜂蜜のプールに全裸で飛び込んだような、体躯にまとわりついて髪の毛から爪先までを浸す濃厚な光の粒子による蠕動が、心地良いようなそうじゃないような、これまで触れたことのない個所を刺激されたような、そんな感覚が、彼女の脳裏を目一杯に支配した。
「ひゃあっ!?」
 あすかは結界を抜けるなり、素頓狂な声を上げて膝を崩してしまった。時間にしてわずかに数瞬ではあったが、完全に腰が砕けてしまっていた。茫然としてじっとりと汗ばみ荒い息を吐くあすかを助け起こしながら、なぎさはクスクスと笑った。
「ダメよ、そんな乱暴に飛び込んだりしちゃ。脳が感覚を処理しきれなくなって、ヒューズが飛んじゃうわよ?」
「あ……うん」
 なぎさの言葉に頷きながら、しかしあすかはどこか上の空であった。今全身を駆け巡った感覚が、それほどまでに衝撃的だったのだ。
(今のが…マナの感触。私がイメージしてたのと全然違う、エネルギーの海みたいな感じ…)
 エネルギーとして具現化したマナに触れるのは、彼女はこれが初めてなのだった。
「私たち魔法戦士は、このマナを消費しながら戦ってる。特に紋章の力で変身する場合、体内のマナが枯渇すると変身を保つことさえできなくなるわ。そうなった時はここにきて、マナを補充することができるわね」
「…よくゲームとかである、『体力回復ポイント』みたいなモンなのかな?」
「ふふ、そうね」
 ようやく息もおさまってきてあすかが余裕を取り戻した頃には、つゆりやりあんも結界の通過に成功していた。あすかのように勢い良く飛び込んだりさえしなければ、そう異変をきたすことなく通過できるらしかった。
「あすかちゃん、大丈夫なの?」
「心配かけてゴメンね、つゆたん。もう全然オッケーだよ」
 顔を覗き込んでくるつゆりにニコッと笑みを返して、あすかはぱたぱたと手を振った。
 ちょっと頭がめだぱに状態に陥ってしまったことを除けば、体内にマナは満ち溢れているし、無事に結界を通過することもできたし、困った事など何も無いのだった。
「…ついに、ここまで来てしまったのね」
 人間界と繋がる結界のある部屋の外に目を遣りながら、りあんはギュッと拳を握り締めながら呟いた。
 部屋の外には、広大な大地がひたすらに広がっていた。どうやら祠のような建物の中に結界が張られていたらしい。
 互いに気持ちを寄せ合っていながら死によって別たれたムウマ四天王の一角・レミオンの事を思い出し、りあんは胸の奥がグッと熱くなってくるのを感じた。あの時誓った事が、いよいよ現実味を帯びてきた。ムウマと人間との戦いを終わらせる。そのためには、諸悪の根源を断ち切るより他に術などありはしない。
「ここが……ムウマの世界」
 生まれて初めて目にする自らの宿敵の故郷を目にして、メオは感慨深げに呟いた。
 フェアやミラとは異なり、彼女は1万年前に起こったという妖精の悲劇を目の当たりにしていない。何千年と生きる妖精も多い中で彼女は、まだ生まれて何年も経っていない若い妖精なのだ。りあんにブルージャンスカとしての魔力を分け与えて以降、二人三脚のように、彼女もまた妖精として一緒に成長をしてきたのである。この最終局面において、負傷し倒れたフェアの元を離れるのは確かに心苦しかったが、それでもなお彼女はりあんと共に戦うことを選んだのだ。
 また、現在紋章の力を得ているりあんは、単独での魔法戦士への変身を可能にしているため、もう妖精同伴で戦う必要性は無くなっているのだが、しかし彼女もまた、この戦いのパートナーとしてメオを選んだのだった。全てがマイナスの、社会の底辺を這いずっていた頃の自分を立ち直らせ、今へと導いてくれたこの心優しき妖精のことを、今では実の家族以上に大切に思うようになっているのである。互いに未熟で未完成なパートナー同士ではあるが、それだけに気心は知れ、結束は他のどのパートナー同士達よりも固いのだ。
「さて…ボクらが目指すべき地は、ムウマ皇帝が居るという帝国最奥の地『魔境ムウマンヴァリィ』だ。しかしそれがどの方角にあるのか、ここからどれだけ距離があるのか、今はまだ全く判らない」
 かおりはそう言いながら、祠の外へと第一歩を踏み出した。ムウマ世界の空気は人間界のそれよりも重く湿っているが、質自体はそれ程悪くはない。魔法戦士にならなくても、生きていける環境ではある。
「おそらく、こちらの動きは連中に予想されている筈…そう簡単にムウマンヴァリィに足を踏み入れることはできないと覚悟しておいた方がいいわね」
 かおりの後を追うように祠の外へと歩きながら、なぎさが言った。
 彼女たち二人にとっては、フェアを救えるタイムリミット12日という時間は、あまり重要な意味を持たない。この戦いを始めた当初より、彼女たちの目は人間界の平和や妖精界の調和ではなく、ムウマ皇帝ブルワーカを討ち取ることにのみ向けられていたゆえに。今あすかたちに協力しているのは、たまたま目的が同じになっているからに過ぎないのだ。
 しかしそんな彼女たちの心の内を、あすかやりあん達は掴めていない。
 フェアを救うためにブルワーカを倒したい、あすかとつゆり。誓いの為使命感に燃えるりあんと、それにどこまでもついていく決心をしたメオ。とにかくムウマを駆逐し、永きに渡った戦いに終止符を打つのが悲願のかおりとなぎさ。それぞれに動機は異なるが、その終着点は一つ。
「とにかく、そのムウマンヴァリィだかを見つけないことには何も始まらない! 手分けして、まずはそこを探そう!」
「ボクもそれに賛成だ」
 あすかが提案し、かおりがそれを推す。それぞれが隣に居る者の顔を見て頷き合うだけで、その組み合わせは決まっていた。
「それじゃ行こう、つゆたん!」
「うん、あすかちゃん!」
『マナティックチャージ!』
 カッ!
 二人の声が重なり、その右手甲に浮かび上がった紅蓮と藍青の紋章がそれぞれ輝きを放つ。そして1秒後には、二人の姿は魔法戦士レッドリボンとネイビー・ブルーに変わっていた。かおりやなぎさ、りあんの手にもそれぞれ太陽、月、蒼の紋章が浮かび上がる。
「じゃ、みんな! グッドラック♪」
「レッドリボン、あんたこそ! また絶対に生きて会うわよ!」
「にゃははっ、おっけーーーっ!!」
 りあんの声に応えながら、レッドリボンとネイビー・ブルーの二人は颯爽とムウマ世界の大地を駆けていった。
 後に残った3人も、それぞれ紋章を強く輝かせる。
 カーッ!
 光が消えた後には、魔法戦士サンライズにレモネードムーン、ブルージャンスカが立っていた。妖精の印を必要とせずに変身できるのだから、別に『マナティックチャージ』のかけ声は必須でもなんでもないのだが、そのへんはまあ、あすかのノリが言わせるのだろうか。この3人はそのへん、冷めたものである。
「…あの二人組と違って、ボクらやキミは複数の属性を持ち合わせてはいない。勝てない相手とぶつかったら、撤退するのも戦略の一つだよ、ブルージャンスカ」
「ご心配ありがと、サンライズ。でも大丈夫。私たちは、負けないわ」
 肩の上のメオと目配せをしながら、ブルージャンスカはすぱっと言い切った。
「あなたたちも、気をつけて」
 メオが言葉をかけると、サンライズたちは不敵な微笑を浮かべて、互いに身を寄せ合った。
「ボクたちの方こそ、それこそ心配はいらない」
「『サイコバースト』の威力は、無敵よ」
 そう言いながら、まるで街行く恋人同士のように二人寄り添って、広大な世界へと歩き出していった。
 それを見送るブルージャンスカは、なんとなく頬をそめて視線を逸らしてしまうのだった。
(なんなの、あの二人……あれじゃまるで……)
「なに照れてるのよ、ブルージャンスカ? ひょっとして、ああいうのに憧れるの?」
「うっさいわね、鍋に放り込んでダシとるわよ」
「……ううっ」
「さてと、それじゃ私たちも行くわよっ!」
「…うんっ!」
 パタパタと羽をはためかせて飛び上がると、メオは足早に歩き出したブルージャンスカの後を追うように着いていった。こうして、魔法戦士たちはついにムウマ帝国へと踏み込み、それぞれ散開したのだった。

 その去りゆく様を一部始終、祠のそばから眺めている影があった。
「標的はたった今、ゲートを出て三方に散りました。……狩りの時間、スタートですね♪」
「そんな連絡はいいから! それよりどうして今、アイツラが変身する前に、攻撃を仕掛けなかったのよ!!」
 悠長に無線にて報告をしているだけの同僚に噛み付いているのは、年のころせいぜいハタチ前くらいの、勝ち気そうな少女だった。ムウマ帝国内での通り名は『清流のミオン』……ムウマ十六傑の一角にして、四天王『激流のレミオン』の妹にあたる。
「ミオンさまはせっかちですね。誰が一番縛り甲斐がありそうか、見定めてただけですよ♪」
「まっ……マジメにやってよね、あたしはアイツラに恨みがあるんだから!」
「くす、かわいいですっ♪」
「愚弄するのはやめてよね! ……って、う うわっ!?」
 激昂して気を取られたわずかなスキに、ミオンは一瞬にして後ろ手にウィップで縛られていた。十六傑『緊縛のハンドメイド』の特殊能力、『生きてる皮鞭』である。
「結局、一番縛り甲斐がありそうなのは……ミオンさまでしたぁ〜っ♪」
「ふ ふざけてんじゃないわよ……ったく、どうしてこう念属性の使い手ってのは、ちょっとネジが緩んでるヤツが多いわけ?」
 後ろ手に縛られたままではあるものの、ミオンはとりあえず気迫でハンドメイドを制しつつ、ふと、それぞれの旅路に就いた魔法戦士たちの去って行った方角へと視線を飛ばした。森林地帯へと向かったのはレッドリボン一行、山岳方面へと向かったのはサンライズたち、そしてブルージャンスカと妖精が向かったのは河口から海へと変わる所。それぞれの場所に、十六傑の誰かが必ず待ち受けている筈である。もしくは今の彼女たちのように、遊撃部隊として強襲する連中も少なからずいる筈なのだ。
「それで、どの組を追いますか、ミオンさまぁ?」
「決まってるでしょ……ブルージャンスカと妖精組を叩くのよ。あの妖精は若いけど、体内には相当なマナを蓄えてる筈よ……それを頂くわ! その力で、ブルージャンスカを八つ裂きにしてやる!」
「まあ、悪辣♪」
「うっさいわね、いいからとっととコレ解きなさいよ!」
「いやです〜☆」
 ヒュン!
 一瞬、ハンドメイドの姿がぼやけたかと思うと、次の瞬間にはその場から忽然と彼女の姿は消えていた。後ろ手に鞭で括られたままのミオンは、ギリギリと歯噛みをしながら、こめかみをぷるぷると震わせる。
「ち…超加速使ってまで逃げるかー!」
 もう遥か数里先まで移動を終えてしまっているハンドメイドの耳には、その声が届こう筈もなかった。
 しかしまあこうして、ムウマ十六傑の対魔法戦士包囲網は、ついに発動してしまったのだった。
 そして次回、いよいよ魔法戦士と十六傑が激突する!!


次回予告!

 ついに舞台は最終局面を迎えた! その戦場はムウマ帝国!!
 かつてない最強の敵たちの攻撃に、苦戦を強いられる魔法戦士たち!
 限られたタイムリミットの中で、あすかたちはムウマ皇帝ブルワーカの元へと辿り着けるのか!?
 そしてその時、ワイルド=ウィンドとみずきのとった思わぬ行動とは…!?
 次回・制服戦隊プリティセーラー『絶体絶命! 裏切りのワイルド=ウィンド!?』
 君は妖精を見たか!

制服戦隊プリティセーラー 第40回・了

ここまでやればいっそすがすがしい?(爆)
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