前の話


★りあんの危機! 仁義なき水中バトル!★


−第43話−




 ムウマ皇帝ブルワーカの居る魔境ムウマンヴァリィを目指して、ムウマ帝国内を疾駆する五人の魔法戦士たち。そしてその前に立ち塞がるのはムウマ戦士最強の特殊部隊『ムウマ十六傑』…。
 魔法戦士レッドリボンとネイビー・ブルーの二人が十六傑『不遇のソノタオーゼ』・『不動のアーバンチャンプ』に勝利した頃、サンライズとレモネードムーンの二人は十六傑『猫耳のロリエッタ』に最強の必殺技サイコバーストを破られ、窮地にまで追い詰められたが、突然ワイルド=ウィンドと共に姿を現したパープルバニーの協力を得て、からくも危機を脱していた。
 そしてまた時同じくして……ミオンの執拗な追撃を振り切った直後に十六傑『深海のティティス』の奇襲を受け、体内のマナを全て消費し尽くしてしまった魔法戦士ブルージャンスカこと泉りあん。
 同行していた妖精メオからマナの力を借り、魔法戦士としてのパワーを保つことはできたが、なんとそのメオが十六傑『緊縛のハンドメイド』にさらわれてしまった。救出に走ったブルージャンスカの前に立ちはだかったのは『深海のティティス』と『清流のミオン』という一筋縄ではやり過ごせない面々だった……。

◆ ◆ ◆

「頑張るね! でも、十六傑二人を相手にその力がいつまで持つかな!」
「くっ…!」
 落差ゆうに100mはあろうかという大瀑布…その中央にドンと突き出た巨大な岩塊の上から見下ろしてくるミオンの言葉に、坂の中腹に立つブルージャンスカは歯噛みした。
 前方にはミオン、後方からはティティス……どちらもりあんと同じ水属性を持つ相手であり、相手の攻撃で致命傷を受ける可能性が小さい反面、こちらからの攻撃もまた有効には作用しない。同属性の相手は、自分の弱点属性を持つ相手と戦う時とは別な意味で、戦いたくない相手なのである。
 動くに動けないブルージャンスカが立ち竦んでいる後方に、バッとティティスが高く舞い上がってきた。
「追い詰めたわよ、妖精の魔法戦士!」
 言いながら、ティティスはその水色の髪を空中にふわりと舞わせ、風に乗るようにしなやかな動作で一気にブルージャンスカとの間合いを詰めてきた。それを見て、ミオンが慌てて岩塊から跳ぶ。
「待って! ソイツにトドメを刺すのは、私の仕事なんだからっ!」
 その声を聞くまでもなく、りあんは自身の最大の危機を理解していた。1対1でさえ互角にやれるか判らない相手を、同時に二人も敵に回して、悠々勝ち抜けるわけはない。メオを助け出すことはブルワーカ打倒よりも今は重要な目標だが、それ以前にまず、自分が生きていなければ、果たせる夢も果たせるわけがない。
 ムウマ十六傑の繰り出す技の破壊力は、四天王や九栄神に全く劣るものではない。いくら耐性があるとはいえ、同時に二発も受けてしまっては、おそらく体が持たないだろう。ブルージャンスカに残された選択肢は、もう一つしかなかった。
『アクアシュレッダー!!』
『ナホトカン・オイルポリュージョン!!』
 ムウマ戦士二人の強力な必殺技が、ブルージャンスカ目掛けて一斉に放たれた。それと同時に――ブルージャンスカは、強く地面を蹴っていた。
「えっ!?」
 思いがけないその行為に目を見開いたミオンの前から、ブルージャンスカの姿はみるみる遠のいていった。技がかわされたのを気にも留めずにティティスもまた、ミオン同様に目で相手の動きを追った。その姿は、素直に重力に引かれて、滝壷の中へと消えていった。
 スタン!
 ようやく着地をしながら、ミオンはぽかんとした表情で、敵愾視していた魔法戦士が消えていった滝壷を見下ろした。
「……この高さだと、即死……よね?」
「あのコが普通の人間なら、ね」
 誰にともなく発せられたミオンの問い掛けに、ティティスは冷静な言葉を返した。
「『死んで元々』と考えての行動なら……してやられたわね。もしあのコがあの滝壷の中で生きていたら、私たちが今からあそこまで降りて確認しに行くまでの間に、遠く逃げ延びることも可能だわ。ここで私たちの攻撃に耐えるより、余程生き残れる公算が大きい選択肢ね」
「そんな! あにさまのカタキをここまで追い詰めておいて、トドメを刺し損ねるなんて……!」
 歯をギリギリと噛み締めながら……ふと、何かを思い立ったようにミオンは、一歩二歩と、ブルージャンスカが滝壷に身を躍らせた場所へと歩み寄っていった。
 そこから見下ろす滝壷は……まるで大地に鑿を打ち付けたように深く水底を抉っていて、白い水しぶきを大量に吹き上げていた。普通の人間が飛び降りて、助かる高さではない。が、飛び降りたのがマナの加護を受けた魔法戦士であったなら…? まして、水の加護を受けたブルージャンスカであったなら……? ミオンの表情が、無意識に強張っていく。
「……ブルージャンスカは、たぶん、生きてる」
「その可能性は、否定できないわ」
「今なら倒せる! 追ってトドメを刺すのよ、ティティス!!」
「追うって……どうやって?」
 刹那、考え込む仕草を見せ……次の瞬間には怪訝そうな表情を浮かべるティティス。
「ミオン……貴女、まさか?」
「そのまさかよっ!」
 バッ!
 その返事を捨て台詞に、ミオンもまたブルージャンスカがしたのと同じように、滝壷目掛けて力一杯に地面を蹴っていた。その落ち行く姿を遠く見送りながら、ティティスは軽く肩を竦める。
「熱いコねぇ……レミオンに似なくて」
 言いながらおそるおそる滝へと近付いて、ミオン同様に滝壷を覗き見るティティス。飛び込んでいった二人の姿は、ここからでは全く確認できない。もし二人とも落下の衝撃で昇天していたら、笑い話にしかならない。ミオンだけが昇天していたら、笑い話にさえならない。
 そんな彼女の頭上から、不意に降ってくる声があった。
「あっ、ティティスさま〜♪」
「えっ?」
 呼ばれてひょいと上を見上げると、ちょうど誰かが滝のてっぺんから身を躍らせて、先程までミオンが立っていた岩塊まで飛び降りてきた所だった。その特徴的な服装を見て、ティティスは声の主が誰なのかを理解した。十六傑『緊縛のハンドメイド』、身のこなしと特殊能力の厄介さにかけては、十六傑随一の人物である。
「貴女……メイじゃないの。魔法戦士から奪ったとかいう、妖精はどうしたの?」
「あ、妖精メオ=アルファールならここに♪」
 言って、エプロンのポケットから大きめの瓶を取り出すハンドメイド。その中には……閉じ込められておろおろと身を竦ませている妖精メオの姿があった。見れば、手首と足首がゴムひものようなものでキュッと縛り付けられている。
「ミオンさまは『この妖精のマナをがっつり頂く』って仰ってましたけど……って、ミオンさまはどちらへ?」
 言葉の途中から、ハンドメイドはきょろきょろと周囲を見回し始めた。ティティスは落ち着き払った表情で、クイクイと指で滝壷の方を示した。
「えっ…?」
「………」
 こくん。
 ティティスが頷くと、ハンドメイドはぱちくりと目をまたたかせ、改めて滝壷へと視線を落とした。
「えぇ〜〜〜、ミオンさま、闘死ですかぁ?」
「あのコのことだから、死んではいないと思うんだけどね…」
 困ったように頬に手を当て、小さく溜め息をつくティティス。そんな呟きなど意に介さないかのように、ハンドメイドは言葉を続けた。
「私のミオンさまを見殺しにするなんて……ティティスさま、許しませんから」
「……え?」
 思わぬ言葉にきょとんとしながらティティスが視線を送った先には……体内に宿るマナを『念』の形で出力しようとしているハンドメイドの姿があった。そう、彼女は全属性の中でも最強格と呼ばれる念属性の使い手なのだ。さすがの才女も、思いがけない濡れ衣に背筋が凍る思いがした。
「ちょっ…ちょっと、私は別に見殺しにしてなんか…」
「じゃあ直接殺したんですねっ!」
「そんなわけっ…!」
「許しませんよっ、いけ〜っ『生きてる荒縄』たちっ!!」
「何よそれ…!?…きゃあっ!」
 いつの間にか背後に忍び寄っていた、ハンドメイドが念によって使役する『生きてる荒縄』たちの手(?)により、ティティスは抗ういとまもなく―――(以下略)―――。


◆ ◆ ◆


 祠の中でマナのエネルギーを一身に浴びながら……かおりとなぎさは、口数も少なだった。
 魔法戦士の中で最強の格に位置する念属性使いである二人が、十六傑との初戦でいきなり敗れてしまったのだ。ショックと腹立たしさ、そして虚脱感と絶望感がないまぜになった複雑な胸中は、まるで毒霧で曇っているようだった。
「……ねえ、かおり……」
 そっと指で背中に触れながらなぎさが名を呼ぶ。が、かおりはそれに応えようとはしなかった。
「………私たち、ひょっとして甘かったのかしら………?」
 口調は語りかけていても、実質はなぎさの独り言のように響く。それでも臆さずに、なぎさは続けた。
「通常のムウマ戦士、四天王、九栄神……少しずつ『サイコバースト』の効きが弱くなってるのは、薄々感じてた。あすかちゃんの力を借りないと、九栄神にトドメを刺すことはできなかったから……」
「………」
「ワイルド=ウィンドは言ったわ……ムウマ十六傑にサイコバーストは通用しないって。現に、ロリエッタには全く効かなかった。完敗だわ。みずきちゃんが来なかったら、私たちはあそこで命を落としていた………」
 なぎさの双眸には、薄く涙の粒が、マナが発する光を受けてキラキラと輝いていた。
 彼女の胸中には、かおりを事もなげに打ち倒したロリエッタと対峙した時何も出来なかった自分への後悔と、その時感じたえも言われぬ恐怖感でいっぱいに満ちていた。魔法戦士として幾多のムウマと戦ってきていながら、死をあんなにも間近に感じたのは生まれて初めてのことだったし、何より、目の前でかおりが傷つき倒れた瞬間の映像が、念頭にこびりついて離れないのだ。
「プリティセーラーのみんなは、日を追うごとに強くなっていく。私たちは何も変わらない。……それは、あまりにも強力な『サイコバースト』だけを頼りにしてしまって、自分たちを磨くことを忘れていたから……?」
「それ以上言うな、なぎさ」
 そう告げるかおりの声は、わずかに震えていた。
「ボクたちが最強ではなかったことは………もう充分すぎるくらいに解った。でも、どうすればいい? いまさら戦い方を変えられるか? 例え今まで通りの効果が得られなくても……ボクたちには『サイコバースト』しかないんだ…!」
 背中に触れていた指先から震えを感じて、なぎさはハッとなってかおりを見つめた。その項垂れたうなじは、小刻みに揺れていた。なぎさの目は、自然と細まっていった。
「ねえ、かおり」
「……なに?」
「貴女がロリエッタに倒された時……私、もう死ぬしかないと思ったわ」
 その声に、遊び心は微塵も込められていない。
「それは、ロリエッタにかなわないって意味ではなくて……ううん、それももちろんあるけど」
 そっ…
 なぎさは優しくかおりを背中から抱きしめて、言葉を続けた。
「貴女のいない世界なんて…生きていてもしょうがないと思ったから」
「なぎさ…!」
 かおりのあげたその声に呼応するように、なぎさはかおりを抱く腕にギュッと力を込める。
「貴女の歩く後を追うことが……私の生きている全て」
 なぎさの頬に伝う涙を背中で感じる。濃密なマナの光の中に身を置いていながら、心がどこか別な世界へと飛んでいってしまいそうな感覚にかおりは囚われた。光の蠕動は絶えることなく体をほぐし、いつしかマナと自分となぎさとの境界線があやふやになってくる。マナと一体化するというよりは、体がマナに溶け出していくような感覚。この生命力に満ち溢れる水面のような光を媒介にして、かおりの精神はなぎさの深層意識と繋がっている。二人の記憶に共通するとある瞬間の映像が、そこにはフラッシュバックしていた。
「……でもボクは今、生きてる」
「えっ…?」
 かおりの呟きに、なぎさはハッとなってトランス状態から醒めた。
「夢の中のボクは、確かにキミを残して死んでしまったかもしれない。小さい時から……ずっとその夢に囚われて生きてきた。あの女性は誰なんだろう、って。だから聖蘭学園に入ってなぎさと初めて出逢った時は、本当に奇跡だと思ったよ。なにせ、夢の中のヒロインが、現実の女の子としてボクの前に現れたんだからね」
「…私だって…」
 体全体を強くかおりに押し付けるように抱きしめながら、なぎさも言葉を続けた。
「幼い頃から何度も見る不思議な夢の中で…私を残して死んでしまう貴女の姿を心に焼き付けていたわ。聖蘭学園で貴女と知り合った時、私、もうそれだけで心がどうにかなってしまいそうだった。貴女と私の不思議な夢の話が完全に符合した時…そしてあの妖精が現れた時……あの夢の中のような別れが来るんじゃないかと思えて、少し怖かったのを覚えてる」
「一万年前の悲しい別れを、二度と繰り返すつもりはない」
 自らを抱くなぎさの白い手に自分の手を重ねて、かおりは力強く言った。
「ボクたちは、この時代で幸せになるために生まれてきた。そのためには……ブルワーカとの一万年越しの戦いに、決着をつけなければならないんだ!」
 かおりの瞳に、力強い光が戻ってきた。この地球を、人類が生まれるより遥かな昔から巡っていた悠久のエネルギー・マナが、一万年前に起きたとある二人の間のドラマの続きをこの時代に蘇らせたのかもしれない。だとすれば今の自分が存在するのは、マナの意思なのかもしれないと……かおりは思うのだった。
「このマナを食い尽くそうとするムウマなんか……この星に生きていてはいけないんだ」
「私……貴女についていくわ。どこまでも…」
 マナの光の奔流の中……かおりはスッと自らを抱く手を振り解いて、なぎさの方へと向き直った。真摯な視線が、幾重にもなって絡み合う。かおりが、光の風に吹かれてゆらゆらと揺れるなぎさの長い髪にそっと手を伸ばそうとした……そのとき。
「や〜、やっと着いた〜!」
 祠の入り口からひょっこりと、あすかが姿を現した。
「あ あすかっ!?」
 ドキッとして、思わず手を引っ込めるかおりであった。
「およ、かおりさんになぎささん。ご無事でっ!」
 嬉々として二人の方へと駆け寄ってくるあすか。そんな彼女に続いてひょいと姿を見せたのは、光月つゆりだった。
「あすかちゃん、急いで走りすぎだよ……私、また置いていかれちゃうかと……」
「にゃはは、ばっかだなあつゆたん。私がつゆたんを置いてどっか行っちゃうなんてこと、するわけないでしょ〜♪」
「………(じぃ)」
 突然の来訪者たちの姿にしばし呆気にとられて……次の瞬間には、かおりはクスッと吹き出していた。
「あははは。まあとにかく、キミたちが無事で本当に良かったよ。なにか成果はあったかい?」
 かおりの問い掛けに、あすかはにっこりと微笑み胸を張って答えた。
「へへっ、ムウマ十六傑とかいうやつらを、二人倒したよ!」
「えっ…!」
 何気ないその回答に、かおりとなぎさは絶句してしまった。そんな二人の反応など気に留めることもなく、あすかは自慢げに事の次第を伝える。
「不遇のなんとかってのと、不動のなんとやらってのがその相手だったんだけどさあ、たまたまその片方が植物系で、もう片割れが大地属性だったわけよ。もうつゆたんの『ラプラスフリーザー』が効果抜群って感じでさ!」
「あすかちゃんが前衛で相手を食い止めてくれたから……私一人だと、全然勝負にもならなかったよ、きっと」
 そう……もえぎが確立した属性概念によると、魔法戦士やムウマにはそれぞれ先天的な属性というものがあり、その相性次第で戦闘は楽勝にも大苦戦にもなるのだ。ムウマは比較的この属性にはこだわらない傾向があり、魔法戦士はこれまでは相手のそういったスキを突いて勝ってきていた。十六傑も今の所は、それほど属性や相性にこだわる様子は見せていない。が、魔法戦士サイドも敵の全容が見えてこないので、敵を特定して各個撃破という作戦が取れる段階ではない。
 第一、地道に作戦を練って長期戦に持ち込むことが、今の彼女たちには許されないのだ。猛毒マナに冒され倒れたフェアを助けるためには、あと9日以内に諸悪の根源たるムウマ皇帝ブルワーカを倒し、そのマナを全て解放しなければならない。こうしている間にもタイムリミットは、刻一刻と近付いているのである。
「ところで、りあんとメオはここに来てないの?」
「ボクらがここに来たのもほんの一時間ほど前のことだし、それ以前のことはちょっと解らないな」
「まああの二人はいいコンビだし、心配はないけどね」
 あすかの笑顔に、かおりもなんとなく賛同を覚えた。人間と妖精は、共存が可能とはいえ、根本的には異なる種族である。しかも妖精はここ数十年の内にどんどん人間に住処を追われたという経緯があり、フェアやミラのような親人間派の妖精以外は、むしろ人間を敵視している傾向さえある。そんな中で、りあんとメオは、まるで幼なじみの親友同士のように寝食を共にし、素直に笑い素直に泣き、まるで種族の壁を感じさせないフランクな関係を構築している。これはかおりの目には、奇跡にも等しい現象として見えているのだった。
「踏んだ場数は、りあんが一番多いから。十六傑が相手でも一対一ならたぶん、引けを取らないよ」
「ああ」
 探索や戦闘などで消費したマナを結界から補充しつつ、あすかとかおりは互いに頷き合った。りあんの魔法戦士としての実力は、誰もが認める所なのだ。しかしその頃りあんがどんな苦境に立たされているのか、この時彼女らはまだ知る由も無いのだった。

◆ ◆ ◆

(深い…暗い…重い……苦しい!)
 ぶくぶくっ…
 物凄い水圧の滝壷の底にて……ブルージャンスカは瞬時の夢見から蘇っていた。あと数秒気付くのが遅かったら、そのまま二度と目覚めることはなかったかもしれない。幸い、滝の水流からは多少離れた所に着水したため、水圧で押し潰されることだけは回避できたようだ。これで後はティティスやミオンの追撃を凌ぎ切れば、メオ奪回のチャンスも巡ってくる筈である。もっとも、メオが連中の餌食になる前に、というのが大前提ではあるのだが。
 上から絶え間なく打ち付けてくる滝の水流を中心にして、扇形の滝壷は深さ10mをゆうに超えていた。水面の幅も、下手な池よりも随分広く、差し込む太陽の光によって、水流は薄緑色にキラキラと輝いて見える。飛沫が白く滝の本流を覆っている以外は、おおむね視界も良好だった。
(……メオ…!)
 いつも傍らに居た妖精のことを思えば、今のりあんには多少の苦難など苦難の内に入らない。もうしばらく息を潜めて敵の出方を待ち、自分は死んだのだと相手に思わせることができれば、今後随分動き易くなることは請け合いである。
 幸い、魔法戦士として水の加護を受けている彼女は、水中でかなりの長時間、活動することができる。しかも他の魔法戦士に較べて、かなり自在に水中で動き回ることもできる。もっとも、それはティティスやミオンにも言えることなので、殊今の状況に関しては、これらはメリットにもデメリットにもならない。
(逃げるならなるべく早く、遠くへ…! 隠れるならなるべく長時間、この場所で…! どっちにしても、中途半端は即、敗北に繋がる!!)
 直情型のミオンだけなら、相手にしても互角以上に渡り合える自信はある。現に一度、追跡を振り切ることに成功している。しかし、冷静沈着にして奇襲が得意なティティスや、いまいち得体の知れないハンドメイドまでが戦闘に絡んでくるとなると、まずブルージャンスカに勝ちの目はない。戦うなら一対一、この条件だけはけして譲れない。しかし状況が状況だけに、彼女が生きていることが十六傑に悟られると、最悪の状況が待ち受けていることは容易に推察できる。
(……隠れていても、敵は水属性のムウマ戦士……見つけられてしまう可能性は高い。それならここはいったん浮上して、この場を離れた方が得策ね)
 そう考えてブルージャンスカが水底を蹴ろうとした、ちょうどその時だった。
 ざぶーん!!
 物凄い水音と共に、滝の水流に紛れて何かが滝壷の中に落ちてきたのが解った。水中でバランスを保ちながら驚いてそちらに視線を送ると、そこには……。
「逃がさないわよ、魔法戦士ブルージャンスカッ!!」
「……えっ、あれ、水中でも喋れるのね!? って、せ 清流のミオン!」
 ブルージャンスカにとって、ミオンが見せたこの思い切った追跡は、まさに予想外の出来事だった。滝壷の中に飛び降りるという死と隣り合わせのリスクを負うことで、逃走のための時間を稼げた筈が、まさか敵もそれと同じ手段で追ってくるとは。落ちても死なないという確信があったのか、ただ無鉄砲に追って飛び込んだだけなのかは、判らないが…。
 しかし、ブルージャンスカにはまだ余裕があった。相手がミオン単独なら、勝てないまでもおそらく、負けることはないという自信があるからだ。
「あにさまのカタキ……ここで決着をつけてやるからっ!」
 滝が深く水底を穿って発生する不規則な水流にうまく乗って、ミオンは一気に加速してブルージャンスカへと一直線に向かってきた。イルカやシャチでも、ここまでのスピードには至らない。
(迅いっ!?)
 ギュン!
 すんでのところで突進をかわし、水面へと向かって水を蹴りながら、ブルージャンスカは目で逃がさないようにミオンの姿を追った。その動きはまさに、水を得た魚と言うに相応しい、遥かに予想以上の運動性だった。ブルージャンスカが地上でも水中でも100の力を発揮できるタイプの戦士だとすると……ミオンはひょっとしたら、地上で80、水中では120の力を発揮するタイプなのかもしれない。
(計算が狂った…水中の動きでは、ミオンの方に分があるわ…!)
「私のテリトリーに自ら飛び込んでしまったこと、悔いるがいいわっ! 死ねっ、ブルージャンスカッ!!」
「くっ……『バブルシールド』!」
「甘いっ、『ハイドロリパー』!!」
 バチィッ!!
 どんな衝撃をも吸収するブルージャンスカの泡結界と、どんな障壁をも打ち破るミオンの超水圧攻撃が互いに炸裂し合い、両方の術が遺憾なくその効果を発揮し、相殺して激しい水流を巻き起こしながら弾け飛ぶ。水属性の戦士同士が水中で得意の技術をふんだんに使える状態なのだから、おのずとその攻防は拮抗する。双方共に相手の放つ攻撃に対し耐性があるのに加え、防御も普段以上の出力で行うことができるゆえに。堅守拙攻の長期戦は避けられない。
「性格はまるっきり違っても、さすがはレミオンの妹……気を抜くと負ける……!」
「その名前をオマエが言うなっ! あにさまを返せ〜っ!!」
「………私だってっ!」
 互いに激しく感情を昂ぶらせ、両者の間合いはまた一瞬にして詰まっていく。
 大地を穿つ大瀑布すらも逆流させそうな凄まじい魔力と魔力のぶつかり合いが、幾度となく水面を波打たせた。

 陸路から滝壷の脇へと降りてきたティティスとハンドメイドは、その激しく揺らめく水面を目の当たりにして、水中で今何が起こっているのかを推し量り知った。
「ミオンさま…?」
「メイ、今この水中に割り込むのは危険だわ。私と違って純粋な水属性持ちの二人が水中で戦うということは……想像を絶する威力の技同士がぶつかり合っているということを意味するから…」
 いまにも水中へと身を踊らせようとしていたハンドメイドを制しつつ、やや苦虫を噛んだような顔でティティスは言った。彼女は水属性と並んでもう一つ、毒を主力とした属性をその身に持っている。それにより使用できる技の幅はミオンよりも多いが、その反面、単体を相手にした時の技一つ一つの破壊力は、純粋な水戦士のミオンに較べてやや劣るのだ。広い範囲の敵を攻撃する能力は、ティティスの方が一枚上手であり、一長一短といった具合である。
「う〜、では、この戦いを見守ることしかできないんですかぁ〜?」
「………いいえ、ちょっかいをかけることはできるわ。それも、ミオンにとって有利に作用するちょっかいをね」
 ティティスの表情が、一転して微笑へと変わった。それは謀を企む妖艶な微笑だった。
 そのまま滝壷へと向かって一歩を踏み出し、体内に宿るマナを力として発現させていく。きょとんと見守るハンドメイドの前で……その力は薄紫色の光の膜となって、広く滝壷全体を覆い尽くした。
「な なにをなさるんですか?」
「水全体に、猛毒マナを振り撒くのよ……いけっ、『クルスク・アンダー・ザ・シー』!!」
 ティティスの言い放った力ある言葉に呼応して、その薄紫色の膜は滝や水面に溶けるように同化していき、目に見えて水底へと浸透していった。体躯を蝕む猛毒マナに長時間触れていると、耐性のない人間は活動ができなくなる。ムウマ戦士として訓練を受けてきたミオンは後天的に耐性を得ているが、ブルージャンスカは猛毒マナに触れるのは初めての筈であり、膠着状態はそう長くは続かなくなる。
「あう……確かにミオンさま有利ではありますけど、でも毒ですよぉ? もし高水圧で攻撃されたら、すごい濃度の猛毒マナに身を晒すことになるんじゃないですか?」
「それで死んだらそこまでよ。ミオン程度のムウマ戦士なら、いくらでも替わりはいるもの」
 やや怜悧な視線で水面を見つめながら、ティティスは言った。先程まで激しく揺らいでいた水面はしばしの静寂を取り戻している。猛毒マナが振り撒かれたことに気付き、両者が動きを止めたのかもしれない。
「気付いたようね。これで双方共、次の一撃で勝負に出る筈……」
 そこまで言いかけて、ふと、ティティスは肩越しに後方を見ざるをえなかった。とてつもなくイヤな予感が、脳裏を掠めたゆえに。
 ゴゴゴゴ……
 敵意を剥き出しにして念を発現させているハンドメイドの姿が、そこにあった。
「…え、ちょっと、何?」
「またもミオンさまを亡き者にしようだなんて……許せません!」
「えっ、でも、一応有利になるように協力を…」
「問答無用ですっ、いっけぇ〜『生きてる皮鞭』たちっ!!」
「話を聞いてってばっ…あんっ、コラ〜ッ!!」
 いつの間にか足元まで迫ってきていた、ハンドメイドが念によって使役する『生きてる皮鞭』たちの手(?)により、ティティスは抗ういとまもなく―――(以下略)―――。

 水の変質にまず気がついたのは、水面近くで防御に徹していたブルージャンスカだった。
(うっ……何?)
 一瞬、視界が紫色に染まったかと思うと、次の瞬間からはまるで体の回りを取り巻く水の感触が変わってしまっていた。少量ながらもマナを供給してくれる筈の水は全くその気配を見せなくなり、逆に体から何もしていなくてもマナが抜けていくような感覚が、ふいに彼女の脳裏を掠めた。
(何かが起こった……私にとって歓迎すべきでない何かが…!)
 予感はすぐに確信へと変わった。下方にて彼女のスキを窺っていたミオンにも、変調が訪れたためだ。
「これはっ……猛毒マナ!?」
「なんですって?」
 思わずミオンが漏らした声に、ブルージャンスカは目を見開いた。猛毒マナと言えば、現在妖精フェアの命を奪おうとしている、抗い難い毒の名称ではなかったか。その効果を打ち消すには、術を放った者を倒し、そのマナを全て解放するより他に手は無い……と、ミラやワイルド=ウィンドが言っていたのを思い出す。
「…ティティスめ、余計なちょっかいをっ……! でもまあ、これでアンタは本当の本気で後が無くなったワケだね! アイツの猛毒マナの威力は、肥沃な大地を一瞬にして草木の一本も育たない土に変えてしまう程だからね!!」
「ティティス…彼女を倒さなければ、私はこの猛毒マナにやられてしまうというワケね…!」
 体内に残されたマナにはまだ若干の余裕があるが、ミオンにティティス、ハンドメイドといった面々に包囲されている現状では、力の出し惜しみをしているヒマなどはない。まして猛毒マナに対して有効な対処ができないと、明日にはフェア同様に動けない身となってしまう公算が大きい。ブルージャンスカは静かな心で、ギュッと覚悟を固めた。
「もちろん、ティティスを倒しに行かせる程に私は甘くないわ! 猛毒マナに巻かれて息絶えるがいい、コソ泥魔法戦士めっ!!」
 言いながら、ミオンは体内で練り上げていたマナを一気に力として発現させ始めた。それに呼応するかのようにブルージャンスカもまた、高出力のマナを一気に解放する。
「解ってるわよ、まずはミオン…貴女との決着をつける!」
 キッ!
 力強い瞳は深い海のように蒼く輝き、前にかざされた右手の甲には『蒼の紋章』が燦然と輝きを放っている。水面を背に負ったブルージャンスカを見上げていたミオンは、ふと、彼女の背後に敬愛して止まぬ兄・レミオンの姿が重なって見えたような気がした。
(…あにさま…?)
「私は……いいえ、私たちは! 負けるわけにはいかないのよっ!!」
「くっ……こ このおっっ!!!」
 ブルージャンスカの手のひらが眩い輝きを放ち、ミオンもまた全身から激しいマナを放出させる。
 そして両者は……全く同じ韻の力ある言葉を口にしていた。四天王・激流のレミオンが得意とした、水系最強の奥義。

『『メイルシュトローム!!』』

 ゴオオーーッ!!
 双方が放った渦巻き状の激流は、辺りの猛毒マナをも全て巻き込み、毒々しい紫色の奔流となって、両者の中間で真正面から衝突した。その反発力から発生した斥力はすさまじく、ミオンもブルージャンスカも周囲の水ごと空中に跳ね飛ばされてしまった。
 バーン!!
「うああっ……!」
 飛沫と共に物凄い勢いで空中に投げ出されたブルージャンスカは、ブラックアウトしてしまいそうな意識を必死に繋ぎとめようと瞼をカッと見開いた。その瞬間視界に飛び込んできたのは、滝壷脇からこちらを茫然と見上げている、ティティスとハンドメイドの姿だった。
(あいつを……倒さなきゃ)
 滝に沿うように自由落下をしながら、起きているだけで精一杯な意識を総動員して、ブルージャンスカは制御を離れた必殺技『メイルシュトローム』のコントロールを必死に念じた。その想いが通じたのか…同じく制御を失って暴走しかけていたミオンの『メイルシュトローム』もその身に巻き込み、滝壷中から集まった猛毒マナが凝縮されたその激流は、一気に水面を割って、滝登りをする龍神の如くティティスたちに襲い掛かった。
「なっ……!?」
「えっ……!!」
 ドバーン!!!
 ティティスとハンドメイドが状況を判断しきるより早く…超水圧の鉄槌は、彼女たちの立つ岩場に突き刺さっていた。メイルシュトロームによって巻き上げられた滝壷の水位は一旦半分程まで減少し、徐々に盛り返していく。その途中、ブルージャンスカとミオンは半分以上気絶した状態のまま、再び滝壷の中へと落下していった……。

◆ ◆ ◆

「……なんじゃと…十六傑のうち、早くも二人が欠けたというのか……!」
 摩天楼ブディボレイドの一室。斥候からもたらされた情報を耳にするなり、豪奢な椅子に腰掛けた魔君ヒランヤはギリギリと歯噛みした。骨と皮だけになっている両腕が、怒りのためにブルブルと震えている。
「そ それだけではありません。『深海のティティス』様たちからの連絡が、現在途絶えている状態でして……」
「な なんということだ……! 最強の特戦部隊たるムウマ十六傑をもってしても、もはや妖精の魔法戦士を止めることはできんというのか……」
 ヒランヤの表情が、苦渋の色に歪む。
 四天王、九栄神に続いて、十六傑までも……手塩にかけて育てたムウマ戦士たちが次々と敗れ散っていく現状に、情けなさが沸々と湧き出てくる。そんな彼が一つの決断に達するまでは、それ程の時間を要しなかった。
 バンと机を強く叩きながら、勢いも良くヒランヤは椅子から立ち上がった。
「ええい……私自ら出る!!」
「ヒ ヒランヤ様…お待ち下さい!」
「これ以上、不甲斐ない部下には任せておれぬわ!!」
 その表情は、一線を退いた老兵のものではなかった。未だブルワーカの元で『魔君参謀』として君臨し続けるヒランヤの実力は、十六傑リーダー『無敵のスパルタン』と較べても遜色無いレベルにある。総合力では間違いなく、ブルワーカに次ぐ帝国ナンバー2に位置するのだ。
 しかし、そんな彼の背後に気配も無く忍び寄っている影が一つ、あった。
「爺が出向く必要なんて、ないにゃあ♪」
「ぬ…?」
 不意に背後からかけられた声に、ヒランヤは動揺の色を隠さずに振り向いた。そこには、身の丈せいぜい140cmほどの、小柄な少女が一人、立っていた。胸に可愛い猫がアップリケされたアーマーシャツを着こなし、髪の間からはひょっこりと猫耳が覗けているという異様な出で立ちのこの少女、しかし彼女がけして侮ってよい存在では無いことは、ムウマ帝国に暮らす者なら知らぬ者などいない。スパルタンに次ぐ十六傑の実力者……その名は。
「貴様か、『猫耳のロリエッタ』…」
「前回の手合わせで、魔法戦士の底は知れたにゃ。他の連中ならともかく、ウチが負けるよーな相手ではないにゃあ♪」
「…当たり前だ、貴様が遅れをとるようでは、他の十六傑など束になっても敵わん相手ということになるわい」
「やあん☆ 誉めすぎにゃあ♪」
 猫のようなつり目を細めて照れ笑いを浮かべるその少女の面影に、誰が最強の戦士のイメージを抱くだろう。防御面では念攻撃を全て無効化し、攻撃面でも『にくきゅーパンチ』『目から怪光線』『ねこブレストファイヤー』など、カタストロフィ級の技をゴロゴロ持っているという、歩く核兵器のような少女なのである。
「まあ、ウチに全部まかしとくにゃ♪ そのかし、ご褒美はた〜んと用意しといてほしいにゃん☆」
「ふっ…そうだな。貴様がいる限り、十六傑に敗北などあり得んのだということをすっかり失念しておったわ……よかろう、存分に狩るがいい」
「言われんでもそうさせてもらうにゃあ♪」
 愛嬌たっぷりの微笑でそう答えながら……次の瞬間には、少女の姿は室内から忽然と消えていた。斥候兵は、ただ茫然とその一連の流れを見つめるのみであった。
「………あ あの…」
「解っておる、自ら出るのは今しばらくの様子見の後じゃ」
 ニヤリと口元を釣り上げながら、ヒランヤは椅子に腰掛けることなく、窓の外に見える景色に視線を飛ばした。この広大なムウマ帝国のどこかで、今も魔法戦士と十六傑の鎬の削り合いが繰り広げられている。そこに、いよいよ最終兵器を投下する……策士がこの状況を楽しまない筈など無い。
「どうなる…この一手。キヒヒヒ…」
 窓の向こうの空には、どんよりと重い雲が今日も一面を覆い尽くしていた。
 あすか達がフェアを救えるタイムリミットまで、あと9日……!


次回予告!

 魔法戦士と十六傑の戦いも徐々にヒートアップ!!
 再びサンライズ達の前に姿を現した十六傑『猫耳のロリエッタ』!
 最強のムウマ戦士を、魔法戦士レッドリボンが真正面から迎え撃つ!
 炎と炎、破壊力と破壊力のぶつかり合い……果たして勝負の行方は…!?
 次回・制服戦隊プリティセーラー『猫耳マスター! ロリエッタ再びにゃあ☆』
 君は妖精を見たか!

制服戦隊プリティセーラー 第43回・了

なんやそれ(爆)
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