前の話


★魔都激震! 頂上決戦の刻迫る!★


−第49話−




 7人の魔法戦士は、それぞれの道のりを経て、全員が魔境ムウマンヴァリィに到着した。
 遅れてやってきたエヴァグリーンを加えたレッドリボンやサンライズら魔法戦士の本隊は、ムウマンヴァリィの市街にて残りの十六傑たちによるプライドをかけた追撃を受け、死力を尽くしての総力戦に巻き込まれてしまった。さらに、激闘を勝ち抜き、ブディボレイドへの道を歩もうとした彼女らの前には、数千人というムウマ戦士の軍団が待ち構えていた。先の十六傑との闘いでプライドを傷付けられたサンライズは、最後の誇りを賭けて単身その中に挑みかかっていった…。
 それと同時刻、摩天楼ブディボレイド内でもまた、熾烈な争いが勃発しようとしていた。
 ミオンとハンドメイドを追って摩天楼へと侵入したブルージャンスカは、皇帝ブルワーカの居る最上階へと続く階段の踊り場にて、十六傑最強の戦士『無敵のスパルタン』と出会っていた……。

◆ ◆ ◆

 ブルージャンスカは、表情を凍りつかせて、眼前にて繰り広げられた光景を、理解しようと努めた。
 不敵に立つ屈強な男……これはいい。ムウマ十六傑のリーダーたる人物、無敵のスパルタンに他ならない。今彼女が注視しているのは彼自体にではなく、彼の周囲に転がっている、小物類の方である。見覚えのあるブーツ。見覚えのある手袋。見覚えのある白いエプロン。それらが、スパルタンの周囲に、無造作に散らかっている。つい先程までは、持ち主の身に付けられていた筈のそれら小道具が……今はただ、冷たい階段の踊り場に、転がっているのだ。
「……どうして……そんなことが出来るのよ?」
 震える声で、ブルージャンスカは問い掛けていた。
「…仲間でしょ? あんたに助けを求めてきたのよ? それを………殺すなんて!」
「ふん、勘違いしてもらっては困るな」
 鼻で笑いながら、スパルタンは見下したような視線でブルージャンスカを睨みつつ、口元をニヤリとつり上げた。
「この俺が貴様と戦う準備を万端満たすために、ミオンの奴からチカラを頂いただけだ」
「…っ!」
 ブルージャンスカが、ミオンやハンドメイドを追ってこの階段の踊り場に辿り着いたのは、今から数十秒前のことだった。彼女がここに到着した時、そこには何故かミオンの姿は無かった。やけに広い間取りのある階段の踊り場には、今同様に不敵な笑みをたたえたスパルタンと、その彼に向かって殺意に似た攻撃的マナを迸らせているハンドメイドの姿だけがあった。そしてその次の瞬間には、スパルタンはまるで虫を払いのけるかのような無造作な動きで、ハンドメイドを吹き飛ばしてしまったのである。ブルージャンスカを幾度もてこずらせた能力者である彼女を、わずか一撃で…。
「どのみちもう、ミオンの奴には貴様と戦うだけのマナも気力も残ってはいなかったようだったからな。だからここはひとつこの俺が、奴に代行して貴様と戦ってやろうと思ったわけだ。そんな俺の決定に反発した部下が一名出たが、それを排除した…ただそれだけのことだ」
「……ミオンを、どうしたっていうの!?」
 一歩を踏み出して問い詰めるブルージャンスカ。手のひらには、自然とイヤな汗が滲み出てきている。
 メオを失った時の状況がフラッシュバックして、今にも感情のダムが決壊しそうになるが、それだけは何とか堪える。感情にまかせてムウマと戦うことだけは、もう彼女は絶対にしたくなかった。しかしそんな彼女の心情を嘲笑うかのように、スパルタンは淡々とした口調でその問い掛けに応えた。
「奴は俺が吸収した」
「!!」
「貴様にはどうやら、レミオンのマナが宿っているようだったからな……俺もミオンのマナを体内に取り込むことで、条件をほぼ対等にし、敗北に至るわずかな要素さえもこれで完璧に消したわけだ」
 その言葉の一言一句が、まるで鋭い刃のようにブルージャンスカの心を切り刻む。
 和解の可能性を残した好敵手が、おそらく本人の最も望まなかったろう形でその生涯を終えてしまったことに、彼女は言い知れぬ恐怖と不快感を覚えた。レミオンを失い、メオを失い、そして今ミオンまでが、彼女の前から消えていった。何故自分だけがこんな目に、という絶望的な念が胸に瞬間こみ上げるが、それは泡沫のようにすぐに立ち消える。スパルタンに対する怒りと猛烈な敵愾心が一気に膨らみ、その他の雑念を全て掻き消してしまったのだ。
「あんただけは………絶対に許さないよ!!」
 腹の底から吐き捨てるような口調で、ブルージャンスカははっきりと言い切った。
「もう死すら、あんたの罪を拭うには生温いよ! だけどせいぜい死んで詫びなっ!」
 メオと出会ってからはしばらく口にすることのなかった、悪意を剥き出しにした矢じりのような言葉を浴びせながら、ブルージャンスカは体内にくすぶる攻撃的マナを一気に表層に噴出させた。それを目の当たりにしつつ、スパルタンもまた、歓喜に似たイントネーションで、言った。
「それが貴様の本性か、ははっ、なるほど強さの理由も頷ける! だが、相手が悪かったな!!」
「もう勝った気でいるわけ? ハ! チョヅいてられんのも今のうちだけだよっ!!」
「貴様なんざ……この俺の50%のパワーがあれば、充分捻り潰せるぜ?」
 その言葉を告げると同時に、スパルタンも一気にパワーを放出し、ブルージャンスカを威圧した。しかし彼女は、それに全く屈する様子など見せない。ここに至るまでの十二日間、幾多のムウマ十六傑と互角以上に渡り合ってきたという自信が、彼女の中に確かに芽生えているゆえに。十六傑は皆一様に自信家で、魔法戦士を格下と見下してはいるが、実際戦えばそれ程大きな戦力差は無いのだということを、彼女は充分に体験してきたのだ。一芸に突出して秀でた者が多い十六傑より、各員に総合力が備わっていた四天王の方がむしろ強敵だったと、今の彼女には思えていた。
「死ね、ブルージャンスカッ! 『ルイナスハリケーン』!!」
 叫びと共に、スパルタンは突き出した右手から、練り上げた攻撃的マナを一気に技として撃ち出した。それに呼応するように、ブルージャンスカも思いっきり技を解き放つ。
「何をっ! 『アクアシュレッダー』!!」
 ミオンとの戦いを経て体得した、ムウマ流の必殺技だった。空中に水の塊を創り出し、それを高水圧の刃と化して、相手にぶつけるのである。彼女の眼前に現れたマナによる水塊は、目まぐるしく形を変えてうねり、まるで獲物に狙いを定めた大蛇のように、スパルタン目掛けて襲い掛かった。
 バチィィッ!!
 双方の繰り出した技が空中で衝突し、激しい衝撃波が発生する。
 技を放ちながら、ブルージャンスカは、これまでにない重圧のようなモノを、瞬時感じ取った。ズシリと、何かが重くのしかかってくるような感覚。
(えっ…何! 一方的に、押され……!?)
 そう認識した次の瞬間には、スパルタンの放った『ルイナスハリケーン』が、もう彼女の目の前まで迫ってきていた。心を閉じるよりも早く、その衝撃は彼女の体全体を襲う。均衡は、数秒持たずに崩れた。
 グアァッ!!
「うあ!」
 物凄い風圧に押しやられ、ブルージャンスカは抵抗する間もなく、強かに昇りの階段へと叩きつけられた。魔法戦士形態でなかったら、それだけで一生を棒に振ってしまいそうな、凄まじい衝撃が走る。
(…強いっ…!)
 口の中に広がる苦い血の味を噛み締めながら、彼女は必死に意識が途切れないように目を見開く。手や足の指をクイクイと動かして、五体の無事を確認する。背中の下からゴツゴツした感触を感じるのは、今の衝突によって階段の一部が崩れたためだろう。アクアシュレッダーである程度威力を相殺していなかったら、今の一撃だけでメオの後を追ってしまう所だったかもしれない。
「む、耐えたか……? 50%では少々、見くびりすぎたということか」
 巻き上がる煙のような埃の向こうから聞こえてくるスパルタンの言葉に、ブルージャンスカは思わず顔をしかめた。
(今ので50%…? ジョーダンでしょ……?)
 そう思っている彼女自身、今の技で打ち止めというわけでは、ない。まだ自身最強の技『メイルシュトローム』を残している。周囲に水気のないこの環境では、発動のために相当身体に無理を強いなければならず、かつ100%の出力で放つことは難しいが、しかしこの圧倒的に不利な状況を打開するには、『メイルシュトローム』の一撃に賭ける他は、どうやら道が無さそうだ。
(撃つしかない、メイルシュトロームを……! もしそれで倒せなくて、本当にあいつがまだ50%しか本気を出していなかったとしたら……ヤバイけど)
 心の中でそう決めながら、ブルージャンスカは相手に悟られないよう静かに体内でマナを溜め、機を窺うようにじっと息をひそめた。
 ザッ…。
 砂埃の中を、スパルタンが一歩踏み出す音が聞こえる。
「…何故動かない? ひょっとして、今の一撃で死んじまったのか?」
 利かない視界の向こうから聞こえてきたその呟きに、ブルージャンスカは一筋の光明を見た。
(あいつ、私の気配に気付いてない…? チャンス! 目の前に来たら、思いっきりぶっ放してやる!)
 体内で充分に高まり練られた攻撃的マナを右腕に集中させながら、ブルージャンスカはそっと息を殺して敵の出方を窺った。足音が再度聞こえ、今度は断続的にこちらへ近付いてくる様子が聞き取れる。スパルタンは彼女があまりに動きを見せないため、気を失っていると認識しているようだ。彼女は、この難敵に勝利するための最大のチャンスを手に入れた。
 床を踏みしめる足音が、徐々に近付いてくる。彼女は全ての神経を耳に集中する覚悟で、敵の動きを掴むことに腐心した。最高の間合いまで、あと3歩と要さない。緊張が高まる。また一歩が踏み込まれ、間合いが近付く。埃の幕の向こうに、うっすらと人影が見えてくる。わずかに埃が晴れ、スパルタンの姿が垣間見える。その手は前方にかざされ、その指先は寸分の狂いもなく、ブルージャンスカ目掛けて伸ばされていた。
「!?」
 刹那、背筋に走る悪寒があった。理性が判断を下すよりも早く、彼女の身体はその感覚に反応し、跳ね上がっていた。
 ゴガン!!
 数瞬の間もなく、直前まで彼女の横たわっていた階段の瓦礫が、さらに細かい粒となって粉々に砕かれていた。
「…ち、気付いていたか」
「くっ…!」
 相手を見下ろす位置に立って身構えながら、ブルージャンスカはギリリと歯噛みした。あの不用意に思えた接近は、彼女の考えていることを理解した上でのブラフだったのだ。埃が晴れるのがあと一秒遅れていれば、彼女は今頃、全身の骨という骨を砕かれて、激痛に悶絶していたかもしれない。
「貴様は頭のいい戦士だ、俺と戦ってもかなわないことは、もう充分に理解しただろ? あのワイルド=ウィンドやパープルバニーみたく、大人しくこちらの傘下に収まっちまえよ」
「違う、ワイルド=ウィンドは魂までムウマに売り渡したワケじゃない! 私たちはあいつを信用するって……メオと二人で、決めたんだから!!」
 彼女の中で一瞬萎えかけた戦意が、再び燃え上がってくる。『フェアを救う』というメオの遺志成就のためには、こんなところで倒されてしまうわけにはいかないのだ。もう彼女は、ちょっとした挫折によって心まで折れてしまうことはない。レミオンとメオという二人の存在が、彼女の心に強力な支柱となって、宿っているのだから。
「私は負けないっ!」
 ダンッ!
 強く階段を蹴り、ブルージャンスカはスパルタン目掛けて一気の攻勢を仕掛けた。その奇襲はスパルタンにとっても意外だったらしく、対処に一瞬遅れたスキを突き、少女の繰り出す鋭い拳がその厚い胸板に突き刺さった。
 ズドッ!
「ぐっ…!?」
 息の詰まるスパルタンの顎を振り上げた爪先で蹴り飛ばし、完全にボディががら空きになった所で……ブルージャンスカは、先ほど右腕に集めておいた攻撃的マナを、一気にチカラとして発動させた。
「くぅらえぇ〜っ! 『メイルシュトローム』!!」
 相手のボディに直接手を押し当てながら、ブルージャンスカは激しく感情が昂ぶるにまかせて、最強の必殺技を解き放った。まるで乱気流のように突如空中に発生した超水圧の奔流が、スパルタンの全身の関節を引き裂くかのようにねじり上げる。
「なっ…ぐ ぐおっ…!?」
 グギギギ……!
 骨や筋が軋む音が響き、スパルタンの顔が苦痛に歪む。彼が、今身体にかかっている負荷に抵抗しえなくなった時、その身は一気にちぎれ弾かれ、その瞬間に発生するすさまじい激流に押し流されて二度と活動することができなくなってしまうだろう。
「ぐおおお……!」
 必死の形相で歯を食いしばりながら、スパルタンは憎悪に満ちた視線でブルージャンスカを真正面から睨みつけた。
「きっ…貴様、調子に乗りやがって……!」
「え!?」
 少女は、驚愕した。この技に抵抗できるだけでも驚きだというのに、技を受けながら言葉を発することが出来るなど、彼女の常識からは、全く信じられなかった。
「てっ…てめェもくらえっ…『ルイナスハリケーンッ』!!」
「うあ!」
 グオォッ!
 身を竦めるいとまもなく…ブルージャンスカの身体は、再度の超風圧に晒されていた。スパルタンのように抵抗できる余力など、全く無かった。相手との間にある圧倒的な力の差を思い知らされながら、彼女はさっきよりも随分高い位置まで吹き飛ばされ、階段を全て飛び越えて、上階の床へと叩きつけられた。空中に打ち上げられたぶんだけ勢いが死に、先の一撃よりも軟着陸することができたのが、彼女にとって大きな救いとなった。
「けほっ、げほっ……くはっ…!」
 咳込むと、熱いモノが体内から一気に上がってくる。生まれて初めての吐血に、ブルージャンスカは一瞬目の前が暗くなるのを感じた。前のめりに身体を支える両腕が、ブルブルと震える。
 ふと、階下を見下ろすと、そこでは『メイルシュトローム』を受け切り、激しく両肩を上下させているスパルタンの姿があった。所々皮膚が裂けているが、致命傷を受けている様子は、見受けられない。
「今のは……ヤバかった…!」
 うめくように、スパルタンは言った。口元からツゥと血が滴る。
「ミオンを吸収して水攻撃に耐性を得ていなければ、やられていた……死…死ぬ所だった…! この俺が、死にかけるだと……!?」
 わなわなと全身を震わせ、キッとブルージャンスカを見上げる。その形相は、怒り一色に凝り固まっていた。少女はまるでヘビに睨まれたカエルのように、薄笑いを浮かべることしかできなかった。

◆ ◆ ◆

「サンライズ!」
 ムウマ戦士が死屍累々としている中心にて…一人倒れていたサンライズを抱き起こし、レッドリボンは精一杯の声を張り上げた。しかし、腕の中のサンライズの心までその声は届かなかったようだ。そっと力無いまま、サンライズの変身はスゥと解けていき、レッドリボンの腕の中には、華山かおりが残った。
「目を覚ましてよ! 死んじゃダメだ、かおりさーん!!」
 ムウマンヴァリィの街路に、レッドリボンの叫びがむなしく響く。辺りからムウマの気配は全く感じられない。全てサンライズ…彼女が片付けたのだ。己の存在意義全てを賭して、ただ一つ頼れる技『サイコバースト』に全てを委ねて、たった一人で数千というムウマ戦士を倒した彼女だったが……その代償は、深刻だった。
 タタタッ…
 レッドリボンの背後に駆け寄ってくる複数の足音がある。レモネードムーンとネイビー・ブルー、そしてエヴァグリーンの3人だった。レッドリボンに抱かれてピクリとも動こうとしないかおりの姿を見て、3人とも息を呑む他なかった。特にレモネードムーンは、言葉を発するよりも早く頬にツゥと一滴の雫をこぼしていた。
「……かおり!」
 そっと跪き、レモネードムーンはレッドリボンの手からかおりを抱き寄せた。それを見ながらレッドリボンは所在なく立ち上がり、ギュッと拳を強く握り締める。
「こんなのって…ないよ……! やっとムウマンヴァリィまで来れたのに、ブルワーカの居城なんて、もうすぐ目と鼻の先じゃないかっ! かおりさん、一番行きたがってたじゃないのさあっ!!」
「早まらないで、レッドリボン!」
 後ろからギュッと抱きしめるようにレッドリボンを止め、エヴァグリーンは言った。
「まだ彼女は死んだわけじゃない。体内に宿るマナが枯渇して非常に危険な状態ではあるけど、まだ生きているのよ!」
「だって……こんなトコロじゃ、マナの回復なんてままならないのに!」
 レッドリボンの指摘は、真実だった。ムウマ帝国の最奥地に位置するこのムウマンヴァリィは、幾多のムウマ戦士やブルワーカによってマナが消費し尽くされ、全くの枯れた土地と化してしまっている。それゆえに、たとえ一晩横になっていたところで、体内にマナが再び蓄積されることはないのである。
「…一応、マナを移譲する手だては、あるのよ」
 ふと歯切れを悪くしつつ、エヴァグリーンは言った。その言葉に、3人は一斉に彼女に視線を集める。
「それって本当!?」
「え ええ……古くは大陸から伝えられてきた術の応用で、えっと、その」
「それでかおりさんが助かるのなら、早くそれを行なった方が…」
 ネイビー・ブルーまでがせっつくように言うと、エヴァグリーンは仕方ないといった表情で一度溜め息を吐き、軽く肩を竦めて一同を見渡した後、視線を誰とも合わせないようにしながら、言った。
「概念的には、そうね、房中術の一環というのが適当なのかしら。化学では浸透っていう現象もあるわね。膜を通して、密度が低い方から高い方へと溶媒が移動するというアレね。人間とマナとの関係だと、これと似たような性質が…まあ似ているというよりは正反対と言った方が正しいのかしら…とにかくまあ、確認されていて、粘膜を合わせた二人の内片方の体内マナ濃度が極端に低い場合、高い方からじんわりと体内マナが浸透していって、最終的には双方とも同密度になるっていう……」
「う〜〜、解んない! 結局のトコロ、それって何なの?」
 レッドリボンが頭をくしくしとする隣では、ネイビー・ブルーが頬を桜色に染めて、視線を地面に落としてしまっていた。レモネードムーンはエヴァグリーンの瞳を真っ直ぐに見つめ、小さくコクリと頷いた。
「教えてよ、エヴァグリーン! その方法ってヤツを!」
「…名門・聖蘭学園に通ってるくせに、これっくらいも察しが付かないの? そうね…5分時間をあげるから、目を瞑って考えてみなさいな。ネイビー・ブルーも、せっかくだから付き合って? 私もそうするし」
「あ……はい、そうですねっ…」
 やや焦った風にネイビー・ブルーも二人の方へと駆け寄ってきて、まるで円陣を組むように顔を突き合わせた。レッドリボンはギュッと瞼を閉じ、真剣に唸っている。
「う〜ん、浸透、浸透……たしか漬物がシオシオになっちゃうのは、コレと関係があったような無かったような…」
「いいトコ突いてるわよ。いちお、名門に通ってるってだけはあるのね」
「へへん、こう見えても中学までは、わりと勉強出来たもんね」
「多いのよね、中学で勉強できたからってそれだけで有頂天になって、結局人生の坂を転がり落ちてくだけの人って」
「ぐっさあ」
 そんな他愛のない会話がしばらく続き……数分が経過した頃。不意にレッドリボンの後方から、声が聞こえてきた。
「すまない……迷惑をかけてしまったな」
「……を?」
 その声に引き寄せられるように彼女が後ろを振り返ると……そこには、華山かおりが、レモネードムーンの肩を借りるような形で、なんとか立ち上がっていた。
「かおりさん! …って、あれ? なんで…?」
「ふふ…いいじゃないの、何でも」
 少し上気した頬を緩めながら、レモネードムーンは言った。ますます首を傾げるばかりのレッドリボンを尻目に、エヴァグリーンはスッと彼女の前に出た。
「今後……こんな無茶なマネはしないで、かおりさん。全員無事で帰ってこそ…フェアは、喜んでくれる筈だから」
「私からも、きつ〜く言っておくわ」
 少し涙目になりながら、レモネードムーンはまるで全てを包み込むような柔らかな微笑を浮かべ、かおりの顔をじっと見つめた。かおりも彼女を見上げ、その視線は刹那にして複雑に絡み合う。
「もう二度と離れないで。二度と離さないで。私はもう二度と、離さないから」
「なぎさ……」
 何かを言いかけたかおりの唇を、レモネードムーンはそっと、人差し指で制した。
「違うわ。私は…万民を照らし導く太陽を護る…月の魔法戦士・レモネードムーン」
「…そうだった、な」
 言いながら、かおりの右手甲に、ぼんやりと何かが浮かび上がってきた。人間界とムウマ帝国を分ける結界を司りし七つの紋章の一つ、『太陽の紋章』が。
 カッ…
 オレンジ色の淡い光と共に、かおりは魔法戦士サンライズへの変身を遂げていた。変身を維持することも容易ではない様子ではあるが、生身で活動するよりは余程こちらの方が安全なのだということは、誰もが身を持って知っている。
「…さあ、向かおう。摩天楼ブディボレイド……その最上階を目指して」
 眼前に聳え立つ、文字通り天を擦るかのごとき高さを誇る巨大建造物を見上げながら、サンライズは噛み締めるように言った。全員が頷き、そして、ついに魔法戦士たちの本隊が、ブディボレイドへと辿り着いたのだった。

◆ ◆ ◆

「ええい…市街戦の報告はどうなっておるのだ」
 摩天楼ブディボレイド、最上階の一角にて……豪奢な椅子に腰掛けながら怒りを露わにしているのは、ムウマ帝国の魔君参謀・ヒランヤである。
 妖精の魔法戦士を倒すために最後の切り札として繰り出した特戦部隊『ムウマ十六傑』の戦果も、予想より遥かに芳しくなく、気がつけばいつの間にか皇帝の膝元にまで魔法戦士が集いつつあるというこの現状に、彼ははらわたが煮え繰り返ってしまいそうな程に怒り心頭に発していた。不甲斐ない部下を恥じると共に、そんな部下を当てにしてしまった自戒の念も込めて。
「す すみません…情報が今、錯綜しておりまして…」
「ここからどれだけも離れていない場所のことだぞ! ええい、貴様などもう当てにはせんわ!!」
「は…?」
 バツッ!
 まるで粘土を捻じ切るように、部下の首は派手な音を立てて胴体と永遠の別れを告げることになった。数m離れた位置に居ても冴え渡るヒランヤの念動力は、老いてもなお衰えることを知らない。
 部屋の壁に大きく設えられた窓には、赤黒い色をした天と、どす黒い色の雲だけが見えている。建物の高度が高すぎ、全く地上が視界に入らないのだ。今彼の足下数百mの所で、魔法戦士たちがこのブディボレイド目指して行軍している筈なのである。下手をすると、もうすぐそばまで迫っているかもしれない。
「スパルタンは城内に詰めているとはいえ……十六傑をことごとく打ち破ってきた魔法戦士たちのこと、用心してし過ぎるということはあるまい…。私自ら出るより他になさそうだな……」
 そう呟きながら、立ち上がりかけた、その時……。ヒランヤはふと、いつの間にか室内に侵入者が居たことに、気がついた。以前に一度ロリエッタにも背後を取られたことがあるが、この雰囲気はどうやら、彼女の気配とは異なる。
「……何者か?」
 言いながら、ヒランヤはゆっくりと背後を振り返る。そこには、不躾な侵入者が一組、立っていた。
「久しいな、ヒランヤ……」
「貴様は……ワイルド=ウィンド!」
 魔法戦士パープルバニーの肩にちょこんと腰掛けたまま、ワイルド=ウィンドは無表情を決め込み、サラッと言った。
 この妖精がフェア達を裏切り、ムウマ帝国側に付いたという情報は、無論ヒランヤの耳にも届いていた。が、彼はどうしてもワイルド=ウィンドを信用する気にはなれなかった。今から一万年前、かつて妖精や人類の古代文明とムウマ帝国が、豊穣なマナの大地を求めて争った時代、ヒランヤとワイルド=ウィンドは、幾度も戦場で出会っていたゆえに。
「この期に及んで貴様……何を企んでおる? 確かに我が軍は、貴様ら妖精の魔法戦士の手により、壊滅に近い状態に追いやられておる……が、スパルタンや私、何より皇帝ブルワーカが生きている限り、結局最後に勝つのは我々なのだぞ?」
「フン、そんな事に興味はない。俺はただ、今…『無敵のスパルタン』が動けずに貴様が城内で単独になる、まさに今という時を待っていただけのことだ」
「貴様ぁ! やはり、こちらに寝返ったというのはでまかせであったか!」
 ヒランヤの問い掛けに、ワイルド=ウィンドは黙したまま応えようとはしない。変わりにニィと笑みを浮かべたのは、彼を肩に乗せた、パープルバニーの方だった。
「あんたを倒すためだけに、私ってばはるばるここまでやって来たのよ!」
「そいつはご苦労だったな、報われぬ努力だがな!」
 カッ!
 ヒランヤの瞳が、鋭い眼光を放った。ルールも何もない、問答無用の念動力による先制攻撃。普通の魔法戦士なら、一撃で首を捻り千切られてしまう程の威力を誇る……。だが。パープルバニーは平然と、微笑みすら浮かべてヒランヤの顔を正面から見つめかえしてきた。
「…なに!?」
「ざぁんねん、効かないのよね、あたし。そういう念攻撃っての、全部!」
 言いながら、パープルバニーはスゥと大きな動作で、何かを投げるかのように振りかぶった。その手には別に何が握られているわけでもないが――。
「今度はこっちの番ね! くらいなさい、『インビジブルダガー』を!!」
「むぅ!?」
 ガカカカッ!
 キラリと空中に何かが閃き、それを視覚で捉えた次の瞬間には、透明にして鋭なる刃が幾筋も、ヒランヤの身に突き刺さっていた。相手の死角からの攻撃が信条たるパープルバニーの『インビジブルダガー』…マナを駆使した必殺技としては別段特別な威力を誇る技ではないが、攻撃を受けたヒランヤは、その直撃によって一気に身体の芯までダメージが響いたことを感じた。クリティカルヒットだ。不意打ちであったことを加味しても、あまりにダメージが大きすぎる。念属性を持つ彼の弱点属性を突く攻撃、それは……。
「ぐぅ……き 貴様はっ…!」
「…崇高なる支配者として『念属性』があるのなら、それを討ち、秩序を壊し、新たに創り、そして守る者にこそ、それを倒す剣が与えられる……秩序を正義とするのなら、それに対抗しうるは混沌、邪……即ち、『悪』!」
 空中にて腕を組み、ヒランヤを居丈高に見下ろしながら、ワイルド=ウィンドは声高らかに宣言した。
「このパープルバニーは、貴様を倒すためだけに俺が仕込んだ、珠玉の存在……『悪の魔法戦士』だ」
「ふふん、そ・ゆ・こ・と♪ 念属性持ちに対してのみ、絶対のチカラを持って闘える……それが私、悪の魔法戦士・パープルバニーってわけ」
 かつて『念動のレッドアイ』との戦いにて露呈した彼女の特殊能力は、これだったのだ。念攻撃の完全無効化。念属性使いは絶対数が少なく、その攻撃手段に幅があるわけではないが、相手から見た場合、その強力な念攻撃は完全に防ぐ手だてがなく、また防御面では一切の弱点属性を持たないという意味で、元来最強の属性として見られてきた。しかし、その念に対して圧倒的な優位を誇る……カードでいうキングに対してスレイヴ、奴隷だけが王を殺す……まさにその説話通り、『悪』属性が少しずつ、世に出始めているのだ。これまで最強の地位に座していた念属性が弱点とする、ただ一つの属性として。念を頂点として成り立つ力のピラミッドは、徐々に崩壊を始めているのである。
 このパープルバニーやロリエッタなど、本質的に真の悪とは言えない者が『悪』属性を持つというのも、皮肉な話である。
「実質的にこの帝国を取り仕切っているヒランヤ…貴様が消えれば、この帝国はその膨大な暴力を持て余すだけの、クズ集団と成り下がるだろうよ。それに対し俺はこの一万年間、他の妖精との関係を断つことに努めてきた。例えこの場で貴様と刺し違えても、人間界には何の影響も及ぼさん」
「ぐ…!」
 ヒランヤは、かつての好敵手の前に、圧倒されていた。一万年前の戦いで数多くの妖精や魔法戦士と雌雄を決してきたが、ワイルド=ウィンドほど狡猾で食えない相手は居なかった。一万年という時間をかけて、自分を倒すためだけに策を施してきた彼の執念を目の当たりにして、ヒランヤは絶句せずにはいられない。
「ま まだだ……まだ終わらんっ!」
 苦し紛れとしか見えない表情で、ヒランヤは吐き捨てるように言った。傍に立て掛けてあった錫丈を手にして身構えるが、狼狽は隠し切れない。そんなかつての好敵手の様を見たワイルド=ウィンドは、勝利を確信した。
「ふん、ムダな足掻きを……やれ、パープルバニー」
「言われなくても! 『ダークスフィアー』!!」
 両腕に徐々に暗闇の雲を纏わせつつ、パープルバニーはヒランヤを正面から見据え、このうえなく嗜虐的な笑みを浮かべた。かつて唯一の弱点であった10分という活動時間限界……それから解き放たれた彼女を止められる者は、もう居ない…。

◆ ◆ ◆

「逃がしはしないぜっ!」
 ゴォ!
 敵意に満ちた突風にあおられ、ようやく立ち上がりかけたブルージャンスカは一気に体勢を崩してしまう。そのまま一気呵成に仕掛けられてはどうしようもないので、苦し紛れでマナを集中し、少女は敵目掛けてなんとか手を突き出した。
「…っ、『ウォーターミサイル』!」
「効くかっ!」
 バチッ!
 バランスを失いながらも何とか放った一撃は、スパルタンに直撃はしたものの、たいしてダメージを与えるには至っていない。彼女は、もはや完全に追い詰められていた。
(もう一発…もう一発メイルシュトロームを直撃させれば、せめて一矢報いることもできるのに……!)
 『ルイナスハリケーン』のダメージが深く身体に刻み込まれていて、なかなか攻撃的なマナを体内にて練り上げることができない。ブルージャンスカは焦りを感じつつも、最低限生き延びるために、スパルタンとの距離を一定に保とうと、必死の努力をしていた。
 先程放った『メイルシュトローム』は、相手にまるっきり効かなかったわけではない。ミオンを取り込んだ影響で水攻撃に耐性を得たスパルタンには100%有効というわけではなかったが、彼の防御力を上回るダメージを与えることは、かろうじてできた様子である。もう一度同じように攻撃を当てれば、倒すことはできないまでも、より重いダメージを相手に残すことはできる……ブルージャンスカは脳裏でそう考えていた。
(問題は、どうやって当てるか…。さっきみたくまた『ルイナスハリケーン』を受けてしまったら、今度はたぶん……死ぬ………)
 死。今のブルージャンスカは、今日までの人生の中で一番、死を身近に感じていた。四天王『迅雷のサズン』に敗れた時も、ここまで自分を悲観することは無かった。あの頃は、そばにレミオンやメオが居たから。今は居ない。死を幾度も目の当たりにしていくうち、彼女の中にはある一つの死生観が生まれてきつつあるのだ。『次が私の番でも、何も不思議じゃない』と。しかしその反面、自分を護って死んでいった者たちのことを思うと、『絶対に生きなければならない』とも思えてくる。この矛盾を孕んだ思考が、彼女の中でのマナの集中を阻害していることは、まだ彼女自身気付いていない。
 人があくまで『個』の生物であるなら、或いは人との関わりを否定し、自分は『個』であると主張する者であるなら、前者の死生観に順じ、生を絶望するのもいいだろう。だがそんな者は、この世に何人存在しているのだろうか。親なくして生まれてくる子は居ない。保護者の庇護なくして育つ人間など、そう滅多に居るものではない。寵愛を受けて育ち、それでも自分は『個』であると主張するものは、自然界に生きる者のルールを無視した、社会不適格者だ。報恩こそが美徳。他に生きる者との間に芽生えた絆を重んじるからこそ、ブルージャンスカは後者の思考を選ぶ。恩に報いるために何としても生き抜くこと、それこそが、真理に適う正義というものだ。
(…こんな後ろ向きでどうするの! ここであいつを倒さなきゃ、あすか達が私と同じ苦しみを味わうことになるのに!!)
 胸中で自らを叱咤し、ブルージャンスカは折れかけた心をグッと奮い立たせた。震える膝にグッと力を込め、背筋を伸ばして仁王立ちし、スパルタンを真正面から見据え、身体の底から長く息を吐き、身構える。
 スパルタンは悠々とした歩調で、無造作に間合いを詰めにかかってきた。相手の最大の技を凌ぎ切ったことで、勝利をほぼ揺るがないものとしたという自信が、その表情からふてぶてしい程に感じ取れる。ロリエッタが離反し、その他も総崩れとなってしまったムウマ十六傑だが、この男だけはやはり、別格であった。
「覚悟は決まったか、ブルージャンスカ? もう少し遊んでやってもいいが、どうやら俺一人で残りの魔法戦士全員を狩らなければならんらしくてな……貴様一人にそうそう長く付き合ってやるわけにもいかんのでね」
 言いながら、スパルタンに徐々に体内に攻撃的マナを高めていく。ブルージャンスカは直感で、それが『ルイナスハリケーン』の予兆であることに気付いた。もう二度も受けている技である。防ぐ手だては持たなくても、気配で技発動のタイミングを察知することくらいは、出来る。
(相殺は出来ない。防御してもたぶん、ムダ…。でもひょっとして、見切って避けることが出来たら…?)
 物凄い圧力を伴う突風攻撃である。全方位に放っていたのでは、およそそこまでの破壊力には達しまい。ブルージャンスカは『ルイナスハリケーン』を、ごく限られた方向に向けて放たれる回避可能な技であると踏んだ。というより、そう信じるより他に道は無かった。相手のモーションを盗み、必殺の一撃を避け、かつそのスキに渾身の一撃を叩き込む。それで倒すことは出来なくても、程なくここに到着するであろうレッドリボン達が優位に闘えるだけのダメージを敵に刻み付けることは出来るのだ。
「覚悟は……出来たわ」
「フン、敵ながら殊勝なことだ。最後に少しだけ誉めてやろう。予想以上だった。一万年前に闘ったどの魔法戦士より、貴様の方が優れていた。素晴らしい強さだったぞ、ブルージャンスカ!」
「あんまり嬉しくないわね…」
 苦笑いを浮かべながらブルージャンスカが返すと、それに応えるかのように、スパルタンはスッと前方に右手をかざした。不意打ちではなく、真向かいから技を放つ心積もりなのだ。少女は踏み出すタイミングを読み誤らぬよう神経を尖らせつつ、体内では必死にマナを掻き集め、ギュッと歯を食いしばった。
(お願い、レミオン、メオ……私に力を貸して!)
 少女の右手甲に浮かんだ『蒼の紋章』が、ぼんやりと光を放ち始めた。
「それでは、消えろ……『ルイナスハリケーン・スペシャル』!!」
「えっ!?」
 ダッ!
 声に呼応するように地面を蹴ったブルージャンスカだったが、予想外の言葉が混じっていたことに、思わず目を丸くしてしまった。スペシャルである。彼女は昔、何かのマンガで見たことがある。本来なら単発である技の語尾にスペシャルが付く場合、その効果は…。
 グアグアグアアッ!!
 少女目掛けて突き出されたスパルタンの右手から、幾発もの超風圧弾が射出された。およそ回避など不可能なように思える、広角への同時攻撃。スパルタンは読んでいたのだ……彼女の決死の作戦を。
「バカが、貴様ら魔法戦士が考えつくことなんざ、この俺には全てお見通しってやつだ!」
「くっ…!」
 風圧で、すぐ眼前にまで敵の攻撃が迫ってくることが解る。しかし、彼女はもはやその足を止める気などしなかった。
「これくらい……どうしたって言うのよーっ!!」
 パァン!!
 凄まじい破裂音が、廊下に響く。勝ち誇ったスパルタンの頬に、何か冷たい飛沫がかかる。
「…あ?」
 血液ではない。それは紛れも無い、ただの真水。
「なんだ…」
 そして次の瞬間には、一気に眼前まで迫ってくる、ブルージャンスカの姿が。
「と…!?」
 右手に輝く『蒼の紋章』は眩いばかりの光を放ち、その燐光はまるでブルージャンスカの身を包むように纏わり護っている。彼女の意識とは別に張り巡らされた『水幕結界』が、『ルイナスハリケーン』の威力を相殺していたのだ。
「バカな…この俺の攻撃を防ぎ切る強度の水幕結界だと…!? ミオンでもそんな芸当は不可能な筈っ…!」
「覚悟を決めるのは、あんたの方だったようね!」
 スキだらけだったスパルタンの胸板に掌底を叩き付けつつ、ブルージャンスカは言った。『メイルシュトローム』を放てるだけのマナは、相手に触れた右手に充分込められている。その手が触れた瞬間、背筋を駆け抜ける不快な感覚と言葉にできない脱力感に襲われ、スパルタンは身を凍りつかせてしまった。
「ぐっ…な なんだ…!?」
(えっ…?)
 それはブルージャンスカにとっても、不思議な感覚だった。相手に触れた右手の紋章から出る光を通して、何かが自分の中に流れ込んでくるような……冷たいが心地良く、とてつもなく清冽なチカラが流れ込んでくるような、感覚。
 その瞬間、彼女の時間はまるで止まってしまったかのように流れを遅らせた。相手に押し付けた右手の感触だけがやけに鮮烈に感じられる中、彼女の脳裏に、聞き覚えのある声が響き、こだまする。
『撃て、りあん』
(誰…?)
『紋章がお前の願いに応えたのだ。今だけは、俺はお前の力になってやれる』
(………レミオン!)
 その刹那、ブルージャンスカは確かに、自分の背後に立つ誰かの気配を感じた。止まった時の中では振り向くこともできないが、彼は確かに今、そこに居る…。
『…あたしもアンタに付いてやるよ。あにさまの傍に、居たいしね』
(ミオン…!?)
 思わずブルージャンスカは胸中驚いてしまった。スパルタンの手に掛かり命を落とした筈のミオンまでもが、今自分の背後にいてくれる。
『その紋章のチカラを借りて、スパルタンの中から逃げ出せたのよ。その点では感謝したげるわ、ブルージャンスカ。あたしの要素が抜けたせいで、アイツは水に対する耐性を全て失った。もう決して、術を破る方法はないっ!』
(…ありがとう、ミオン)
『勘違いしないで…アンタを完全に許したわけじゃないんだからねっ! でも、こうしてあにさまと一緒に居られるなら……もうそんなこと、どうだっていいや』
『ミオン……つらい目に遭わせてしまったな』
『ううん、もういいよ、何もかも全部。もう一度あにさまとお話ができるなんて、それだけでもう何も……』
 スゥ…
 背後から感じていた人の気配が、まるで霞が散っていくように薄れて消えていく。ブルージャンスカは、胸の奥が熱くなっていくのを止められなかった。愛した男が、好敵手が、こうして今自分の力になってくれたことが、たまらなく心強く感じられたのだ。そんな思いを胸に秘めた彼女の肩に、ふと、何か重みがかかるのを、感じた。
『りあん…』
(……えっ…)
 耳元に吹き込まれる、優しい響きを伴う声。もう二度と聞けないと思っていたその声が、自分の本当の名前を呼ぶ。
『私も、ずっと貴女の傍にいるから』
(えっ…うっ、ああっ…!)
 まるで本能が衝き動かすように、ブルージャンスカは声の主が居る方向へと首を回そうとした。しかし、止まった時の中ではそれは無為な行為に終わる。姿の見えないその存在は、しかし、確実な量感を持って彼女の肩に留まっているのだ。
『貴女と一緒に過ごした一年間……短い間だったけど、すごく楽しかったよ。まだちょっぴり淋しいけど……りあんはもう私がいなくても、大丈夫だよね』
 その言葉に、ブルージャンスカは振れない首で、精一杯首を横に震わせ、搾り出すような心の声で呼びかけた。
(違うよ、ダメだよ! ずっと一緒に居て欲しいよ!)
『……ごめん、ごめんね、りあん』
(メオ! 行かないで!!)
『りあん、ずっと貴女を見守ってるから……そんなに悲しまないで』
 そしてまた、肩にかかっていた重みは、スッと音も無く薄れて消えていった。ブルージャンスカの中で限界まで高まった感情は、一気に爆発するかのように『メイルシュトローム』として弾けた。
「うわああ〜っ!!」
 時が動き出す。ブルージャンスカが絶叫と共に放った『メイルシュトローム』は、先程とは桁違いの圧力でスパルタンの体躯を巻き込み、摩天楼全体を揺らす程にまで膨れ上がった。
「何っ……ぐおおあああ〜っ!?」
 自分の予想以上に激しい威力に、スパルタンは全身が一気に弾け飛んでしまうのを耐えるのに精一杯だった。しかし耐性が消えアドバンテージの一切を無くしてしまった彼が、そう長くこの術に耐えることなど、出来る筈も無かった。
「バカな、この俺がこんなもので……! こんなっ……こっ……!!」
 ブチン!
 一箇所が千切れてしまえば、後はもう抵抗するいとますらなく、全身が引き裂かれて四散してしまうのみだった。
 ブチブチブチブチッ!
「ぎゃああ〜っ!!」
 階下まで響き渡るような断末魔の声を最期に、スパルタンは全身を細々と裂き散らされ、果てた。マナによる水流が消え、雫の垂れる廊下には静寂が再び訪れ……その場には、荒い息で立ち尽くすブルージャンスカだけが、残った。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
 激しく肩を上下させ、彼女は自らの右手を見つめる。そこには『蒼の紋章』が煌々と浮かび上がっていた。ムウマを封じる結界を司る七つの紋章……或いはその中に、人の意識が宿ることもあるのだろうか。
 レミオンやミオン、メオたちの意識に刹那でも触れた体験を思い返しながら、いつしか頬を伝っていた涙を拭いて、彼女はキッと廊下の奥の方向を睨むように見据えた。薄暗い廊下はマナの灯りでぼんやりと照らされている。その奥には……目立ってひときわ豪奢な扉が、仰々しくも設えられていた。悩むまでもない。あの向こうにこそ、全ての元凶たる存在、ムウマ皇帝ブルワーカが居るのだ。
「……ついに辿り着いたわ」
 右手を強く握り締める。軽い痛みと共に、まだ身体にチカラが残っていることを確認し、ブルージャンスカはゆったりした足取りで、その扉へと向けて歩き始めた……。



次回予告!

 最強の十六傑、スパルタンを打ち破ったブルージャンスカ!
 扉を開けた向こうには、ついに諸悪の根源たるブルワーカが待ち構えていた!
 全身全霊の力を込めて挑みかかるブルージャンスカと、ムウマ皇帝ブルワーカの激突!!
 ヒランヤ暗殺を目論むワイルド=ウィンドや、城内に侵入した本隊は、果たして間に合うのか!?
 次回・制服戦隊プリティセーラー『聖戦勃発! 完全無欠ブルワーカの世界!』
 君は妖精を見たか!

制服戦隊プリティセーラー 第49回・了

…誰が主役なんだか(爆)
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