死語・ら&わ行

乱塾時代学習塾の乱立と爛熟という言葉をかけた造語っ☆
ここ20年ほどの間に、塾と学校の二足草鞋な子が激増したんだよね。
暮らしにある程度余裕が出来てきて、いい歳になってまで夢見る族が出てきたんだね。
歪んだ社会を映す、路傍の立て札みたいなもんかな。
リッチでないのに昭和48年、CM作家の杉山登志って人が自殺しちゃったの。
その時の遺言として残された言葉が、これ。
「リッチでないのに、リッチな世界などわかりません
ハッピーでないのに、ハッピーな世界など描けません」
TVに流れる幸せな映像なんて、すべて嘘、虚構なんだよ、って
彼は死をもって教えてくれたんだね。
でも、嘘だっていい。虚構だってミエミエでいいから、
TVの中くらいは、幸せ溢れる空間であってほしいな。ティコは、心からそう思うよ☆
レジャー自分が自由に使う事が出来る時間・・・・それがレジャー☆
こんな言葉が日本に流行り出したのは40年近く前の昭和36年。
広告業界の凄い所は、この言葉に「旅行に行く」っていうニュアンスを付加させちゃったこと。
レジャーに行く=旅行に行くっていう式が成り立つように国民を洗脳したんだよね。
でもこれじゃ、「バカンス」とどこが違うっていうのさ? 
ロマンスグレーちょっぴり白髪混じりの、オジサマ的な魅力の持ち主のことっ☆
女性扱いがソフトで、お金もある程度自由に使える人のことだよね。
こんな言葉が流行ったのは、終戦のごたごたも収まってきた昭和30年頃のお話。
暮らしにも若干の余裕が生まれて、色欲が表に立ってきた時代だったのかもね☆
ロンパリお酒とか飲んだら、目の焦点が合わなくなってるような人っているよね。
そういうのって斜視って言うんだけど、人はどんな事でもハイカラな名前をつけたがるもんで。
右目と左目が、別々の方向を見てる・・・まるで、ロンドンとパリを同時に見てるみたい・・・
そのロンドンとパリがくっついて縮まって、ロンパリなんて言葉になったんだって。
ウラジオストクとピョンヤンだったりしなくて、ちょっとホッとしちゃう☆
私○○する人昭和50年、ハウス食品のCMが、結構強烈なコピーを掲げたの。
それが「私作る人、ぼく食べる人」っていうテンポ良い言葉なんだけど、
「差別だわっ!」って全国のオバサマ方がもう抗議。
あっさり打ち切りになったんだって。
じゃあ、何? 主婦って身分低いの?
私の選んだ人時は昭和39年、前年に今上天皇御夫妻が御成婚なされたばかりで、皇室ブーム。
そんな時、皇女の一人だった清宮貴子内親王の婚約が発覚したの。
まだ婚約発表される前にすっぱ抜かれたもんだから、記者会見は大賑わい☆
そこでの、「好きなタイプは?」って確信犯的な質問に、
皇女は「私の選んだ人」って答えて、記者たちに度肝を抜かせたんだってさ。
「知ってるくせに」っていう皮肉もこめた、名回答だよねっ☆
私は貝になりたい今から40年も昔の、軍事法廷もののドラマのタイトル。
気の弱い元一兵士が、戦犯として死刑にされるお話なんだけど、
ラストで主人公が呟く名台詞が、
「今度生まれてくるのなら、海の底の貝になりたい・・・」
当時はまだ戦後真っ直中で、A級戦犯の岸信介が総理だったこともあって、
このドラマはかなり流行したみたい。
松本智津夫が法廷で「貝になります」なんて馬鹿げた事を言ったのは、このドラマの影響?
わんわん語わん♪ わわん♪ わんわんわーん♪
ゴメン、これ死語じゃないや(笑)
んちゃ出所は、言うまでもなくアレだよねー☆
意味的には、「こんにちは」ってくらいのとこかな?
最近、アニメをリメイクして放送してるみたいだけど、
鳥山明独特の暖かさみたいなものが、一ミリも感じられなくって。
大胆なリメイクってことで、ある意味評価できるかもしんないけど。
デジタル彩色移行がコケた一例として、記憶に留めておこうねっ☆

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