DFCネット支局カウンター4444をゲットした大介さんに捧げます


遥かなる帰還

                こうづき ユリ     



 ディスプレイ画面を流れていくテロップが途切れ、エンドマークが出るのを待って、リーは手元のパネルを操作した。イヤレシーバーを外して、スイッチをオフにする。荷物を取りまとめてブースを出、歩き出した途端、よく見知った顔と出会った。
「リー。」
 形のよい口元に、いつもどおりの優しげな微笑を浮かべて、彼女は彼の名を呼んだ。
「何しているの?」
 相変わらず彼女の周りだけ、空気の色が違っているような印象がある。
「何って、勉強だよ、勉強。」
 レポートが思うようにはかどらない苛立ちから、リーはぞんざいな口調でそれに応えた。実のところは、気分転換と称して、レポートのテーマとなる人物『デュークフリード』を主人公にしたちょっと昔の名画を見ていたのだが、それは言わないでおいた。
「何の勉強?」
 言いながら、ダイアナはリーの手元を覗き込むようにした。
 リーが無視して歩き出すと、ダイアナは当然のように彼と肩を並べた。小柄なリーよりも、ダイアナのほうが少しばかり背が高い。
「レオニ教授のレポートでしょう?」
 リーが手にした紙片の走り書きから当たりをつけたのだろう。ダイアナの勘は鋭かった。
「あたり。…ったくなんで史学なんか取っちまったんだろう。」
 リーは今更ながら、自分の選択を少し後悔していた。もっと楽に単位の取れる授業は他に幾らもあったのだ。理学部のリーがレオニ教授の史学を履修しなくてはならない理由は何もない。それにもかかわらず、あえてその授業をとったのは、教授の研究テーマに興味があったからだし、その講義の内容に魅力を感じたからだ。だが、現実にレポートの提出期限が迫ってくると、履修願いを出したときの気持ちなど忘れて、悪態のひとつもつきたくなるのだった。
「よほど大変なようね。」
 ダイアナがあまり同情している風にも無く言う。
リーはそれには答えず、足早に資料閲覧用デスクに向かった。館内を大きく横切るようにして歩いていくと、無数の視線が自分達に向けられるのを感じた。ダイアナと歩くといつもこんな調子だ。慣れたとはいえ、それは決して快いものではなかった。
二人が目立つのには、もちろんそれなりの理由があった。
 まず、ダイアナは、その端正な美貌だけでも衆目を集めるには充分だったが、更に加えて、同期の学生のうちではトップクラスの成績で卒業試験をパスした才媛ぶりと、この星域有数の企業グループ『グレース』の前代表の娘という出自によって、より多くの人々の興味と注目の対象となっていた。
 一方、リーは、ダイアナのように名門といわれる家の出でもなければ、飛び抜けた美貌の持ち主でも、ずば抜けて優秀な学生でもなく、そういった点に置いては、ごく普通の一般的な学生だった。ブライアン・リーというのが本名なのだが、キャンパス内に、スペースボールのヒーローであるブライアンという人物がいる為、学生の仲間内では、とかく話題に上る二人のブライアンのうちの一方を、セカンドネームで呼んでいた。リーは、もう一人のブライアンのようにキャンパスのスターではなかったが、気難しいことで知られる機械工学のメリッサ教授のお気に入りであり、好奇心の強そうな黒い大きな瞳が印象的な青年で、キャンパス内を派手に動き回っては、学生達に話題を提供していた。もっとも、本人には、派手に動き回っているという自覚はなかったようだが。
 その目立つ、だが、取り立てて接点があるとも思われぬ二人が肩を並べて歩いているのだ。周囲の学生の目を集めても、致し方のないことだった。 
「ダイアナは何でこんなトコにいるんだ?」
 昨年度までは学生だったダイアナも、今は卒業してグレースに就職したはずだ。そうそういつも大学に足を運んでいるとも思えない。
「研究室へ挨拶に行った帰りに寄ったのよ。教授に誘われて卒業後も研究室に時々来させてもらうことになっていたのだけれど、もうこれからは、来られなくなるから。」
「親父さんが亡くなったからか?」
「ええ。忙しくなってしまって。」
 ダイアナは、先月、事故で父を亡くしたたばかりだった。
「グリセリダ教授の研究室だろ?」
「ええ。」
「教授は研究室に残るように勧めたって噂、聞いたぜ。どうして、残らなかったんだよ。」
 噂では、残るように勧めたどころではなく、是非残るべきだ、どうしても残って欲しいという、熱烈なラブコールがあったという。
「いろいろ考えた結果、今の道を選んだのよ。でも、週に一度でもいいから研究室に来ないかって、教授が誘ってくださったときには嬉しかったわ。でも、父が亡くなって、それも出来なくなってしまったの。」
 ダイアナは何の屈託も見せずにそういって、静かに微笑んだ。柔らかなウェーブのかかった栗色の髪に縁取られた顔は、彫像のように端正で、その肌はぬけるように白い。誰もが認める知的な印象の美貌と、優雅な立ち居振舞いが醸し出す気品。彼女が学生達にクイーンと呼ばれる所以だ。
「ところでダイアナは、レオニ教授の授業取ったのか?」
 漸く目当てのデスクに辿り着いたリーは、椅子に腰を下ろしてダイアナに尋ねた。
「ええ、取ったわ。」
 ダイアナも、手近な椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「レポートは?」
「もちろん書いたわ。」
 当然だといわんばかりのダイアナの答えに、リーは手を止めて彼女の顔を見つめた。
「大変だったろ。」
「まあね、教授はなかなか厳しい人だから。」
「ダイアナ〜。」
 リーは芝居っ気たっぷりに、『縋るようなまなざし』というヤツをダイアナに向けてみた。
「何?」
「ちょっとさ、ちょっとだけでいいから、手伝ってもらえないかな〜。」
 冗談で言ってみる。もとより、彼女の助けを借りる気は無かった。
「勉強は、自分の力でするものでしょう?」
 返ってきた言葉は素っ気無かったが、その目は笑っていた。
「そりゃそうだけど、俺さぁ、こういう資料を集めて仮説を立ててっての苦手で、歴史の資料ってど〜やったらいいのか、よく、わかんないんだよ。情けないんだけどさぁ。」
「じゃ、何故、史学の授業なんか取ったの。」
「何故って、そりゃ、レオニ教授がデュークフリード研究の第一人者だったからさ。俺のヒーローなんだよ、デュークは。」
 リーの答えに、ダイアナが呆れたように肩をすくめる。確かに、人気ドラマのデュークフリード像に憧れた挙句、レオニ教授の史学をとったリーの行為は、子供っぽいといえた。だが、それを他人に指摘されるのは、リーとしては面白くなかった。
「で、テーマは?もう、決まっているんでしょう?」
 柔らかな口調だった。
「ん、一応。」
 促されるままに、リーは答えた。
「デュークフリードと地球について、レポートにしようと思っているんだけど…。」
 途端に、ダイアナの表情が険しくなった。眉根を寄せ、考え込むように、デスクの上を見つめている。
「やっぱ、難しいかな。」
「そうね、かなり難しいわね。」
 ダイアナが、吐息と共に呟いた。
「でも、やってみたいんだ。面白そうだろ?」
「資料不足よ。」
 ダイアナは、尚も困惑したような視線を、机上に投げたまま言った。
 デュークフリードは、一千年程前に、独裁政権を敷き恐怖政治に明け暮れたベガ大王に滅ぼされたフリード星の王子で、地球に逃れた後に、ベガに反旗を翻し、フリードの守護神と呼ばれたロボットグレンダイザーを駆って戦い、ついにはベガを打ち破り、更にはミューア連合設立の礎を築いたとされる人物である。星域の平和に大きく貢献したとされ、その功績は高い評価を得ており、一部には、彼を英雄視する向きもある。若くして凶弾に倒れ返らぬ人となるまでの生涯が、大変ドラマティックであるため、歴史小説や、ドラマの題材になることが多かった。だが、その実像については、謎も多く、特に地球における彼の姿については、デュークの妹マリアも多くを語らなかった上に、地球が連鎖的な核の事故により、放射能にまみれた死の星となってしまい、殆どの資料が失われてしまったこともあって、謎に包まれたままであった。
 研究者の間では、地球におけるデュークフリードの実像と、後に、グレンダイザーが航行中行方不明となった事件は、グレンダイザーとデュークフリードをめぐる大きな二つの謎とされている。
「わかってる。でも、やってみたいんだ。」
「一介の学生が扱うテーマとしては、不適当だと思うけれど。」
「別に、俺は、歴史上の新事実を掴もうとか、大それたことは思っちゃいないさ。ただ、デュークフリードという人物を、俺なりの見方でレポートにしてみようと思ってるだけだ。」
 ほぼ半年にわたって受けてきたレオニ教授の講義で、リーは、恐星ベガの台頭からミューア連合設立の頃の、混迷の時代を生きたデュークフリードという人物が、単なる英雄ではなく、一人の人間であるのだということを学び理解した。だが、彼、デュークが、リーの心のヒーローであることに何ら変わりは無い。 
「何故、『地球』なの?」
「ん〜、なんてぇのかなぁ。気になるんだよ。純粋に興味があるってヤツ。デュークにとって、地球は大きなターニングポイントだったはずなんだよ。だけど、その割には、地球でのデュークの姿ってのが掴めていない。確かに、地球に関しては、あの事故のせいで、あんまり資料が残ってないんだけど、やれるとこまでやってみようと思うんだ。」
 リーは言いながら、ベガトロン放射能による汚染から、漸く立ち直ろうとしているフリード星と、未だ、核による死のうちにある地球の姿を、脳裏に思い浮かべた。そのどちらもが、かつては宇宙に浮かぶ青い宝石とまで言われた惑星だ。
「わかったわ。少しだけ手伝ってあげる。」
 ダイアナが、口元にいつもの微笑を浮かべて、静かに言った。その、予想外の言葉に、リーは驚いてダイアナを見返した。
 自分を見つめる蒼い瞳。
 ふと、その澄んだ蒼い色に、在りし日のフリード星の姿が重なる。と、同時に、どこかでこれによく似た瞳に出会ったことがあるような気がした。
 ダイアナが瞬きするたびに、蒼いフリードが一瞬消えては、そして、また、現れる。
「リー。」
「ん…。ああ。」
「どうかした?」
「え?いや、何にも。ただ…。」
 言いかけて、思わず口篭もった。あんたの眼がフリード星みたいだと思ったなどといったら、ダイアナはどんな顔をするだろう。
「…ただちょっと、あんたに似た人を見たことがあるような気がして。」
 赤面しそうに気障な台詞を飲み込む。
「私に似た人?」
 ダイアナは軽く首を傾けて、視線を宙に浮かせた。
「誰なのか、わからないんだけどさ。」
 ダイアナに似ているのなら、それだけで印象的な人物であろうと思われるのに、思い出せない。
「それより、ありがとう。」
 リーは、気持ちを切り替えて、彼女への礼を口にした。
 一瞬戸惑った表情を浮かべたダイアナだったが、すぐに口元を綻ばせた。
「どういたしまして。」
 リーは気持ちを切り替えて資料を集めにかかろうと、備え付けの末端装置に手を伸ばした。
「リー、この後の授業は?」
「なし、今日、明日は、このレポートにかかりきりになるつもりなんだ。」
 リーは作業の手を休めずに答えた。
 ざっと検索しただけでも、デュークフリードに関する著述は山のようにあった。お堅い人物評論から、伝記、歴史小説、写真集、果ては『デュークの愛した美味百菜』などという料理読本まで、上げていったらきりが無い。この中から、レポートに使えそうな資料を探し出すだけでも、かなり、骨の折れる作業になりそうだった。
「ったく、どうしてこうも資料が多いんだよ。」
「さあ、たぶん、人気があるからでしょう。」
 毒づくリーに、ダイアナはゆったりとした口調で応じた。
「そのくせ、俺のレポートに役に立ちそうな資料はチョピッとしかないんだからな。よっ、この色男。」
 リーはディスプレイ画面で微笑んでいるデュークの鼻先を指で弾いた。
「デュークが迷惑しているわよ。」
「迷惑なんかするかよ。この俺が、史学なんて性に会わないことをやるくらい惚れ込んでやってんだ。迷惑なんかするわけがない。」
「ずいぶんな言い草ね。」
 苦笑交じりに言って、ダイアナが立ち上がった。リーの肩越しに、ディスプレイを覗き込む。リーは無言で検索を続けた。
「リー、家へいらっしゃいよ。」
 不意に、耳元で言われて、リーはびくりとしてダイアナを振り返った。耳に残る声が思いがけず甘く、その意外さがリーをうろたえさせた。普段、ダイアナが女性であることを殆ど意識しないでいるが、時たま、ふとした折に、彼女が魅力的な女性であることを意識させられ、どきりとする。今がまさにそれだった。
「リー。」
 振り返ったままぼんやりしているリーに、ダイアナがいぶかしげに眉根を寄せた。
「リー、どうしたの?」
「あ…いや、なんでもないよ。ちょっとびっくりしただけさ。あんたのお屋敷に行くのはいいけど、その前に資料だけは集めないと。」
 顔が赤くなっていなければいいのだがと思いながら言葉を口にする。
「その必要はないわ。」
「…え?だけど、…?あ、そうか、ダイアナのとこからアクセスして資料を引き出せばいいのか。」
「まあね、とにかく家にいらっしゃい。資料は揃っているから。」
 ダイアナに促されて、リーは彼女とともに大学を後にした。

 ダイアナの家は、街の中心地から車で小一時間程もかかる郊外にある。この大学からだと、三十分くらいの距離だ。あたりは未開発の土地が殆どで、交通の便も悪いため、自然は豊かだが、住む人は多くない。
 周囲を塀で囲まれた広大な敷地の中にある古い壮麗な屋敷に、ダイアナは弟のアーサーと数人の使用人とともに住んでいた。
 リーはこれまでに、二度その屋敷を訪れたことがある。初めてその屋敷を目にしたとき、彼は、その建物が人間が住む為に作られた物だとは、にわかには信じられなかった。それはまるで、博物館か美術館、もしくは神殿のよう見えてならなかった。ダイアナの家は、リーの持つ家のイメージとは、あまりにかけ離れていたのだ。
 ホールに初めて足を踏み入れたリーが発した言葉は、「本当にここに住んでいるのか?」だった。
 あの時、ダイアナは、静かに微笑んで、「ええ、生まれたときからずっとね。」と、答えた。その、どこか寂しげにも思えた表情が、何故かリーの脳裏に灼きついている。
 ダイアナの車とリーのバイクは、後になり先になりしながら、緑の中を走り抜けて行った。
 やがて、深い緑の中に古い石塀が見えてきた。暫くの間石塀に沿って走りつづけると、その石塀の長さに見合った立派な門が現れる。豪華なだけでなく、威圧感のある堅固そうな門だ。門の前にバイクを停めて、リーはダイアナの到着を待った。
 ややあって、ダイアナのブルーグレイの車がやってくると、門は音もなくするすると開いて、二人を中へと迎え入れた。
 リーは、アクセルを思い切り吹かして、門から屋敷の玄関へと伸びる、ほぼ真っ直ぐな道を走りぬけた。エンジンを切り、バイクから降りたところで、ダイアナの車が車寄せに停まった。ドアが開いて、ダイアナが優雅な身のこなしで車から降り立つ。
 これまで二回と同じく、執事のジェームズが玄関の大扉の前に立って、二人を出迎えた。
「いらっしゃいませ、リー様。お帰りなさいませ、ダイアナ様。」
 ジェームズは、渋くて品のいい紳士といった印象の人物で、ダイアナが生まれる前から、この家で働いているのだという。
 ジェームズに促されて、リーは屋敷の中に入っていった。扉をくぐるとき、ふと後ろを振り返ると、深緑の中を真っ直ぐに伸びる道の向こうに、二人がくぐって来た門が、遠く豆粒のように見えた。
「お車はどうなさいます?」
 玄関ホールを歩くダイアナに、ジェームズが尋ねている。
「少ししたら、社のほうへ行く予定だから、そのままでいいわ。」
「リー様は?」
「彼はここに残って、レポートを書くわ。」
「レポート…でございますか。」
 ジェームズが怪訝そうな顔をしている。
「デュークフリードについてのレポートなのよ。」
 続くダイアナの言葉に、ジェームズが得心がいったとでも言うように頷いた。
 広い屋敷の中、ダイアナに案内されて、リーはいつもの客間に辿り着いた。
 とりあえず、ソファに腰を下ろして、ダイアナの勧めてくれたグラスに口を付ける。透き通った炭酸水が喉を潤し、ダイアナと二人になったこともあって、リーはやっと人心地ついた気分になった。
「ジェームズは苦手?それとも、この家が苦手なのかしら?」
 ダイアナが、グラスを手に椅子に腰を下ろしながら尋ねた。
「…え…?」
 何故そんなことを…と、蒼い瞳を見返す。
「大きなため息をついているから…。」
 どうやら、無意識のうちにため息をついていたらしい。
「しいて言えば、…ん…両方かな。」
 リーは、ダイアナの手の中の、透明な薄緑色の液体に目を移して答えた。
「ジェームズは、ちょっと固いところはあるけれど、あれで、なかなか味のある人よ。彼は、貴方のこと、気に入っているみたいだけれど。」
「気に入ってるって?」
「いい感じの青年ですね、なんて言ってたわ。」
「ふうん。」
 他人にどう見られようが、あまり頓着しないリーは、気のない返事を返した。
 ダイアナが、グラスの中身を一口啜った。グラスを包むその手は、女の手としては、少し大きめでごつい感じがするが、その動きは優美だった。
「ところで、さっきジェームズに言っていたのが聞こえたと思うけれど、私はこれから社のほうに行かなくてはならないの。夜も、スケジュールが詰まっていて、帰りは遅くなるわ。だから、実際のところ、レポートのお手伝いは出来ないの。ただ、デュークフリードに関する資料は、大学のライブラリィより、うちの資料室の方が充実しているはずよ。もちろん、ちゃんと資料整理もしてあるから、きっと役に立つはずよ。」
 リーは、ダイアナの言葉の意味をすぐには掴めなかった。デュークフリードに関する資料を、大学より多く個人所有している人物の話など、あまり聞いたことがない。
「資料がここに揃ってるわけ?」
 リーは思わず尋ねていた。
「ええ。」
 ダイアナが頷く。
「どっかのコンピューターにアクセスするとか、そーゆーんじゃなくて?」
「そうよ。まあ、アクセスしたければ、大学なり、研究機関なり、お好きなところはアクセスできるけれど、たぶん、その必要はないと思うわ。早速だけど、資料室へ行ってみる?」
「ああ、頼むよ。」
 リーは、半分狐につままれたような気分で、ダイアナの後について部屋を出た。
 長い廊下を歩き、階段を下ってまた歩き、いくつものドアの前を通り過ぎて、やっと、ダイアナの足が止まった。
 ダイアナの指が、ドアの横のパネルの上を踊り、キィが解かれ、ドアがすっと開いた。ダイアナが振り返って、入室を促す。
 ドアを潜り抜けると、そこには広い空間があった。書斎や書庫などという言葉が似合わない程の空間に、無数の書棚が整然と並び、その棚には、多くの書籍やディスクが、これまた整然と並べられていた。リーはそのスケールに、思わず息を呑んだ。
「ここが資料室兼、書庫よ。デュークに関しての資料は、そちらの一角にまとめられているはず。勿論、ここの末端を使って、データの検索や、引出しもできるわ。後はあなたの努力次第。頑張ってね。」
「ダイアナ…これって…。」
 リーの声は上ずっていた。
「何か?」
「あんたの家って、ホント、とんでもないな。」
 やっとそれだけ言って、デュークに関する資料が収められていると説明された一角に足を向ける。
「ホント、とんでもないよ。」
 リーは、改めてため息を漏らした。
「御先祖のコレクションでね。どういうわけか、代々引き継がれて、その結果これだけのものが集まってしまったのよ。玉石混交だけれど、資料の量としては、ここの大学のライブラリィ以上のはずよ。」
「確かに。はあっ。見事にとんでもないよ。」
 リーは、軽い脱力感を覚えながら、見慣れた末端装置の前に戻り、椅子に腰を下ろした。
「じゃ、そろそろ私は出かけるわね。」
 ダイアナは、資料室のキィの暗証番号と、ジェームズとの連絡の取り方や食事について等、必要と思われる事を伝えると、部屋から出て行った。
 一人残され、暫くは呆然としていたリーだったが、やがて、もう一度だけ大きく息を吐き出すと、レポートに取り組み始めた。ダイアナの言葉どおり、資料は豊富だったし、しっかり整理もされていた。後は、彼自身の努力次第だった。
リーは、持ち前の集中力を発揮して、レポート制作に、没頭していった。
 何時間か後、食事を御馳走になった折、ジェームズに、ダイアナに言われて部屋を用意したので、泊まっていかれてはどうかと勧められた。リーは、レポートの進み具合や、この家への交通の便のことを考え、ありがたくこの申し出を受けることにした。
 食後も、リーは、資料室でレポートと格闘して過ごしたが、さすがに夜半も過ぎると、その集中力も鈍ってきた。さらに、眠気以前に空腹感を感じるに至って、リーは資料室を出る事にした。
 ひっそりと静まり返った長い廊下を、先ほど教えられた部屋に向かって、うろ覚えの道筋をたどっていく。廊下はまるで迷路のようで、リーの記憶は混乱した。それでもどうにか見覚えのある階段に辿り着き、それを上って、更に歩き出そうとした時、リーは何所からか流れてくる弦楽の調べに気付いた。静まり返った館の中に、その音は高く低くわたって行く。決して、大きな音ではない。耳をそばだてなければ、メロディラインがつかめないほどの音だった。
 なんとなく気になって、リーはその音を辿ってみた。音の大きくなる方向へと足を進める。階段を更に上り、音を頼りに廊下を進む。音源に近づくにつれ、楽器がひとつであることや、そのメロディが聞き覚えのあるものであることがわかってくる。確か、この曲は、何世紀か前の高名な作曲家によって、フリードの古い民謡を元に作られた曲だったよう、記憶している。
 こんな時間に、誰がこんな曲を聞いているのだろう。
 リーは、好奇心に導かれて進み、とあるドアの前に辿り着いた。音の出所を突き止めては見たものの、次にどういう行動を起こすか決めかねて、更にドアに近寄る。ふと見ると、ドアは薄く開いていた。後ろめたさはあったが、ついその隙間を覗いてみた。
 落ち着きと、繊細さを感じさせる調度の室内。窓際に立って、楽器を演奏している白いドレスを纏った女性の姿。ダイアナだった。
 リーは、慌てて目をそらすと、ドアから離れた。一刻も早く、その場を立ち去らなくてはいけないように思われた。だが、不意に曲が途切れ、足音がドアに近づいてくるのを聞いて、悪戯が見つかった子供のようにその場から動けなくなった。
「リー!」
 ドアが開かれ、驚きに目を見開いたダイアナが小さく叫んだ。
「ごめん。」
 リーは思わず目を伏せた。
「音が聞こえたんで、つい、気になって…。ほんとごめん。覗いたりして。」
 固く唇をかむリーに、ダイアナは、表情を緩め、軽く首を振った。
「気にしていないから、いいのよ。そんなに、謝らないで。私が、声を掛ければよかったわね。こんな時間だから、もう休んでいるか、さもなければレポート作成に夢中か、どちらかだと思ったから、帰ってきたのだけれど、声を掛けなかったの。でも、もしよかったら、少し話でもする?」
「ほんと、ごめん。何があっても、人の部屋を覗いたりした俺が悪い。ごめん、ダイアナ。」
「本当にいいのよ、リー。ドアをしっかり閉めておかなかった私も悪いんだし。もう、謝らないで、どうぞ、入って。」
 ダイアナに勧められて、リーは部屋に入った。
 瀟洒な内装の室内には、黒い大型鍵盤楽器が置かれ、そのつややかな表面が、柔らかに光を映していた。ダイアナは、窓辺に戻ると、先ほどの楽器を手に取り、リーに向かって軽く微笑みかけた。
「無性に弾きたくなってしまって、真夜中だって言うのにね…。」
「俺、まさかダイアナが弾いてるなんて思わなかった。なんか聴いてるのかと思ってた。…あの、もしよかったら、続けて、弾いてくれよ。」
 楽器をしまおうとするそぶりを見せたダイアナに、リーは言った。
「いいの?」
「うん。聞きたいな、ダイアナの演奏。」
「じゃ、途中からになるけど、さっきの続きでいいわね。」
「うん。」
 ダイアナは、楽器を構えると、深く息を吸い込み、演奏を始めた。
弦が絃を鳴らし、甘く哀愁を帯びた調べが流れ出す。
 リーは、静かにその音に聴き入った。
 白いドレス姿で、軽く瞳を伏せ、演奏に集中するダイアナ。彼女の紡ぎ出す音が、夜のしじまに流れ出す。
 高く、低く、穏やかに、激しく、音の波が途切れることなく打ち寄せては退いていく。その波にさらされていると、胸の奥が熱くなると同時に、不思議と厳粛な気分にもなってくる。リーは、なんとも言えぬ切なさで、胸が満たされるのを感じた。
 それは、まるで、何かに祈りを捧げるかのような演奏だった。
 やがて、ダイアナの弦が絃からはなれ、最後の音の余韻が空間にしみ渡るようにして消えていった後も、リーは暫くの間、身じろぎすることが出来なかった。
 ダイアナは、楽器を両手に下げたまま、遠く窓の外に視線を投げ、リーを振り返らない。形のよい眉を軽く顰めて、深く物思いに沈んでいる様だった。
 夜の闇にも似た沈黙が、部屋を満たす。
 不意に、ダイアナが目を上げて、ちらりとリーに視線を投げた。眼と眼が合う一瞬。それはすぐに逸らされはしたが、沈黙の重さはその瞬間に、嘘のように消えた。
 リーは思い出したように拍手をした。演奏に対する、素直な賞賛の気持ちをこめた、心からの拍手だった。
 ダイアナは、ゆっくりとリーを振り返った。
「ありがとう。」
「すごく、よかった。なんか、ジーンときたよ。曲もよかったし。」
「『蒼きフリード』。今のリーにはピッタリの曲だったかしらね。」
 ダイアナが柔らかに笑う。
「ん。ピッタリだね。あ、おかげさまで、レポートもだいぶ進んだよ。明日もう一日、がんばれば、かなりまとまると思う。…ありがとう。」
「そう。よかったわ。」
「…ところで…。」
 ダイアナが言いかけて、口を閉ざした。軽く目を伏せ、次に目を上げたときには、その顔からは笑みが消えていた。何かを振り切るようにして、ダイアナが口を開く。
「…ところで、あなたに見てほしいものがあるの。遅い時間だけれど、かまわないかしら。」
 ダイアナの表情から、彼女がこれから見せようとしているものが、何か、とても大切なものであることが察せられた。
「ああ。いいよ。」
 リーは、真っ直ぐにダイアナの目を見つめて、大きく頷いた。
「ありがとう、リー。」
 ダイアナの声は、少し掠れていた。
「私の後に、ついて来て。」
 囁くような口調に誘われるように、リーはソファから腰を上げた。

 真夜中、静まり返った屋敷の迷路のような廊下を、ドレス姿のダイアナと歩いてゆく。その状況も行為も現実感が希薄で、すべてが夢の中の出来事のようだった。
 ダイアナの手の中には、凝った細工の施された小ぶりの宝石箱のような箱がある。それがなんなのか、その中に何が入っているのかはわからない。ダイアナは、あれきり、口を閉ざしたままだった。
 リーが声を掛けても、返ってくるのは沈黙だけだ。そして、何かに取り付かれたような足取りで、先に立って歩いていくのだ。時折、リーを振り返りながら…。
 白いドレスの裾が、ダイアナの脚に纏わり付くように柔らかに波打つ。
 リーは、そんなダイアナの態度に不安を覚えながらも、彼女の後をついて行くしかなかった。
 階段を下りて、廊下を進んで、また階段を下りる。それを何回繰り返したろうか。おそらく、ここは、屋敷の地下何階かになるはずだ。屋敷の広さを、改めて思い知らされる。
 やがて、ダイアナは、行き止まりになった通路の突き当りまで来ると、漸く立ち止まり、リーを振り返った。軽く頷いてから、向き直り、壁の模様にピンのようなものを差し込む。微かな機械音がした。突き当たりの壁が振動を始めた事に気付いた直後、それが横にスライドした。壁の向こうには、新たな空間が広がっており、突き当たりには、扉があった。
「どうぞ。」
 ダイアナに促されて、壁の向こうへと歩を進める。リーが、その狭い正方形の空間に足を踏み入れ、新たな扉の前に立つのを待っていたかのように、ふたりの背後で壁がスライドし、元通りに閉じた。閉鎖された空間に、リーは、不安を覚えた。
 ダイアナに、躊躇いはなかった。扉へと向かい、なにやら文字を打ち込みそれを開く。扉の向こうには、今いる部屋と同じような部屋があった。が、今度は突き当たりに扉はなく、全くの行き止まりだった。
 がらんとした正方形の部屋に、二人足を踏み入れる。ダイアナは、自分を何所に連れて行こうとしているのか。すべてが謎めいている。 
 背後で扉が閉じた。思わず、振り返った瞬間、部屋全体がゆっくりと下降を始めた。
「エレベーター?」
 リーの視線を受けて、ダイアナは、微かに笑って頷いた。
「ここから先、いくつかあるわ。」
 歩きだしてから、初めて返ってきた返事に、リーの緊張感が緩んだ。
「たくさんの扉と仕掛けがあって、少し驚くかもしれないけれど、ついてきてね。」
「ああ。でも、一体、この先にあるものって、何なんだ?」
「それは、見てのお楽しみ。百聞は一見に如かずよ。」
 エレベーターが止まった。ダイアナの表情が、引き締まる。
 短い会話だったが、それはリーの不安感を取り払うに充分だった。リーは、新たな緊張感を胸に、ダイアナの後に続いた。 
 そこから先は、彼女の言葉どおり、扉の連続だった。扉に突き当たるたびに、ダイアナは、ある時はそこに設置された機械に手を掲げ、ある時は指輪を嵌め込み、またある時は呪文のような言葉を唱え、指をパネルに押し付け、そうして、次々と扉を開いていった。扉の向こうの空間のいくつかは、エレベーターになっており、二人を乗せて下降した。
 扉に仕掛けられた鍵を、鮮やかな手際で次々と解いていくダイアナの姿は、まるで、お伽話の魔法使いのようだと、リーは思った。
 それにしても、かなりの深さまで降りてきているはずだ。扉と仕掛けの連続に慣れてきたリーが、そんなことを思ったとき、不意にダイアナが声を掛けてきた。
「これで最後よ。」
 凝ったレリーフの施された、白金色の古い重そうな扉が目の前にある。
「うん。」
 リーは、ダイアナの目を見て頷いた。ダイアナが頷き返し、初めて、手の中の小箱に視線を落とした。微かな音とともに、小箱が開かれる。深紅の布に包まれるようにして中に入っていたのは、精緻な細工が施された、アンティークらしい大ぶりのペンダントだった。
 リーは、そのデザインに見覚えがあるような気がして、彼女の手元を覗き込んだ。アクセサリーとしては珍しい、光沢のある濃い緑色の金属の土台に、半透明の深い蒼色の石が嵌め込まれている。確か、これに似たものをどこかで見たことがあった。それも、つい最近、ディスプレイ上でだ。
「これが最後の鍵よ。」
「それ、確か…、どこかで…。」
 ダイアナは、小箱からペンダントを取り出し、リーに向かって静かに微笑みかけた。瞬間、リーの記憶が蘇る。
「それ、なんか、グレンダイザーのペンダントに似てないか。資料で見たやつに、そっくりなんだけど…。」
「そうよ、そのペンダントそのものよ。」
「そのものって…。」
 ダイアナの手の中で、ペンダントチェーンがチャラリと音を立てた。リーは、続きを促すように、ダイアナの目を真っ直ぐに見詰めた。小さくひとつ息を吐き出すと、ダイアナは語りだした。
「消えたグレンダイザーの話は、あなたも知っているわね。ミューア連合創設五〇周年記念式典に参加した帰路、グレンダイザーは操縦者であるマリアの孫アレックスを乗せたまま消息を絶ち、必死の捜索にも拘わらず、その行方は杳として知れなかった。ワープ時の事故で時空の歪に落ち込んだのではとされ、やがて捜索は打ち切られた。以後、アレックスとダイザーの姿を見たものはない。―――その時、アレックスが携帯していたペンダントがこれなの。」
「でも、いや、ということは、アレックスは、無事だったって事か?それとも、誰かが遺体から…」
 言いかけたリーの言葉を、ダイアナが遮った。
「アレックスは無事だったわ。勿論グレンダイザーも。グレンダイザー行方不明事件は、アレックスとマリアが計画し、実行したことだったの。当時のグレンダイザーは、まさに、フリード民族の象徴であり、その心の拠り所であると同時に、強力な兵器でもあったの。兵器を心の拠り所としてしまうこと、それはある種、危険なことだとマリアたちは考えたんだと思うわ。実際、フリード再興を求めて活動するテロリストたちの中には、グレンダイザーという力を手に入れようとする輩もいたことは確かね。」
「だからって、行方をくらませちまおうなんて…。」
「そうね、でも、強い力を秘めた存在であり、人々の心の拠り所であるという意味において、グレンダイザーには宗教的な意味合いさえ生まれつつあった。それが、もし誤った使われ方をした場合のことを、彼らは考えたんだと思う。ただ、だからといって、グレンダイザーを壊すわけにもいかないし、博物館にしまいこんでも、意味は無いし、結局、グレンダイザーを、時空の狭間に落とし込むことにしようとしたの。それも、フリード王家の末裔であるアレックスという司祭にも似た立場の人間が行うことで、人々の動揺を最小限に抑えてね。物としてのグレンダイザーがなくなってしまうことで、グレンダイザーの兵器としての側面は失われ、象徴としての側面のみが人々の心に生き続ける。まさに、伝説のグレンダイザーとしてね。」
「そうか…。でも、実際に、時空の狭間に落とし込むことはしなかったんだ。と、言うことは…。」
 リーの言葉にダイアナは大きく頷いた。
「グレンダイザーを、マリアが用意した辺境の未開発の惑星の地中深くに埋め、隠した。そして、その星の開発に乗り出し、やがては、グレンダイザーの上にこの屋敷を建てるに至ったの。」
「じゃ、この先にあるものって…」
「そう、グレンダイザーよ。」
 ダイアナは、きっぱり言って、ペンダントを扉の横に設置された読取装置のようなものの前にかざした。ペンダントから一条の光が迸り、装置が反応して小さなライトが明滅する。白金色の扉が細かく振動し始め、やがてそれは鈍い音と共に、ゆっくりと左右に開いた。
 現れた扉の向こうの空間は、最初真っ暗な闇だった。ややあって、そこに、薄らとした光が点り、その光が少しずつ強さを増していった。
 その光の中、リーが見たのは、広大とも言える空間に横たわる、一機の巨大な円盤型ロボットの姿だった。歴史資料や、映像の中で幾たびも見てきたグレンダイザーそのものが、そこに鎮座していた。
「行きましょう。ただし、私の腕を掴んで、絶対に離さないで。」
 目の前に現れた伝説の存在を呆然と眺めていたリーは、ダイアナの言葉に我に返った。
「行きましょうって?」
「もっと近くで見てみたくはないの?」
「そりゃ、勿論。」
「だったら私の腕を離さないで。さすがに一千年も経つと、ロボットとして動かすのは無理だけれど、セキュリティシステムだけは、きちんと作動するようにしてあるの。グレンダイザーには、このペンダント無しでは近づけないのよ。」
「わかった。」
 リーは、伝説のロボットを間近にした緊張と興奮で体が熱くなるのを覚えながら、ダイアナの腕を掴んだ。瞬間、その腕の細さ、柔らかさに、どきりとする。
「あの、腕、組んでもいいかな?その方が、こうやって掴んでるより、いいんじゃないかって気がするんだけど。」
 ダイアナは、少し驚いたような顔をして、それから、軽く頷きながら微笑した。
「そうね。」
 リーとダイアナは、腕を組んで扉をくぐり、グレンダイザーへと近づいていった。ある程度近づいたところで足を止め、改めてその巨大なロボットを見上げる。白、赤、黒に塗り分けられた、金属のボディ。褪色はしているが、経過した一千年の時間のことを考慮に入れれば、鮮やかな色彩と言ってよかった。
「本物だよな。」
 確認するように、問う。声が震えているのが、自分でもわかった。
「ええ。」
「どうして俺に、見せようと思ったんだ。これって、凄い秘密なんだろ。」
「それは、…」
 ダイアナは、軽く目を伏せた。長いまつげが、頬に影を落とす。
「あなたが信頼できる人間だと思ったから。」
「それは、俺が秘密を守れるって事か?」
「いえ、あなたには、秘密を暴いてほしいの。」
 ダイアナは、目を上げ、グレンダイザーを見上げた。ふと、その目が遠いものになる。
「アレックスは、グレンダイザーと共に失踪することによって、フリードの末裔という自分の立場を捨て、より自由に生きる道を選んだの。でも、このことによって、彼の子孫たちは、好むと好まざるとに拘わらず、グレンダイザーの守人となる運命を負ってしまった。でも、私は、それを、終わりにしたいの。」
 リーは、組んだ腕に力をこめた。ダイアナがリーに向き直る。
「我が家に伝わるこの秘密を公開するわ。グレンダイザーを日の当たる場所に出してあげたいの。」
「…ダイアナはそれでいいのか。」
「…ええ。」
 リーの言葉にダイアナは、辛そうな表情を浮かべた。
「ただ、…ごめんなさい。私には、ひとりでそれをするだけの勇気がないの。だから、迷惑だと思うけれど、力を貸してほしい。」
 ダイアナの真っ直ぐな視線が、リーを捉えた。
「お願いします。私に力を貸してください。」
 その口調が改まる。
「…ダイアナ。」
 よく理解はできなかったが、ダイアナは、グレンダイザーを守ってきた一族の呪縛のようなものに囚われているのかもしれないと、リーは感じた。もしそうだとしたら、自分がその呪縛を解いてやればいい。そうすることによって、ダイアナがその肩に負った重い荷を下ろすことが出来るのならば。彼女は、おそらくそれを自分に頼んでいるのだろう。
「わかったよ。俺で出来ることがあればするよ。このことが公表されたら、大変なことになるだろうけど、もう、覚悟は出来てるんだろ。」
「ええ、勿論。」
「俺も今、覚悟を決めた。俺でよければ力になるよ。」
 ダイアナに向かって、精一杯の笑顔を作ってみせる。潤んだ蒼い瞳が、リーを見返した。
「ありがとう、リー。」
「礼なんかいいって。」
 少し照れながら言ったリーに、ダイアナは思いがけない言葉を返した。
「ここまで来たんだから、コックピットに入ってみる?」
「…!…な、なに?入れるの?」
「ええ。狭いし、最低の照明だから薄暗いけれど、入れるわ。こっちよ。」
 腕を組んだまま、ダイアナに案内されて、タラップのような階段を上り、グレンダイザーの上部ハッチに辿り着いた。そこから、コックピットへ潜り込む。
 コックピットの中は、ダイアナの言葉どおり、とても狭く、薄らと埃が積もっていた。その狭い空間は、ぱっと見ただけでとても古いものだとわかる無数の機器で埋め尽くされている。約一千年前、あのデュークフリードがここに座っていたのかと思うと、リーは、不思議な感慨を覚えた。
 ふと、隅の方に無造作に置かれている一枚のプレートに目が止まった。他にそういった類のものがないだけに、それは、一旦目につくととても気になる存在だった。
「これは?」
 プレートの表面には、五人の人物の肖像が焼き付けられていた。
「最初からここに置かれていた物らしいわ。言い伝えでは、マリアが、地球から持ち帰った映像を元に作った記念のプレートだとか。確かに、デュークとマリアらしい人物が写っているけれど、本当のところはわからないわ。」
 永い時に晒されて、色褪せ、輪郭もぼんやりとしてしまったその肖像の人物は誰なのだろうか。リーはプレートを手にとり、表面の埃を掌でそっと拭うと、その肖像を改めて見つめた。中央にデュークフリードらしい栗色の髪の青年が立ち、その右隣に若き日のマリアであろう小柄な少女と、壮年の髭をたくわえた紳士が並んでいる。左隣には、癖のある黒髪の少年と、やはり黒髪の少女が並んでいた。もしこれが本当に地球にいた時の記念だとしたら、この少年たちが、デュークフリードの協力者であったのだろう。ひょっとしたら、意外にもこの少年が、デュークの戦友として有名な兜甲児であるのかもしれない。
 プレートに夢中になっていたリーは、不意に肩に手を置かれ、驚いて顔を上げた。後ろから、プレートを覗き込んでいたダイアナと眼が合う。
「似ていない?」
 ダイアナが、黒髪の少年を指差して言った。
「え?」
「あなたに似ているわ。」
 黒髪の少年の面差しはさだかではなかったが、確かに、リーに似ていると言えない事もなかった。
「そうかな。」
「似ているわ。」
 かすかに微笑んで、ダイアナが言葉を繰り返す。
「あんたは、」
 リーは、ふと思いついた言葉をそのまま口にした。
「あんたは、デュークフリードに似てる。」
 プレートの、デュークフリードらしき人物を指差す。ダイアナは、眉根を寄せて、小さく唇を歪めた。
「それは、誉め言葉には聞こえないわよ。」
「あ、ごめん。でも、なんとなく、目の感じが似てる気がして…。そりゃ、ダイアナは女で美人だけど…。」
 口篭ったリーに、ダイアナはくすくすと笑った。
「ありがとう。」
「い、いや。」
「…それにしても、一千年か。長いよな。」
 照れくさくなったリーは、慌てて話題を変えた。
「そうね。…ところでリー、フリード星の入植が始まるのは知っているわよね。」
 ここ数年やっと基準値以下になっていたフリード星の放射能汚染の度合いが、ついには人の生活環境としてふさわしいレベルに達したとして、来年度から、入植が始まる事になったのだった。
「ああ。ニュースで聞いた。デュークの生きていた頃は汚染がひどくて、人がその大地に降り立つことも出来なかったんだよね。」
「そう、やっと、デュークの夢が叶うの。」
 一千年の時の流れと、多くの人々のたゆまぬ努力が、フリードを死の星から蘇らせたのだ。
「それで、もし出来ることならば、このグレンダイザーを、フリード星に還したいの。そんな事をしてどうなるものでもないのはわかっているけれど、一度はフリードの守り神と言われたこのロボットの還る場所は、やはりフリード星しかないと思う。兵器としての力を失ったこのグレンダイザーは、新たな時代を迎えるフリードのモニュメントに相応しいと思うのだけれど、どうかしら。」
「ああ、いい考えだと思うよ。そう、出来るといいな。」
 リーは、ダイアナと共に操縦席の後ろに並んで立ち、今は何も映すことのないメインパネルを仰ぎ見た。
かつて、そこに映し出されたさまざまな情景に、デュークフリードは、何を考え、どんな想いを抱いたのだろう。それは、あるときは恐怖であったろうし、またあるときは悲しみであったろう。怒りであったり、歓びであったり、絶望であったり、希望であったり、孤独であったり、そうしたさまざまな感情を胸に、彼は此処に座り、何時果てるとも知れぬ戦いを戦い抜いたのだ。それは、おそらく、ベガとの戦いであると同時に、彼自身との戦いであったのかもしれない。
 リーは、手にしたプレートに再び目を落とした。ダイアナに似た面差しを持つ青年は、優しげに笑っているように見える。
「リー。」
「…ん?…」
「私、間違ってはいないわよね。」
 不安をはらんだ声音に顔を上げると、どこか哀しげなダイアナの横顔がそこにあった。
「間違っていない。そう俺は思うよ。」
 リーは、低くきっぱりと言って、励ますようにその肩に手を置いた。ダイアナは、リーの言葉を噛み締めるようにゆっくりと目を伏せた。
「…リー。なんだか、少し、怖いの。変よね。」
「変じゃないよ。でも、大丈夫だよ、きっと。」
 ダイアナの不安が解らない訳ではない。リーは、何時になく頼り無げに見えるその肩を、思わずそっと抱き寄せた。
 ダイアナが、リーに少しだけ体重を預けてくる。互いの体温が、暖かく感じられた。ダイアナの表情が、幾分和んだようだった。
「俺、頑張るよ。」
 たいしたことは出来ないかもしれない。でも、できるだけの事をしよう。何よりも、ダイアナのために。そう、リーは決心した。

 デュークの死から一千年余の時を経て、今まさにフリードの新たな一ページが開かれようとしている。デュークフリードの夢が、遥かな時を超えて漸く現実のものとなろうとしていた。


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