111Hits Special for KANOSE
今、僕が出来る事K
それは八ヶ岳に早い冬の訪れを知らせる風花の舞う朝の事だった。
「ひゃーっさっみぃー!所長、そろそろ暖房のタイマー入れてくんねーかなぁ・・・。」
ぶつぶつ言いながら新聞を取りに、研究所の門まで出てきた甲児は、冷たい風に首を竦めた。寝起きのパジャマに半纏という格好を抜きにしても、確かに寒い朝だった。
「ついでに、このポストも外じゃなく玄関の中から取れるようにしてくんねーかな・・・あ・・・?」
新聞を取り、門を背にして研究所へ足早に戻り掛けたその瞬間、轟音と突風が甲児を襲った。
「どわぁーっっ!!」
突風に吹き飛ばされ掛け、つんのめりながらも咄嗟に身を捩った甲児の目の前に、グレンダイザーの姿があった。
「甲児!」
「な・・・マリアちゃん?!」
グレンダイザーから飛び降りたマリアが、甲児に駆け寄る。
「ちょっと来てっ!手伝ってよ!!」
「て・・・手伝うって・・・おいっマリアちゃん、何が・・・?」
状況の把握出来ないまま甲児は、そのままマリアに拉致されグレンダイザーに引きずり込まれていた。だが、その操縦席にある筈の人物が見当たらない。
「行くわよ!シートに座って!ベルトしてっ!」
「・・・って、ちょっと待てっっ!マリアちゃんがグレン操縦して来たのかよっっ!!」
甲児のその叫びは、グレンダイザーの発進の轟音に掻き消されてしまった。
そこは、一面の金色の波が揺れる平原を眼下に見下ろすなだらかな山の中腹だった。その平原の姿は、どこか地球の大穀倉地帯を思わせるものがあったが、眼前の山肌は黒く焼け木々は炭化し倒れたままになっている。それが、今のフリードの姿だった。
「・・・で、いきなり俺をフリードまで連れて来た理由は?」
「今、収穫期で人手が足りないのよ。で、ちょっと兄さんの事見てて欲しくて・・・あ、こっち、こっち、あそこよ。」
山の麓でグレンを降りたマリアは、甲児を引きずるようにしてその中腹まで一気に登って来た為か、息を弾ませながらそこに建つ小さな建物を指さした。山の中腹の崖にへばりつくように立てられたその建物は、甲児にどこかの火山観測所を思い出させる造りをしていた。その建物の中にマリアがばたばたと駆け込んで行く。
「手伝い見つけて来たわ。後はいいから畑の方に行って頂戴。無理言ってごめんなさいね。」
マリアと入れ違いに、中年の大柄な女性が建物から出てきて、甲児に軽く頭を下げると、山道を降りて行った。どうやら、彼女がマリアが戻るまでの間、デュークの面倒を見ていたらしい。彼女を見送り、甲児は諦めたように溜息を一つつくと、建物の中へ足を踏み入れた。途端に、甲児は一瞬眩暈を感じて壁に懐いていた。そこには、首に固定用の輪っかのような物をはめられたデュークが、畳こそないが板張りの一段高くなった床の上に置かれた、どう見てもコタツに見える物に入っていた。
「何してんだよっっ!あんたはっっ!!」
怒鳴り掛かって行こうとした甲児を止めたのは、意外にもマリアだった。
「ちょっと甲児、怪我人に乱暴しないでよね。むちうちと打撲で、一応全治3週間なんだから。バイト中に輸送船に追突されたのよ。で、首と腰にギブスしてるんで一人で動けないんで、誰かが付いてなきゃいけないんだけど、今丁度収穫期の真っ最中で人手が足りないの。一週間でいいから手伝って欲しいのよ、御願いっ!」
マリアにそう捲し立てられ、甲児は胡散臭そうにデュークを盗み見た。が、その如何にも情けない申し訳なさそうな表情に、がっくりと肩を落とすように頷くしかどちらにしろ道は無さそうだった。何しろ甲児は拉致されて来た身なのだ。断ったとて帰る術が無い。
「・・・・・・分かったよ。一週間、デュークの面倒見りゃいーんだな?」
「ありがとー、甲児!じゃ、あたしこれから来年の予算会議に出なくちゃいけないから後を御願いね。あ、食事は後で運んでもらうから。兄さんは大人しくして、さっさと治す事考えてよ!」
そう言うなり、マリアは再び外へ駆け出して行ってしまった。
「・・・・・・むちうちと打撲だって?」
溜息混じりの甲児の問いに、デュークが酷くぎこちない動きで甲児の方に身体の向きを変えようとした。が、それは次の瞬間、低い呻きと共に止まってしまった。
「う・・・てて・・・。」
「むちうちが動くなよ。」
言いながら甲児は、デュークの正面に回り、いかにも面倒臭そうにコタツに足を突っ込んだ。
「輸送船なんかに追突されて、よく生きてんな、あんた・・・。」
頑丈なのは知っていたが、と言いた気な甲児の口調にデュークは情けないような苦笑を浮かべる。
「いや、直接ぶつかった訳じゃないんだ。向こうが、ワープで元の空間に戻る時に出来た空間の歪みに弾き飛ばされた格好で・・・。」
「に、しても良くその程度で済んだよな、全く。で、なんでこんな山の中に居んだよ?医者は?」
「ああ、治療するにもまだ設備も何も整ってなくて・・・とにかく衝撃で違えた筋を戻すには、筋肉を暖めて弛緩させるのがいいって言うんで、だったら湯治にでも行ってろ、とマリアが・・・。」
デュークの言葉に、甲児の目が丸くなる。
「湯治ぃ?!」
「そうだよ。ここに入る時、気が付かなかったかい?この建物の裏から湯気が上がってただろう?」
その言葉に、甲児は思いっきり首を横に振った。
「君の後ろのドア・・・そこから露天に出られるよ。」
次の瞬間、甲児はデュークの指さすドアに駆け寄り、勢い良くそれを開いていた。そこには、確かにどこかの旅行雑誌で見たような露天風呂が、暖かな湯気を上げていた。
「な・・・なんで、ここにこんなもんがあるんだーっっ!!」
どこかで、カポーンと檜の湯桶が鳴る音がしたような気がした。
「いやぁ、いい湯だったなぁ。まさか、フリードに来て温泉に入るとは思わなかったけどさ。」
甲児の環境適応能力は非常に優れている。『湯治』の台詞に驚いていたのも束の間、その数分後には「湯治ってからにゃ、湯に入らなけりゃ始まらないよな。」の言葉と共に、肩を借りなければ一人で立ち上がれもしないデュークを担いでの入浴となっていた。だが、この温泉は強引に拉致され、介護を押しつけられた甲児の機嫌を直すのには、少しは役立ったようだった。湯上がりのデュークを再びコタツの所へ座らせると、甲児は濡れた髪をタオルでごしごし拭きながら、その辺を引っ掻き回して目的のカップとポットを発見した。中身は、どうやら冷えたお茶のようだった。
「あーあ、これでビールでもありゃなぁ。」
「すまないね・・・まだ嗜好品まで余裕が無くてね。」
「ところで・・・復興の真っ最中だってのに、よくもこんな温泉保養所作る暇と金があったな。」
嫌み混じりの甲児の言葉に、デュークは諦めに似た溜息を漏らした。まだ機嫌がすっかり直った訳ではないらしい・・・。
「ここは、鉱山の試削中に偶然見付かっただけなんだよ。ほら、鉱山の採掘権を売った話をしただろう?で、企業の方では温泉なんか掘り当てたって仕方無いと言うんで、最初は埋めてしまう予定だったらしいんだが、マリアがその話を聞きつけてね。いつの間にかこんな建物まで建てていたんだ。」
「なんだ、マリアちゃんの仕業か・・・。」
案の定の甲児のつまらなさそうな呟きに、デュークはもう一度心の中で溜息をついた。だが、甲児の次の言葉は、デュークには少し意外なものだった。
「・・・・・・けどよ、いい時に怪我したかもな。」
「え・・・?」
甲児は、ポットからカップに冷たいお茶を注ぎながら、言葉を続けた。
「フリードに着く時、窓から外見てさ・・・正直、驚いたんだ。確かに建物とか道路なんかは数えられる位だけどさ・・・。この山の麓からかなり向こうの方まで、一面に金色なんだもんな。あれ、米とか麦の種類だろ?あれ見て、思ったんだ。ああ、本当にフリードは復興して行ってるんだ・・・ってさ。あんた、大したもんだよ。」
思いも寄らぬ甲児の言葉に、デュークは暫しぽかんとした様に甲児を見つめた。その目の前に、冷茶の入ったカップが差し出される。
「フリードは確実に復興し始めている。その実が実って来ているんだ。収穫はマリアちゃんに任せて、丁度一休みしてもいい頃だったかもな。」
カップを受け取りながら、デュークは確認するように甲児に尋ねた。
「・・・・・・本当に、そう思うかい?」
どこか頼り無気なデュークの言葉に、甲児が笑う。
「ああ。」
「本当に、フリードは復興し始めている・・・と思うかい?」
「ああ、なんなら外出て、自分の目で確かめてみたらどうだい?収穫を待つ、一面の金色の波、をさ。どうせ、あんたの事だ、借金返す事や次にやる事で頭一杯で、自分がやった事なんて振り返ってる余裕無かったんじゃねぇーの?」
甲児の言葉に、デュークは怪我を知ったマリアが、何時に無い強い口調で『湯治』を勧めた事を思い出した。それも収穫期や次の予算会議等が重なるこの忙しい時期に、自らグレンダイザーで甲児をお目付役に引きずり出してまで、である。
「そうか・・・フリードは復興し始めているんだ・・・。」
デュークの言葉に、甲児が怪訝そうに眉を顰める。
「おい、頭は打って無いんだろうな・・・?」
「酷いな、甲児くん。やっと人が実感を噛み締めているってのに。」
「何、今頃実感してんだよ。」
甲児の笑顔に、デュークは初めて『フリードの復興』の手応えを感じている自分に気付いた。フリードは復興し始めている。新しい命の実りが、今初めての収穫を迎えようとしている。そして、デュークはもう一つ気付いた。フリード王家直系として新たなフリードの王として、自分が『フリードの復興』に立ち向かって行くのを手助けしてくれた人々がいる。誰よりも近くにあって彼を助けてくれた妹・マリア。彼らの帰郷を知り、少数の手勢でベガ星連合軍捕虜収容所を襲撃し、同胞を助け出し連れ戻ってくれた臣下達。そして、『フリードの復興』を遠くから見守っていてくれた人々。『フリードの復興』はこんなにも多くの人々の手に支えられ、今最初の実りを迎えるのだ。
「・・・ありがとう・・・。」
「へ?・・・・・あんた、やっぱ頭も打ったんじゃねぇの?」
甲児の訝し気な言葉に苦笑しながらも、デュークには他の言葉は見つけられなかった。
フリードは今、最初の実りの秋を迎えていた。