「『RP』であること」
コラムの第二回は、僕が以前見かけたある文章について少し書いていきたいと思う。
その文章については多くを書かないが、要約するとこうであったように思う。
最近流行っているロールプレイ重視のスタイルに対して、言いたい事がある。ロールプレイばかりを偏重し、ルールを省みないのはRPG、すなわちロールプレイングゲームでは無い。なぜならゲームというものには、定義からルールが存在しなければならず、それに基づいた勝ち負けがなければならない。ルールを使い、戦闘で勝利し、報酬を得るのはこの定義に当てはまるが、ロールプレイという面だけを偏重した場合、その定義には当てはまらなくなる。よって、彼らの行っているものは「RPG」ではなく「RP」でよい。また、RPである以上RPGのコンベンションには参加しないで欲しい。
とまぁこんな具合であった。ちなみに文意は僕という人間の目を通している上非常に短くなっているので、必ずしも正確だとは限らないという事はご理解いただきたい。
さて、彼らの主張によれば、RPというのはその文脈から差別用語として造語されたのは間違いないと思われる。なぜなら、彼らの主張の中ではRPというのはRPGからGを単純に抜き取った存在であり、自分達よりも劣っているものという考え方を読み取ることが出来るからだ。
だが、彼らの主張は本当に正しいのだろうか?
現在コンベンションにおいてルール重視派(敢えてそう書く)とロールプレイ重視派(敢えてそう書く)が混在し、そこに軋轢が生まれていることは確かに事実である。どちらかのセッションの中に違う趣向の人間が混じれば、その混じった人間だけでなく混じられた集団の側もいい思いをしない事もあるだろう。特にベテランの多いルール重視派から見れば最近現れた異分子であるロールプレイ重視派は自分達の領域を荒らす気に食わない存在であるのだろう。
だが、お互いにそこで排斥しあっても何も生まれないと僕は思う。
そこで、お互いに影響しあってはどうかと思う。たまには自分と反対の志向の卓に座ってみるのだ。新たな発見があるかもしれない。新たな楽しみがあるかもしれない。
お互いに、それほど悪いところばかりでは無い。同じ『ロールプレイングゲーム』を愛する者同士、何か得られるものがあるはずだ。RPも、それほど悪いものでは無いかも知れないではないか。
(ちなみに筆者はかなりの数字マニアである。今でもCP制のゲームのキャラ作成においてはひたすら無駄を削り一点でも多い点数を用いてキャラを作れる方法を試行錯誤する。ではあるが、筆者のマスター卓ではかなり偏った『RP』が展開されているということは、僕のマスター経験者には周知の通りである。)
戻る