●未来への路−ミリィ−●  
 

「有り難うございました、ミリィ」 
御陰で何とかなりました。 
ミリィが来てくれなかったら、今頃は…。 
思い出すのも辛いのだろう。 
膝の上で組まれている両の手が、小刻みに震えている。 
全てが終わって真っ先にキャナルが行ったのは、ケインの傷の手当てと、質量再生回路の修理だった。 
本来、船の航行には何の関係もない、つまりは制御コンピューターにとってはどうでも良いような機能であるのだが、あの最後の局面でケインを止める事が出来なかった事が、余程堪えていたに違いなかった。 
ブリッジ回り等、修理しなければならない他の重要システムは幾らでもあった筈だが、それら全てを差し置いて、逸早く実体を取り戻したキャナルは、漸く手当てを終え、ミリィ特製のラップセルトアイスを口にしていたケインから、まるでその生を確かめるかの様に、暫くの間、離れようとはしなかった。 
ケインもまた、彼女の気持ちを理解っている所為か、食べ難いだろう事にも文句一つ言わず、抱き着かれる侭にさせていて。 
傷ついたケインが、気を失うかのように眠ってしまった後、その場をニーナに任せ、行き慣れたケインのブリッジに戻ったミリィは、漸く落ち着いたらしいキャナルを前にしていた。 
『ミリィ…助けてぇ…っ!』 
取り乱し、泣き叫ぶキャナルの姿が、瞼に焼き付いて離れない。 
確かにキャナルは人間ではないかもしれないが、けれど、間違いなく己の意志を持っているのだろう。 
少なくとも、ミリィはそう思っている。 
『あんた、何楽しようとしてんのよ。キャナル泣かしちゃ、駄目じゃないの!』 
あの場面において、咄嗟にそんな言葉が出てきたのも、だからこそだ。 
単なる機械と人間との違いはただ一つ、自分で考えて、自分の意志で行動が出来るかどうか、なのだから。 
今回の場合、強制的にシステムをケインが独立させてしまった上、実体を持っていなかったが為に、制止するまでには至らなかったが、それでも、キャナル自身は抵抗の意思を示し続けていた。 
それが、何よりもの証。 
大体、幾ら敵を倒す為とはいえ、誰が大切な人の命を取り込みたいなどと思うのか。 
「…ううん。兎に角、二人とも無事で良かった」 
辛かったでしょ、あんたも。 
あの莫迦が、あんな事するなんて、ね…。 
ミリィの言葉に、再びキャナルの瞳が、うるりと潤む。 
頬を伝う透明な涙が、ホログラフだと理解ってはいても、実感はない。 
ふと、思った。 
キャナルを人間だと最も認めていなかったのは、彼女自身を除けば、もしかしたら、ケインなのかもしれない、と。 
「キャナルはケインの意志を優先しすぎるのよ」 
思い付いてしまった考えを否定したくて、薄い肩に手を伸ばすと、そっと自分へと引き寄せる。 
こんなにも想われているのに、あの唐変木は、どうして気付いてやれないのだろう。 
確かにキャナルは人間ではないが、しかし、その気持ちを認識る事位、許されるのではないかと思う。 
「何年も一緒にいた分、彼奴の考えている事が理解りすぎるから、仕方のない事なのかもしれないけど、でも、駄目な時は矢っ張り駄目って言わなくちゃ」 
もし、言っても駄目なら、実力行使よ。 
この私の様にね。 
腕の中から開放し、大きく胸を張ってみせると、硬かったキャナルの表情が、心なし緩む。 
そうだ。 
理解っていないのならば、理解らせてやれば良い。 
少なくとも、自分達二人にとっては、何よりもケインが大事なのだという事を。 
理解っていないからこそ、あの様な行動に出るのだから。 
そして、だから、ダークスターを倒す事が、彼の生命よりも大事だなんて、自分達は絶対に認めてはやれないのだ。 
例え、彼自身がそう望んだとしても。 
「…有り難う、ミリィ」 
涙の残った瞳で、キャナルが微笑む。 
キャナルをコンピュータと認識しているが故、彼女にはケインを制止める事が 出来なかったのだろう。 
そして、だからこそ、ケインには自分が必要なのだ。 
自分と別れてからの事を、彼女は何も言おうとはしなかったが、ずっとケインがあの調子だったのだろう事は、治り切っていない傷やあの状況から、ミリィにも容易に想像がついた。 
「さーて、んじゃ、キャナル、ケインが眼を醒ましたら、知らせてよね」 
自分がいない間、恐らく、大した物は食べていなかっただろうと、見当を付け、あれこれとメニューを思い浮かべながら、立ち上がる。 
食べる事こそ、全ての活力の源であるのだというのは、自らのの経験に裏打ちされた、揺るがぬ、ミリィの信念だ。 
――――頑張ろうね、キャナル 
彼奴には、私達が絶対に必要なんだから。 
特に、これからは、あんたの力がね。 
ダークスターと正面切って闘う以上、避けては通れない道がもう一つある。 
それは、此れ迄誰にも告げた事のない、自分の出生の秘密だ。 
自分から口にするつもりは毛頭ないが、奴等の事だ、どんな手を使って来るか判らない。 
何があっても、自分はケインの味方でいるつもりだが、此ればかりは、彼等が信用してくれなければ、どうしようもないのだから。 
――――ま、何とかなるわよ、きっと 
間近に迫った対決の瞬間に、何時もの調子で自分に言い聞かせる。 
心配していても仕方のない先の事より、先ずは、今、目先の事だ。 
――――さて、何を作ってあげようかな 
キャナルの見立てじゃ内臓への影響は少ないって事だけど、一応怪我人だし、今回はやっぱり、消化の良いものが良いかしらね。 
自らを力づけるかの様に、うん、と大きく一つ頷いてみせて。 
見送るキャナルにウインクを一つ残すと、ミリィは自分のテリトリーへと悠然と足を踏み出していた。 

                                                                 END