●月明かり●  
 

 『シャボンスプレー!!』
『ファイヤーソウル!!』
『シュープリームサンダー!!』
『クレッセントビーム!!』
四人のそれぞれの技を、上空を真っ黒に覆うメタリアの一点に集中する。
術をかけられ、正気を失った地球人たちは、既に最終防衛ラインを突破し、王宮へと向かってしまった。
一度は彼らを止めにいったものの、目の前に現れた、この元凶を倒さねば、何も解決はしないことを、彼女たちは悟っていた。
『無駄なことを…』
『――――っ!!』
極限まで高め、放射し続けていたエネルギーを、あっさりと弾き返され、地面に叩き付けられる。
痛みを堪えながらも、身体を起こした彼女たちの瞳に映ったのは、けれど、益々大きくなったメタリアの姿で。
『きかないっ!?』
『そんな…』
『ああっ』
自分たちの攻撃が、全く功を奏していないことを悟り、驚愕の声が上がる。
これ迄、彼女たちの技が、効かなかったことなど、ただの一度もなかったのだ。
メタリアさえ倒せれば、クイーンを、プリンセスを、そして全ての大切なものを、護ることができる。
そう考えていた四人だったが、自分たちとメタリアとの力の差を思い知らされ、呆然と敵を見上げるばかりで。
その間にも、見上げた上空の黒い陰は更に面積を増し、ある一点から色を濃くしていく。
そして、そこを中心として現れ始めた稲光は、やがて大きな球体を形作り、一瞬の間を置いて彼女たちに襲いかかっていた。
『ああ――――っ!!』
眼も眩む真っ白な光が、辺り一面を包み込む。
その中心にいた四人の守護神は、瓦礫とともに、宙高く舞い上げられ、なすべく手段の無いままに地面に叩き付けられる。
『みんな――――っ!!』
全ての光が収まった後、そこには、彼女たちが大切に護っていたものの声だけが、悲しげに谺していた。



踏む度にぎい、と音を立てる廊下から、ほっそりとした足がそっと地面へ降ろされる。
白い月明かりに照らされた周囲を、憂いを秘めた視線が、目的ありげにぐるりと彷徨って。
その位置から見える場所には、捜している相手が存在しないことを悟ると、彼女はくるりと踵を返していた。
――――何処行ったのかしら…
カーディガンの前を押さえ、風に乱れる髪を掻き上げながら、まだ知って間もない気配を追って、感じるままに足を進める。
人為的な光の無い中、慣れた足取りで神社の表に回ったレイは、漸く目的の人物を見つけていた。
彼女の気にいりのパジャマの上から、昼間着ていたカーディガンをはおり、鳥居に身体を凭せかけて、町の光を眺めている。
遠目に見えるその横顔からは、何を考えているのか読み取ることができないものの、彼女を煩わせる全てのものを拒否していることだけは感じ取れた。
――――でも、あのままじゃ風邪をひくし…
理由の分からない衝動につき動かされ、足を踏み出す。
何とか自分を納得させようと、自分自身に言い訳をして。
できるだけ音を立てないように注意しながら、石畳を横切り、けれど、レイはほんの少しの距離を置いて、その動きを止めていた。
これ迄、気づいている素振りも見せなかった亜美が、ゆっくりと自分を振り返ったので。
「どうしたの、レイちゃん?こんな時間に」
「…それはこっちの科白でしょ」
目が覚めたら、隣にいないんだもの。
何かあったのかと思ったわ。
少しばかり首を傾げ、おっとりと微笑んでみせた亜美に、きつい視線を投げかける。
黙っていなくならないで、と。
「…ごめんなさい。心配してくれたのね」
目が覚めたら、眠れなくなっちゃったの。
声をかけようとは思ったんだけど、レイちゃん、良く眠ってたみたいだし。
口元に小さな笑みを浮かべ、ふいと視線を元に戻す。
他よりも少しだけ高い位置にある境内からは、ところどころに灯っている市街地の明かりが、とても温かく見えた。
そして、自分よりも少し低い亜美の肩越しに、同じ風景を見つめていたレイは、ゆっくりと歩みを進め、彼女の隣へと立っていた。
『ねえ、今日、あたしの家に泊まっていかない?』
そう亜美に誘いをかけたのは、火川神社の境内における、三人と一匹のミーティングが終了し、うさぎとルナが、一足先に帰途についてからだった。
『明日は特に用事も無いから構わないけど…何かあったの?急に』
心底意外な科白を聞いた、とでも言うように、大きな瞳を更に大きく見開いて、そして次の瞬間には、心配げな様子でじっと相手の瞳を見つめる。
その深い夜の瞳のあまりの澄みように、全てを見通されているような気になりながらも、レイはぶんぶんと首を横に振っていた。
『そんなんじゃないわよ。単に、亜美ちゃんとゆっくり話をしたいだけ』
あたしたち、知りあって間もないんだし、色々聞きたいこともたくさんあるしね。
普段の日だったら学校があって、とても無理だけど、明日は日曜でお休みだから。
『そう…なら、いいんだけど』
そういうことなら、迷惑でなければ、お邪魔しようかしら。
小さく頷いた亜美に、レイが歓声をあげる。
忙しい彼女のこと、断られるのを覚悟で、誘いをかけたので。
『迷惑なわけないでしょ、誘ったのは、私の方なんだから』
数日前、初めて顔をあわせた時から、何故か魅かれて仕方がなかった。
気がつけば彼女を視線で追っていて、けれど、だからこそ、気付いてしまったのだ。
時折、何かに気を取られたように、彼女がぼんやりしていることに。
ふとした折に無意識のうちに表れる、その哀しげな表情が、現実ではなく、彼女が抱え込んでいる過去の記憶に起因していると、レイが知るのは、もっとずっと後のことになるけれど。
そして、今もまたその表情の彼女が、傍らに立っていて。
「ねえ、亜美ちゃんて、もしかして初めて?他人の家に泊まるの」
気付いていない振りをして、軽い口調で話しかける。
ほんの少しでも、気を引き立ててあげたくて。
それに合わせるように、亜美も、顔だけこちらへ向けて、うっすらと微笑んだ。
「ええ。でも、どうして解るの?」
気をつけてたつもりだったんだけど、何か不味い事、してしまったかしら。
困ったように、右の拳を口元に押し当て、白い眉間に皺を寄せる。
その心底戸惑っている様子に、亜美らしい、と思いながらも、そうじゃなくて、と首を振る。
「だからよ。亜美ちゃんが、ものすごく気を遣ってるから、こういうの、慣れてないんじゃないかな、って思って」
でも、そんなにしなくたって大丈夫なのよ。
亜美ちゃんだって、ちょっと何かあった位じゃ、うさぎや私を嫌いになったりしないでしょ?
「ええ…」
ウインクして見せると、ほっとしたように肩から力が抜ける。
それを見てとったレイは、漸くのように再び足を踏み出していた。
「そういえば、どうしてうさぎちゃんは誘わなかったの?」
こういうの大好きだから、きっと凄く喜んだわよ。
物思いから浮上し出したことで、頭を回転させ始めた亜美が、すぐ隣まで歩み寄ってきたレイに、問いかける。
眼下の灯火に視線を落としながら、レイは靡く髪をうるさげに掻き上げていた。
「いいのよ。さっきも言ったと思うけど、あたし、亜美ちゃんと二人きりで
話したかったんだもの」
あの子がいると、すーぐ話がずれちゃうでしょ。
真面目な顔で言い募るレイに、昼間のやり取りを思い出したのだろう、くすくすと亜美が笑いを漏らす。
――――亜美ちゃん…
漸く現れた、彼女本来のものであろう明るい笑顔に、レイはほっと胸を撫で下ろしていた。
――――あなたが、ずっとこんな風に笑ってられたらいいのに…
そんなことを考えている自分に気づいて、苦笑する。
こんなに気になる人物に出会ったのは、これが初めてだった。
自分の内に生まれているその感情が何なのか、それはレイにも理解らなかったが、ただ一つ解っているのは、同じ仲間である筈の、うさぎに対する想いと亜美に対する想いは、全く違うものであるということだった。
――――まあ良いわ。取り敢えず、今、私がするべきことは…
亜美を悩ませている原因を、彼女自身の口から話させること。
確かに、レイが聞いて、どうにか出来ることではないかもしれないが、しかし、口に出すことで、屈託というのは小さくなるのだと、彼女は経験から知っていた。
深い思考の沼の中に、陥りそうな予感を感じて、早々に考えを打ち切ると、建設的な方向へと軌道を修正する。
何がそれ程可笑しかったのか、未だ、肩を震わせている亜美から視線を外すと、レイはさりげなさを装って、再び口を開いていた。
ふわりとした笑顔に、けれど、少しばかり真剣さを覗かせて。
「ねえ、亜美ちゃん…」
「え?」
話の腰を折らないように、慌てて笑いの発作を収めると、その瞳をレイに合わせる。
深い色をした瞳に真っ直ぐに見つめられ、けれど、ほんの少しでもその内側を見抜こうと、レイは正面から見つめ返した。
「さっき…何を考えてたの?」
「さっき?」
不思議そうな表情で、問い返した亜美から、不自然に見えないように注意しながら視線を外し、天を見上げる。
上弦の月が、一際白く輝いていた。
「あたしが此処に来た時のことよ」
「ああ…でもあれは、別に…」
「はぐらかそうったって、無駄よ」
亜美ちゃんの言いそうなこと位、想像がつくんだから。
言いかけた言葉を遮って、一言、釘を刺し、亜美に向かって片目を瞑る。
その言葉に、微かに眉を顰めると、亜美はその真意を探るように、レイの横顔をじっと見つめて。
やがて、彼女の本気を汲み取ると、溜め息を一つつき、同じ様に空に視線を移していた。
瞳に反して、その心は、決して、月や星を映しはしなかったけれど。
――――レイちゃん…
傍らに立つ友人の名を、そっと呟く。
彼女が、自分を心配して、話せと言ってくれているのは解っていた。
現世でのつき合いは浅くとも、彼女の性格は知っているし、前世での記憶からその本質は解っている。
けれど、今の段階で、あの時考えていたこと――――前世でのこと、そして
今現在の敵についてのことなど――――を、話すつもりは全くなかった。
知る必要は、確かにある。
だが、自分自身で思い出さねば、本当の能力ちからを取り戻すことはできないのだ。
人から聞いて知ったところで、意味がないのなら、わざわざ苦しませる必要はない、というのが、今の彼女とルナの意見だった。
「別に、はぐらかそうなんて…。ただ…」
「ただ?」
「…ただ、あんまり、人に言うような事じゃないから」
飽くまで追求の手を緩めようとしないレイを、困った様に見やり、仕方なく口を開く。
唇から流れ出たのは、彼女があの時考えていた事ではなかったけれど。
「別に、哲学のつもりじゃないんだけど…時々、ふっと思うの。私って何の
為に生まれてきたんだろうって」
「………」
二人の間を、風が強く流れていく。
嬲られ、酷く乱れる長い黒髪を、左の手で押えつけ、無言で、レイは、言葉の先を促していた。
「ルナは、私の頭脳は、セーラー戦士のブレーンとなる為なんだって、言っ
てたでしょ?」
だったら、自分は、単に、こうして戦士になって、戦う為だけに生まれてきたのかしら。
もしそうだとしたら、これまで生きてきた、水野亜美と言う人間の十四年間て、一体何だったんだろう、って。
そう思ったら、何だか…ね。
俯き、足下の小石を軽く蹴る。
柵の透き間から飛び出したそれは、そのまま、暗い闇へと吸い込まれていった。
――――亜美ちゃん…
亜美には、その役割故、前世の記憶が備わっている。
それはレイの知らぬことだったが、その横顔には、どこか胸を突くものがあって。
あの沈んだ表情の原因が、今語られた事だけとは、何となく、思い難かったが、兎に角、そう簡単には本心を見せない亜美の、その心の一部を吐露させたのだ。
取り敢えず今は、その事実に満足する事にして、レイは自分の考えを纏め始める。
彼女には、慰めも、本来なら人の助言も要らないのだろう。
確りと前を見据えるのに必要なのは、考え方の方向性。
自力でそれを見つけ出し、また歩み出す事ができるだけの能力を、彼女は持っていた。
けれど、いつもそれを、全て一人でやって来たのだろう亜美に、レイは哀しさを感じてしまっていて。
「―――亜美ちゃんみたいな考え方も、勿論あると思うけど…」
黙っていることができずに、思った事を口にする。
自分でも何が言いたいのか、良くは解っていなかったが、亜美の考えには、納得し難い部分があったので。
「闘いなんて、あたしたちが出会う為の、単なるきっかけに過ぎないと思う
わ」
確かに、セーラー戦士になって、辛い事もあると思うけど、でも、それ以上のものを得ることができたんですもの。
「それ以上のもの?」
不思議そうに繰り返す亜美に、レイはにこりと微笑んで見せる。
そして、一拍の間を空けると、短く、けれど大切そうにその言葉を口に出していた。
「仲間、よ」
「レイちゃん…」
言葉をとぎらせたまま、まじまじと見つめられて、レイが照れたようにそっぽを向く。
けれど、亜美には、彼女の気持ちが痛いほど伝わってきて。
――――レイちゃんて、本当、不思議な子
表には出さず、くすりと胸のうちで笑う。
まだ、会って間もない筈なのに、こんなに簡単に、自分の心に入ってしまった。
例えほんの少しとはいえ、自分の本心を吐露させたレイに、いつも元気を分けてくれる、うさぎにとはまた違う気持ちを、亜美は感じ始めていて。
「ありがと」
「あたしは何もしてないわよ」
そんなことより、そろそろ室に戻るわよ。
こんな格好で長い間外にいて、風邪でもひいたら、あたしがルナたちに怒られるんだから。
うさぎに怒られるなんて、想像したくもないわ。
小さく礼を述べた亜美から、視線を逸らしたまま、つい、怒った様な口調で応えを返してしまう。
こんな時に、こんな言い方をしてしまうのは悪い癖だとは思うのだが、今更どうすることもできなくて。
勿論、彼女の性格を知り抜いている亜美は、露ほども気にしていなかったけれど。
月の明るさ程度では、傍らの人間には悟られないだろうが、レイは、自分が紅くなっているだろうことが解った。
「…そうね、戻ろうか」
「じゃ、行くわよ、亜美ちゃん」
素直に頷いた亜美の手をとり、その冷たさにびっくりする。
「こんなに冷えきっちゃって…兎に角、すぐ戻るわよ」
室に着くまで、これでも着てて。
俄かに慌て出したレイが、自分の着ていたカーディガンを脱いで、亜美に羽織らせ、肩を抱く様にして室へと向かう。
触れている部分と、背に掛けられたその上衣から、彼女の体温がじんわりと染み込んできて。
――――うさぎちゃん、レイちゃん、ジュピター、ヴィーナス…
切ない様な気持ちになって、天に浮かぶ月にそっと語りかける。
――――幸せになろうね、今度こそ…
透明な光を降り注ぐ月は、何も答えない。
今は、まだ…。

                                     END