●月光●
| 月が出ていた。 視界が利かなくなった所為か、一層に敏感になった聴覚が、闇に沈んだジャングルのあちこちから聞こえ出した、夜行性動物達が行動を開始する音を、はっきりと捉え出す。 そこかしこから伝わって来る、見知らぬ生き物達の気配を肌で感じながら、ピカチュウは中天に差し掛かった真ん丸なそれを、じっと見詰続けていた。 「チュウ…」 島に流れ着いて、最初の夜が更けて行く。 サトシと旅を始めてから、こんなに離れているのは初めてだ。 降り注ぐ月の光に引き摺られて、少しばかり感傷的な気分になる。 出会ったばかりの自分を、ひょいと両手で持ち上げて、宜しく、と嬉しそうに笑った、サトシの笑顔がやけに鮮明に思い出されて。 その、気安い態度が気に入らなくて、電撃を食らわせ続けたピカチュウを、けれど、彼は決して放り出そうとはしなかった。 勿論、ピカチュウ以外に、ポケモンを持っていなかった事もあっただろう。 しかしながら、普通の人間なら、たったそれだけの理由だけで、あのいきり立ったオニスズメの大軍から、自分の命を掛けて迄、ちっとも言う事を聞かないポケモンを、助けようとはしない筈だ。 いざとなれば、代わりのポケモン等、幾らでも見つける事が出来るのだから。 『来い、オニスズメ!お前達の相手はこの俺だ!!』 自分を庇ってオニスズメに立ち向かった、小さな背中を、今もはっきりと思い浮かべる事が出来る。 そして、そんなサトシだからこそ、自分は一緒に行っても良いと思えた訳で。 今でも、それが例え、カスミやタケシであったとしても、サトシ以外の人間に飼われてやる気は更々ない。 吹き抜ける風が、小さなピカチュウの身体を、優しく包む。 傍らに固まって、軽い寝息を立てているのは、同じくサトシを主人とする仲間達と、一時休戦したニャースを始めとするポケモン達だ。 あれから数ヶ月経つにも拘わらず、サトシは決して、ピカチュウをモンスターボールに入れようとはしなかった。 それどころか、トレーナーが意図的にさせねばならない筈の進化すら、自由意志に任せてくれて。 「ピ、カ…」 天邪鬼なフシギダネが、業とらしく主張していた様に、サトシが自分達を捨てたのだとは露とも思わない。 最も、そんな事はないと確信しているにも拘わらず、此れ迄好き勝手に振る舞い続けていた手前、心の何処かに蟠る一抹の不安を完全に払拭する事も、ピカチュウには出来ずにいたけれど。 『一緒に頑張ろうな、ピカチュウ』 何時の間にか、大好きになってしまった、希望に輝くあの瞳。 見ているだけで、自然に元気にしてくれる。 「チュウ…」 会いたいよ、サトシ…。 そんな意味を込められた、寂しげなピカチュウの鳴き声が、夜の、澄んだ空気を震わせていた。 END |