Merry Xmas!!

 ことこととなべが優しい音を立て、オーブンでは大きなラザニアが良い香りを立て出している。
 大窓に寄せられたテーブルには、何時もとは違うテーブルクロスが掛けられ、端に寄せられているのは小振りのホールケーキ。
 向かい合わせに置かれた二人分の椅子の前には、食器が既にセットしてあった。
 「夏実ー、如何、そっちは?」
 「ん、もう終わるー」
 「そう、なら、それが終わったら、お芋潰してくれる?」
 今茹で上がった所なの。
 「わかったー」
 ぱたぱたとキッチンで走り回る二人の背後では、ちかちかとクリスマスツリーのライトが点滅し、その直ぐ傍では、ベビーベッドの上で、光の明滅に興を引かれたらしい赤ん坊が二人、一心にツリーを見上げていた。
 「興味津々、って感じだね」
 お陰で二人とも大人しくて助かるわ。
 「そうね」
 まあ、あんな風に点滅するライトを見るのは初めてだものね。
 あの様子なら、暫くは大丈夫と思うけど、手早く終わらせてしまいましょ。
 「だね」
 互いに自分の手元の作業に意識の大半を投入しながらも、時折気になってはカウンターの向こうの子供達の様子を窺う。
 未だ一歳にも満たない、漸く七ヶ月の愛娘達は、最近、ハイハイをするようになり、広さや見場の問題をすっ飛ばし、効率性と安全性を考えて、ベビーベッドを一台、リビングに移動した。
 お陰で、今現在、二人共が安心してカウンターに詰めていられる為、下拵えはしてあったとはいえ、帰宅後からの作業と考えると、想定よりかなり早く調理は終了しそうだった。
 「終わったー、これ、何処に置けば良い?」
 「あ、こっちにくれる?」
 で、これ、テーブルに持っていって。
 「お、美味しそー、さっすが美幸」
 綺麗に焦げ目が付いたラザニアの大皿を受け取って、嬉しそうに夏実が笑った。
 毎年の事だが、クリスマスの料理の指揮権は美幸にある。
 それは、育った環境から、和食は得意だが洋食は一寸、という夏実と、洋食も和食もいけるが、どちらかといえば洋食が得意の美幸が同居した結果、自然と生まれた割り振りだった。
 因みに、菓子作りも得意なのは美幸の方だ。
 理由は簡単、家庭料理を得意とする夏実は、目分量と経験から来る勘で調理をする為、レシピ通りにきっちり材料を量るという事を余りしないからだ。
 菓子作りは、殊にこの分量を量るという作業や、濡れた容器はきちんと拭いてから、等々、細かい作業が大切で、アレンジをするにしても、レシピ通りに何度か作って自分のものにしてから、という美幸の方が、得意になるのは当然の帰結だった。
 ケーキは昨日既に作製してあり、メインとなる鳥も昨夜調理済みだ。
 クリスマスなら、鳥は焼くのが通常だが、美幸はこの方法は取らず、野菜を敷き詰めた圧力鍋に香草を腹に詰めた鶏を丸ごと入れて、極々弱火で火を通す。
 蒸し焼きになった鳥は力を入れずともナイフが入るようになり、また、其処から染み出した肉汁で煮られて柔らかくなった野菜は一部は付け合せになる。
 残った野菜は鍋に湯を足して具沢山のコンソメスープにするのが美幸の遣り方で、これらは初めて同居した年に夏実に絶賛されて以来、クリスマスの定番となっていた。
 「やー、クリスマスらしくなって来たなー、テーブルの上も」
 「メインも温めたから、これもお願いー」
 「はーい」
 テーブルを見回して、弾んだ声を上げている夏実に、追加の仕事を頼むと、軽い足取りで戻って来る。
 「はい、これ」
 あと、こっちのサラダもお願い。
 私の方は、シャンパンを持って行くから。
 「りょーかいりょーかい」
 腕にずしりとくる大皿をひょいと持ち上げ、後何か足りないものがあったかなー、と呟きながら戻って行く。
 毎年、同じ料理が並ぶのは、実は夏実のリクエストで、曰く、こんな手間隙が掛かるものばっかり、普段はとても頼めないから、なのだそうだ。
 確かに手間は掛かるが、夏実ほどの景気の良い食べっぷりを見せて貰えれば、料理人冥利に尽きるというもので、それも相手が好きなヒトならば、尚更苦ではないのだが、彼女の気持ちが嬉しかったので、別に構わないのに、とコメントするだけに留め、代わりに時折暇を見ては作るようにしている。
 食事を殊更大切にする夏実と違い、美幸はそれ程食べる事に興味が無い。
 夏実に出会う迄は、取り敢えず空腹を満たせて、不味くなければ問題なし、程度にしか思っていなかった位で、一通り料理は出来るものの、時間が掛からないメニューを選ぶのが常だった。
 だが、夏実との同居を始めて以来、そんな効率一辺倒だった食事は様変わりした。
 料理も食事も義務やしなければならない事項ではなく、楽しむものと変化した。
 夏実は美幸の作った料理に文句を付けた事は一度も無いが、それでも新作と見ればわくわくした表情になるし、美味しければ酷く幸せそうな表情(かお)をする。
 自分の作った料理がそんな風に想い人を喜ばせる事が出来ると知れば、美幸で無くとも張り切るのは当然で、元々凝り性の美幸はあっという間に腕を上げ、現在に至る迄、着々とレパートリーを広げ続けていた。
 「お待たせ夏実」
 「ん、じゃ、それ貸して」
 向かい合わせに座り、シャンパンの封を夏実が開けている間、ちかちかと点灯を続けているツリーをふっと見上げる。
 自分一人で生活していた時は、ツリー等持って居なかった。
 夏実と同居するようになってから、小さなツリーを買ってカウンターの隅に置き、今夜のようなパーティーもどきを二人でするようになった。
 そして、今年。
 人数は倍になり、どうせならと床置きの大きめのツリーを買って、昨年までのは玄関に移動した。
 先月辺りから、ようやっと離乳食が始まったばかりの赤ん坊だから、今年の事を覚えて居られる訳も無いが、それでも、自分達の中には何かが残る。
 未だツリーから眼を離さない子供達は、今年はベッドからの参加だが、来年は子供用の椅子を用意しなければならないかもしれない。
 「美幸、グラス」
 「ん」
 ぽん、と景気の良い音を鼓膜が捉え、視線を戻せばにこにこと相棒が催促する。
 互いに互いのグラスを満たし、ひょいと小さく掲げタイミングを合わせて、ちんとぶつけあい。
 
 「メリークリスマス!」
 
 美味しい食事と、大切な想い人、血は繋がらないけれどとても愛しい娘たち。
 幸せは、此処にある。

END