●闇のなかで●
「綾乃ぉっ…」 初めて、だった。 洋子が、こんなに小さく思えたのは。 普段は、頭半分以上も違う筈の自分よりも、ずっと大きく感じる洋子が、今は、縋り付いて来た自分の腕の中で、肩を震わせ泣き崩れている。 その姿は、どう見ても、ただの傷ついた、ひとりの少女でしかなかった。 浅からぬ付き合いとなって随分になるが、彼女がヒステリックに叫んで、取り乱す姿等、此れまで、想像もつかなかった。 エヴァブラックの大群に照準を合わされ、トリガーに指を掛けられた、まさにその瞬間でさえも、強い眼差しと態度を崩さなかった彼女なのだから。 けれど、今こうして眼の前で震えている彼女は、普段の彼女が嘘のような、酷く頼りない存在にしか見えなかった。 かくりと崩折れる彼女の体重を支え、一緒に床に座り込みながら、薄い背に手を回す。 小さな肩だった。 此れまで、自分は気付きもしなかった。 こんなにも、彼女が華奢な肢体をしていたなんて。 一寸力を入れただけで、ぽきりと折れてしまいそうな。 「洋子ちゃん…」 「洋子…」 掛ける言葉が見付からず、ただ、回した腕に力を込める。 自分もまた、溢れる涙を抑え切れなくて。 「…っ」 漏れる声を殺そうとして、殺せなかった声が、洋子のほっそりとした喉の奥から漏れて来る。 ふと、思った。 彼女は何時も、こうして涙を押し殺して来たのだろうか、と。 けれどそれは、恐らくは、最も近い存在であったのだろう、綾乃ですら知らない場所で。 『綾乃…綾乃なの?』 『…っ』 『綾乃貴女…帰って来て綾乃、帰って来て!』 『どうして…どうしてよ!?』 『綾乃?』 『いや、いやよ、私は嫌!お願い、帰って来て、綾乃!綾乃!!』 先刻掛かって来た、あの電話。 どんなやり取りが、綾乃との間にあったのか、正確には判らない。 だが、時折挟まれた洋子の言葉から、大まかな会話を想像する事は容易かった。 それは、決別。 綾乃から洋子への、一方的な。 何故、綾乃は、あんなにも大切にしていた洋子の、敵に回る事を決意したのだろう。 単に闘いたいだけならば、オールドタイマーの意思等に、耳を貸す必要はない。 なら…。 そこに横たわる真の意図は、綾乃にしか理解らない。 だが、今は無理としても、冷静にさえなれれば、自分も気が付いたその事に、洋子も直ぐに気が付けるだろう。 誰よりも、聡い彼女なのだから。 「…っ」 やがて。 「綾乃を…助けに行く」 泣いて泣いて。 涙も枯れ果てたと思える頃。 掠れ切った熱を孕んだ声が、小さく呟く。 俯いた侭のか細い声は、それでも、体温を感じられる距離にいた、自分達の耳にもはっきりと届いた。 彼女らしい前向きな結論に、ふっと笑みを浮かべて顔を上げれば、一緒になって床に膝をつき、座り込んでいた自分達を、傍らから覗き込んでいた紅葉と眼があって。 ――――らしゅうなったな、やっと 口にしない紅葉の心の声が、聞こえてくるようだった。 未だ涙の滲む明るい茶の瞳が、微かな明りを受けて、暗がりの中で優しく煌いている。 そうだ。 矢張り、洋子はこうでなくては。 頷き合い、励ますように、そっと肩を引き寄せる。 「そだね」 行こ、洋子。 綾乃を救けに。 「ん」 動こうとする気配に腕の力を緩めてやれば、ゆるりと肩から伏せていた貌を上げる。 未だ潤んではいたものの、その瞳には何時もの剛い光が戻って来ていて。 「ほんじゃ、いってみよか」 紅葉の明るい声に、小さく口元に笑みを浮かべ、頷き合う。 次の瞬間、三人は、扉へと、そして、自分の艦へと向かって身を翻していた。
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