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Scene12
「どう?各家の動きは」 ぱたりと後ろ手に扉を閉めると、大股に室に入って来たアイーシャが、席に着くのももどかしげに、ずっと此処に居た筈のイリアへと尋ねる。 時間は大丈夫なのかと視線で問われ、大丈夫と大きく頷きながら手渡された資料の束に眼を通す。 継承式を間近に控え、多忙を極める彼女は、それでも日に一度はこのコンピュータ室に足を運んでいた。 「矢張り、最も動きが烈しいのは、ヌサール家の様ね」 本家は平静そのものだけど…どうも眼の届き難い末端の方で、何かやってるみたい。 通信回線の使用も、かなり頻繁だし。 彼女達が態々各家の当主を、この邸に引留めているのは、表向きは準備の為と称しているが、実はその動向を探り易くする意味もあったのだ。 結構なスピードで書類を括り続ける姉の質問に、イリアが的確な答を返す。 書面から視線を放さぬ侭、アイーシャは更に質問を重ねた。 「此処数日の、最下層居住区の強制退去については、何か判った?」 「ええ、一応」 ただ、不審な事に、L4コロニー群会議の決定でも、増してや各コロニーの議会の決定でもないの。 どちらかといえば、官僚が勝手に動いているような…。 「確かに、議会でそんな案が出されれば、私達の耳に入らない筈はない し、そんな決定が下されればとっくに騒ぎになっている筈よ」 最下層居住区をどうにかしたいと思っている人は多くても、其処に住む人たちに提供できる代わりの場所はないのですもの。 でも、官僚の独走としても、予算を自由に出来る立場にない彼等には、それだけの資金を出す事も出来ない筈…。 「誰かが資金を拠出してる、と考えるのは如何かしら?」 二人の会話に割り込んだのは、若くしてウィナーの情報部門を一手に束ねる、二十番目の妹だ。 手元の画面を正面のモニターに大きく表示させると、くるりと椅子を回転させて。 「此れを見て」 あれが行われているのが、ヌサール家の勢力の剛いコロニーばかりなの。 そして、もう一つ。 彼等の連絡を取り合っている連中の、通信の発信源よ。 「これは…っ」 其処にいる人間全てが、はっと息を呑む。 示されたそれは、驚くべき事実を物語っていた。 毎度、アスセス経路を巧妙に変えてはいたが、しかし、出所は統べて同じ場所だったので。 「良くこんなものが調べられたわね」 「伊達にあの子に仕込まれてないわよ」 少しばかり自慢げに笑って、片目を軽く瞑ってみせる。 そこらの技術者を、師と仰いでいる訳ではないのだと。 勿論ガンダムパイロットに敵うべくもなかったが、それでも、情報処理の技術者としては、一流の部類に属しているには違いなかった。 「…でも、残念ながら此れだけでは、証拠にはならないわ。もう少し 突っ込んで調べられないかしら?」 「やってみる」 気になっている事は、皆同じなのだ。 再びコンピュータに向かった妹の背中を見詰めながら、胸の内だけで息を吐く。 十五年間、この家に閉じ込められて来たあの子に、行く宛があるとも思えない。 第一、ウィナーに見付かる可能性が高くなる事から、正式に市民権を登録しようとはしないだろう。 だとすれば、彼が行く先は恐らく、最下層居住区。 その最も確率の高いと思われる場所が、この時期このタイミングで、次々に潰されているのには、何等かの悪意が働いているとしか思えなかった。 「バルク家の方は、今の所、何の動きも無い様ね…」 「でも、ハーリッド御祖父様の性格じゃ、何もしないとは思えない」 どさくさに紛れて、危険の芽は排除しようとするに違いないわ。 ハーリッドとは、若くして死んだアイーシャの夫の父、つまりは現バルク家の当主である。 義理の娘であるアイーシャが当主の座に就けば、それなりの権力を握る事になるだろうと目されている人物で、そこそこ頭は切れるが権力欲が強く、人間的な面での姉妹の評価は限りなく低かった。 「全く、どうしてこう、自分の事しか考えない、莫迦ばっかりなのかし ら」 「権力なんて、自分を縛るだけで、大して良いものではないのに」 憤然と言い募るイリアに、アイーシャが哀しく同意する。 世の中には、それを承知している人間は、ほんの一握りしかいないのだ。 そして、権力を欲する大半の人間には、それを知り遠ざけようとする人間を、決して理解する事ができないのである。 「そんな事より…大丈夫かしら、あの子」 「大丈夫よ」 あれであの子は、あの戦争を生き抜いて来たんですもの。 「そうね…そうよね」 「でも、希望的観測に縋ってばかりもいられないわ」 これは、ウィナー家内部で処理すべき事。 あの子に、迷惑を掛けてばかりもいられないわ。 一週間以内に、膿という膿は出し尽くすつもりでやるわよ。 自分に言い聞かせるように呟く妹達に、けれど、アイーシャは厳しい表情できっぱりと言い切る。 これ以上、あの子をあんな下らない連中に、好きなようにさせたくはなかった。 何に煩わされる事もなく生きていきたい、という希は、決して大それたものではない筈だから。 「その件で、少々話したい事がある」 「誰っ!?」 唐突に明後日の方向から声を掛けられ、鋭く誰何の声が上がる。 一体、どうやって入り込んだのか。 振り返れば、開かれた扉の傍らに、一人の少年が佇んでいる。 此処はウィナー家の生命線である、中央コンピューター室なのだ。 当然、出入りのチェックは厳重で、入室できるものも限られており、指紋や声紋、網膜パターン等が総て揃わねば扉は開かぬようになっている筈で。 「俺の名は、ヒイロ・ユイ」 周囲の動揺にも一切頓着する様子を見せず、淡々とした調子で名乗りをあげる。 「ヒイロ・ユイ…ガンダム01のパイロットの?」 「そうだ」 短い肯定に、全員の肩から力が抜ける。 カトルがガンダムのパイロットであった事は、姉妹全員の認識事項だ。 嘗ての仲間であったのだろう彼が、ここにやって来た理由は、だから、口にせずとも予想がついて。 「それで…何かしら、御話しって」 当然の様に問い返したアイーシャに、ヒイロが不審げに眉を寄せる。 恐らく、身の証を要求されると思っていたのだろう。 疑いすら抱く様子も見せず、自然な調子を崩さぬ自分に、彼が戸惑うのも無理からぬ事だ。 勿論、相手に自分の裡を見せぬ事が、企業のトップである為には必要なのだという事もあったけれど。 「…良いのか、そんなに簡単に俺を信用して」 俺は侵入者で、敵に与する者かもしれないんだぞ。 首長になる人間が、容易く人を信用するな、と暗に告げたヒイロに、けれど、アイーシャはにこりと、微笑んで見せていた。 「御心配有り難う」 でも、本当に敵なら、態々そんな事は言わないわ。 此れでも私、人を見る眼だけはあるつもりなの。 「……」 呆れた様に黙り込んでしまったヒイロに椅子を勧めると、妹の一人に御茶の用意を依頼する。 「それで、御話しとは何なのかしら」 「単刀直入に言おう」 俺達に協力する気はないか? 「俺達?」 「そうだ」 カトルをこの家から解放し、不穏分子を一掃する。 目的は一致していると思うが。 「……」 四対の瞳が凝視する中、じっと蒼の瞳を見詰める。 総てを承知して話しを持ち掛けて来ている様子に、戸惑いを隠せない。 真の彼等の目的とは、一体何なのか、と。 けれど、真っ直ぐに見返してくるその瞳は、彼女達の大切な者と同じ光を宿していて。 「…詳しく話を聞かせて頂戴」 やがて、室を満たしていた紅茶の香りが完全に消える頃、正念の姿もまた、その室から跡形もなく消えていた。
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