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Scene13
『おい、そっちの状況は如何だ?』 『駄目だ、完全にシステムがやられちまっている』 立ち上がりさえしない。 『こいつに繋いだ端末は、全て使い物になくなってるぞ』 どうやらウイルスのようだ。 『何だと、では、シャトルの方も』 『大きな声では言えんが、そうらしい』 全てのシステムと航行データが消されてしまっている今、我々はこのコロニーから出る所か、シャトルを動かす事すら出来んのさ。 『くそっ、やってくれるぜ…っ』 『だがどうする?』 調査に行った連中も、誰一人として戻って来やしない。 奴等はこの隙に、何等かの手を打ってくるだろう。 『それなんだがな』 あそこに居るのは、コロニーの住人でもなんでもなく、俺達がずっと待っていた、彼奴だと言う噂があるんだ。 『では、のこのこと出掛けていった連中は…』 『ああ。皆、殺られちまってる可能性が高い』 何せ、相手はあのガンダムのパイロットだからな。 『だがそうだとすれば、一体何時の間に、このコロニーに入り込んだん だ?』 警戒していた俺達の眼を、あっさりと盗んで侵入するとは…。 数人の男達の声が、装着したイヤホンを通してはっきりと聞こえてくる。 暫しの間、前進を止め、じっとそれらの様子に聞き入っていたトロワは、やがて、後ろから着いてくる人間に身振りだけで合図を送ると、再び前進を開始していた。 ――――どうやら、今の所は巧く行っているようだな 注意深く辺りに眼を配りながら、取り敢えず、予定通りに事が進んでいる事に、ほっと息を洩らす。 提案したのは、カトルの方だった。 コロニー全体の管制権をシェルターのサブコンピューターに移し、うち、ドックの管制権のみを、更にこちらのコンピューターへと分離する。 同時にメインコンピューターの方にはウィルスを撒き、一時的に相手の動きを止め、混乱に乗じてこのコロニーを脱出する。 勿論、サブコンピューター室を占拠されてしまえば、直に追手は掛るだろうが、ある程度の時間稼ぎは可能である、と…。 『大まかな構想は理解った』 だが、そう巧くいくだろうか? 奴等も、そろそろ此処に居るのが御前だと言う事に気付いているだろう。 それに、アムルは兎も角、ハーリッドの方はかなり鋭い人間を雇っているようだが。 トロワの懸念に、けれど、カトルはそれも計算の内だと頷いて。 『その為に、プリベンダーに協力して貰ったんだ』 僕が死んだと、あの二人には、本気で信じてもらわなければならないからね。 更に、作戦の詳細を聞くに至って、参謀としてのカトルの力量に、内心、トロワは舌を巻いたのだけれど。 「この扉の向こうが、ドックになっているよ」 現在、彼等が居る其処は、シェルターの最下層。 つまりは、シェルターの内部において、最も宇宙と近い場所だ。 そして、其処には当然の事ながら、緊急脱出用のシャトルの発着場が設えられていて。 最も、それは高い地位の者のみの為に用意された、極秘の設備ではあったのだけれど。 「行くぞ」 カトルが頷くのを確めて、特殊合金の厚い扉に手を掛けると、注意深く押し開ける。 実を言えば、ここへのルートは一つではないのだ。 高官用の設備である故、彼等が集まりやすい、幾つかの場所から直截此処へやって来られる様に、設計されていた筈で。 勿論その一つには、現在、敵が根城としているこのコロニーの管制室も含まれる。 機転が利く者が居れば、あの混乱に乗じて、脱出しようとしている彼等の行動に気付く筈だ。 最も、そうでなければ、態々目立つように妨害工作をし、此処へと誘導した意味もなくなってしまうのだけれど。 「……っ」 細く扉を開き、中の様子をそっと伺う。 だが、人の気配がない事を確認し、身体を滑り込ませようとしたとしたその瞬間。 「伏せろっ!」 ダーン、と響いた銃声と共に、脇を掠めていった銃弾が、鋼鉄の壁に跳ね返される。 素早く物陰に移動しながら、姿の見えない敵の位置を、即座に割り出そうと試みる。 だが、幾ら小さなドックとは言え、曲がりなりにもシャトルの発着場なのだ。 それなりの広さを持った其処は、音が幾重にも反響し、位置を特定し難くなっていて。 ――――あれは、管制室からの出口か、では… 並べられた整備器具の影から、続けて打込まれる銃弾やレーザーの方向から、その位置に見当を付ける。 ステップの上、一箇所に固まって攻撃している所を見ると、彼等も到着したばかりだったらしい。 一応、統制が取れた攻撃から見て、寄せ集めだろう彼等の中で、誰かリーダーシップを取る人物がいるようだ。 撃ってくる連中のその影の中で、ぴょこりと長い三つ編が揺れたのを、視界の端に捉え、トロワは口許にふっと笑みを浮かべていた。 ――――来たか 「流石に、行動が素早いね」 依頼してほんの数日で、良くもそう簡単に潜入を果たせたものだと、感心した様にカトルが呟く。 内心では同意しながらも、敢えて表には現さず、黙ってシャトルとの距離を目測する。 ハッチまでの距離は約三十メートル。 間には、恐らく手動発射のための、操作端末が設置されている。 距離としては大した事はないが、降り注ぐ凶弾を巧く躱し切れるかが問題だ。 訓練を積んだ者であっても、動くものに当てるのは容易ではない事は重々承知してはいたが、それでも、怪我を負っているカトルに、其処を抜けさせるのは、少々躊躇いがあった。 「トロワ、先に行くよ!」 「カトル…っ」 一瞬の迷いを見抜いたかのように、思い切り良くカトルが飛び出す。 咄嗟に引き戻そうと伸ばされたトロワの腕を擦り抜けて、身軽に走り出たカトルは、かなりに正確なそれを紙一重で避け続け、どうにか端末の陰に滑り込む。 「カトル!!」 「大丈夫!」 その動きを助けようと、援護射撃を行なったトロワに声だけで応え、素早く構えた銃で、狙いを定めたか否か判らぬうちに引き金を引いて。 獣の様な悲鳴と共に、ステップの上から、一人、二人と男が落ちてくる。 ハッチを開ける為、カトルが端末に取り付いたのを確認すると、自分へと敵の注意を引き付けておく為に、今度はトロワが飛び出していく。 「トロワ、君、何て無茶…」 「無茶は御前だ。行き成り飛び出して、俺は心臓が止るかと思ったぞ」 叱り付けながら、操作上、どうしても機械の陰からはみ出てしまいがちのカトルを頭から押え付け、射撃を繰返す。 元々、緊急脱出用のシャトルだ。 一定以上の地位にある者のみに知らされる、パスワードが必要ではあるものの、扉を開けるだけならば、カトルには造作もない事だ。 にも拘わらず、此れだけ手間取ってしまっているのは、自分達が飛び出した後、容易く追手を掛けられない様にする為で。 「出来た!」 トロワ!! 「……っ」 音を立てて開いた、高い位置にあるハッチから、ヴーン、と篭った様な機械音と共に、するするとタラップが延びてくる。 完全に地に付いたのを確認すると、二人は同時に互いに反対側から飛び出した。 どちらを狙うべきか迷ったかのように、一瞬、敵の狙いが乱れる。 捕獲を目的としているが為、大型の武器を使えないのも幸いした。 尚も惑わせる為に、交差して互いの位置を入れ替え、応戦しながら残りの距離を一気に詰めて。 短いタラップを駆け上がると、後も見ずに昇降スイッチを押す。 だから、彼等は気付けなかった。 高官の脱出用だけあって、それなりの広さを持つ機内を、自分達がコックピットへ向かっているその短い時間に、二つの影が閉まり掛けたハッチから、するりと中に侵入した事に。 「操縦幹は任せろ。直ぐ、発射するぞ」 「判った」 真っ直ぐに操縦席に座ったトロワに続いて、カトルもサブ操縦士の席に着く。 それぞれに手早くスイッチを入れ、燃料の量だけチェックすると、後の安全項目は全てすっ飛ばし、即座にエンジンを始動して。 「掴まっていろ!少々荒っぽくなる」 ゲートへと続く開き掛けのハッチの間を強引に擦り抜け、宇宙へと続く矢張り開き掛けたメインゲートと吹き飛ばす様にして、シャトルは、真空の世界へと飛び出していた。
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