●夜明け前・・・15●  

Scene15


点けっ放しのテレビの中で、無機質なアナウンサーの声が、淡々と本日のニュースを読み上げている。
――――そんな莫迦な…
心の中で繰返しながら、ヌサール家の当主、アムルは落ち着かなげにうろうろと部屋の中を歩き回り続けていた。
若いがそりなりに気が回る為、先頃秘書に据えた男は、再調査致しますと出て行った切り、未だ戻ってこない。
漸く、カトルを捕らえたという報告を得る事が出来たのは、式を前日に控えた昨夜遅くの事だった。
通信機の故障の為、シャトルとの連絡は取り難いかもしれないが、兎に角、ぎりぎり式に間に合うだろうという連中の言葉に、アムルは文字どおり跳び上がって喜んだのだが。
『おや、アムル殿。御機嫌のようですな』
貴方の時代が終ろうとしておりますのに。
何時やって来るだろうと気になって、リビングの窓から遠くに見える門の辺りを伺いながら、味も分からぬ紅茶を啜っていたアムルに、皮肉げな言葉を掛けてきたのは、バルク家の当主、ハーリッドだった。
『ふん、そんな事はない』
あの子は祖父思いでな、時間までには戻ってきてくれるさ。
心にもない事をしゃあしゃあと口にして、にやりと質の悪い笑みを浮かべてみせる。
カトルを自分の孫等とは、一度たりとて思った事はない。
ただ、自分が権力を握る為には、必要不可欠な存在ではあったが。
儀式まで、後、数時間。
それ迄にカトルが姿を見せなければ、眼の前のこの男に、富と名誉はそっくり奪われる事になるのだ。
でっぷりと太った自分とは、正反対の容貌をした、神経質そうな男の表情をぎょろりと睨む。
容姿だけでなく、その主張も何かと自分とは反対の事を述べる為、幾度もこの人間には苦い思いをさせられてきたのだ。
だが、今回ばかりは邪魔される事もなく、巧く出し抜けたと、内心、悦に入っていたのだが。
――――ふん、後で吠え面をかく事になるとも知らないで
眼の前の男の、口許に浮かべられた笑みの意味にも気付かず、ぐびりとカップの紅茶を飲み干す。
もう一度、秘書に確認をさせるべきかと、再び外へと視線を戻したその瞬間。
『アムル様、此処にいらっしゃいましたか』
『おお、やっと来たか』
待ちくたびれたぞ。
『それが…』
近付いてきた見慣れた男に、耳元で囁かれた言葉に、みるみるアムルの顔から血の気が引いていく。
蒼白になった男の顔を、にやにやと眺めている眼の前の男に、ぎり、と視線を投げかけて。
『貴様…っ』
『おや、どうかなさいましたか。御顔の色が優れんようだが』
『どうかした、だと?』
シャトルに、何か小細工でもしおったな!
顔を真っ赤にしているアムルに、ハーリッドは平然と肩を竦めてみせていた。
『さて、何の事ですかな?』
『呆けるな!』
儂があれを捕らえようとしているのを知っていて、御前は…っ!
『何を言われているのか、さっぱり判りませんな』
大体において、あれの捜索は、一切打ち切りを命じられていた筈。
私は、何処かの誰かとは違って、新首長殿の命には、一切背くつもりはありませんからな。
『この…っ、良くもまあ、ぬけぬけと』
『おっと、そんな大声を出してしまうと、他の方々にも聞こえてしまいますぞ』
『アムル様、兎に角、一度御部屋に…』
掴み掛からんばかりのアムルに、流石に不味いと思ったのだろう。
間に入った秘書が、興奮するアムルを宥め透かして。
促される侭、取り敢えず、言われる侭に室に戻ったアムルは、即座にテレビを点けると、大きく報道されているシャトル事故のニュースを食い入るように見詰め、こうして秘書の帰りを待っているのだが。
「幾ら待っても、あの男は戻っては来ないぞ」
唐突に、何処からか掛けられた声に、はっとアムルが顔を上げる。
部屋の隅には見覚えのない少年が一人、何時の間にかに佇んでいる。
だが、アムルにとって大切だったのは、少年の正体でも、彼が何故秘書を待っている事を知っていたかでもなく、彼の言葉の内容で。
「どういう意味だ」
ランニングにブラックジーンズという、この邸には酷くそぐわぬ出で立ちの少年は、尊大な態度にも眉一つ動かさずに、ずばりと用件を切り出した。
「此処数日の、連続最下層居住区破壊の首謀者は御前だな」
前置きのない、抜き身のナイフのようなその言葉に、再びアムルの顔の色が赤から蒼へと変化する。
まるでリトマス試験紙のような鮮やかすぎるその変化と、うろたえ捲る小心な態度に、カトルの人物評価の正しさを証明されて、ヒイロは内心、よくもこんな人物が、一家の長をやっていられたものだと、妙な部分に感心していた。
「な、何を根拠に…」
飽く迄、平静な振りをしながら問い掛けるアムルは、自分が如何に取乱して見えるかを自覚していない。
ポケットから、小型のボイスレコーダーを取り出すと、ヒイロは無言で再生スイッチを押していた。
『…そう、そうだ。例の話し、乗らせてもらおう』
「な…っ…」
流れてきたのは紛れもなく、アムルの声だ。
引き続き流れる密談の様子に、ふるふると全身が小刻みに震える。
「役人を締め上げたら、あっさりそれを出して来たぞ」
次回から組む相手は、もっと良く選ぶんだな。
抑揚のない忠告は、けれど、その耳に届く事はなく。
やがて、がくりと膝から屑折れると、アムルは悄然と肩を落とした。



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