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Scene16
――――ふん、此れで、完全に奴の時代は終ったな ゆったりとした足取りで、あてがわれた客室に悠然と戻りながら、ハーリッドは自然に浮かんで来る笑みを、抑える事は来なかった。 『シャトルに、何か小細工でもしおったな!』 怒りで真っ赤になっていたアムルの顔を思い出す。 ずっと、気に食わなかったのだ。 実力もないくせに、孫の御陰で実権を握り、大きな顔をしていたあの男が。 だからこそハーリッドは、あれを天国から奈落へ引き落とす為に、最も効果的な方法を考えたのだ。 手当たり次第に雇っていたアムルの刺客の中に、こっそりとこちらの、それも一流の腕を持つ暗殺者を潜り込ませ、巧くカトルを捕らえて、その報告をアムルへと飛ばした後に、暗殺させる。 無論、いざという場合は単に殺すに止めても良いと、指示はしてあったのだが、どうやら思惑通りに行ったようだ。 後は儀式を無事に終えれば、全ては自分のものとなる。 にやりと笑みを大きくし、滞在している室の扉に手を掛けると、音もなく重い扉が手前に開いて。 「遅かったな」 「な…御前は」 設えられた応接セットのソファーの一方で、一人の少年が寛いでいる。 図々しくも、勝手に入れたのだろう御茶の香ばしい香りが、彼がかなり以前から此処に来ていたらしい事を証明していた。 この厳重な警備の中、良くぞ騒ぎを起こす事なく、此処まで入り込んで来れたものよ、と半ば感心し掛け、けれど直ぐに我に返る。 彼は、此処にいて貰っては非常に不味い人間なのだ。 今、誰かにこの少年の存在が知られたら、余計な疑念を持たれるかもしれない。 「報酬を受け取りに来た」 「だが、此処には来るなと、あれ程…」 防音になってはいる筈だが、自然、声が抑えられたものとなる。 怒りと焦りを綯交ぜにした、複雑な表情のハーリッドを面白そうに眺め、少年は悠然と足を組み直した。 「次の仕事が入ってな」 早い処、この仕事に蹴りをつけたかったのだ。 悪びれもしないその態度に、少なくとも、頭の回転は悪くないハーリッドは、彼が報酬を受け取るまでは此処を動くつもりがない事を悟る。 素直に彼を出て行かせたかったら、今直ぐ払うものを支払うのが最も効果的なのだと即座に判断を下し、彼は堂々と御茶を飲み続ける少年に、苦い足取りで近付いた。 「それで、何が望みなのだ?」 金ではないと言っていたな。 美術品の類なら、今直ぐという訳には…。 「そんなものはいらん」 主に取引に使われる様々なものに、あれこれと思い巡らせる男の言葉を、けれど、少年は一蹴する。 汚いものでも見るかのように、侮蔑しきった視線で睨み付けると、少年はすいとカップをテーブルへと置いていた。 「俺が欲しているのは、そんなものではない」 御前の身柄だ。 「私の…?」 ゆるりと立ち上がった少年に、気圧されたように一歩後ろへ後退る。 何を言われているのか理解らずに、言葉尻を捉えて首を傾げるハーリッドを、五飛は鼻でせせら笑った。 「P−868資源衛星」 確か此れは、御前の家の直轄となっていたな。 何を言おうとしているのか、漸くに掴めたのだろう。 途端に、ざっと、その萎び掛けた面から血の気が引いて行って。 それは、本家に対しては、資源が尽きているとして、撤退を申請している衛星だ。 実際、資源の面だけを見れば、その報告は嘘ではない。 だが、その裏には、重大な秘密が隠されていたのだ。 そしてそれが、彼が伸し上がり、且つ、裏の世界にも顔が利くようになた最大の理由で。 「な、何の事だ」 「決まってる。現在は鉱石が出なくなった、昔の坑道の奥にある、秘密の工場の事だ」 「……っ」 ずばりと言ってのけた五飛を、ぎり、と正面から睨み付ける。 それは戦後、閉鎖を命じられた筈の、MSの生産工場。 平和主義を唱えるウィナーでは、莫大な利益を生むと理解ってはいても、昔から、軍需産業には業務拡大を行なわない方針を貫いてきた。 だが、表向きその方針に従いながら、裏では死の商人として動いてきたハーリッドは、連合やOZ、そして彼等に対抗しようとする者両 方に、夫々武器を売りつけ、戦争の拡大を図り、それによって莫大な富を築いてきたのだ。 「武器としてのMSを生産する事が禁じられているのは、無論、承知しているな」 一歩前に詰められて、無意識に後ろに後退る。 「この人殺しが、何を偉そうに…っ」 「『元々存在しない人間だ、殺そうと何をしようと罪にはなるまい』、とそう言ったのは御前の方だ」 それに、残念ながら、俺は手を出してはいない。 あれは本当に単なる事故だった。 じりじりと壁に追い詰められ、しかし、ハーリッドは唐突に勝ち誇った笑いを浮かべていた。 「御前などに、この私が捕まるものか」 後数時間もすれば、私はこのウィナー財団の、ほぼ総てを手に入れるのだからな! 高笑いをしながら、素早く、電燈のスイッチに模して造られた、防犯ベルを押す。 しかしながら、扉を開いたのは、彼が期待していた警備員の集団ではなく、既に正装を済ませた美しい女性で。 「残念ですが、御義父様」 貴方がそういった権力を御持ちになれる事は、今後一切ありませんわ。 「御前まで、この私よりも、この人殺しの言葉を信じるのか…っ!」 優雅な口調で、けれどきっぱりと言い切ったアイーシャに、彼女が、一体どの部分から二人の会話を聞いていたのか、思い至る余裕もなく、日頃の冷静さを失って、ハーリッドが叫び返す。 けれど、その言葉に、彼女は少しばかり眼を見開いただけで。 「人殺し?一体何の事でしょう」 「決まっておる、そこの…」 言い募ろうとして言葉に詰まる。 彼が人殺しだと主張するには、カトルを殺そうとした事を説明しなければならないのだ。 何時もならば、咄嗟にそれらしい理由を捻り出せるその頭脳も、冷静さを失った今の状態では役に立つものではなく。 「私は彼が、地球圏統一国家、大統領直属の捜査機関、プリベンダーの一員と聞いておりますけれど」 慌てて背後を振り返り、少年が懐から取り出した身分証を、食い入るように見詰める。 放心したように立ち尽くす、ハーリッドのその両手首に、冷たい手錠を嵌め込まれてたのは、それから直の事だった。
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