●夜明け前・・・4●  

Scene4

 「…カトル・ラバーバ・ウィナーの死を正式に対外発表し、以後、もう
一人のカトルの捜索は、一切打ち切る事とします」
尚、第四三代当主は、私、アイーシャが就任する事となりました。
ざわり、と会場がざわめきに揺れる。
右手にズラリと並んだ姉妹の中、一人、正面に立ってマイクに向かった
アイーシャは、思った通りの反応に、内心眉を顰めていた。
――――これは、揉めるわね
それも、仕方のない事ではある。
今回は誰もが納得する、完全な代替わりではない。
認めてしまえば、直系男子の血が絶えてしまう上、跡を継いで一族の首
長に就くのは、女性という事になってしまう。
だが、ずっと身代わりを務めてきた彼の存在があれば、それは全て回避
できるのだ。
この家で、人間としてみとめられはしなかったものの、彼は間違いなく、
前当主、ザイードの血を受け継ぐ者なのだから。
最も、彼等が関心があるのは、どちらを立てれば、より、自分たちにメ
リットが大きいか、だけなのであろうけれど。
場は、紛糾を極めた。
一族の中でも、特に血の繋がりの濃い者達の間のみで構成されるその
集まりの出席者達は、しかしながら、彼女達その決定に対して、不満を隠
そうともしない。
彼等は知っていた。
彼女達姉妹が、一六年前の自分達の決定に、未だに納得をしていないと
いう事を。
「何故だね」
態々そんな事をしなくとも、こんな時の為のあれではないか、
「そうだ。それに、あれの捜索を打ち切るそうだが、それは非常に不味
い」
あれは、君達の想像以上に、ウィナー家の中枢に拘わって来ている。
野に放てば、ウィナーに対して、どんな不利益を行なうか。
矢張り、あれは当初の予定通り…。
――――あの子は関わりたい等とは、此れっぽっちも思っていなかった
無理に関わらせて来たのは、自分達だろう、と心の中で反論する。
反撃されるのが怖ければ、最初から反撃されても仕方の無いような事
を、しなければ良かったのだ。
「そうだな。当主に据え、手綱はこちらで握っていた方が、却って安心
出来るかもしれん」
「いやいや。誰もいないのなら兎も角、跡を継げる人間は、直系だけで
も後二十九人はいるのですぞ」
何故態々、名前すらない影武者を、当主の座に置いておく必要があるの
ですかな。
あれに関しては、監視なり何なり、相応の対処が必要とは思いますが、
当主の座の方は、きちんとけじめを付けて、正当な人間に就任して頂くが
良いかと。
「どちらにせよ、一刻も早く、あれを探し出すべきでしょうな」
口々に出される発言は、どれも此れも、自分達の都合のみを考えた、身
勝手なものばかりだ。
こんな人間達が財団を動かす幹部なのだと思うと、呆れを通り越して、
いっそ感心すらしてしまう。
第一、この席は、四二代目当主の死を肉親達に正式に伝え、悼み合うの
が目的で、設けられた筈だった。
だが、既に世を去った年若い当主に思いを馳せる者等誰一人としておら
ず、空席となった当主の椅子に、どちらを座らせた方が自分達に有利であ
るかと、あの子とアイーシャを天秤に掛ける事にのみ熱中している。
理解っていた。
跡を継ぐべき直系男子が絶えれば、長女である彼女が当主の座につく事
になる。
ウィナーが代々直系が継ぐ事になっている以上、現在、該当するのはあ
の子か、でなければ自分達姉妹のみだ。
これが、一人二人の姉妹ならば、彼等も此処迄反対しなかったに違いな
い。
一旦当主に就任させた後、暗殺等の手段を講じて、然る後、権利を自分
達へ持ってくれば良いのだから。
だが、まさか、姉妹二十九人全て殺せば、疑われない訳はない。
ならば、最初から、人間として扱う必要のない者を据えておいた方が、傀
儡として扱い易いと考えているのだろう。
そして、だからこそ、彼女達は、あの子をこの家から遠ざけた方が良い
と判断したのだ。
彼等はあの子を、人間としては見ていない。
自分が権力を握る為の傀儡、つまりは道具としてしか認識してはいない
のだ。
幸せになれる筈など、絶対にない。
最も、彼等よりも一枚も二枚も上手の、つまりは誰よりも当主の座に相
応しいだろう能力を持つカトルが、実際にその地位に就いたとしたら、そ
れなりに面白い展開になるには違いないだろうけれど。
だが。
生まれてから十五年間、あの子が求めていたのは唯一つ、自由、だけだ。
より一層の重石を背負わせる権利など、彼等にはない。
命の危険と引き換えに、此処を飛び出して行ったあの子を連れ戻す権利
など。
肉親達の繰り広げる、醜悪なその有り様に吐き気を催す。
次第次第に険しくなっていく、彼女達の表情に、けれど、気付いた人間
は一人としていなかった。
「これは、相談をしている訳ではありません」
私達姉妹が満場一致で可決し、下した決定を告げているのです。
「しかしですな…」
尚も反論しようとする彼等を、じろりと一瞥し、その眼光で黙らせる。
普段、一歩下がって見せてはいるものの、彼女もまた、確かにウィナー
直系の血を継ぐ者なのだ。
「もう一度、繰返します」
カトル・ラバーバ・ウィナーの死を正式に対外発表し、以後、もう一人
のカトルの捜索は、一切打ち切り。
第四三代当主は私、アイーシャが就任致します。
尚、正式な対外発表は一週間後。
仕来たり通り、葬儀の三十日後に次代当主の継承式典を執り行います。
ぴしゃりと言い放ったアイーシャの迫力に、永くこの世界に居続けた長
老達が気圧される。
自分達の時代が終わりに差し掛かっているのだという事に、けれど、気
付いている者は未だいない。
彼等が再び言葉を取り戻せたのは、脇に並んでいた二十九人もの姉妹
達が、一人残らずその場を退出した後だった。


5へ進む