●夜明け前・・・6●  

Scene

 地球と月の重力が巧く釣り合う、ラグランジュポイントに建設されたコ
ロニー群の中でも、特に安定しているものの一つであると言われるL4コ
ロニー群。
元は地球の中東地区、特にアラブ出身の者達が作り上げた其処は、未
だ昔の名残を残してか、政府よりも更に大きな経済力と発言力を持つ、ウ
ィナー財団によって取り纏められている。
そして、そんなL4コロニー群の中でも特に外れ、最も地球よりに位置
するX−663コロニーは、宇宙開拓が始まった当初に建設され、既に廃
棄の決定が出て久しいものだった。
――――酷いものだな…
荒れた街並みを眺めて歎息する。
だが、この街は、それでも未だ生きているのだ。
嘗てはL4コロニー群の中心として栄えたこのコロニーも、老朽化が進
み、また、次々と建設されていった他のコロニーに押され、人口は減り続け
ていった。
連合の統制が進むと、駐屯基地の一つとして使われた此処は、益々その
傾向に拍車を掛け、それにつれて政府機能も作動しなくなった。
そうなってしまえば、無論、がたが来出したコロニー機能を回復させる
だけの経済力が残されている筈も無く、結局、十年前、退去命令が出され
るに至ったのである。
しかしながら、スラム在住の最下層の人間達には、転出できるだけの財
力も無く、何時止るか判らぬ事に怯えながらも、此処で生活し続けるしか
無くて。
『至急、X−663コロニーに向かってくれ』
受け取ったメールには、たった一行、それだけが記されていただけだっ
た。
だが、添付されていた資料を読み進める内に、トロワの表情が、次第次
第に険しくなる。
昨日、一昨日と連続して、L4コロニー群の中心部に位置する幾つかの
コロニーで、まるで示し合わせたかの様に、最下層居住区の再開発に伴う
強制退去が行なわれた。
何時かは行われるだろうと囁かれてはいたものの、まさかろくろく話し
合いもせず、強硬手段を採るとは考えてもみなかった住民達は、結局、武
装していた実行部隊との衝突で、大量の死傷者を出していて。
――――あれが全て、カトル一人を誘き出す為だけに、行われたとい
うのか…
ディスプレイに示されたその余りの内容に、知らず、両の掌が握り締め
られる。
MO−Uから姿を消したカトルが、恐らく、何処かのコロニーに潜伏し
ているのだろう事は、地球降下時に起こり得るだろう現象について、それ
らしい記録が無かった事からも、何となく見当がついていた。
そして、身を隠したい者が住み着くのは、最下層居住区と相場は決まっ
ている。
だからこそ、この一年間、トロワも敢えて地球を捜索せずに、コロニー
の、それも最下層居住区を中心に捜索をしてきたのだが…。
今回の騒ぎの直後、地球圏全てに流された、一通の短い暗号通信。
曰く、L4コロニー群全ての最下層居住区を、強制退去させる用意があ
る。
此れを止めさせたくば、速やかにX−663コロニーに来られたし、と。
――――考えたものだな…
苦い思いを噛み潰しながら、すっと瞼を伏せる。
表向きは、再開発を執り行う為の下準備。
実体は、こういった場所最下層居住区に隠れ住んでいるだろうカトルの
捜索と、見せしめを兼ねた罠だ。
万一見付かれば儲けもの、駄目でも、カトルが居住可能な街が一つ減る。
L4全ての最下層居住区を潰すという下りは、明らかにはったりだ。
だが、こうして毎日の様に衝突が起こり、関係の無い者が傷付き続けれ
ば、カトルは姿を現さぬ訳にはいかないだろう。
自分の為に他人が傷付く事を、何より厭う性質なだけに。
此れで万々が一カトルが現れなかったとしても、彼等が損をする事は決
してない。
注ぎ込んだ資金は、後押しした見返りとして、実際の開発に着手する折
りに、確実に戻って来るのだから。
「まだ、カトルの動きはない様だな…」
沈黙したままの携帯端末を、入れてある鞄の上から確めて、一人ごちる。
簡易なものだが、シャトルのレーダー反応が転送されてくる様にしてあ
る為、このコロニーへの出入りは、シャトルを離れている今の状態でも把
握できている筈だった。
放棄されたコロニーを、態々航路に組み込むシャトルがある訳も無く、
個人で出入りするだけの力を持つ人間もまた、いない。
一般の便が全く運行しておらず、更に船を持つ住人が存在しない以上、
余程の事が無ければ、コロニーにシャトルで出入りすれば、目立たない筈
はなかった。
最も、トロワ自身、その『余程の事』をしてのけている事からも判る様
に、百パーセントそうだとも言い切れなかったが。
――――取り敢えず、コントロールルームの制圧が先だな
コロニー全体を把握するには、このコロニーの中央コントロールルーム
を抑えるのが最も早い。
とはいえ、現在トロワが目指しているのは、そちらではなく、シェルタ
ー内部に備え付けられているだろう、緊急用のサブシステムの方であった
が。
態々此処を指定してきているという事は、ウィナーの方で、中央は抑え
られている可能性が高い。
そう判断したトロワは、だから、始めから真っ直ぐにそちらを目指す事
にしたのだ。
単に制御装置を抑えたいだけなら、無理に一人で闘うよりも、主制御の
役割をサブシステムに切り替えてしまった方が、余程効率的だったので。
――――だが、当てが外れたかもしれないな
捜していた侵入口を前にして、僅かに眉を顰める。
ひっそりと目立たぬ様に設えられたその存在は、コロニーの住民にも気
付かれた様子はなかったが、けれど、明らかに、誰かが出入りしている跡
があった。
最も、それは、つい最近のものでもない様ではあるが。
「………」
無造作に懐に押し込まれていた、硬い拳銃の存在を確かめる。
油断無く辺りを警戒しながら、トロワはその重い扉を押し開ける為に、
ゆっくりと腕に力を込めていた。

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