●夜明け前・・・7●  

Scene7

 ――――矢張り、な…
大して埃を被っていない通信機器達を一つ一つ調べ、息を吐く。
設置してあるものの型番は大半が旧型ものだった。
だが、蓋を開ければその中味は、かなりの改造が施してあり、また当時
には開発されていなかったであろう技術を導入した、新機能を備えた機器
の幾つかが、目立たぬ様にひっそりと置かれていて。
だが、此処を使用していた人間は、一体何処に行ったのか。
ぐるりと部屋全体を見廻し、首を傾げる。
辺りの様子を警戒しつつ入り込み、叩き込んであった地図を頭の中に描
きながら、かなり下層の部分に位置しているであろう、この室を目指した
トロワだったが、結局、辿り着く迄に、誰一人として行き会わなかったの
だ。
だが、今、機器を調べた限りでは、間違いなく極々最近、此処を整備し
た者がいる。
それも、かなりの技術を持った。
この室の、唯一つの出入り口意識を向けておき、これらの機器の制御状
況を見ようとコンソールに手を伸ばす。
だが、立ちあがっていたコンピュータのソフトの一覧を見たトロワは、
思わず我が目を疑っていた。
恐らく、オリジナルに組まれたものなのだろう。
通信、制御…殆ど全てが、最近の機器に合わせた仕様になっているらし
く、その上かなり使いやすい。
けれど、更に驚いたのは、見付け出したソースプログラムに、注意深く
眼を通した瞬間だった。
――――このプログラムの書き方は…
眼にも止まらぬ速さでスクロールして行くアルファベットと数字の羅
列に、思わず眼を見張る。
嘗て、未だピースミリオンに居た頃に交わした、カトルとの会話が脳裏
を過ぎった。
『普通はこういう時、この綴りで関数を作るんだろうけど…』
僕は、敢えてこういう綴りにしてるんだ。
この事を知っている人が此れを見れば、僕が組んだプログラムだって直
ぐ理解るからね。
最も、書き方には癖や好みが反映されるから、態々こんな事をしなくて
も、判ってしまうかもしれないけれど…。
あれは、トロワが未だ記憶を取り戻していなかった頃。
ガンダムに組み込まれているソフトのプログラムソースを表示しなが
ら、説明していたカトルが、この時だけはそれ迄の、落ち着いた気を僅かに
動揺させていた。
その為、結局、そういった事を始めたそもそもの切っ掛けを、尋きそびれ
てしまって。
それは、ソフトを使っているだけの人間には、決して気付かれる事のな
いひっそりとしたメッセージだ。
それが、彼の複雑な生い立ちに端を発していたのだと、トロワが知る事
になるのはもっと後の事になるのだが。
――――しかし、一体、何故、こんな処に…
まさか…!?
器材の一つ一つに、再度視線を送る。
通信機器界の技術は日進月歩だ。
たった一年で基本スペックが大幅に変わってくる。
嘗ては力を持っていたこのコロニーの設備も、建造されて百年以上を優
に過ぎ、その後も機器の入替は続けられていた筈だが、それも、此処十年
は行われていないに違いない。
だが、実際に使ってみれば、此処の設備はプリベンダーの中央コントロ
ール並みの性能を持っていて。
此れだけの事を秘密裏に行うには、相当の技術と資金が必要な筈だった。
考えられ得る可能性はただ一つ。
カトルが、此処にいると言う事。
痕跡は消されているが、この設備を考えれば、此処で情報収集を行って
いた可能性が高い。
――――そうだとして、カトルは一体何処へ消えた?
静けさを保っているこのシェルターは、未だウィナーの手の者の侵入を
許した様子はない。
情報収集が何より必要だろう今、迂闊な事で此処を空けるとは、どうし
ても思えず、トロワはシェルター内の監視システムを立ち上げようと、再
びコンソールに手を伸ばし掛け、けれど、そこでひたりと全身の動きを止
めていた。
――――誰か、此処に近付いている
カトルならば問題はないが、そうでない可能性もかなりの確率で存在し
ている。
元々ついていたメインコンピュータの主電源はそのままに、素早く物陰
に隠れ、気配を絶って。
ゆっくりと近付いて来た気配が、予想に違わず、この室の前で止まる。
だが、そろりと開かれた扉の影に潜んだ侭、なかなか室内には入って来
ない。
――――気付かれたか?
余程、勘の良い人物なのか。。
完全に何かを警戒している様子に、手にした銃の安全装置を外す。
だが、次の瞬間、耳に飛び込んで来た誰何の声に、トロワは矢張り、と
ほうと息を吐き出していた。
「そこに居るのは、どなたですか?」
居るのは、分かってます。
僕も出来れば撃ちたくありません。
武器を捨てて大人しく姿を見せて下さい。
穏やかな物言いに隠された、鋭利な刃物。
予想してはいたものの、捜し続けた人物の相変わらずの様子に、トロワ
は暫し身動ぐ事が出来なくて。
だが、その沈黙を投降の意思無しと取ったのか、窺う気配に微かに殺気
が混じった。
「待ってくれ、カトル…」
俺に、抵抗する意思はない。
手の中の銃を床に置くと、両手を挙げて無抵抗の意を示しながら、ゆる
りと物陰から姿を現す。
流石に此処でトロワに遭うとは予想だにしていなかったのか、カトルの
放っていた危険な気が一瞬にして霧散して。
「トロワ…」
どうして、君が。
唇の形だけをなぞって呆然と呟くカトルの腕が、力を無くしてだらりと
下がる。
視線だけが交錯し、沈黙が横たわる。
一年振りに見るほっそりとした姿は、青年期に入ろうとしている筈であ
ったが、記憶にあるよりも少しばかり縦に伸びてはいたものの、華奢な印
象は変わらない。
此処一年の無理な生活の所為もあってか、寧ろ、以前よりも更に痩せて
しまっている様にも見えた。
流石に少女めいた部分は消えつつある様だったが、おっとりとした容貌
には、相も変わらず優しげで。
けれど、その中にあって決定的に違っているのは、より一層深くなった
瞳の哀の色だった。
「カトル…?」
「…久し振りだね、トロワ」
思わず、抱き締めたい衝動に駆られ、それを必死に抑えていたトロワの
耳に、疲れたような声が届く。
何処か、身体でも壊しているのだろうか。
一年振りに聞く、ハスキー掛った静かな声は、けれど、やけに耳障りな
呼吸音を交えていて。
「カトル、一体、今迄…」
けれど、言い掛けた言葉は最後まで続ける事は出来なかった。
唐突に鳴り出したアラームが、二人に警戒を呼び掛けたので。
「侵入者か」
「……」
瞬時に表情を引き締めると、無言でコンピューターに取り付いて、計器
に視線を走らせ、パネルを切り替える。
トロワが通って来たルートとはまた違うらしく、映し出された其処は見
覚えの無い場所だった。
「三、四…六人か」
「少しは高く買って貰ってるのかな」
何回か、此処からあっちの邪魔をしているからね。
さらりと呟くと、素早くパネルを操作しだす。
「どうする気だ?」
正面切って闘うか、さっさと此処を後にするか。
此処にいる事が既に知られているのかどうかは判らないが、どちらにし
ても、目的は矢張り、ここのサブシステムなのだろう。
だが、当のカトルはそれを見ても至って平静な侭だ。
「そうだね、取り敢えず…彼等には大人しくしていてもらうよ」
僕は未だ、此処のシステムに用がある。
厳しい表情で幾つかのスイッチを押し、コードを打込むと、最後にエン
ターキーを叩き付ける。
途端、操作時とは対照的な重い音を立てて、画面の中ではごうんと隔壁
が落ち始めていた。
こんな時でも、相手を殺そうという意思がない事に、変わっていないと安
堵する。
初めて出会った頃の自分なら甘さと判じたその部分は、けれど、今では
決して変わって欲しくない部分の一つだった。
「…っ」
食い入る様に、モニターを睨んでいたカトルが、小さく舌打ちをする。
咄嗟に飛び出したらしい一人が、ぎりぎりの線でどうにか隔壁を抜けて
いて。
「結構、出来るのがいる様だな」
「……」
レーザー照射等、幾つかの警備システムをも潜り抜け、更に進んでくる
パネルの中の男に、ぎゅっと眉が寄せられる。
やがて、これ以上進まれるのは不味いと感じたのだろう。
無言のまま立ちあがったカトルは、コンソール上に放り出されていた己
の銃を手に取ると、すいと出口に向かって踵を返して。
「御免、トロワ」
悪いけど、少しの間、ここを頼むよ。
言って走り出そうとする肩に、咄嗟に手を伸ばす。
今ここで離れれば、また再び逢えなくなってしまう様な、そんな気がし
てならなかった。
「トロワ?」
肩越しに振り返り、見上げてくる皙い貌に、真摯な瞳を向ける。
「…俺も行こう」
真意を探ろうとでもするかの様に、地球色の瞳が真っ直ぐに自分の瞳を
射抜いて来て。
視線と視線が絡まり合い、無言の内に意志の交換が行なわれる。
何を言っても無駄だと悟ったのか、やがて、カトルは小さく息を吐き出
していた。
「…解った」
ついて来て。
短く告げると、それ以上は何も言おうとはせずに、今度こそ扉の外へと
走り出す。
けれどその瞬間。
有り難う…。
囁く様な優しい声を、トロワは聞いた様な気がした。

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