●夜明け前・・・8●  

Scene8



『報告は、まだか』
『は、今少し、御時間を頂きたいと申しております』
カトルへの揺さ振りと実益を兼ねた、最下層居住区の強制退去を行い始
めて約三日。
指定したX−663コロニーに待機させた者達からは、カトルを捕らえ
る所か、姿を見たという連絡すら入っていない。
それ所か、大分以前、下準備の為にコロニー入りしてから続いていると
いう、居住者らしき者達からの妨害やら嫌がらせもまた、一向に止む様子
もなく、益々エスカレートする一方で。
苛つきを隠そうともしないしゃが嗄れた声が、秘書らしき男の返答に、尚もぶ
つぶつと言い続けている。
暗い室内の中、次々と耳に入ってくる各部屋での会話を、器用にも全て
正確に聞き分けながら、けれど、ヒイロは画面をスクロールして行く文字
の羅列を、酷く苦い思いで睨み付けていた。
――――完全に、後手に廻ってるな
この三日間の間に潰された、各コロニーの最下層居住区の数は、二十を
下らない。
事態を悟り、プリベンダーや身軽に動けるデュオにフォローは頼んだも
のの、急な上、こう数が多くては流石に止め切れる訳もなく。
各コロニー同時とはいえ、一つのコロニーに何個所も点在する最下層居
住区の、一つか二つずつが潰されただけに止まった事が、せめてもの救い
だった。
住居を奪われた彼等に、行き場が、彼等を受け入れる事が出来る場所が
残されている内は、暴動に発展する事はないだろう。
尤も、連中の事だ。
そういった諸々の事をも全て計算し、何れ全てを潰す事を前提に、取り
敢えず今回は、これだけに止めたのかもしれないが。
最下層居住区に住む人間をまず一纏めにし、後に一気に潰せば、効率が
良い事は間違いなかった。
こうなってしまった以上、カトルが動くのは、最早時間の問題だろう。
だからこそ、情報を確認して直ぐに、トロワをX−663へと向かわせ
る事にしたのだが。
――――巧く、カトルと接触できていれば良いが
如何にガンダムパイロットといえど、移動に掛る時間はある一定以上、
短縮する事は不可能だ。
L3コロニー群から、L4の外れに位置するX−663迄の移動時間を
計算すれば、トラブルさえなければ、今日辺り着く事が出来るだろう。
広大な地球圏の中から、本気で身を隠しているたった一人の、然もトッ
プレベルの技術を持つガンダムパイロットを見付け出す事が、如何に難し
い事かは、同様の力を持つ自分達が誰よりも良く知っている。
だが、コロニーが特定できた今、トロワがカトルを見つけ出すのは、最
早時間の問題だろう。
其処にカトルが居ないという事は、可能性としては考えたが、結局、そ
れだけに止まった。
自分達の知っているカトルならば、自身の為に多くの人が傷付けられて
いるこの事態を、見逃すとも思えなかったので。
『俺は…カトルを探し出したい』
人知れず、カトルが姿を消したあの後。
その航跡を求め、忙しげにコンピューターに向かい続けるトロワを、黙
って見詰めていたヒイロに、トロワは静かにそう語った。
『探し出して、如何する気だ?』
それに…カトルが、捜して欲しがっているとも思えない。
『そうだな』
会話の間じゅう、只管キーを叩き続けていた指が、ひたりと止まる。
それ迄、じっとモニターを睨み付けていた瞳をそっと伏せると、トロワ
は小さく息を吐き出して。
『俺達に黙って姿を消したという事は、恐らくそういう事なのだろう
な』
だが、この件に関して、俺は、自分の感情に従いたいと思っている。
何より、伝えられなかった言葉もあるしな。
…身勝手な話かもしれないが。
モニターに映った端正な貌に、自嘲的な笑みが浮かぶ。
自分同様、表情に乏しいこの少年が、感情を表に出す時は、決まってカ
トルが絡んでいるのだという事を、彼は知っていたのだろうか。
――――そろそろ認めてやれ、カトル
御前を想う彼奴の想いと、彼奴を想う御前の想いを。
ウィナー内での立場を知った今、あの時姿を消したカトルの気持ちも、
理解できなくはない。
だが。
此れだけははっきりとしていた。
自分達が惹かれたのは、他の誰でもない、間違いなくカトル自身なのだ
という事は。
――――御前自身の持つ価値を、認めてやれ、カトル…
イヤホンを通して絶え間なく届けられる、各部屋の会話に耳を傾けなが
ら、ヒイロは、定時メールを入れる為に、眼の前の端末へと手を伸ばして
いた。

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