●夜明け前・・・9●  

Scene9


コロニーの中心近くに設えられた、地下シェルター。
コロニー開発の初期の頃に作られたものらしく、シェルターとしては、
かなりの面積と設備とを備えたそこは、此れ迄彼が見て来たものの中で
も、間違いなく最上の部類に入る。
そして、細い通路が幾重にも絡み合い、また別れて行く、まるで、迷路
の様な入り組んだ通路の一角で、壁に埋め込まれた端末のモニターを睨
んでいたトロワは、画面に集中するその一方で、一年振りに再会した彼の
人へと、思いを馳せていた。
『僕が行く』
俺が行こう、と言い掛けたトロワを、けれど断固とした口調で遮って、
強い光を浮かべた地球色の瞳が真っ直ぐに見詰めてくる。
『僕が行くよ』
彼が用があるのは、如何考えても僕の方だ。
僕としても、満更、彼に聞きたい事がないでもないからね。
カトルの言いたい事は理解っている。
自分の事は、自分で決着を付けたいというその気持ちも。
けれど、幾ら情報を得る為とはいえ、そう簡単に首を縦に振る訳には行
かなかった。
カトルの言う通り、彼等の狙いは飽く迄彼自身なのだ。
それが理解っていて、態々当の本人が、危険を犯してまで出て行く必要
性は認められない。
加えて、現在、カトルの体調は良好とは言い難いのだ。
何時も通り振る舞っているつもりなのだろうが、トロワの眼を誤魔化す
事は不可能だった。
元々、それ程丈夫でもない人間が、こんな処で一年以上も暮らしていれ
ば、無理もない事だが。
『駄目だ』
今の御前を、黙って行かせる訳にはいかない。
理由は、御前自身が一番良く理解っている筈だ。
『何を言ってっ…』
そうして短い押し問答の末、結局、カトルがいざという時のフォロー役
に廻るという事で、何とか折り合いが付いたのだけれど。
見てくれに反して酷く頑固なその性質が、全く変わっていない事に、自
然、笑みを誘われる。
だが、今は、想いに浸っている暇はなかった。
再び、表情を引き締めると、時間を確認する。
――――三、二、一、ゼロ
設定通り、順に隔壁が通路を閉ざしていく。
プログラムが正常に動いている事を確認したトロワは、打合せ通り、場
所の移動を開始して。
通路を閉ざしていく隔壁が、退路を断ちつつ、次第に侵入者を意図され
た場所に追い込んでいき、単純化された通路は、それを識っている者には
逆に移動を容易にする。
生命反応を探知する事に拠り、敵の位置は常に把握し続けている。
互いの移動速度から弾き出した接触位置の極近くでは、既に到着したカ
トルが予想外の事態に備えて待機している筈だった。
例えどんな事態になったとしても、直ぐ様フォローに入れるように、と。
――――今の所、予定通りのようだな
所定の位置に到着すると、先ず、時間を確認し、続いて生命反応の位置
を確認する。
予測では、後三十秒程で、奴がこの位置に滑り込んで来る事になってい
た。
肩から吊るしたホルスターより、愛用の銃を抜き取ると、安全装置を外
す。
聞き慣れた筈の冷たい音が、やけに大きく響いた。
――――来る!
動きやすさや隠密性を第一に考慮して設計されたのだろう、ブーツの踵
が床と擦れて立つ音が、徐々に近付いてくる。
下りてくる隔壁に気を取られているのだろう。
隔壁を隔てたこちら、角に隠れた自分の存在に気付く様子もない。
万一、こちら側に飛び出せず、隔壁内に奴が閉じ込められる事になった
としても、それはそれで構わなかった。
その侭眠らせてしまえれば、こちらとしても余計な手間が省けるだけな
ので。
ごうん、と重い音を立てて、厚い隔壁が下りて来る。
完全に閉まるその寸前、その狭い透間から、戦闘服に身を固めた、屈強
な男が滑り出して来て。
二度体勢を整えようとした瞬間を狙い、威嚇射撃を一発行う。
サイレンサーを付けていたが為、発射音そのものは然程響きはしなかっ
たが、代わりに鉛の弾ける甲高い音が、四方を金属で固められた狭い通
路に鋭く響いた。
「動くな」
頬を掠めた銃弾に被さる様にして、感情の篭らぬ声が侵入者の動きを縫
い止める。
抑揚の無いそれは、静かであるが故に、更なる迫力を醸していた。
「武器を捨てて貰おうか」
「……っ…」
己の絶対的不利を悟ったのだろう。
ぎり、とこちらを睨み付けると、暫しの躊躇いの末、手にしていた銃を
放り出す。
重い金属音が辺りに響き渡ると、眉間に照準を定めた侭、緩やかに一歩
前に踏み出す。
睨めつけて来る、ぎらぎらとした眼差し。
それは明らかに、先に捕らえた者達とは、様相を異にしていた。
「此処に侵入した狙いは何だ」
「……」
口を開く素振りも見せず、油断なく機会を窺う隙の無い動きに、確信す
る。
この男はプロだ。
それも、暗殺専門の。
恐らく、この人間は、先刻の連中と行動を共にしていながらも、全く別
の目的を与えられているのだろう。
そしてそれは、捕獲を目的としている筈のヌサール家と意を異にする者
達が、水面下で動いている事を物語っていた。
――――さて、どうしたものかな
恐らくこいつは、例え殺されたとしても、口を割ろうとはしないに違い
ない。
問題は、カトルが此処に居る事が、バルク家に、殊に当主ハーリッドに
知られてしまっているか否かだ。
カトルの言葉と侵入してきた連中の様子とを考え合わせると、少なくと
もヌサール家には未だ知られていない様だが、この分では、恐らく、バル
ク家の方は…。
導き出された回答に、此の場で仕留めておいた方が良いと判断する。
カトルを生きて捕獲しなければならないヌサール家は兎も角、バルク家
の方は恐らく、この件が無事片付いたとしても、カトルが死ぬまで刺客を
送り続けるに違いない。
彼等が恐れているのは、カトルが持つ可能性、つまりは彼の存在そのも
のだからだ。
今は敵ではなくとも、何れ強力な敵となるかもしれないという。
万一そういう事態となってしまった場合、自分達に勝つ見込がないとな
れば、今の内に潰して置こうというハーリッドの選択は当然の事だろう。
しかし、潰される側にしてみれば、そんな理由でやすやすと生命を奪わ
れては堪らない。
逃げ続けるか闘うか、兎に角、生きる為には、何等かの手段を講じる必
要があった。
ゆっくりと歩みを進めると、照準はその侭に、先ず男の傍に落ちている
銃を、手の届かぬ場所へと蹴り飛ばす。
回転しながら床を滑って行くそれが、壁に当たって小さく跳ね返ったそ
の瞬間、タイミングを見計らっていたらしいその男が、だっと前へと飛び
出して。
「……っ…」
掴み掛かって来るその手に、何時の間にか大振りのナイフが握られてい
るのを見て取って、咄嗟に反対側に身を躱す。
だが、再び、腕が振り上げられたその瞬間、バシュッと篭った様な鈍い
音がしたかと思うと、男の手からナイフが弾き飛ばされていて。
「なっ…」
痺れの残る手を反対の手で押さえながら、男が肩越しに背後を振り返
る。
澄んだ音と共に床に落下した刃物を、素早く遠くへ蹴り飛ばすと、トロ
ワは其処へ佇む予想通りの人物へと、視線だけで感謝を告げた。
「矢張り…此処にいたのか」
カトル・ラバーバ・ウィナー。
いや、その身代わりさんよ。
憎々しげに言い放ったかと思うと、手にしていたらしい小さな何かを、
不意にカトルへ向かって投付ける。
「カトル!!」
咄嗟に男の急所に拳を叩き込み、駆け寄ろうとしたトロワの視界が、か
っと閃光に白く染まって。
「カトル――――っ!!」
耳を劈く爆音と、爆風に乗って飛び散る破片。
次の瞬間、反射的に伏せた床から勢い良く立ち上がると、傍らに昏倒す
る男には眼もくれず、トロワはその中心へと駆け出していた。

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