Rainyday for you
聖地から遠く離れた辺境の惑星。
この星に住む人々とそれほど変わりない格好で、ジュリアスとクラヴィスは、肩を並べて歩いた。宇宙には幾億という星があるが、その首都部に、これほど緑が多く、町の喧騒も遠い先進星はそう多くない。
微かな風に葉の触れあう音、子供達の笑い声。こんなに穏やかに過ぎていく時間をジュリアスは長く知らなかった。
「眩しいな・・」
とジュリアスは木々の隙間から零れる光に目を細めた。聖地の時間とこの星に流れる時間は違う、物理的なことをいえば、ここで過ごす日々は、聖地の僅かな時間である。けれど、ジュリアスの瞳にはそんなことなど信じられぬように時はゆっくりと流れて見えた。
足下に転がってきたボールを、クラヴィスは白い手ですくって、駆けて来た子供に手渡している。緩く束ねた黒い髪が風に揺れる。
小さくなっていく後姿を、ふたりで見送りながら、ジュリアスがふいに口を開いた。
「・・私たちはこの星の人々にどう映っているだろうか?」
蒼い瞳に僅かに見える躊躇いは、人と見えているのかと、そうクラヴィスに聞いていた。
「・・兄弟には見えまいな・・」
ジュリアスの問いをはぐらかすかのように、クラヴィスは答えた。
光の角度で明るさの変わる紫の瞳、子供の頃からその視線の行方だけをジュリアスは見てきた。今、その瞳はジュリアスしか映さない、それは分かっている、愚かなことを聞いてしまったと、ジュリアスは小さく息をついた。
「・・おまえのように美しい金色の髪を持つ者はそうおるまい。」
視線を落としたジュリアスの肩に降りた木の葉をクラヴィスは、指先でつまみあげ、唇に寄せた。その仕草を瞳で追いながら、そなたのような紫の瞳を持つ者も私は知らないがとジュリアスは、心の中で呟く。
「それにしても驚いたな・・このような場所をおまえが知っているなどと。」
いつもより饒舌になるクラヴィスに、ジュリアスはほんの少し驚いたような顔を見せてから、
「・・ああ、先日研究院で偶然見つけたのだ。」
と幾分素っ気無く言った。
偶然というのは嘘である。ジュリアスは、仕事の合間にクラヴィスの気に入りそうな星をもう長い間探していたのだった。
宇宙に平穏が訪れてから、守護聖は、女王に半ば強制的に休暇をとらされる。それも聖地ではなく、どこか他の星で過ごすことが条件である。他の星の風俗や自然に親しむのは守護聖の仕事を兼ねて一石二鳥でしょとは女王の言だが、もちろんこうでも言わねば休暇をとらぬ、いや無理矢理取らせても聖地にいては、ついつい執務室に足が向くジュリアスを言いくるめる苦肉の策であった。そして、クラヴィスもまた聖地の自分の邸に篭りきりでは、いつもとそう変わらない。他星で休暇というのは、まさに筆頭守護聖ふたりのための言であった。
もちろんクラヴィスは、ジュリアスが自分のためにこの星を選んだのを知っている。それを偶然と言うジュリアスの心の中を見透かして、彼は、そうかと笑った。
「・・クラヴィス?」
クラヴィスの瞳を細めた横顔に、本来クラヴィスはこんなたわいないことに笑顔を見せるような者なのだったと今さらながら思う。聖地にいては忘れてしまいそうになってしまう、クラヴィスの笑顔もこのような自然の美しさも。クラヴィスがこのような星で生まれ、育ったならば、いつのまにか胸に沈めてしまった多くの痛みや苦しみの幾つかを味わわずに済んだのだろう。
ふいに胸に浮かんだ思いにジュリアスは眉を寄せた。
「どうしたのだ・・?」
クラヴィスの瞳が心配げに聞いた。
言えるわけなどない、つまらぬ例え話など。
「・・いや・・何でもない。」
ジュリアスは小さく首を振った。話題を変えようと言葉を捜し、口を開こうとしたその瞬間、クラヴィスの言葉が遮った。
「・・このような美しい星にも私の在り処はない・・」
「・・クラヴィス・・」
それほどまでに、と言いかけてジュリアスは再び口を閉ざした。クラヴィスの心の中に広がる闇が深いことをジュリアスは知っている。それはもう出会ってからずっと。
『ジュリアスはいいな、いつも光の中できらきら輝いている。』
『おまえには分からぬ。いつも光の中で前を見つめるおまえには決して私の気持ちなど。』
嘆いても、いくら泣き叫んでも守護聖であることに変わりはしない、創られた楽園から逃れる術など私たちは持たぬのだから。与えられた運命なら受け止めるしかない、もしも自分が歩みをとめてしまえば、幾千万の命が喪われてしまう。自分に言い聞かせながら、クラヴィスにもそれを求めた。いつのまにか言葉に刺を含み、ふたりの会話がいつもどちらかの踵を返す音で終わりを迎えてしまうことを省みることもしないで。
『・・もう、幾夜も眠れぬ・・助けて欲しい・・』
宇宙の崩壊が目の前に迫り、女王の力が尽き果てようとしていた星の見えない夜。クラヴィスの縋る瞳に、初めて自分が負わせた痛みの大きさを感じた。
今の距離に近づくまで、どれほどの夜を越えたかしれない。それでも決して触れられぬものがあるように、クラヴィスの心の奥を垣間見ることはできない。
「・・そのような顔をするな・・私はおまえの傍でしか生きられぬということだ・・」
ジュリアスは一瞬瞳を見開いて、その後、小さく唇を噛んだ。こんなことを言わせるためにここに誘ったのではない。そして、その言葉に一瞬でも心躍った自分が腹立たしかった。
いつになれば、私はそなたに安らぎを与えることができるのだろう――――
翌朝、クラヴィスは雨音で目が覚めた。昨夜から黙りこんだままのジュリアスは、窓の傍で外を見ていた。
その背中をクラヴィスは寝台の上に頬杖をつき、見つめた。
「・・なんだ、起きていたのか?」
視線に気付いたジュリアスがゆっくりと振り向く。
「・・ああ。おまえを見ていた・・」
そう言うクラヴィスに、ジュリアスは呆れたように小さく笑った。
「雨か・・?」
クラヴィスの問いにジュリアスはああと小さく頷いた。
「・・を止めて・・・・・か・・」
雨音に途切れたクラヴィスの言葉に怪訝そうな瞳をジュリアスは向けた。
「時を止めてみせようか・・と言ったのだ・・」
「時を?」
「おまえが本気でそう望むのなら、それもよいではないか・・」
「・・クラヴィス・・」
時を止めることなどできやしないとジュリアスは言いかけてから、否と思う。できないことはないかもしれない、やらないだけだ。自分もクラヴィスも・・その潜在的な能力のほんの一部分しかまだ使ってはいない。
「私は・・おまえがいるならどこででも・・どうなろうと構わぬ。」
そうだ、それが造られた楽園でも、たとえ時の止まった星だとしても。とクラヴィスは続けた。
「私は・・私はそなたに何か与えているか・・」
微かに震えるジュリアスの声に、クラヴィスはゆっくりと寝台から起き上がり、ジュリアスに近づいた。
「・・ああ・・この上ない安らぎと・・そして・・」
とジュリアスの手を取ると、クラヴィスは自分の胸にその手をあてた。速まる鼓動がジュリアスに伝わる。ジュリアスはその指を握り締め、瞳を伏せた。
「・・私は・・自惚れてもよいのか・・」
クラヴィスは頷いた。いつになれば、自分がどんなにジュリアスを愛しているのか、気付いてくれるのだろうとそんな顔をして。
降る雨の音にジュリアスは小さく振り向き、クラヴィスに背中を見せて言った。
「今日は・・ここで過ごしてもよい。」
「・・・・・」
「あいにく雨であるから、出歩けぬと言っているのだ・・」
言い訳を慌てたように、ジュリアスはつけ加えた。
「それならば・・とりあえず、私は、降る雨に感謝せねばな・・」
そう言ってジュリアスを後ろから抱きしめたクラヴィスの手が、ジュリアスの胸を滑り落ちた。
「そなた・・時を止めてくれるのではなかったのか・・」
「・・それは・・その後だ・・」
クラヴィスは、そう言って小さく笑った。