Another light

 

辺境の星の街。緩やかな石畳の坂が続く道。

白壁の建物の脇をすり抜ける僅かな風を感じながら歩けば、どこか心が軽くなるその訳を思う。

私はまだ、こんな日常を・・待ち続けてでもいるというのか・・・

そんな自分を嘲いながら、クラヴィスはひとり歩く。

「花はいかがですか?」

雑踏の中、不意に投げられた言葉に振り向いたのは、優しくどこか懐かしい香りのせいだった。視線の先には、無造作に並べた花を売る栗色の髪の少年。

「・・ひとつ・・貰おうか・・」

そう言って、目線の高さにかがんできた紫の瞳に、少年は、少しどきまぎした様子を見せながら、傍らの花を差し出した。

初めて見る薄青色をした香りのよい花。

「・・美しいな、この星の花か?」

「うん、じいちゃんが育てたんだ。」

「・・そうか・・」

銀色に光るコインを小さな手に乗せながら、クラヴィスは瞳を細めた。

「それだけじゃないよ、全部、全部、ここにある花全部。じいちゃんが育てたものなんだ。」

「・・そうか・・おまえの祖父は花を育てるのが上手いのだな・・」

「そうなんだ!じいちゃんはすごいんだ。僕も大きくなったら絶対じいちゃんみたいな花づくりの名人になるんだ。」

自慢の祖父を誉められたのが、よほど嬉しかったのか、少年は早口でそう言った。無邪気な瞳に、年若い緑の守護聖の瞳を重ねながら、クラヴィスは小さく頷いた。

「こらっ、お客さんに何を言っておる。」

「じいちゃん。」

少年の頭を軽く小突いて、白髪の老人が頭を下げた。

「申し訳ございません。孫が何か失礼なことを?」

「・・いや、花作りの名人の話を聞いていただけだ。」

「お恥ずかしい。爺ひとり、孫ひとりで育ててまいりましたので、躾も行き届かず・・この子の親でも生きておればと思いますが・・」

クラヴィスの言葉に安心したのか、老人はそんな話を切り出した。

「・・早くに亡くなったのか・・」

「はい、この子が3つの時に、流行り病で・・。この子はもう親の顔さえ覚えてはおりますまいが・・。」

老人はそう言いながら、少年の柔らかそうな茶色の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「いいんだ、僕は父さんや母さんがいなくても、じいちゃんがいるから。あ!お客さんだ。いらっしゃいませ。」

少年はひときわ明るい声で、跳ねるようにその場を離れた。

「・・良い子に育てられたな・・」

クラヴィスは少年の横顔を見ながら、そう言った。

旧宇宙の崩壊へと向かう過程の中で、流行り病が蔓延した星は少なくはない。それによって、命を落とした者も。

珍しくはない・・それも人の運命だと、あの頃の自分ならそう言ったかもしれない。でも今の自分は・・。

「あの子がせめてひとりで生活ができるようになるまではと思い、頑張ってまいりました。」

老人の言葉にクラヴィスは小さく頷いた。

「すみません・・お客人にこのようなつまらぬ話を・・」

クラヴィスは僅かに首を振り、薄く笑った。

「体を大切に・・」

そう呟きながら、彼の指先が老人の体に微かに触れたのを見た者はいない。
そして、少年に向き直り、「おまえが作る花を楽しみにしている・・」と言って、クラヴィスはその場を離れていった。

あの子の親が流行り病で死んだ頃、きっと自分も闇の淵に身を置いていた。全てを諦め、全てに無関心だった。泣いていたのは自分だけではなかったと、今までどうして気づかずにいたのだろう。
あの頃の自分は、人の心さえ忘れかけていた。
このように優しい・・いや人らしい気持ちになれた訳をクラヴィスは心に思い浮かべた。

きっと私の身を案じているはずだ…と。

クラヴィスは瞳に金色の影を思い浮かべながら、帰り道を急いだ。


宿にしているホテルのエントランスホールに入った途端、クラヴィスはくっと肩を震わせて笑った。広いホールの片隅に本人は極目立たぬように座っているつもりであろうが、誰よりも目をひいてしまっているジュリアスが、ソファに長い足を組んで、本を読んでいた。

「・・ジュリアス?」

傍らに立ったクラヴィスの声に、目を上げたジュリアスは、「戻ったのか・・」と言った。

「・・私を、待っていたのだろう?」

一瞬怯んだジュリアスが、本をぱたりと閉じた。

「誰が待つものか。」

そう言って見上げた蒼い瞳には、言葉とは裏腹に、安堵の色が浮かぶ。子供の頃からそうだ、あんなに狭い聖地の中でも自分の姿が見えないと慌てたジュリアス。そなたは一人になると泣いている気がすると、ある日、ぽつりと言った一言が今も忘れられない。さすがに今となっては、泣いているなどとは思わぬだろうが、大人になった今も、どうも私を一人にするのは心配らしい。

決して、泣いてなどいなかったがなと、心に浮かべた言葉に微かにクラヴィスは笑みを零した。

 

「ほら、みやげだ。」

ジュリアスの目の前に、無造作に花束を差し出した。

そして、驚くジュリアスの顔を見ずに、クラヴィスは部屋へと踵をかえした。

私達には親も兄弟もいなかった。お互いの他に友さえいなかった。それでも、他の誰かが欲しいとただの 1度も思わなかったのは何故だろう。


―――私にはいつもおまえがいたから。

「・・クラヴィス!」

背中から呼ぶ声にクラヴィスは足を止めた。

「・・黙ってひとりで行くな。」

ジュリアスの言葉に小さく頷いた。

もう失うものなど何もないと思った

親も帰る家さえ自分にはないと思った頃、

それでも何かを探しに歩いた

何も見つけられずに邸に帰ると

いつもおまえが心配顔で待っていた

人は何かを失いながら生きていくけれど

それとは別に他の何かを手にしていくのだろう

ジュリアス――いつもおまえが待っていてくれたから

FIN