Close your eyes

 

「ジュリアス様、エスティー星への陛下のお供の件ですが・・」

そう切り出したオスカーに、ジュリアスは、手元の書類から顔を上げずに、それが何でもないことのように答えた。

「ああ、人員の選抜はそなたに任せる。決まったら教えてくれ。」

「・・任せて・頂けるのですか?」

驚いたようなオスカーの声を聞いて、ジュリアスはようやく手にしていたペンを置いた。

「私はそう言ったつもりだが?」

形の良い顎の下で、指を組んだジュリアスの蒼い瞳がオスカーを見上げた。

「ありがとうございます。」

オスカーは、深く頭を下げた。いくら宇宙が安定で平和になったとはいえ、女王陛下が他の惑星へ赴くというのは大事である。そして、その大事をジュリアスが自分に委ねてくれたのが嬉しい。いくら忙殺されようとも重要な仕事をジュリアスは人に廻したりはしない。そんなジュリアスだから、この件を任せてくれるというのは、それだけ自分を認めてくれているのだとオスカーは思った。

女王と補佐官、そして守護聖をふたり、いや3人と、オスカーは頭の中にそれぞれの守護聖の顔を思い浮かべた。人を択ぶというのは大変なことだ。星の特性、そして守護聖の性格や相性のよしあしを鑑みる。とくに、女王が今のアンジェリークになってからは、少々興に乗りすぎてしまうこの女王に、聖地は良くも悪くも振り回されている。沈着冷静を常とするオスカーでさえもそのペースに巻き込まれてしまうことが多々ある。そんな中でジュリアスは、首座として、以前以上の責任を感じているようだ。「平和であるからこそ、気を抜いてはならぬのだ。」と、ジュリアスは口癖のように自分に言い聞かせている。そんなジュリアスの横顔を見るたびに、この人はどこで、その広げきった翼を休めるのだろうとオスカーは思う。

守護聖の首座たる光の守護聖の右腕と囁かれてから、もうずいぶんと経つ。それはようやく見つけた自分の在りかだとオスカーは思っている。幼い頃からいつもどこか物足りなさを抱えて生きてきた。望みさえすれば全て手に入りそうな空間の中で、それが何であるかは少年時代の自分には分からなかったけれど。炎の守護聖として召還されたこの聖地で、激しく冷たいまでの輝きに出会ってしまったあの瞬間。この人のそばで、宇宙を、女王を守るその使命を委ねられた自分は何と幸運なのだろうと思った。時に人が畏怖する冷静すぎる態度も、迅速な判断力もオスカーは尊敬している。そう、始まりは、本当に憧れだった。いつか、この人の片腕と呼ばれるようになりたいと、それだけだった。ジュリアスがただの有能なだけの上官であったら、オスカーの思いもきっとそこまでだったかもしれない。

「そなたがいるから、助かる・・」

きっとジュリアスにとっては何でもないその労いの言葉と微かな笑みを向けられるのに、どれほどの長い時を要しただろう。どれだけ多くの成果を上げて今日の地位を獲得しただろう。一度でも誤りを犯せば、その信頼は二度と戻らないかもしれぬと、その危うさをいつも背中に感じながら、オスカーは職務に邁進してきた。

そして、いつかその翼を休める宿木になれるならばと。

時折見せる穏やかな笑顔が自分にだけに向けられるものであったなら、その輝く蒼い瞳に自分だけを映してくれたなら・・。心の奥に沈めた思いは、誰と夜を過ごしても決して断ち切ることは出来ない。

 

「これを・・クラヴィスの所へ届けておいてくれないか。」

目の前に差し出された書類の白さに、オスカーは我にかえった。

「早急に目を通して、私の所へ来て欲しいと言ってくれ。」

どうして気付いてしまったのだろう、ジュリアスが、いつもその名前を呼ぶ前の一瞬の躊躇を。光の守護聖と対をなす闇の守護聖が幼い頃から共に聖地で育ってきたことは聖地へ来てまもなく知った。そしてそのふたりの間が何らかの理由で円滑であるとはいえないことも。ふたりの性格や守護聖に対する思いは根本的に違う。それを思えば、ふたりの間が上手くいかぬことも納得できる。だけどオスカーには、それだけではない何かがあるように思えてならない。

いつもは冷静なジュリアスが、彼のことになると感情的になることも、いつも厭世的なクラヴィスが、ジュリアスの名前だけは彼のいない場所でも会話の口にのせることも。知っていたから―――。

 

女王補佐官であるロザリアのもとへ行くというジュリアスとオスカーは前後して光の執務室をあとにした。

ジュリアスの半歩後ろを歩きながら、その僅かな距離を狭(せば)める術を自分はまだ持ち得ていないとオスカーは、唇を噛んだ。そして、その術を自分はきっと永遠に見つけることが出来ないのだという哀しい予感を打ち消しながら、オスカーは歩いた。

「――――。」

ジュリアスが立ち止まったその僅か先には、昼の光が輝く聖殿の中で、ひときわ目をひく漆黒の夜を背負う人と水の伶人。

「・・いかがですか?ご一緒にお茶でも・・」

ジュリアスの蒼い視線は、そう問うリュミエールを射抜いて、その背後のクラヴィスに流された。

「・・・すまぬ、やりかけの仕事が残っている・・」

衣擦れの音と共に小さな風がおこる。すれ違う瞬間、金の髪と黒の髪が触れ合い、絡まることなく互いの肩へ流れ落ちた。

「――――!」

この方たちは・・互いを見る自分の瞳に気付いているのだろうか。

まるで、失くした心の破片を互いの中に見るような、そんなやるせなさを一瞬だけ、その瞳の色に映して。

「オスカー?」

リュミエールに呼ばれて、オスカーは、ああと首を振った。

「すまない、俺も野暮用がある。これは急ぎの書類だ、クラヴィス様に・」

と早口でクラヴィスとは目を合わせぬままに、リュミエールにファイルを差し出した。

ジュリアスの背中を追いかけながら、ふと視線を感じて振り返った。リュミエールの肩越しに見えた紫の瞳。その瞳はもうずっとジュリアスだけを見ていた。

自分の片恋が、もうそれほど長く続かないことをオスカーは知っている。それでも、もう少しだけ、夢を見ていたい。前を進むその人の背中に、願わくは、もう少しだけあの人への想いに気付かずにいてくれたらとオスカーは思った。

 

Close your eyes

夢の中でだけ抱きあえるひと

もう少しだけ

何も言わないで――

 

 

Fin