永遠の鍵

 

自由と絆その両方を私は求めている・・

 

「最近・・言わなくなったと思いませんか。」

ふと呟いたルヴァの言葉に、クラヴィスは、手にしていたグラスをテーブルに置いた。

「ほら、聖地など嫌いだ、守護聖などなりたくてなったわけではない・・ゼフェルのことですよ。」

微かに紅潮させた顔で、ルヴァはゼフェルの口真似をした。開け放たれた中庭への扉から届く月光は、ソファに深く沈むクラヴィスの美しい影をつくっていた。

「・・あの者も気づいたのであろう・・嘆いたとて何も変わりはせぬ・・人は学ぶものだ・・」

あの者もと言ったクラヴィスの言葉に気づいたルヴァが小さく笑った。

「・・あなたも・・ですか?」

クラヴィスの瞳を覗き込んで言ったルヴァの言葉で、一瞬、空気が変わった。クラヴィスは、グラスの酒で口を濡らし、額を隠した髪を鬱陶しげにかきあげた。

「・・私は、おまえのように長い時を愉しむ術をもたぬ・・」

はぐらかされたとルヴァは思った。
所詮、この人の心の奥底の想いなど誰も知るよしもない。覗いてみたいと思ったのは、久しぶりに飲んだ強い酒と美しい月光のせいだと、ルヴァは大きくため息をついた。


「・・そういう意味では私は幸せなのかもしれませんね。」

ルヴァの言葉にクラヴィスは、微かに唇の端をあげた。
彼が昔から好む白檀の香り、この部屋にくると饒舌になってしまうのは、どこか背徳的なこの香りのせいだ。ルヴァは、今夜この部屋で何度めかのいいわけを自分に作りながら、目の前に置かれていたグラスの酒を飲み干した。


「・・クラヴィス・・酔った勢いでもうひとつ聞いてもいいですか。」

身を乗り出すように言うルヴァの姿に、クラヴィスは瞬きをしない紫の瞳で見つめた。

「ジュリアスは、守護聖でなかったら何をしていたでしょうか・・」

 

 

「・・何が可笑しい・・」

部屋へ入ったジュリアスは、クラヴィスが一瞬浮かべた薄い笑みを見逃さない。

「・・いや、珍しいと思ってな。おまえがノックをして私の部屋へ来るなど・・久しぶりだ。」

「・・それも、そうだな・・」

言いながら、ジュリアスはソファへ腰を降ろした。ジュリアスの視線の先に使われたグラスがそのままあるのに気づいたクラヴィスが言う。

「ルヴァが来ていた。」

そうか、とジュリアスが頷いた。

「・・ゼフェルが最近変わったと、喜んでいた・・」

クラヴィスは首の細い美しいボトルから、新しいグラスへと酒を注いでジュリアスに差し出した。ゼフェルの変化を一番気づいているのはジュリアスかも知れぬとクラヴィスは思った。「こんなことをしてどういう意味がある?」というのは、ゼフェルの口癖である。守護聖の仕事には、常人の尺を持っては計れぬものがある。ゼフェルは、自分が納得しない理由の下では、決して、守護聖の力を使おうとはしない。そのせいで、首座であるジュリアスがどんなに苦労して、ゼフェルから鋼の守護聖としての力を引き出しているのか知れない。

「・・ゼフェルはよい守護聖になるだろう・・」

言いながら、ジュリアスは手にしたグラスに映る自分の姿を見つめた。正確に言うと自分の姿ではない、もっとずっと遠くにあるものを。ずっと望み、決して手に入らなかったもの。美しいものさえ見慣れてしまう、永遠に春の続く場所で、冬の寒ささえずいぶん前に忘れてしまった自分。守護聖でない自分がどんな人間なのか、思い描くことさえ出来ない。守護聖という座も、聖地も、宇宙も女王も、すべて捨てることが出来たら、何か見えてくるだろうか。

ジュリアスは、いつのまにか心の中に生まれて、そして気づいてしまった思いを認めたくなくて、瞳を閉じた。

「ジュリアス・・」

呼ぶような問い掛けるようなクラヴィスの声に、ジュリアスは小さく首を振った。

「・・後悔など何ひとつない、守護聖であることも、そなたを愛したことも・・」

まるで自分に言い聞かせるかのように言ったジュリアスに、クラヴィスは薄く笑った。まだ、私は何も言っていないのにと、心の内で思った。まるで他人事のように自分を愛していると話すジュリアス、「愛している」と告げられた事など一度もない。けれど、ジュリアスは、自分を愛しているのだという。ジュリアスの言葉は、金色に輝く髪も紺碧の海を思わせるその美しい瞳さえも哀しく見せた。後悔など何もないと言うのなら、何故おまえはそんな顔をするのだろう、どうして酒をあおり、瞳を閉じるのだろう。どうして、そんなに遠くを見つめるのだろう。そして、私はどうしてこんなにもおまえに執着するのだろう。心の内に芽生えたいくつもの何故をクラヴィスは、一杯の酒と言葉で打ち消した。

「・・私はおまえにしか喜びも悲しみも見出せぬ・・」

それが自分にとっては唯一の真実だとクラヴィスは思う。それ以外何もない。

「・・そなたという者は・・」

困った奴だという風に、ジュリアスは、クラヴィスの黒髪をそっとすくって、顔を近づけた。重ねていく酒杯の数は増えていくのに、冴えていってしまう思考。今宵もまた酔ったふりでしか抱き合えないのかと、クラヴィスはジュリアスの腕を引き寄せながら苦笑いをした。

 「クラヴィス・・」

続く言葉をジュリアスは、吐息の下に隠した。

愛していても心遠いということがあるのだろうか。今宵も暗闇の中で私たちは手探りのまま愛し合うしかないのかと。

 

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