永遠の鍵2
「ジュリアスは守護聖でなかったら何をしていたでしょうか・・?」
ルヴァの問いにクラヴィスは何も言わなかった。今さら、守護聖でないジュリアスを思い浮かべることなどできない。それはずっと昔から、それこそジュリアスが生まれる前から運命づけられていたことのように思えて。けれど・・とクラヴィスは思った。ジュリアスには夢などなかったのか、子供の頃、読んだ本の中の誰かになりたいと願うことはなかったのか、遠く違う世界に想いを馳せることはただの一度もなかったのか。
この聖地で守護聖になりながら、決して逃れられぬ宿命とどこかで諦めながら、私はまだこんなにも自由を欲しているというのに。ジュリアスは、自由を望むことさえ知らぬまま生きていくのかもしれない、それはとても哀しいことだと。
ルヴァが部屋を後にし、ジュリアスと肌を重ねてもそれはクラヴィスの心の片隅にずっと引っかかっていた。
「・・何か・・気にかかることでもあるのか・・?」
たったひとつ点した灯りを頼りに、ジュリアスは、瞳の前でシーツに深く沈んでいるクラヴィスの長い指先にそっと手を伸ばした。たった数分前まで熱を帯びていた体の一部分とは思えぬほどに冷たい指先に、クラヴィスは、我に返った。頬杖をついたままで、首を小さく振るクラヴィスに、それ以上追求することもなくジュリアスは、指先をそっと戻して、額の上で指を組んだ。まるで暗闇に慣れた瞳が、微かな灯さえ嫌がるようなそんな仕草にクラヴィスは眉を寄せた。眠れるはずなどない、体の奥底で燃える熱は一向に治まる気配を見せぬどころか、沸々とまた火の粉を散らしていく。酒のせいだけではない――それはジュリアスといえども同じはずだと、クラヴィスは苦笑いした。いつも、空が白むまで重ねる肌、擦りあう肌が赤く染まり、口づけぬ箇所さえないほど寄せる唇、吐息さえかすれてしまうふたりの短い夜。いつもなら、ここで灯りを消して、またどちらからともなく唇が寄せられるはずだった。
それだけのために生きている自分をどこかで嫌悪しながら、愛されている、何度も期待してその度打ち消してきた言葉、それは、本当の愛ではない・・と言い聞かせながら。
「さっき・・おまえは私を愛している・・そう言ったな。」
暗闇にも輝く金色の髪、表情を見せぬジュリアスにクラヴィスはふいに口を開いた。
「・・ああ・・」
「・・後悔もないと・・」
「・・ああ・・」
ジュリアスは、そっと額の上の指を解き、クラヴィスに訝しげな瞳を向けた。
「・・何が言いたい・・」
「・・私は・・後悔している・・」
自分の言葉に、蒼い瞳が僅かに見開いたことを、クラヴィスは知る。
「・・おまえに、このような回り道をさせたことに・・」
「・・言っている意味が分からぬ。」
そう言ったジュリアスはゆっくりと半身を起こし、上掛けのシーツを胸に引き上げた。クラヴィスもまた半身を起こし、ジュリアスに瞳を向けた。
「・・このようなことに・・おまえを巻き込んでしまったことを・・」
「このような・・?」
「・・ああ、夜陰に紛れ互いの屋敷へ向かい、酒に乗じて体を重ねる・・このようなことだ。」
クラヴィスの言葉にジュリアスは一度息を呑んだ。そして、一瞬の沈黙の後にジュリアスは、毅然として言った。
「戯言を・・私はそなたに流されたのではない。私が・・望むままにしていることだ。」
「無理を強いたのは私だ。」
クラヴィスには、忘れられない負い目があった。こんな風に夜を重ねるきっかけとなったのは、クラヴィスの私邸にジュリアスが訪れ、久しぶりに飲んだ強い酒。たわいない言いあいから、思わず強く握り締めたジュリアスの手首は思ったよりずっと細くて、抵抗する暇を与えず掻き抱いて、罵りの言葉を聞く前に口づけた。ジュリアスの気持ちなど確かめようともせずに、自分の気持ちさえ気付きもしないでただ体を繋げた。
「・・そなたを押し退ける力ならあった。何故私があの時そうしなかったと思う・・?」
ジュリアスの問いに、クラヴィスは窺うように蒼い瞳を覗き込んだ。
ただの気まぐれか・・いや、気まぐれで体を重ねるほどジュリアスは愚かではない。慰めか、哀れみか、それとも・・。視線を落としたクラヴィスにジュリアスは、小さく息をついた。
「・・そうなっても構わぬと、いやそうなりたいと思っていたからだ。」
「ジュリアス?」
思いがけない言葉にクラヴィスは、顔を上げた。視線の先には、シーツの上から片膝を抱いて遠くを見つめる白皙の横顔があった。
「・・ずっと愛していた・・そなたは・・知っていると思っていた。」
ジュリアスは、かすれた声で続ける。
「・・けれどそうではなかった・・闇の中で抱き合うのはそなたが私と他の者を重ねているのではないかと疑った。それでもいいと思った、酔ったふりで抱き合えば後でいくらでも言い訳できると思っていた。」
馬鹿な・・とクラヴィスは思った。
「私は・・おまえにしか喜びも・・」
もう何度も告げられた言葉をジュリアスは、途中で遮るように奪う。
「悲しみも見出せないと言うのであろう?・・けれど、愛しているとは、そなたは一度も言わなかった。」
「ジュリ・・」
「何度も言い聞かせた、期待するな、これは愛ではないと。」
「・・愚かな・・」
クラヴィスは、首を小さく振った。私は何故こんなに愚かだったのであろう。愛していると言えなかったのは私の方だ、私はこんなにも愛されていたというのに。
目の前で微かに震える白い腕を掴んだ。それはもうすっかり冷たくなっていて、自分を未だ見ようとはしないジュリアスの姿をさらに哀しく見せた。
クラヴィスは、思わず手を引き、ジュリアスを胸に抱いた。
「・・ジュリアス!・・すまぬ・・私は・・ひとりよがりの恋をしていたのだ。おまえの心を見ようともせずに・・」
そうだ・・息をつかせぬほど抱き合ったのは、ジュリアスの言葉を聞くのが怖かったから。背を向けて眠ったのは、朝が明けてジュリアスの帰る背中を見たくなかったから。
----------私はこんなにもジュリアスを愛していた。
「・・信じてくれるのか・・私がそなたを愛しているということを。」
「ああ・・だからおまえも信じよ。おまえに他の者を重ねることなど過去にも未来にもない。私にはおまえだけだと。」
ゆっくりとジュリアスは顔を上げた。紺碧の海を思わせる瞳は、どこまでも澄んでいてかけらのくもりもない。
「難しいものだな、人と想いを通い合わせるということは。」
ジュリアスはそう呟いた。
「・・そうだな・・」
微笑んだクラヴィスは、ジュリアスにそっと口づけをした。それだけで高なる鼓動にどうして気付かなかったのだろう、生真面目なジュリアスが応えてくれる、それがどんな意味をもつのか。
「--―-- いる・・」
クラヴィスの言葉に、ジュリアスは頷くように瞳を閉じた。
もう哀しい夢も、背中を向けた後姿も見送らずともいい。暗闇の中で、言い訳を覚えながら抱き合わずともいいのだと。
永遠にここにいてもいい、自由など知らなくてもかまわない
傍にいてくれるだけで――――
それだけでいい
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