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FAINAL PLAYER ここは聖地からそう遠くない場所にある水の惑星―― 私は、ジュリアスに誘われて、この馴染みの少ない惑星の辺境を歩いている。時はこの星の真夜中すぎ。人気のないただだだ広い草原をジュリアスは無言で私の先を歩く。 『今宵は私につきあって欲しい・・』 そう言われて、私に否は言えないが、まさかシャトルに乗せられてこんな場所に来るなど思ってもいなかった。 『・・どういうことだ?』 と何度聞いてもジュリアスはその美しい顔に笑みを浮かべるだけで、シャトルの中では、ずっと黙ったまま、ガラス窓に映る漆黒に浮かぶ星の景色を見つめていた。 たしかに私を誘ったくせに、そんなことなど忘れてしまったかのように振舞うジュリアスを私は苦笑いで見つめるしかない。たしかに、おまえらしいが―――くちづけを交わしても次の瞬間は別の場所を見ている、そんなところがジュリアスにはある。刹那的とまでは言わないまでも、過去は決して振り向かぬと決めているようなジュリアスだから、私は時折不安になる。抱き合った体が離れるたびに、絡めた指を解くたびに、もう二度と触れることさえ許されなくなるのではないかと私は恐れてしまう。 もう出会ってから何十年も経つというのに、私はまだジュリアスの半分も知らない。いや、まだ何も知らないのかもしれない。 思いをめぐらしているうちに、シャトルは滑るように地上に降り、誰ひとりとして見えない場所へと私達は降り立った。乗務員も降りる気配がないところをみると、ここは私達守護聖がふたり歩いても無難な場所なのだろう。いったいここに何があるというのだ。 「クラヴィス!」 ジュリアスが私を急かすように呼んだ。 「まったく、間に合わなくなるではないか」 早足で後を追った私に、風になびく金色の髪を片手で押さえてジュリアスは言った。ここは風が強い。『聖地(ここ)は風が吹かないから嫌いだ。』もうずいぶん昔、そうだ、私が聖地へ来て間もない頃、ジュリアスはそう言った。後にも先にもジュリアスが聖地が嫌いだと言ったことは、あの一度だけだ。風のない美しい箱庭、花も緑も鬱陶しいほどあるその美しすぎる楽園が、その後、自分たちを苛むことを幼い私達はまだ気づかずにいた。 月明かりを頼りに、ジュリアスの背中を追いながら、ふとそんなことを考えてみる。もうおまえはきっと忘れているだろうが・・。 ゆるい坂道を登るとそこは小高い丘、月光を集めたようなジュリアスの長い影に、私はようやく追いついた。 「なんとか間に合ったようだな・・」 ジュリアスは空を見上げながらそう呟いた。 「なんだ・・?そろそろ教えてくれてもよいのではないか?」 私はジュリアスの横顔に言った。 「・・ほら・・見てみよ、クラヴィス。」 私はジュリアスの視線を追って、空を見上げた。 「・・これは・・」 思わず、驚きの声が漏れた。漆黒の空に幾つもの星が流れる、幾千も幾万も・・流れては消え、消えては流れる。星くずが幾千もの光の流線を描き、残影を残し消えていく。 「このような場所で、流星群が見られるとは・・」 「美しいな・・」 ふいに思い当たって、声を上げた私にジュリアスは、笑った。 「その様子では、やはり今年も忘れていたようだな。今宵はそなたの生誕日ではないか?」 生誕日?ああ、ジュリアスはそのために私をここへ誘ったのか。この美しい風景を私に見せるために。 私は、湧き上がる思いに思わずジュリアスを抱きしめた。夜露に微かに濡れた肩、金糸の髪から微かに香る白い花の匂い。誘われるように、私はその白い首筋に唇を近づけた。 「ク、クラヴィス!外だ。」 この期に及んで、まだそんなことを気にするジュリアスに苦笑いしながら、私は耳元で囁く。 「フッ・・誰もいないではないか。」 「・・そなたは何も欲しがらぬから、私はいつも困る・・今年はこれが贈り物だから、黙って見よ。」 気を逸らそうとしているのか、尚も抵抗するジュリアスの唇を私は塞ぐ。どうしてこんなに愛しいのだろう、何度体を重ねても伝えきれないもどかしさに私はいつも苛まれている。 何度も何度もくちづけをした。まるで何か新しいおもちゃを与えられた子供達のように、覚えたての歌を何度も口ずさむように私達は、長いくちづけを交わした。 「・・ジュリアス、知っているか?流星に願いをとなえればその願いはきっと叶うと・・」 名残惜しげに唇を離しながら、私は昔、母から聞いた話を口にした。 「・・願いか・・」 ジュリアスは、いまだ降り注ぐ星空を見上げて続けた。。 「願いはたったひとつ・・そなたの微笑みだ・・」 もう故郷と呼べる場所も、帰る場所も聖地にしかない。おぼろげにだけど感じたあの日、私はジュリアスとならどこででも生きられると思った。ゆっくりとそれでも確実に流れた時間、いつのまにか私達の間に流れる想いも、少しずつ形を変えてしまった・・。日に日に守護聖らしくなっていくジュリアス、蒼い視線の行方はもう私だけを追うことはなくなってしまったことに気づいたあの夜、流星に私はひとり祈ったのだ。『どうかこれ以上僕のジュリアスを奪わないで下さい。』と。思えば、あの幼い頃と今の気持ちに大差はない。遠い思い出を私は、微笑みの下に隠した。 「ジュリアス・・今宵は素晴らしいものをもらった・・大切にする・・」 「・・クラヴィス・・そなたに光の祝福を・・」 ジュリアスは、そう言って、私にくちづけをした。 瞳を閉じる瞬間、ジュリアスの肩越しに見えた空には、まだ幾つもの星が流れていた。 空が白み始める頃、私達はようやく立ち上がった。 「来年の生誕日こそ、欲しい物を考えておくように・・」 ジュリアスは、そう言った。もうこのような流星群は来ぬのだからと。 望むものなどおまえの他に何もない――そう言いかけてやめる。何度言ってもおまえは信じてはくれぬのだから。 ひとは手を握り締めて生まれてくる その小さな手の中にあるものは 夢と希望 どんな夢を見るのだろう どんな恋をするのだろう 誰を愛するのだろう―――― 私をこの世に生んだ母もきっと私の幸せを願ってくれたはずだ
「ただひとつ・・あなたに頂いた命ですが、いつの日か愛するあの者のために賭ける日が来ることを許してくれますか?」 「クラヴィス!私の邸で食事の用意がしてあるのだから、急ぐぞ。」 ジュリアスが私を呼んでいる。 本当に、人が感傷にひたっているというのに、もうこれだ。夜が明ければ、自分からくちづけたことなど、知らないような顔をするのだろうな。 ・・そんなジュリアスを私は誰よりも愛しいと思っているけれど。 |