クラジュリミックス

後編

 

「リュミエール、今日は折しも土の曜日だ。おふたりがお会いになるとしたら今夜だと思うのだが・・。」

「そうですね、クラヴィス様もいつも土の曜日にかぎって、星見だなんだとおっしゃって、私をお寄せになりません。」

「ふ〜ん。やはり、今宵あたりクラヴィス様はジュリアス様と・・うらやまし・・いや許せんな。」

オスカーはよからぬことを想像して頬が熱くなるのをおぼえ、話をリュミエールにふる。

「ところで、リュミエール、おまえはクラヴィス様と何かあったのか?」

「ええ、抱かれたことならありますが。」

「抱かれた!?詳しく話してくれ。」

クラヴィスが、リュミエールと二股をかけているのなら、少々姑息だが、ジュリアスに注進することもできる。プライドの高いジュリアスのことである。二股をかけているクラヴィスなど許さないに決まっている。

身を乗り出したオスカーに、リュミエールはうっとりと話始めた。

「ええ、あれは、私が聖地へ来てまもなくの頃、長衣につまずきかけた私を抱きとめて下さいました。あれから、私は・・」

思い出して頬を染めるリュミエールにオスカーは、眉を寄せた。

「あれから私はって、それ以上のことはないのか?キスをしたとか、押し倒されたとか・・」

「な、何を言われるのですか!?それだけで私は・・」

うつむくリュミエールにオスカーはため息をついた。

「それ以上のことはないのか・・」

あからさまにがっかりした様子のオスカーに、リュミエールは眉を上げた。

「そういうオスカー、あなたは?」

「俺か?俺はジュリアス様の仕事面でお力になっている。誰よりも近くに長い時間を共にしていると思っている。」

得意そうに言うオスカーにリュミエールも肩を落とす。

「・・何も、ないのですね〜」

ふたりは顔を見合わせてため息をついた。

傷心のふたりが肩を並べて公園のベンチに座っているところへ、間延びした声が届く。

「オスカー、リュミエール〜どうなさいました〜?」

ルヴァである。

「あ〜オリヴィエが言ってたことは本当だったのですね。さっき、ゼフェルにも聞いてみたのですよ〜。ジュリアスとクラヴィスは紛れもなく恋人同士だと。は〜よかった、よかった。」

などと、ひとしきり、二人の心の傷口に塩を塗り込んだあと、ふと思いついたように言った。

「今、クラヴィスの所にジュリアスがいますよ〜。」

「なんだと!?リュミエール、行くぞ!」

弾かれたように立ち上がったオスカーが、リュミエールを引きずるように連れて行く。

「あ、あのオスカー?」

その後姿にルヴァがかけた言葉が二人に届いたかどうか。

「言い忘れましたが、ふたりはお仕事中でしたけど・・」

今日の聖地は風が強い。

 



「オスカー、その資料を古い順にまとめてくれ。」

「こ、これは何ですか?」

ジュリアスから渡された書類に目を落としたオスカーは、凍りついた。

「何かとは何だ?それは、クラヴィスの書いた惑星タマオンの報告書だが・・」

しごくあたりまえのように言うジュリアスの言葉に、オスカーはもう一度書類を見つめる。

書かれている文字は百歩譲って流麗と言えなくもないが、オスカーにはミミズが這ったようにしか見えない。

「リュミエール、読めるか?」

オスカーの小さな問いにリュミエールは首を振った。そんな様子を横目で見ていたジュリアスが、小さく息をつく。

「そなた達、読めないのか?クラヴィスの字は、少し癖がなくもないが、慣れればこれほど読みやすい報告書もないぞ。簡潔明瞭、よくまとめている。・・まあよい、これは私がやる。」

「はあ・・」

オスカーは気のない返事をしながら、少し癖がなくもないだと?癖がありすぎて、誰も読めませんと口から出そうになるのを堪えた。研究院や守護聖間に配布される報告書はすべてワード文書でクラヴィスの自筆はサインしか見たことがなかったが、まさかこれほどとは・・。

書類をジュリアスにとられてしまい手持ち無沙汰になったオスカーは、そのクラヴィスにふと目をやった。いつも職務怠慢だとジュリアスに言われているクラヴィスが、何をしているかと思えば、ジュリアスがまとめた書類をソファに体を沈めて、パチンパチンとホッチキスで留めている。

筆頭守護聖ともあろうお方が、そのような雑務を・・とオスカーは心の中でため息をついた。

「クラヴィス様、そのようなことは俺が・・」

ジュリアスにいい所を見せようと、手を出すオスカーにクラヴィスは薄い笑みを浮かべて言った。

「おまえには無理だ・・」

その言い方に、カチンとくるオスカー。

「それくらい、できます!やらせて下さい!」

奪うように、クラヴィスの手から書類とホッチキスを取ると、オスカーはパチンと書類を留めた。途端にジュリアスの大きな声が聞こえる。

「オスカー!だめだ、だめだ!右上のこの場所に、この角度で留めるのだ。同じ位置に留めぬとファイルをした時に見栄えが悪い。」

「はあ・・」

オスカーの様子に、フッと小さく笑うクラヴィスの手元には、寸分の狂いもない角度で留められた書類の山が出来ていた。

何者だ?この人は・・?オスカーは、苦い薬を噛んだような表情を浮かべた。

リュミエールはというと、机の上を片付けるのに終始している。

カチャカチャ、金属の触れる音にオスカーは瞳を向けると、部屋の隅でジュリアスがお茶の用意をはじめている。

「ジュ、ジュリアス様、俺が・・」

慌ててオスカーは、立ち上がる。

「いや、いい。エスプレッソだけは自分でいれる。」

背中を見せたまま答えるジュリアスに、名残惜しげなオスカーの声。

「ですが・・」

ここには、使用人はいないのか!!と心の中で叫んで、自然と眉の上がったオスカーに、向かいのクラヴィスが涼しい顔で言った

「・・あれのエスプレッソはなかなかのものだ・・」

クラヴィスは、そう呟くと、パチンといい音をたてて、書類をホッチキスで留めた。

 

「いい香りですね。」

オスカーは自分の前に出された湯気の立つカップに瞳を細めた。

「本当に。」

聖地の茶道を極めるリュミエールもその芳しいコーヒーの香りを誉めた。

「今日はそなた達が手伝ってくれたので、はかどった。礼を言う。」

ジュリアスの言葉に、オスカーは「とんでもありません。」と首をふった。さすがに、ふたりの時間を邪魔をしに来たとは言えない。

「では、いただきます。」

オスカーとリュミエールはほとんど同時にそのカップに口をつけた。そして、同時に秀麗な顔を歪めた。

グッ・・・ま、まずい・・そのエスプレッソはとてつもなく苦かったのである。オスカーは飲み込めないまま、リュミエールの顔を見つめる。吐くなよ・・オスカーの願いにリュミエールも小さく頷く。そしてふたりは必死の形相で、ゴクリと飲み込んだのである。

ジュリアスとクラヴィスはまるで、オスカー達の飲んだ物とは別物のように、美味しそうに飲んでいる。何者なんだ?この方たちは・・?

「これは・・目の覚めるような・・」

とオスカーの言葉にジュリアスは、小さく笑みを浮かべた。

「そなた達は運が良いぞ。今朝、届いたばかりのブルマン星の豆だ。」

「・・・悪くないな・・」

クラヴィスの言葉に、オスカーとリュミエールは椅子から転げ落ちそうになる。

悪くないだと?ふたくち目を飲むのにがこんなに勇気がいるエスプレッソを飲むのは生まれて初めてだ。

愛があってもまずい物はまずいとオスカーは思った。

ようやっと何とか飲み干したオスカーとリュミエールに、ジュリアスの声がかかる。

「そなた達、もう一杯いらぬか。」

冗談ではない、絶対無理だ。次は吐き出さずには済むまい。オスカーは丁寧に断る。

「いえ、これ以上飲むと、夜眠れなくなりますから。」

「私も・・」

リュミエールも、さも残念そうに言う。そんなふたりにジュリアスが小さく声を立てて笑った。

「そなた達は存外子供のようだな。・・クラヴィス、そなたは?」

「貰おう・・」

クラヴィスの答えにジュリアスは嬉しそうに微笑んだ。

恐るべし、クラヴィス様・・オスカーのアイスブルーの瞳に映るクラヴィスは美味しそうに、ジュリアスの淹れたエスプレッソを飲み干していた。

つんつん――リュミエールがオスカーの袖を引っ張る。

「どうした?」

「胃がキリキリと・・」

消え入るような声で言うリュミエールの顔は顔面蒼白。間違いない、先程の恐ろしくまずいエスプレッソのせいだ。日頃から鍛えている自分でさえ、相当なものだったのに、か弱いリュミエールには苛酷なものだったに違いない。

「ジュリアス様!クラヴィス様!申し訳ありませんが、俺達はこれで失礼します。」

オスカーは立ち上がると、呆気に取られているジュリアスとクラヴィスに深く頭を下げると、リュミエールを抱きかかえるように部屋を出て行った。

 

「申し訳ありません、オスカー。」

「大丈夫か・・?」

取りあえず、オスカーは場所的に近かった自分の邸に、リュミエールを運んだ。水を飲んだリュミエールは、頬に赤みもさし、小さな笑みも零せるようになっていた。

「ええ、ですが、私のせいで、あなたまで帰らすことになってしまって・・」

水色の瞳を潤ますリュミエール。その様子が、白い花のような儚い美しさを醸し出し、オスカーは妙な気持ちになる。

「気にするな。俺も水が飲みたかった。」

そんな気持ちを打ち消すかのようにオスカーは、素っ気無く言った。いや、あのエスプレッソは2度と勘弁願いたい。

「オスカー、あなたは優しいのですね・・」

ドキン、オスカーの胸が高鳴る。リュミエールは、こんなに美しかったか、流れるような水色の髪、湖の美しさをそのまま写し取ったような瞳。ジュリアスが星のような煌く輝きなら、リュミエールは月光のような優しい輝きだ。ずっと長く一緒にいたのに、こんなに近くで見つめたのは初めての気がする。
まいったな・・何故気づかなかった?オスカーは、唇をそっと噛んだ。

「オスカー?」

心配そうに覗き込むリュミエールに、オスカーは小さなため息をついた。

「俺は、ジュリアス様を諦める。所詮、クラヴィス様には敵わない。あの人の余裕の笑みを見たか?あれはジュリアス様に愛されている余裕の笑みだ。」

「・・私も、クラヴィス様に対しての想いは憧れなのだと悟りました。」

リュミエールはそう言うと口を手で抑えた。

「どうした?まだ苦しいのか?」

「・・いいえ、やはり私の恋は望みのない恋なのかと・・」

「リュミエール?」

「私を不実だと思わないで下さい。そのように優しいあなたを見ると・・」

「リュミエール!俺こそこんなに近くの白い花に気づかなかったとは・・一生の不覚だ。」

オスカーはうっすらと紅を差したような頬に手を添えた。

「俺達はずいぶん遠回りをしたようだが、恋の天使は突然舞い降りるものだ。」

とリュミエールの瞳に映っている自分に言った。

「オスカー!」

「リュミエール!」

ひしと抱き合ったふたりが、この夜、熱い夜を迎えたことはここで詳しくは述べまい。


「上手く行っただろうか・・」

ジュリアスが、秀麗な顔に眉を寄せた。

「・・なるようになるものだ。」

クラヴィスはそう言うと立ち上がって、ジュリアスの頬にそっと手をやった。

今朝、駆け込んできたルヴァが、オスカーとリュミエールが自分達のことを知ったと聞いた。隠していた訳ではない、言い出せなかっただけだ。ふたりがそれぞれを大事に思ってくれているのは、分かリ過ぎるほど分かっていた、けれどそれは愛ではないと教えたかった。

「リュミエールは大丈夫だろうか?」

「心配あるまい。コーヒーで死ぬ者もいまい。」

クラヴィスの言葉にジュリアスは、呆れたような顔を見せた。

「あの者達が仲良くやってくれるとこちらとしてもやりやすいのだがな。」

そう言ってクラヴィスは、ジュリアスの唇をそっと、指でなぞった。

「クラヴィス!」

ジュリアスが大声を上げて、振り上げた手首をクラヴィスの手が掴み、ふたりの影が重なる。闇の邸に優しい夜の帳が降りる。

 

「み、見た?クラヴィスなんか、夜の帝王って感じだったわねえ。」

「意外でしたね〜ジュリアスの「クラヴィス!(速水奨風で)」なんて、かっこよかったですね〜。いいもの見せて頂きました。」

手を合わせて拝むようなルヴァに、オリヴィエがきらきらと目を輝かせて得意そうに言う。

「ねっ、私の言ったとおりでしょ?ここにいたら見れるって。」

ここは、闇の邸の中庭、クラヴィスの私室の出窓の外に当たる場所である。オリヴィエの言う所の恋人同士のふたりを垣間見ようと忍んで来たオリヴィエとルヴァなのである。

「あ〜なるようになるもんですね。」

「そりゃそうよ、聖地なんて閉鎖されて人数いないんだから。カップリングの組み合わせもそう多くあるもんじゃあないんだから。」

「それもそうですね〜。」

とルヴァは言ってから、思いついたように言った。

「あの〜じゃあ私は・・そしてオリヴィエ、あなたは?」

「は!?私?あんた?」

お互いの間に、妙な空気が生まれてくるのをオリヴィエは打ち消すように、大声を上げた。

「まあ、カップリングから外れる者もいるのよ。さ!次!オスカーの家、行くわよ!ここより、もっと濃厚なラブシーンが拝めるかもしれないんだからっ。」

「の、濃厚なって〜?」

困った顔のルヴァの手をずるずると引きずっていくオリヴィエの姿が茂みの中へ消えていった。

 

「なんだ?物音が?」

物音に気づいたジュリアスが、重ねた唇を離しながら言った。その言葉に、名残惜しそうに体を離したクラヴィスが出窓の厚いカーテンを閉めながら呟いた。

「迷い鳥だ・・」

えらく派手な・・と付け加えて。

 

クラジュリに始まって、オスリュミ、そしてオリルヴァまでの恋の噂が聖地を席巻したのは言うまでもない。聖地は今日も賑やかである。

FIN