招き星2―約束―

夢と炎の守護聖が、執務の後、炎の守護聖の執務室で酒杯を重ねていた。ひとしきり、たわいない話をして、酒もかなり効きはじめた頃、ふいにオリヴィエが思い出したように言った。

「ねえ、聞いてる?」

オリヴィエの言葉に、訝しげに顔を向けたオスカーと目を合わせたオリヴィエは、小さく笑って悪戯っぽく言った。

「いいのかな、筆頭ふたりが出張っちゃって。」

「大丈夫なんだろ?治安は問題ないっていうし、他に重要懸案もない。」

なんだ、そんなことかと言わんばかりのオスカーは、空になった自分のグラスに、目の前のボトルから琥珀色の液体を注ぐ。トクトクと心地よい音と共に、森の香りが部屋に広がる。オリヴィエは瞳を閉じてその香りを一度大きく吸った。

「ん〜それならいいんだけど・・」

オリヴィエはそう言いながら、綺麗に手入れされた指先で自分のグラスをカラカラと揺らした。オスカーは、オリヴィエのグラスに酒を注いでやりながら、聞いた。

「何か、気がかりでもあるのか?」

「う〜ん、そういうわけでもないんだけど。あの星さ、前から、虫が好かないんだよ。」

オリヴィエは、グラスに口をつけながら答える。

「綺麗な星じゃないか?招き星なんて色っぽいあだ名までついてる。」

「色っぽいねえ。まっ、あんたらしい発想だけど・・」

「気になるな、はっきり言ったらどうだ。」

オリヴィエがここまでからむのは珍しい。オスカーはグラスを置いて、オリヴィエに少し苛立つような瞳を見せた。

「私にも上手く言えないんだよ、でもさ、あの星ってさ、あの星特有の生命体ってないんだよね。もちろん、何千年かをかけて、科学の力で新種のものを生み出しはしてる。でもさ、その星が何も生み出していないということが気になるんだよ。水もある、空気もある。なのに生命体が生まれなかったわけって、いったい、何だと思う?」

「それは・・」

オスカーは、言いよどみながら、はっと気付いたように大声を上げた。

「そうか!光と闇のサクリアが作用しなかったということか?」

光のサクリアは新たな生命を導く力、闇のサクリアはその命に安息と癒しを与える力、女王陛下に生命の種を与えられても、光と闇のサクリアが作用されなければ、生命はこの世に形をなさない。どちらが欠けても生命体は存在できないのである。

オリヴィエは頷くと、唇に指をあてた。

「うん、もしくは作用を拒む理由があったとか・・」

「だからといって、おふたりが危険な目にあうとも考えられないが・・」

「それはそうだけどさ。」

まだ納得いかないような顔をするオリヴィエに、とびっきりの笑顔をオスカーは見せた。

「まあ、何かあったらお助けするまでさ。そうだろ?」

言いながらオスカーは、どこかでそんな風にする自分を思い描いて、すぐに笑顔で打ち消した。その笑顔につられてオリヴィエにもようやく笑顔が戻る。

「あんたがいれば大丈夫でしょ。」

「いやいや、あの方たちが本気を出されたら、いくら俺でも敵わないかもな・・」

わざと神妙な顔をするオスカーに、オリヴィエがくすりと笑う。

「こわ〜敵には絶対、回したくないふたりだよね。」

肩をすくめるオリヴィエとオスカー、その夜、炎の執務室に灯りが消えることはなかった。

☆☆☆

カタリと微かな音に目を覚ましたジュリアスが、先ほど共に眠ったはずのクラヴィスの姿が隣にいないことに気付いて音のした方に声をかける。

「クラヴィス・・?」

「起こしたか・・すまぬ。」

手探りで小さな灯りをつけて、ジュリアスがゆっくりと寝台に上体を起こす。

「気がかりなことがあるのであろう?」

ゆっくりとクラヴィスが近づいてきて、寝台に座る。銀色の髪が薄明かりに光ってシーツの上に波をつくる。手にふれた夜着がひんやりとして、クラヴィスが寝台を出てからの時の長さが短くないのをジュリアスは知る。

「・・今宵は、何故か胸が騒ぐ・・」

小さく呟くクラヴィスに、「あの星は好きになれぬ」と言ったクラヴィスの沈んだ顔が重なる。

「気が進まぬなら、他の者と代わってもよいのだぞ。」

いつもなら決して言わない言葉をジュリアスは口にした。

クラヴィスはお世辞にも勤勉ではないが、理由もなしに任務を放棄したりはしない。彼がこのように二の足を踏むのは何か理由があるのだ。それが何であるか、クラヴィスにも明確には分かってはいないようであるが、クラヴィス自身に関わる悪い予感なら、クラヴィスは聖地へ残したい。

ジュリアスはそう思っていた。

「いや、行ってみたいとも思っているのだ。」

クラヴィスは、心配そうな顔をみせるジュリアスに、言い訳をするように、ことさら優しく言った。ジュリアスは、「悪い予感がするのではないのだな?」ともう一度念を押してから、ふっと息をついた。

「光と闇のサクリアが存在しなかった星とはどのような星だったのであろう・・」

「さあな・・海のある美しい星だそうだが。」

「海か・・いちど、見てみたいものだ・・」

暗闇に慣れてきたジュリアスがその瞳で、遠くを見つめるように呟いた。

ジュリアスは海を見たことがない。動画や写真で見たことはあっても、実際に潮風を感じ、波に触れたことがない。幼くして聖地へ召喚されたジュリアスは、首座の座にあって、海のある惑星に赴くことはあっても、海を訪れる機会を持たなかったのである。クラヴィスの方は、幼い時に過ごした場所が海の近くであったこともあって、記憶の底に波の音を聞くことができる。それでも、そのせいか、海と言われると幼子のように心がはやる。

ふたりがまだ聖地へ来てからまもない時に、初めて泳いだ湖を「海はこの何倍ほどの大きさがあるのか」と年長の守護聖に聞いて困らせたことがあった。クラヴィスは、ジュリアスの横顔にそんな遠い日を重ねて、小さく笑った。

「行ってみるか、ルヴァの話では美しい海の地域があるという。」

「私達は職務で参るのだぞ、休暇ではないのだから。」

そう言うと思っていたという風にクラヴィスは肩をすくめると、シーツをめくって体をジュリアスの横に滑りこませた。

「フッ、おまえは相変わらずだな、半日ほどの休暇くらい許されるであろう・・」

クラヴィスの呆れたような言葉にジュリアスは、大きなため息をついた。

「先ほどまで気乗らぬ様子であったのに、調子のよいことだ。まあよい、職務が終わったら、休暇を陛下に願い出よう。」

「楽しみだな・・そなたと・・海と・・」

ジュリアスの言葉に、クラヴィスは満足げに微笑むと、そう言いながらジュリアスの頬にくちづけをした。

どこまでも続く青い海、優しい潮風の中で、ふたりで海を見れたなら、もう何も望むことはないかもしれない――ジュリアスとクラヴィスは心のどこかでそう思っていた。

このとき、ふたりを待つ青い水の星は、小さな煌きを明け方の聖地の空に届けていた。

恋人達の短い眠りを祝福するかのように―――


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