招き星3――流星――
ガラスの窓ごしに見下ろすシュール星一の大都市は、まるでガラスの破片を散らしたようにジュリアスには見えた。それが銀の髪を持ったこの星の人々だと気づくまで、幾分もかからなかったけれど。
「どう見る?」
ジュリアスは、ゆっくりと振り返り、窓ガラスの桟にもたれてクラヴィスを見つめた。窓から差しこむ夕陽に変わらぬ色を見せる蒼い瞳、けれど肩にゆるやかな波を描く銀の髪色だけが、まだクラヴィスは見慣れずにいる。当の本人は、そんなことなどもう忘れているようであるが。
「・・一見何事もなく、発展しているように思えるが・・」
クラヴィスは、そう答えながら、手にしていた書類をテーブルに置いた
シュール星に滞在して3日、ジュリアスとクラヴィスは身分を隠してあらゆる場所で調査を行った。それはシュール星一を誇る医療機関であったり、教育機関であったが、どこも主星と変わらぬ高い水準を持つが、選択数の少なさが気になる。問題となっている人口の増加は、緩やかな上りカーブを描き続けている。この星は死に至る病の種類も驚くほど少ないのである。
「どちらにせよ、少なくともあと30年後には、この星の人々は住む場所を失ってしまうということだ。」
クラヴィスと瞳をあわせたジュリアスは小さく息をついて、白い手を組みなおした。
「30年・・か。聖地の時でわずかひととせ。眼にしたくなくとも眼にしてしまうこととなる・・」
そう言ったクラヴィスはジュリアスから目を逸らし、どこか遠い場所を見るような目をした。このようなことに直面する度、クラヴィスはいつもこのような瞳をする。
こんな瞳にあう度にジュリアスは昔、クラヴィスが口癖のように言っていた言葉を思い出す。「私は神ではない」と。神ではない自分が人と時を分かちて、長い時の流れに身を委ねること、人の死を操ること。それがたとえ自分が望まないことであっても宇宙はその力を持つ者の背を押し続ける。
自分の力にいつまでも納得出来ないでいるクラヴィスを見る度、ジュリアスは辛くなった。死の力を持つ自分を許せないというクラヴィスは、人の生の力を操るジュリアスさえも許せずにいるのだと思い知ってしまうから。クラヴィスは自分を愛したことで、いらぬ苦しみを増しているのかもしれない。ジュリアスはきつく瞳を閉じた。
共に己の持つ哀しい力を嘆ければいい、守護聖など嫌だと叫べたら、少しは楽になれたかもしれない。けれど、私は首座だ。立ち止まって嘆いてる暇などない、こうしている間にも宇宙のどこかで光のサクリアを待つ声が聞こえる。守護聖として全うする、それはもう決めたこと、それでも、クラヴィスを想う気持ちに偽りなどない。
クラヴィスの心の中にもジュリアスの心の中にも互いに口に出来ない葛藤がある。
ジュリアスは、ゆっくりと瞳を見開いて、テーブルに置かれた書類の中から、γ星系の星図を取り出した。
「この星はシュール星から、ボートで3日。主として岩石からなっているシュール星と同じ型の惑星だ。」
ジュリアスは、図上を指先で辿って見せながら、クラヴィスを現実に引き戻した。
「この星を育て、シュール星の民を移住させようというのか・・」
クラヴィスは、星系図に目を落しながら、薄く笑った。
「まだ調査が必要だが、可能であるなら最良だと思う。」
おそらく、ジュリアスの言う通りであろう。この星の生態系に手を加えるよりも、新しい星に移住させる方が、ずっと安全で効率が良い。しかし・・
「・・そうだな・・急ぐのか?」
クラヴィスの歯切れのない返事に、ジュリアスが訝しげに眉を寄せた。
「いや、早いにこしたことはないが・・何か、気がかりでもあるのか?」
「いや・・」
「明日、次元回廊が開く。いちど聖地に戻り、この旨を陛下にお伝えしよう。」
ジュリアスの言葉に頷いたクラヴィスは、頬にかかった銀の髪を鬱陶しげにかきあげた。その横顔が、まだどこか切なげで寂しそうで、ジュリアスは思わず駆け寄りたくなる気持ちになる。
「それが終わったら、クラヴィス・・海を見に行くとしよう・・」
聖地を出る前にしたたわいない約束を、ジュリアスがここで口にしたのを、さも意外だという顔をしたクラヴィスの瞳が一瞬細められる。
「ああ、そうだな・・」
その答えにジュリアスは、「約束だったからな。」と小さくいいわけをしながら、ソファのクラヴィスの隣に座った。
この星についてから、あきらかにクラヴィスの様子がおかしい。もとより口数の多い方では決してないが、外出して訪れた先でもホテルに戻ってふたりになっても彼はほとんど口を開かない。体の具合でも悪いのかと聞いても、そうではないと首を振る。
この星は美しいが、街の喧騒は頂けぬとジュリアスは思う。静寂を好むクラヴィスにここは賑やか過ぎるのだろうとジュリアスは心の中でため息をついた。
クラヴィスの指先がそっとジュリアスの頬に触れた。その心地よさにジュリアスは瞳を閉じて体を委ねようとする。瞬間、ジュリアスは目を見開いてクラヴィスの手を握り締めた。
「!!クラヴィス、そなた・・」
信じられぬという顔をしたジュリアスの手が、もう一度、クラヴィスの手と重なる。感じるはずのサクリアが感じられない、強く握ってその力を微かにでも探そうとするジュリアスの右手に、クラヴィスはもう一方の手をそっと重ねた。
「い・・つから・・」
ジュリアスは、震えを押さえきれない声で聞いた。
「完全に消失したのは、先刻だ・・」
蒼い瞳がふせられた。言いようのない想いが次々とジュリアスの心にこみ上げて、言葉にならない。涙だけは決して見せまいと、堪えるために噛んだ唇から、血が流れ落ちた。
「そのような顔、させたくないと思っていた・・」
射るような瞳で自分を見つめるジュリアスに、クラヴィスは、優しい笑みを浮かべて、唇についた血を指先で拭ってやった。
「いつかは、このような日がくると、知っていたはずではなかったか・・」
まるで子供をあやすかのように言うクラヴィスの顔から、ジュリアスは、そっと視線を外した。
そうだ・・サクリアの尽きる時が、別れの時だと出会ったときから決まっていた、そして何度も何人もそうやって見送ってきたはずではなかったか、それがクラヴィスでもジュリアスあっても避けきるものではないと、分かり過ぎるほど分かっていたはずだった。けれど・・それがたとえ、万にひとつの可能性であっても、サクリアの尽きる日が同じ日であればと・・
ジュリアスは握り締めていた自分の手のひらをクラヴィスからそっとはずして、開いた手に視線を落とした。次々と溢れてくる光のサクリア、それは尽きることのない大河の流れにも似て、ジュリアスは首を振った。
「何故だ・・私にだけ、まだこのように・・」
溢れるサクリアを止めようともしないジュリアスを、クラヴィスが「止めろ・・」と言って抱き寄せた。部屋の空気が変わる・・光のサクリアの粒子がジュリアスの銀の髪にきらきらと落ちて、ジュリアス本来の金の髪を彷彿とさせる。
子供のようにジュリアスの肩が震えていた、冷静で孤高な光の守護聖、時に人は、彼を人の心の機微に疎いと言うけれど、不器用で心優しい最愛の恋人。クラヴィスはそっとジュリアスの柔らかな髪の中に指を差し入れた。
「おまえへの想いまで消えたわけではない。」
「そのようなことを言うな。」
ジュリアスは、顔をクラヴィスの胸の中に埋めたまま、そう言った。
「ジュリアス・・どこにいようともおまえを見ていてやるから・・」
クラヴィスの囁くような声にジュリアスは首を振った。
「・・言うな、もう、言うな・・今だけ、このままでいさせてくれ。」
ジュリアスがクラヴィスの背中に回した指先に力をこめた。それを感じたクラヴィスもまた、その腕に力をこめる。
行くなと、口に出せない言葉を呑み込むジュリアスの背中が、クラヴィスの紫の瞳の中で滲んで、溢れた涙が、ジュリアスの肩に落ちた。
聖地に戻れば、ジュリアスは首座の顔で、新しい闇の守護聖を召喚し、クラヴィスはその引継ぎに日々追われることになるだろう。
おまえは、海に行く約束も、この星をふたり訪れたことも、愛し合ったことさえ忘れて、守護聖の職を全うするのだろう。それでいいとクラヴィスは思う。それこそが自分が愛したジュリアスだから・・。窓から見えるシュール星の夜、流星の軌跡が、泣けないジュリアスの涙のように、クラヴィスには見えた。