招き星5――犠牲――

「失礼します。」

振り向きもしない背中を確認しながら、オスカーは、微かに灯された明りを頼りに、部屋の奥へと足を進めた。

慣れない白檀の香りに、オスカーは眉を寄せる。

サクリアを使えなくなったというクラヴィス、ジュリアスが事情を話す間、クラヴィスはどこか他人事のように遠い瞳をしていた。そんなジュリアスとクラヴィスの様子を、大したことではないのだろう、宇宙にさりとて問題もないしとオスカーも冷めた思いで見つめていた。それほどに、先刻のふたりは淡々としていた。

「俺に何か、できるのですか・・」

オスカーは、いきなり本題に入る。

自分がこの人の役に立つとも思えない。会議の後に使いが来て、闇の執務室に呼ばれた。ここに足を踏み入れたことなど数えるほどしかない、ましてやクラヴィスから呼び出されたことなど初めてのことである。

どういう風の吹き回しか・・オスカーは、闇に溶けこんでしまいそうなその後姿を見つめた。

「おまえだったらどうする・・」

背中のまま、クラヴィスはオスカーに聞く。

この人はサクリアの話をしているのか?オスカーは小さなため息をつきながら、それなら答えは決まっているとばかりに、吐き捨てるように言う。

「・・原因を探って、一刻も早くサクリアを・・」

オスカーが言いかけた所で、クラヴィスはゆっくりと振りかえる。唇に薄い笑みを浮かべて、オスカーの心の奥をすべて見透かしているそんな表情で・・

「フッ・・おためごかしを・・」

「何ですって!?」

精悍な顔に眉を寄せ、オスカーの瞳が怒りの色を見せる。いつもそうだ、この人は、ぞっとするほど美しい顔で、自分も他人も認めぬようなそんな雰囲気を見せる。

「宇宙がいつまで闇のサクリアを待つ?」

「それは・・今は、別段異常もありませんし、不足分は、水と緑のサクリアが・・」

苛立ちの色を隠せないまま、オスカーは答える。

「それは応急処置だ、万が一・・」

と言いかけて、クラヴィスは厚いカーテンを一気に引いた。

星空が・・近い。

「例えば・・そう、あれにある黄色い星。そう遠くない時をおいて、闇のサクリアを欲しがるはずだ。」

クラヴィスは星空の中のひとつの星を指差して、言う。

「私は・・サクリアが使えぬ・・それならどうする?」

「それは・・」

オスカーは口篭もった。

宇宙は、残酷だと、以前、合議の席でクラヴィスが呟いたことがあった。聖地に何があろうとも、守護聖に何が起ころうとも、おかまいなしにサクリアを欲する。多くても少なくとも星は存続出来ない。そう、あれは前の女王の時代、鋼のサクリアは、突然ゼフェルを新しい守護聖に選んだ。急にサクリアを失った当時の鋼の守護聖も、急にサクリアを得たゼフェルにとってもそれは、悲劇だった。そして、崩壊の進んでいた宇宙で、星たちが悲鳴を上げながら鋼のサクリアを欲した。ゼフェルは何も分からないまま、泣きながらサクリアを放出した。その時、クラヴィスは言ったのだ。宇宙は残酷だと。あの時のジュリアスの一瞬見せた顔をオスカーは忘れることが出来ない。眉を寄せ、きつく結ばれた唇、そして1度だけ伏せられた瞳。

ジュリアスにあんな顔をさせるのはこの人の言葉だけだとオスカーは思った、そしてジュリアスの心を占めるのはいつもこの人だった。

「私がここに存在する限り、闇のサクリアは私の体から離れぬ。しかし、私の体が失われれば、宇宙のどこかに新しい闇の守護聖が生まれる。」

「クラヴィス様・・?」

クラヴィスの言葉に、我に帰ったオスカーは訝しげな顔をクラヴィスに見せた。その顔に、クラヴィスは、口の端だけで微笑んでみせ、やがて感情の見えない紫の瞳で見据えた。

「闇のサクリアが、私に戻らない時は・・オスカー。」

「――!!」

クラヴィスは、指先をオスカーの左胸に押し当てた。

まさか・・この人は・・オスカーはその思いを打ち消すように、首を振る。

「ばかな・・できません。俺には、あなたを殺・・」

次の言葉をオスカーは続けることができない。

「オスカー、おまえも知っている通り、守護聖である以上、自ら命を断つことさえ許されぬ。・・おまえにしか頼めぬ。」

まるで、書類の一文を朗読するかのように、クラヴィスは言葉を綴る。

闇のサクリアの代わりはない、そう、サクリアというものはそういう物なのだ。オスカーはこの時、初めて思い知った。自分の存在の意味、サクリアの意味、そして、宇宙を残酷だと言ったクラヴィスの言葉・・ジュリアスの顔。

オスカーは、あまりのもどかしさに首を振る。どうして、あなたはそんなに平気でいられるのか、あなたには大切なものなど何ひとつないと言うように、そんな顔をして。所詮、あの方さえも、あなたの枷にはなり得ぬのか。

俺なら、そんなに簡単にあの人を悲しませたりしない。

「そのようなあなたを何故あの方はっ!」

愛しているというのかと吐き捨てるように言った。

「私は、私が死んで先に進めぬような人間はいらぬ・・」

伏せられた瞳で、クラヴィスの秀麗な顔に深い影ができる。

 

 

「クラヴィス・・」

ジュリアスは闇の執務室の扉の前で、崩れ落ちそうになる体を冷たい壁で支えた。

死ぬ気なのか・・サクリアのために、おまえは命を投げ出すのか。誰かの意思で守護聖の運命さえも決まっているのなら、それはなんと無情なのだろう。守護聖もサクリアも憎んだクラヴィスがそれに殉じようとし、守護聖としてしか生きられない自分はその生を全うするかもしれない、皮肉な事実をジュリアスは思う。

どうして!?私ではないのか。代われるものなら、代わってやりたい、これ以上、クラヴィスに運命は何を望むのかと。

あのシュール星で、クラヴィスがサクリアを失ったと聞いた時、別れを嘆いたと同時に、ほっとしたのも事実だった。これで、おまえは自由になれる。守護聖からもサクリアからも解放されて、そして、私からも解き放されるのだと。

なのに、クラヴィスのサクリアは失われたのではなく、使えぬだけだと。そして、このままだと、いずれクラヴィスを手にかけねばならぬかもしれない。

ジュリアスは初めてサクリアを守護聖を呪った。私達は多くの犠牲を払いすぎた、家族のぬくもり、夢や恋。けれど、ジュリアスは、クラヴィスに会い、そして初めて人を愛する喜びを知った。

生きてさえいれば、クラヴィスが幸せでいてくれれば、それだけで良かった。隣にいる人がたとえ自分でなくても。

死なせない・・クラヴィスからいつかサクリアの枷が外れ、幸せの笑顔を見るまでは。

ジュリアスは、唇を噛んだ。

「・・ジュリアス?」

ふいに後ろから名前を呼ばれて、我にかえる。

「ちょうど良かった・・あんたの所へ行こうと思ってたんだよ。」

顔にかかる髪をかきあげながら、ジュリアスの瞳に、オリヴィエは微笑んだ。そして、クラヴィスの執務室の扉を親指でさしながら、囁くように言った。

「クラヴィスのことだけど・・」

「何か、あるのか?」

ジュリアスも自然と小声になる。そして、オリヴィエは、ジュリアスの腕を掴んで、闇の執務室の前から離れた。

「間違ってたらごめん・・私、シュール星のことで気になることがあって・・」

オリヴィエの真剣な眼差にジュリアスの蒼い瞳が交差する。

 

「…詳しく話してくれ。」

ジュリアスは、自分の執務室の扉を開けて、オリヴィエを引き入れた。

 

★★★

 

遠くなっていく光のサクリアの気配にクラヴィスは小さく息をつく。

「クラヴィス様・・?」

何かことが起こる度に思い知らされる、この人との格の違い。退屈な毎日を闇に沈め、夜は光りをその手に抱く人。

オスカーは、小さく笑う。やはり・・敵わないと。

「あれを頼む・・」

何もかも悟りきった顔で、幸せを何でもないように捨ててしまえるような人。それでも、あなたはあの人を愛し、あの人もあなたを愛している。

俺なら、悲しませたりしない・・けれど、あなたの代わりにはなれない。

「あなたを死なせはしません。でも、あなたのためじゃない、あの人の悲しむ姿を見たくないのです。」

オスカーは、クラヴィスの肩ごしに見える星空に、故郷の人々に氷の青と称されたその美しい瞳を向けた。

ここは、星空が・・近い。

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