招き星6――別離

「早速だが、オリヴィエ。」

と扉を閉めると、ジュリアスは急く気持ちを押さえきれない様子で言った。書類を握り締めている彼の白い指先が微かに震えているのをオリヴィエは見逃さない。

先程の闇の執務室の前でのジュリアスの横顔で、やはりクラヴィスのことは予断を許さない状況にあるのだとオリヴィエは思う。

「うん、オスカーにも言ったんだけど、私さ、あのシュール星、昔から虫が好かないんだよね。」

部屋の中央に置かれたソファに腰を落としながら、そう切り出したオリヴィエの言葉に、あの星は嫌いだと言ったクラヴィスの言葉をジュリアスは思い返す。

「あっ、でも確かなことなんて何一つないんだよ。でもさ、クラヴィスはあの星に行って、突然サクリアが使えなくなった。クラヴィスやあんたに他に何も思い当たることがないのなら、疑ってみるのも手かなって思うんだよね。」

ジュリアスは、微かに眉を寄せて、オリヴィエの言葉に頷いた。

「それでさ、私をシュール星に行かせてくれない?」

オリヴィエの言葉に、ジュリアスの顔が上がる。

「もちろん、もしかしたらとんでもない見当違いかもしれないんだけど・・」

いつもの明朗な彼からは想像できないほど、真剣な眼差しでオリヴィエは呟く。

ジュリアスはこめかみに指先をおき、しばらく考え込むような横顔をオリヴィエに見せ、そして、射るような蒼い光を持った瞳で、オリヴィエを見つめた。

「いいだろう・・だが、私も行く。」

思いがけないジュリアスの言葉に、オリヴィエが大きな声をあげた。

「ええっ!?いいよ、何もあんたまで行かなくったって。何かあったらすぐに知らせるから。あんたはさ、ここにいた方がいいよ。」

慌てて両手を振るオリヴィエの様子に、ジュリアスは小さく笑う。

「ここにいても、私はクラヴィスの慰めにはならない。」

何もしないで、その日を待つよりも手探りでも歩いているほうがずっといい。口を開きかけたオリヴィエもジュリアスのそんな思いを見透かしたのか、やがて諦めたように、小さなため息をついた。

「わかった、それで、いつ行く?」

「早い方がいい。」

ジュリアスの言葉に、オリヴィエは頷く。

オリヴィエが聖地へ来てから、ジュリアスとクラヴィスが言い合う場面に今まで何度も出くわしてきた。守護聖になるべくして生まれてきたようなジュリアスと、自分の存在さえ否定しているようなクラヴィス、ふたりの宇宙に対する思いや守護聖やサクリアへの考えは根本的に違う。それゆえ、ふたりはことごとに対立した。それは、両極に位置するその司るサクリアと同じように・・。

そんなふたりの本当の姿を知ったのは、いったい、いつだったろうか。守護聖の首座として、正論を押し通すジュリアスに、反感を持った者も少なくはなかった。そんな彼の姿をいつも遠くから見つめるクラヴィス、その紫の瞳はいつも哀しげだった。星空を見上げるクラヴィスの背中に何度も声をかけかけて、唇をかんでいたジュリアスの姿はいつも哀しかった。

オリヴィエは思った、この美しいだけの聖地という場所では決して育めない愛もあるのだと・・。

「さっそく、次元回廊を開くことを上奏しよう。オリヴィエ、そなた、髪。」

ジュリアスはそう言いながら、立ち上がり、書類にサインをして、文官を呼び出す。

「あ、そうだった、銀髪だったわね。すぐ、準備してくるよ。」

オリヴィエはそう言って、立ち上がった。

感傷にひたってる場合じゃない、か――オリヴィエは、駆けるように、自分の執務室に向かった。


☆☆☆

「あと、2日だと思います。」

研究院の文官は、書類を手にしてジュリアスにそう告げた。

クラヴィスが、オスカーに指差した黄色の惑星β−13は、闇のサクリア不足で喘ぎ始めていた。まだ、目に見える障害はない、しかし、2日という期限を過ぎれば、星はひずみ、人命にかかわることになる、文官が示した書類のデータは、ジュリアスにその事実をつきつけてきた。闇のサクリア不足で、ひとりの人命も失うわけはいかない。不測の事態ではない、闇のサクリアさえ戻れば、星も人命も損なわずにすむ、しかし、そのためには、クラヴィスを失わなければならない。
ジュリアスは、拳を握った。

「そうか・・それで、クラヴィスには?」

微かに、震える声、それでもジュリアスは冷静に問う。

「クラヴィス様はもうご存知のようでしたが・・」

サクリアが使えずとも、星見に影響はないのかと、ジュリアスは思う。星見も占いにも長けるクラヴィスの能力は闇の守護聖誰もが持つものではない。天はクラヴィスに幾つもの力を与えると同時に、数奇な運命を義務付けたのかもしれない。現実的なジュリアスでさえ、そう思う。

「ごくろうだった、私はオリヴィエと共にシュール星に赴く。後のことは、ルヴァを中心に頼む。なんとか、2日、水と緑のサクリアで持ちこたえて欲しい。」

ジュリアスの言葉に、文官は深深と礼をして、部屋を出て行った。重い扉の締まる音がすると、ジュリアスは、小さな息をついて、窓際に立つ。

静かで美しい聖地、ここでクラヴィスと会い、そして愛した。それを罪とは思わないけれど・・

守護聖は自らの命を断つことはできない――それは哀しい掟。幾千の星の運命を握ること、すなわちその星に生きる人々の命をも左右してしまう守護聖は、サクリアがその体を手放すまで守護聖としてしか生きられない。ジュリアスもクラヴィスもその手で、何度も星を葬り、幾億の人命を失ってきた。命を軽く思ったことはない、けれど、一つ一つの重さを思いやるにはジュリアスにもクラヴィスにも時が足りなかった。崩壊して行く宇宙を、最後のひとつの惑星になるまで、犠牲を払いながら守ろうとしていた女王の両翼は、人間としての優しい心を封じてまで、その手で星を葬り続けたのだ。ひとつの躊躇が、何十倍もの被害になる、ふたりにはわかり過ぎるほど分っていたから。
「死を簡単に口にするのはおやめください。」と、守護聖になりたてのリュミエールが、泣きながらジュリアスに言ったことがあった。淡々と星の被害状況を述べるジュリアスが、許せないとその水色の瞳が映していた。言い訳も弁解もできなかった、いつのまにか、手放してしまった罪の意識をその瞳はジュリアスにつきつけていた。もとより、自分の命など、いつでも捨てられる、それほどまでに、ジュリアスは自分は罪深いと思っている。けれど、クラヴィスを、このまま死なすわけには行かない、彼は私とは違う。クラヴィスが夜毎、星を見つめ、失われた命に安らかな眠りをと祈る姿は、壮絶なほど、哀しかった。
許してはいない――クラヴィスは、自分も、そして同じ力を持つジュリアスも。

「いつも、そなたは、私よりずっと優しかった・・」

ジュリアスの見上げる星空は、あまりに深く、壮大で、初めてジュリアスは自分の小ささを感じた。

守護聖はこのように無力なものなのか――と。

 

☆☆☆

「シュール星に行くと聞いた・・」

光の執務室の扉が音もなく開けられて、ふいに低い声が言った。

「クラヴィス!?」

ソファに座って、ジュリアスとシュール星に行く準備を進めていたオリヴィエは、振り向いて、その姿に驚く。

「私のためなら行かずともよい。」

クラヴィスは、銀の髪のオリヴィエにそう言った。

「そんな・・あんた・・」

眉を寄せるオリヴィエに、

「もう、間に合わぬ。」

クラヴィスは静かにそう言った。

「クラヴィス?」

オリヴィエと一瞬視線をかわしてから、クラヴィスはジュリアスに向かう。

「おまえも分っているはずだ・・ジュリアス。」

「ほんとなの・・?ジュリアス?」

オリヴィエの必死の問いに、今まで黙ったままでいたジュリアスが、

「・・間に合わぬと決まっているわけではない!」

そう言って、立ち上がった。そのジュリアスの苛立ちを含んだ言葉が、クラヴィスの言葉をまるで肯定しているようで、オリヴィエは息を呑んだ。

クラヴィスもジュリアスもそれ以上何も口にしようとしない。オリヴィエがその場をとりなそうと、口を開きかけた時、ノックの音が沈黙を破る。次元回廊の準備が整ったことを知らせに来た王立研究院の文官だった。

ジュリアスが立ち上がり、そしてオリヴィエに「行くぞ。」と声をかけた。それに頷いたオリヴィエが、扉を開け、ジュリアスが後に続こうと、クラヴィスのそばをすり抜けようとした。その瞬間、ジュリアスの手首をクラヴィスがいきなり掴んだ。

「んっ・・」

そのまま、クラヴィスは、ジュリアスを抱き寄せて唇を重ねた。

何度も抱き合って眠った夜、数え切れないほど重ねた唇、会えば傷つき、会わなければ切なかった。短いくちづけの間に、ジュリアスは、重ねて来た幾つもの夜を思う。

「待っていてくれ・・必ず・・」

唇を離して、ジュリアスはクラヴィスに囁くように告げた。

クラヴィスが何か言いかけようと開きかけた唇を、ジュリアスは優しい微笑みで制した。

すり抜けて行くジュリアスの後姿を、クラヴィスは主のいなくなった光の部屋で見送った。

「おまえは、別れの言葉さえ、私には言わせてくれぬのだな・・」

クラヴィスは、薄い笑みを浮かべて、愛しい人の残したサクリアの中で、いつまでも立ちすくんでいた。

その手には掴みかけては零れ落ちる、光の粒子を握り締めながら・・

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