招き星7―伝言

「オスカー、クラヴィスに何か頼まれましたか?」

次元回廊の中に呑み込まれていくように消えて行くジュリアスとオリヴィエの背中を見つめながら、ルヴァは隣に立つオスカーに言った。

弾かれたようにルヴァに目をやったオスカーは、すぐにまた目をそらすと、苛立ちを含んだ声で呟いた。

「・・あの方達はあれで幸せなのか?」

誰に対するものでもない、持って行き場のない怒りをその言葉に感じたルヴァは、小さく息をついて、いつもの穏やかな声で答えた。

「そうですねえ・・けれど、不幸では、決してないと思いますよ。」

不幸ではない――たしかに、哀しい結末を迎えようとも、狂おしいほど望んだ人と一瞬でも思いを通わせることが出来るのならそれは至福と言えるはずだろう。

「しかし・・俺なら・・」

オスカーはそう言うと、きゅっと唇を噛んで言葉を呑み込んだ。そんなオスカーをちらりと見たルヴァは、瞳を細めて、微笑んだ。

「あんな愛し方はしない・・ですか。」

「ルヴァ・・」

眉を寄せて、苦笑いするオスカーに、ルヴァは「すみません」と断ってから、どこか遠い場所を見つめるような瞳をした。

「でも・・あなたなら、また別の道を見つけることも可能だったろうと思いましたから。」

ルヴァの言葉を聞きながら、オスカーは思う。愛しているのではないと思う、あの光を纏い、紺碧の空を瞳に持つ気高く美しい人を。

手に入らぬものなどないと思って生きてきたオスカーが、唯一手にすることが出来ないと感じたもの、いくら深く望んでも、手に入らぬものがあるのだと初めて教えてくれた人。あの人の傍にはいつも闇を纏う人がいた。

ジュリアスとクラヴィスは、硝子の破片の上を歩いているような恋をしている。自分なら、抱き上げて連れ去ることを択ぶだろう――だけど、きっとジュリアスはそれを望まない。ジュリアスは、共に傷つきながらも歩き続けようとするはずだから。

「いや、俺では無理だ・・」

と、オスカーは呟いてから、踵を返した。

聖殿の冷たい廊下にオスカーの靴音だけが響く、それはルヴァの耳奥に届いて、やがて静寂のなかに消えていった。

「どんな形でも愛は哀しいものですね。」

ルヴァは自分の声さえその闇に呑まれていくのを哀しげな微笑で見送った。

★★★

 

聖地での2日は、ここシュール星での10日にあたる。ジュリアスとオリヴィエはすでに3日をこの星で過ごしていた。この星にある王立研究院に調査依頼をとのオリヴィエの勧めにジュリアスは5日間は、あくまでも内密に調査したいと言い張った。闇の守護聖がサクリアを操れなくなったという事実が漏れれば、口に出さずともクラヴィスへの非難は必至である。それだけは避けたかった。

もうこれ以上クラヴィスを傷つけることはしたくない。ジュリアスの口に出せない願いでもあった。

前回、クラヴィスとこの星の調査に来た時は、現在の急激な人口増加による居住地の問題で、それは、新たに近くの惑星を育てることで一応は完結した。現代の問題については、短い期間であったが、クラヴィスと共に調査は済ませてある。

オリヴィエが気にするのは、この星の歴史についてらしい、何も手がかりがない以上、ジュリアスもそれに従い、古い文献を調べているのだった。

膨大な文献に1日中目を通し続けるジュリアスの姿を横目に、オリヴィエもまた、その日、何冊めかの古い伝承を集めた物語を読み進めていた。

 

闇の湖に住む闇の王は

光の泉を守る光の騎士に

嘘をついた――

我 戦いに臨むとも死することなしと―――

 

「ねえねえ、ジュリアス、この星のどこかに闇の湖と光の泉ってあるんじゃない?」

オリヴィエの言葉に、ジュリアスは頁をめくる指を止めて、小さく頷いた。

「・・調べてみよう。」

そう言ったジュリアスは、検索コンピューターに「闇の湖」と入力した。地図が画面にあらわれ、その画像を望んだジュリアスは、次の瞬間、息を呑んだ。

黒い森に囲まれた湖、まるで何もかもを拒絶しているようで、静寂で荘厳な様子は写真からさえ感じることができる、思わず引き込まれそうになるような感覚をジュリアスは覚えて、言葉を失う。

「なんだか、凄い所みたいね。」

画面を覗き込んだオリヴィエが、息をつく。

「オリヴィエ、私は、ここに行く。」

画面から目を離さないままジュリアスは呟くように言った。

「え?そんないきなり、ここからはずいぶんあるわよ。」

「感じたのだ、まるであれが私を呼んだかのように。」

「クラヴィスが?」

ジュリアスは頷く。その横顔にかかる銀色の髪の輝きに負けない光を宿した蒼い瞳が、固い決意を秘めているのをオリヴィエは見つけて、小さく笑った。

「わかった・・でもそこに行ったら、もう時間的に戻れないよ。」

そんなこと分かりきっているはずのジュリアスに、念を押すようにオリヴィエは言った。

 


ホテルで、移動の準備をしているとふいにジュリアスが、「クラヴィスと・・」と口を開いた。ジュリアスから、クラヴィスの名前が出るのは珍しい。顔を向けたオリヴィエと目の合ったジュリアスは、視線をそらしてから、小さく言った。

「海を見に行く約束をしたのだ、この星に来る前に。」

「海?」

オリヴィエは、いつものクラヴィスとジュリアスからは想像できない言葉に思わず笑みを浮かべて、聞き返す。

「ああ、私は海を見たことがないからな。」

ジュリアスの横顔にどこか寂しげな色を見つけて、オリヴィエは笑みを殺した。

「そっか・・」

「そなたは、あるのだろう?」

ジュリアスが問う。

「うーん、海ねえ、私の生まれた星にもあったからね・・でもその海は、冷たくてっさあ、白い波が岩を砕いてた。海風が肌を切るほど強くてねえ、指先さえ、水の中へ入れることは出来なかった。」

オリヴィエの言葉を聞きながら、ジュリアスは、彼が故郷の星で決して幸せでなかったことを思い出した。

「辛いことを思い出させた、すまない。」

「ううん、冷たかったけど、綺麗だった。今じゃあいい思い出だよ。」

真摯に謝るジュリアスに、オリヴィエは明るい顔で首を振った。

コン、コン・・

扉をノックする音にジュリアスとオリヴィエは思わず顔を見合わせる。

「誰?」

「俺だよ、ゼフェル。」

「ゼフェルー!?」

オリヴィエが扉を開けると、ゼフェルとそしてもうひとり見慣れた顔があった。

「どうしたのよ、あら?リュミエール?」

リュミエールという名前に眉を寄せたジュリアスが、声のする方に鋭い視線を投げる。

「ジュリアス様、クラヴィス様が・・」

ジュリアスの姿を見つけたリュミエールが、縋りつくように室内に走りこんでくる。

「クラヴィスが?」

床に座り込むリュミエールにジュリアスは問うが、リュミエールは首を振った。

「さっきから、もうあの星(β―13)は水のサクリアを受けつけなくなったんだ。マルセルのサクリアで凌げるのもあと数時間だってさ。闇のサクリアを今日中に送らねえと、少なからず被害も出ることになるんだとよ。」

ゼフェルが壁にもたれ、腕を組んでそう言った。

「それで、クラヴィスは・・」

とオリヴィエの震える声にゼフェルが「ああ」と口を開きかけた時に、リュミエールが割って入った。

「オスカーと執務室にいらっしゃいます。あの方は、死ぬ気なのです。ジュリアス様、私には分かります。あの方はもう諦めていらっしゃる、それをきっと誰も止めることはできません。それなら、あの人の最期にせめてジュリアス様、あなたはそばにいて差し上げるべきです。」

クラヴィスが諦めている、死ぬ気だと――そのようなこと、ずっと前から知っている。この度のことだけではない、自らがその手で星を葬った時から、クラヴィスは生に執着も持たぬし、死ぬことなど何でもないと考えていることをジュリアスは誰よりも知っている。この世でいちばん愛していると告げられるおそらくたったひとりの自分さえ、クラヴィスを止めることはできないことも。

それでも、生きて欲しいから――聖地の重い扉をいつか笑顔で開けるその日までは。

「ジュリアス・・」

微かに唇の震えるジュリアスに、オリヴィエは小さく声をかけた。

「戻れよ、ジュリアス、俺が代わりにここに残る。オリヴィエと最後までねばるから。」

「そうよ、ジュリアス、帰んなよ。ゼフェルもこう言ってることだし・・」

ゼフェルとオリヴィエの必死の説得にもジュリアスは、何も言わずどこか別のところを見つめている。

「ジュリアス様!あなたはあの方をひとりで逝かせるおつもりなのですか!?」

リュミエールはそう言うとジュリアスに怒りの色をのせた水色の瞳を向けた。

ジュリアスは、唇を噛んでから、一度瞳を閉じた。

逝かせない、ひとりでなど――

「まだ、私は戻れぬ。私はここにクラヴィスを助けるために来たのだ。必ず、助けると約束したのだ。ゼフェル、リュミエールそなたらはすぐに聖地へ戻れ。そして、オスカーに、私が戻るまで、クラヴィスを守って欲しいと伝えて欲しい。そしてこの場所に次元回廊を開くようにロザリアに・・」

ジュリアスは、聖地でのいつもの顔に戻り、闇の湖のある場所を記したメモをゼフェルに手渡した。

「大丈夫なのか?星に被害が出たら、まずいことになるぜ。」

「そのようなことはさせぬ。被害が出る前に必ず闇のサクリアを与える。」

「もしもの時は、クラヴィスを・・やるっていうのか?」

ゼフェルがため息と共に問う。

「そうだ、しかし、その時は・・オスカーでなく私が・・」

とジュリアスは自分の白い手に目を落とした。

「ジュリアス・・」

「行くぞ、オリヴィエ。」

ジュリアスは、顔をあげて、オリヴィエを促した。

「ジュリアス様、クラヴィス様に何か・・」

リュミエールが、部屋を出て行くジュリアスの背中に声をかけた。銀色の髪がさらさらと流れて、白い頬に風を起こした。

「・・・海」

振り向いたジュリアスの唇がそう形を作ったようにリュミエールには見えた。

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