招き星9−楽園

「クラヴィスは・・」

聖地に戻ったジュリアスは、闇の執務室から退出しようとしていたオスカーに聞いた。

「今は研究院においでですが。」

オスカーの声と表情に、クラヴィスのサクリアが戻ったのを知ったジュリアスは、小さく息を落とした。

「オスカー、そなたには辛い役を与えてしまった。すまない。」

「いいえ、俺は何も・・」

と語尾を濁したオスカーは、ジュリアスの肩越しにクラヴィスの姿を小さく見つけ、ジュリアスに深く頭を下げた。

今回のことで、オスカーは思い知った、守護聖の生きる意味、その守護聖を選んでいくサクリアの意味、それは時に哀しい決断を迫ることにもなりえるということを。美しいこの下界と遮断されたこの聖域が守護聖達に強いる宿命は苛酷で華やかだ。それなら、オスカーはその宿命と戯れながら、生きていきたいと思った。この美しい恋人達が、聖地(ここ)で見つける愛の形を見つめながら。


「おまえには、借りができた・・」

紫の瞳が、微かに柔らかな光を帯びてオスカーを見た。口元に薄い笑みを浮かべたオスカーは、クラヴィスに深く頭を下げてから、ゆっくりと踵をかえした。

天窓から差し込む星明りにも燃えるような紅い髪は、眩しいほど美しかった。



 

「世話をかけたな・・」

クラヴィスは、執務室の扉を後ろ手に閉めると、ジュリアスを背中から抱きしめた。

「私はまたそなたに苦しみを強いるのだろうな・・」

ジュリアスは、回されたその腕に、白い手を重ねて呟いた。

「死ぬことなど・・怖くないと思っていた。それだけの罪を犯して生きてきたのだから。」

罪――星の存亡、民の運命を神ならざる手で操る私達の背負うべき十字架。

「・・そうだな、私達は罪深い。」

ジュリアスは、自嘲気味にそう言った。ジュリアスの重ねた指が微かに震えるのをクラヴィスは感じる。

こうして私はまたおまえを追い詰めて行くのだな、ひとりで泣いても癒されぬ想いをおまえにぶつけてしまう私は、おまえよりずっと業が深い。クラヴィスは小さく息をついた。

「あの時、何故、光の騎士を殺さなかった?おまえの力なら造作もないことだったであろう?」

クラヴィスの問いにぴくりと肩を振るわせたジュリアスはふっと薄く笑ってから、

「・・どうしてだろうか。」

と自分にも問うように言った。

あの時、命をかけて光の騎士を改心させようと説得を試みていたジュリアスの姿をクラヴィスは、自分をあの場所へ連れ出した闇の王と共に見ていた。冷たく美しい光の守護聖という堅い鎧に包まれた心の奥は誰より繊細で、心優しい。だから、ジュリアスはいつも苦しみ、眠れない夜を過ごすのだ。強く脆い光の申し子。

「ジュリアス・・苦しむと分かっていても、まだ私を愛せるか?」

クラヴィスは、腕に力をこめてそう聞いた。微かに震える声がジュリアスの耳奥に切なく届く。

クラヴィスに守護聖としての任を終わらせ、その生を全うさせることが自分の首座としての義務だとそう言い聞かせてきた。個人的な思いなどであるはずはない、あってはならないとそう言い聞かせてきた。けれど、違う――クラヴィスを失うのが怖かった、何よりも愛してしまったから。

ジュリアスは口に出せなかった、長い時の流れの中で、いつしか封じてしまっていた言葉を口にする。今、全てを変えなければ、二度と変わらない。

抱かれていた腕を解き放し、クラヴィスと向かい合い、射るような蒼い瞳でクラヴィスを見つめた。

「クラヴィス!今生は、私に譲れ!生まれ変わったら、守護聖ではなく、只人としてそなたと共に生きるから。私の頼みを聞いてほしい。」

祈るようなジュリアスの心の叫びだった。

「ジュリアス・・」

クラヴィスは見開いた目をゆっくりと閉じた。来世の出会いなど、信じるはずのないジュリアスが、口にした必死の叫び。きっと二度は聞けないジュリアスの言葉にクラヴィスは小さく息を吐く。

「おまえのいる場所が私のいる場所。たとえ魂の欠片となってもおまえと共にあろう。」
クラヴィスの答えに、ジュリアスはいつもの美しさより際立つ、気迫のある顔をして言った。
「・・そう言ってくれると思っていた・・」
嘘だ・・とクラヴィスは思う。そんなに声が震えているくせにと。

クラヴィスの紫の瞳が笑みを湛えるのを見つけて、ジュリアスが唇を噛む。

「もう二度と簡単に、命を捨てようとすることなど許さぬからな。」

クラヴィスはジュリアスの言葉に頷いた。

私達は光と闇の守護聖だから、星だけでなく人の命さえ左右することができる。だから、己の力に恐怖することもそれを呪うこともある。

決して、忘れない――星の痛み、民の願いを。それが私達の贖罪。

「おまえも私との約束を守ってもらうとするか・・」

「・・海か?」

ジュリアスは小さく笑ってそう言った。

可笑しそうなクラヴィスの顔を見たジュリアスは、「いいだろう」とため息と共に言葉を吐いた。

「・・だが、その前に招き、いやシュール星の残務処理が先だ。」

光の守護聖の顔をして、そう言ったジュリアスを、クラヴィスは瞳を細めて見つめる。

守護聖としてでしかおまえのもとにいられないというのなら、永遠にこの哀しい楽園に繋がれてもいい。おまえが私を望むかぎり・・

FIN