Never ending days
「どうだ…?ひとつ年を重ねた心地は・・」
クラヴィスはそう言いながら、首の細い美しいデカンタで、おそろいの酒杯に酒を注いだ。途端に甘い香りがあたりに立ち込める。
「そうだな・・自分自身、どこと言って変わりはないが、感謝はしている・・この日を平穏に迎えられたことは。」
そう答えるジュリアスに、おまえらしい言い方だと、クラヴィスは小さく笑った。そして、無言でジュリアスの前に置かれた杯に自分の手の中の杯を合わせると一気にそれを飲み干した。
今宵はいくら飲んでも酔えぬとクラヴィスはどこか訝しげに思う。
「・・私はもう覚悟はしている。来年もここでこうしていられる確かな証など、どこにもないのだから。」
ジュリアスは、あっさりとそう言って、自分の酒杯に手を伸ばした。グラスの中を僅かに揺らして、その瞳は、映る光を楽しんでいるようにも見える。
蒼くどこまでも澄んだその瞳の行方をいつもクラヴィスは見失ってしまうような気がする。何を考えているのか、おまえの本当の気持ちはどこにあるのか、自分への愛を口にしたすぐ後で、ジュリアスはもう別の場所を見ている、そんな何年たっても慣れることのない焦燥感にいつもクラヴィスは苛まれてしまう。ここ数年・・そうだ、新宇宙のぬるま湯のような毎日に身を置き始めてからは特にだ。
「・・平和であるというのは、残酷なものだ・・。」
ふいにクラヴィスはそう呟いた。崩壊寸前のこの宇宙を支え続けた日々、苛立ちと焦りの中で自分の生かされている意味を模索し続けた。思えば失うものなど何もなく抱き合えた日々が懐かしい。宇宙を、星の民を救おうとしたことは真実ではあるけれど、同じ場所で同じ時、ジュリアスと共に死せるのなら、それは間違いなく幸福なことだった。心の奥底でそう願った自分こそ偽りなかったことだと、クラヴィスは思い返した。
皮肉なことに、今はもうそれを望むどころか、いつ引き離されてしまうかも分からずにいる、来年か明日か、それに怯えながら私は日々暮らしている。死と背中合わせににいた時が懐かしいなどと、言ってしまえば、ジュリアスを怒らせしまうことは百も承知で、それでも口にせずにはいられなかった。
「・・怒らないのか?」
聞こえるはずの怒声がいつまで経ってもしないので、クラヴィスは訝しげにジュリアスを見つめた。
「・・怒ってはいない、ただ・・呆れてはいるが・・」
ジュリアスの瞳はどこか寂しげに、そのぶんいつものような苛烈な蒼ではない優しい色を帯びていた。
「・・私達は苦しむために、出会ったわけではない、そうであろう?」
ジュリアスはそんなことを言った。その言葉に促されるように、クラヴィスは小さく頷いた。
「私は今も覚えている・・ここで、そなたと初めて会った日のことを・・」
クラヴィスとて忘れられるわけがない、無理やり連れてこられたこの聖地で、初めて会った自分と同じ宿命を帯びた光の守護聖。けれど彼は自分よりずっと先を見つめ、その使命に誇りを持っていた。眩しくて、だけどどこか悲しげな彼が自分の唯一の救いになるのにそう時間はかからなかった。
――――ずっと私が守ってやるから、だから泣かないで―――
ジュリアスは、唇を噛み締めながらクラヴィスの肩を抱いた。おまえの方が泣き出しそうな顔をしていたくせにと、クラヴィスは思い返す。今にも涙が溢れそうな蒼い瞳に、ジュリアスとなら、どこにでも行ける、どんなことでも出来ると思ったあの日。それから続く日々は、幼い自分達には、想像も出来ない過酷な日々であったけれど。
「・・ふたりの行く先をすべて知っていたとしても、私はそなたを愛してしまっただろう・・」
ジュリアスもまたあの日からの長く辛い日々を一瞬のうちに思い返しながら、呟いた。
「・・ジュリアス・・」
「出会わなければ、愛さなかったならば・・とは思わない。それこそ、私にとっては耐え難いことだ。」
初めて聞いたジュリアスの言葉に、クラヴィスは驚いた顔を見せた。
「だから・・例え明日、別れることになっても思い残すことなどない。」
ジュリアスの横顔は、笑みを浮かべているようにも見える。こんなところは、いつまで経ってもジュリアスには敵わないとクラヴィスは思う。自分が、目を逸らし続け、言葉にさえ出来ないことをジュリアスはいつのまにかすんなりと乗り越えてしまう。
「・・そうだな・・」
クラヴィスは小さく言った。すべてを受け入れられるわけではないが、ジュリアスに出会い、愛し合えた奇跡は感謝せずにはいられない。自分達の只人より遥かに長い生ある時さえも宇宙の時に比べれば、瞬きひとつする瞬間にすぎないのだ。ましてや、聖地というこの場所で、守護聖として巡り会うことなど、どれほどの奇跡を重ねればいいのだろう。
理屈では分かっている、けれど抱き合えた日々は何と短かっただろう・・クラヴィスは、言葉を呑み込んだ。
「・・何だ?まだ足りない・・そんな顔をしている・・」
眉を寄せるクラヴィスをジュリアスは、そう言って笑った。自分の生誕日に酒を過ごしすぎたのか、彼がこれほど饒舌になるのは珍しい。そしてそれがまたクラヴィスを不安にさせる。
「・・足りぬ!時が足らぬ!おまえはどうしてそんな顔をして笑っていられる!?」
クラヴィスは、ジュリアスを抱きしめた。どんなに強く握り締めても、零れ落ちてしまう砂のようなそんな感覚に襲われる自分を慰めるかのように強く抱きしめた。
柔らかな金色の髪に指を絡ませることも、蒼い瞳に自分を映すことも、白い腕が自分を抱くことも無くなってしまうかもしれないと思うことは、恐怖だった。それほどまでにジュリアスに依存している自分が愚かであることは分かっている。
「・・クラヴィス・・そなたは平和な日々は残酷だ・・そう言ったな。」
おとなしくクラヴィスの力を込める腕に抱かれながらジュリアスは囁くように言った。
「ああ・・おまえを奪おうとするものはすべて私にとっては残酷なものだ。」
しごく当然のようにクラヴィスは、言った。
「・・平穏な日々は長く・・長く続く・・光の守護聖と闇の守護聖が同時に降りても、支障がないほど・・」
呪文のように続けるジュリアスの思いがけない言葉に、クラヴィスは腕を解いて、ジュリアスの瞳を見つめた。
「・・ジュリアス・・?」
「嫌か・・降りてまで私と共に過ごすのは・・」
僅かに震える言葉に、クラヴィスは言葉を失い、小さく首を振った。夢かも知れぬ・・そうだ、きっと都合のよい夢なのだ、クラヴィスは瞳を閉じた。
「・・そうできたらどんなに嬉しいことか・・」
「そう言ってくれると思っていた・・」
小さくついた息がクラヴィスの頬にかかる。瞳を閉じてもわかる、その唇の位置に自分の唇を重ねた。そのぬくもりが、夢ではない、嘘ではないことをクラヴィスに優しく教えた。
ゆるく編まれた柔らかな髪を手探りで探し背中で解いた、もう明日失ってしまうかもしれないと思ったこの体のぬくもりと心地よい重さを嘆き悲しむことはない。
愛していると囁くことも、寝室に移動するのも億劫になるほど早く体を重ねたかった。
「・・平穏な日々もよいものだな・・」
クラヴィスは、金糸の髪を指に絡ませながら言った。
「・・調子がいいな・・だが・・危機となったら駄目だからな・・」
ジュリアスは、そう言って、クラヴィスの指先から自分の髪を取り上げた。
「そのようなこと・・私がそうはさせぬ・・」
「期待しておこう・・そなたは史上最強の闇の守護聖であるという評判だから・・」
ジュリアスは、首座の顔をして笑った。
Happy birthday to Julious
Happy birthday for Lovers