花の降りる夜

 

なりふり構わぬ恋など私達には出来ないけれど

せめて花の降り注ぐ
こんな美しい夜は

すべて忘れて抱き合えればいい

 

 



あれから何度夜を越えただろう、唇を噛んで堪えた痛みが、いつか甘い痺れに変わり、吐息の中で名前を呼べるようになるまで、私達は何度朝を迎えただろう。


高座に立ち、守護聖と崇められても、いつもどこか物足りなさを感じていた。それは自分の心の弱さからだと、私は職務に没頭した。冷徹で情の薄い奴だと陰で囁かれたのも知っている。
いつからか心離れた幼友達が、長い時の流れに身を委ね、守護聖でありながら、只人のように振舞うのが許せなかった。私達は何度、言い合ったかしれない。自覚がないと罵る私に、最後は必ず、「おまえに私の気持ちなどわかりはしない」と踵を返して背中を向けた。
その紫の瞳が見つめる先には何があるのか、誰がいるのか知りたかった。同じ場所に立ちながら、読めない心に苛立つ自分の気持ち、そのわけが知りたかった。

 

『知りたいか・・ならば教えてやろう・・』

いつもと同じように言い合った後で、クラヴィスはそう言った。あきらかにいつもと違うクラヴィスに私は一瞬怯んだ。

『な・・何を・・』

胸に抱き寄せられ、そして壁際に押し付けられた。間近で感じる白檀の香りに私は眩暈を覚えた。

『知りたいのであろう?私の欲する物が・・』

見つめる紫の瞳に、私は息を呑んだ。「知りたくないのか・・」まるで呪文のように聞こえるその言葉に、思わず頷いてしまいそうになる心に警鐘が鳴る。

『何の・・真似だ・・』

私は、その瞳から逃れるように、視線を床に落とした。

『・・・!!』

その瞬間、クラヴィスは、私の顎を掴み、乱暴に唇を重ねた。


『馬鹿な・・私達は・・』

力の入りきれない手で、重なる胸を押しのけた。

『私達は何だというのだ・・守護聖なのだと、それとも・・』

続く言葉を見つけることの出来ない私を見透かしたように、薄い笑みを浮かべたままのクラヴィスは、私の肩を掴んだ。「さあ、ジュリアス。私達は・・?」クラヴィスは子供のように答えをねだった。
その答えこそ、私もそしてクラヴィスも欲しかったもの。私達は守護聖で、けれど聖人にもなりきれず、いつも物思いを抱いて、歩き続けている。クラヴィスの瞳は、いつも私に問い掛けていた、守護聖は愛することも憎むことも許されないのかと。

抗いきれぬほどの力ではなかった。引かれた腕をふりきることができなかったのは、どこかでそれを許していた、望んでいた自分がいたことに気づいたから。クラヴィスに与えられた熱や痛みは心の隙間を埋め、私は思い知ることになる。もどかしく、物足りない思いは、近くにあって決して手に入らないと、ずっと昔に手放して諦めていたものだと。私達は眠れない夜を過ごした数だけ、互いを貪り続け、覚えたての愛の言葉を囁き続けた。
あれから私はもどかしい思いに心乾くことはない、けれど恋とはこのように甘くせつないものなのか。何度呼んでも呼び足りない名前、何度絡め繋いでも、永遠にひとつにはなりえない体。こんな思いを人は抱いて生きるものなのか。

 

「何を考えている・・」

さっきから黙り込んだままのジュリアスの耳元にクラヴィスは囁いた。開かれたままの扉の向こうは月の美しい夜。夜風が白い肌に金色の髪を波立たせる。

「さあな・・」

柔らかな笑みを浮かべるジュリアスの顔を、クラヴィスは頬杖をついたまま覗き込む。

「・・私といる夜くらい、私のことだけ思っていて欲しいものだ・・」

言いながら、クラヴィスの指が背中を辿る。それだけで胸の鼓動が激しくなる。息がかかるほどの距離で、見つめあえば、いまだに胸が苦しい。何度夜を越えても、まだ、こんなにも愛しているとジュリアスは思う。口づけの合間に、囁かれる自分の名前は初めて聞く愛の言葉のようで、飽きもせずそれを口にするクラヴィスの唇をジュリアスは指でなぞった。

「・・あっ・・んっ・・」

しばらくジュリアスのなすがままにさせていたクラヴィスが、その指を口に含み、同時に、長い指をジュリアスの中に沈ませた。熱いなとクラヴィスは独り言のように呟き、零れる吐息を口づけで覆った。深くなる口づけに合わせて、胸を辿る爪先、増えていく指。一気に引き抜かれて、ジュリアスは抑えられない声を上げた。

「クラヴィス!」

クラヴィスを待つその一瞬さえももどかしく、ジュリアスは、首を振って、名前を呼んだ。


そして、貫かれ、揺さぶられ、ようやく自分の中に互いを感じることが出来る。辿り付いたその瞬間は、永遠よりずっと短い時だけれど、まるでそのためだけに生きているようなそんな気がして・・。

「・・扉を・・閉めてくれ・・」

ふいに言ったジュリアスの言葉に、クラヴィスが眉を僅かに寄せた。

「まだ・・余裕があるようだな・・」

そう言って、クラヴィスは叩きつけるように体を揺らす。髪が絡み、指を絡めあう。痛みか快感なのかもう分からない。ただ、心に浮かぶたったひとつの言葉以外は。

「・・ん・・クラ・・ヴィス・・」

「・・愛している・・」

掴んだクラヴィスの肩の向こうに、降り続く白い花びらが一瞬止まったように、ジュリアスには見えた。



 

あなたの他に

誰も知らない

私が恋をしているなんて

こんなにも

あなたを愛しているなんて

私の他に

誰も知らなくていい

 

FIN