プロジェクト――前編

平和な聖地の午後。ルヴァの邸で小さな茶会が催され、年中組が日本茶を啜っている。

平日の昼間から守護聖が、こんな所で呑気にくつろいでていいのか!?お嬢ちゃん達のご心配はごもっともだが、そう、女王陛下がアンジェリーク・リモージュに変わり、聖地はもちろん宇宙にさえこれといって全く問題がない。

宇宙の平和はすなわち守護聖たちの閑(ひま)を意味する。つまり、仕事がないのである、こうなると聖地という場所はなんとも退屈な場所である。娯楽施設、歓楽街のひとつもない。さりとて、下界に出てブイブイいわせるのも憚られる。一応、彼らは守護聖なのだから。

というわけで、閑さえあればこうやって鼻をつきあわせてお茶を啜るのが唯一の娯楽となっている。これは、そんなある日の聖地の記録である。

「こう平和な日々が続くとなんだか調子狂っちゃうわね。」

オリヴィエが綺麗にネ―ルアートされた爪先を見つめながら呟いた。

「ああ、正直言うと俺もだ。退屈で仕方ない。」

オスカーが前髪をさらりとかきあげて、頬杖をついた。

「なんか、面白いことないかなあ〜?」

「思えば宇宙崩壊の危機って時が懐かしいぜ。あんなスリリングでエキサイテイングな日々はもう来ないのか。」

「あんた、ジュリアスが聞いたら青筋立てるようなこと言っちゃって・・でも、その気持ちも分かるよ。」

オスカーとオリヴィエは顔を見合わせて大きなため息をついた。

「は〜い、おまたせしました。お茶が入りましたよ〜今日は、リュミエールの手焼きせんべいもあるんですよ〜。」

ルヴァの声に、オスカーは「これだよ。炎のオスカー様が昼間から茶を啜ってだべってるなんて、お嬢ちゃん達が聞いたらどんなに悲しむか。」そう心の中で呟くと、小さく首を振った。そのじつ、片手ではしっかりせんべいに手を伸ばす。

香ばしいせんべいの香りと芳醇な日本茶の香りが、あたりに漂う。

「ん〜美味しい・・リュミちゃん、また腕を上げたわね ~

「そうですか・・今日は、サラダ味とお醤油味と作ってみたのですが・・」

パリポリといい音を立てながら、お茶を啜る音。時折こぼれるため息。

「ルヴァ〜なんか面白いことない?」

最近、守護聖間の挨拶にもなりかけているそんな言葉を、オリヴィエはせんべいをぽりぽりと頬張りながら言った。

 

それから数日後のある日。ノックもせずに地の執務室の扉が開けられた。

「ルヴァ〜どうかしてよ〜」

情けない声を出すのはオリヴィエ。

「あらあら、オリヴィエ、どうしましたか?」

「どうもこうもないわよ。」

大きな息をついて、肩を落としているところにルヴァの背中から声がかかる。

「オリヴィエ、おまえもか?」

「へっ?」

声のする方を見れば、ソファにもたれて片手を上げるオスカー、隣にはリュミエールが微笑んでいる。あちゃ、またこの面々だと思いつつ、オリヴィエも部屋の真ん中に置かれたソファに深く座って足をくんだ。

「それで、おまえはどんなことを?」

オスカーが渋い顔で尋ねる。

「来週までに、「夢占いについての一考察」レポート 75枚。」

「げっ?俺、「炎と狩猟民族の歴史」を読んでの感想文、 4000字。」

「私は・・「これからの水道利用について」 100枚。」

タイトルだけ見れば、各々その司るサクリアの文字が踊っているものの、全く本来の守護聖の仕事とはかけ離れているものばかりである。

「私は占い師じゃあないんだから、こんなもの書けるわけないじゃない。」

「あ〜オリヴィエ、たしか夢占いの本がこの辺に・・」

本棚を探すルヴァの背中にオリヴィエが苛立ちの声を上げる。

「ルヴァ!そんな本借りに来たんじゃあないの、ジュリアスがあんなこと言い出すわけ。」

「それは・・」

オスカーとリュミエールが瞳を合わせて、小さなため息をつく。

「暇だからだよな・・」

「ですね。仕事に1日の大半を費やしていたジュリアス様のこと。私達よりずっとお時間が余っていらっしゃるのでしょう。」

「あ〜だからって、私達にこんなもの書かせるなんて。オスカーあんた、何とかならないの?」

自他ともに認めるジュリアスの右腕にオリヴィエは矛先を変えた。

「俺があの方に何を進言できる?」

「遠乗りに連れ出して聖地を2、3周するとかチェスの持久戦のギネス記録に挑戦するとか・・」

「だめだ、あの方は、執務時間中には乗馬もチェスもされない。」

ふう〜3人のため息が重なる。生真面目な上司を持った部下達の不幸である。

「あの〜ようするに、ジュリアスを忙しくさせればよろしいのでは〜?」

ルヴァがそう言いながら、カタカタとお茶のおかわりを運んでくる。

「そうよ!ルヴァ!」

オリヴィエがテーブルを叩いた。

「・・でも、仕事がないから困っているのでは?」

とリュミエール。そうだ仕事がないから暇で困っているのだ。オスカーとオリヴィエは再び大きなため息をついた。

「あ〜仕方ない、おとなしくレポート書くかな・・」

「ああ、「愛の狩人の歴史」を読んでの感想文なら何千枚でも書いてみせるが・・」

オリヴィエがギロリとオスカーを見つめる。

「あの、ジュリアス様の目をクラヴィス様に向けるというのはいかがでしょうか?」

なぬ!?言った本人リュミエール以外の3人の動きがぴくりと止まる。その様子に、リュミエールはにっこりと笑うと続けた。

「通常の仕事が忙しかった時、よく、ジュリアス様はクラヴィス様の所に行っては、「職務怠慢」だとおっしゃっていました。けれど、こう暇ができてしまうと、ジュリアス様もクラヴィス様に何も言えなくなってしまわれたのです。私は・・クラヴィス様に対するジュリアス様のお小言は、あの方のストレス発散だったように思えるのですが・・いかがでしょうか?」

オスカーとオリヴィエは息を呑んだ。かつて、ここまで推測したものがこの聖地にいようか?リュミエール、恐るべしである。(いや、だいたいの者はそう思っていたに違いない)

「いいところに気がつきましたね〜リュミエール。そうです、昔からジュリアスはクラヴィスを構うことによってストレスの発散をしてきたのですよ。そして、クラヴィスもね。でも、それにふたりは気づいていないようですが・・ね。」

「ははっ、それじゃあ、小学生の恋愛だぜ。」

オスカーが乾いた笑い声をたてた。

「ねえねえ、まさか・・ジュリアスってクラヴィスのこと・・?まさかね・・」

オリヴィエが真剣な顔で言うのをルヴァが笑って見つめる。

「おいおい、マジかよ。」

すっかり蒼ざめてきたオスカーにリュミエールがさらなる追討ちをかける。

「クラヴィス様は、ジュリアス様がお小言をおっしゃりにくるとそれは嬉しそうな顔をされるのですよ。」

「それ、本当?じゃあ、クラヴィスもまんざらではないわけ・・?」

オリヴィエの顔が輝いた。

「あ〜じゃあ何か?俺があんなに必死におふたりの間をとりなしてたのって・・結局・・」

「そっ、馬に蹴られて・・って奴。」

オリヴィエがオスカーを指差して笑いながら、ふと何か思いついたように手を叩く。

「これ!これ使える!退屈な日常からの脱却と人助けを兼ねて、ここは・・一肌脱がなきゃね。」

「おいおい、レポートは?」

「ばかねっ、ジュリアスさえ忙しくなれば、そんなどうでもいいレポートなんて、霧の彼方よ。」

「けれど・・あのおふたりですよ・・」

「そうだ、聖地一、色恋沙汰から両極にかけ離れているような方達だからな。」

「いかせるんだよ。いいの、オスカー?これからも訳のわからない本を読ませられたりしても。」

「いやだ。」

「なら、協力することだね。リュミちゃんもルヴァもいいね?」

「あの〜私は別にジュリアスから仕事ももらっていませんし〜これといった弊害は・・」

「私も・・そのようなことは、苦手で・・」

リュミエールもルヴァに倣う。

「ルヴァ、あんたね〜友達でしょ?ジュリアスとクラヴィスの間を取り持ってあげようとか思わないの?いつまで経ってもあのふたりは小学生の恋愛よ。あのふたりに大人の恋愛を教えてやんなきゃ。」

「それは・・私も同じことで・・」

と言いかけたルヴァを瞳で制したオリヴィエは、真剣な眼差しで言った。

「二人がまとまった後はあんたも何とかしてあげるからさ。ねえ、思えば、ジュリアスもクラヴィスも可哀想よ。こ〜んな小さい頃から聖地暮らしよ。恋だの愛だのって私達が騒いでた時には、お堅い守護聖の仕事にどっぷりつかっちゃって。私、ずっと思ってたんだ・・」

言葉を切ったオリヴィエは少し哀しげに眉を寄せて続けた。

「ジュリアスとクラヴィスに人並みの幸せを教えてあげられたら・・って。」

オリヴィエは白い指先で目頭を押さえる。アカデミー賞、助演女優いや男優賞くらいは貰えそうな演技である。

「オリヴィエ・・おまえ、そこまで・・」

オスカーが唇を噛みながら頷く。どうやらとても感動しているらしい・・

「わかりました・・そこまで言われるなら、私も全力でお手伝いをしましょう。」

「・・私も。」と言うリュミエールは溢れる涙をこらえきれずにいる。

「ありがとう、みんな。」

オリヴィエはそう言いながら、心の中で舌をペロリと出した。

ほんと、大好きだよ、あんた達。

「まず、ジュリアスに自分の気持ちに気づかせることからね。私の読みでは、ジュリアスから押せば、クラヴィスはすぐ落ちると思うのよ。」

なかなか鋭いオリヴィエである。

「ああ、俺もジュリアス様に押し倒されれば・・」

何やら他の単語がくっついているオスカーをオリヴィエは無視して話を進める。

「じゃあ、まず、ジュリアスからつついてみよっか?題して「クラヴィスにひっついてジュリアスにやきもちをやかせちゃおう大作戦」!!」

「怪しげなタイトルだな・・うまくいくのか?」

オスカーが眉を寄せた。

「まず、クラヴィスに近づく人物が必要ね。あんた!」

「えー?俺?」

「そうよ、リュミちゃんじゃあ、いつもと変わんないでしょ。ルヴァじゃあ真実味に欠けるし・・」

「おまえは?」

「本気になられちゃ困る・・」

「オリヴィエ!」

リュミエールが珍しく大声を出す。

「それは冗談だけど・・まああんたが 1番適当なのよ。」

「だが・・俺、後でジュリアス様に嫌われなきゃあいいが・・」

オスカーの心配をよそに話は進んでいく。

「それで、私とリュミエールは何をしたら・・?」

「私達はジュリアスにクラヴィスの話をしたり、オスカーとの仲を吹きこんで・・」

「おいおい、ほどほどに頼むぜ。変な噂が立ったら、大勢のレデイが悲しむことになる・・」

「まあ、火のない所に煙を立てるってやつね。私達が油を注いだり、薪をくべたりするから。」

「なんだか楽しみになってきましたね〜いつもは見られないジュリアスの姿が見られるかもしれませんね〜」

ルヴァが微笑む。

「ふふっ、それは・・」

リュミエールが口元に手を当てる。

「い ~雰囲気になってきたね。それじゃあ早速作戦をたてるよ。」

結局一番まともなのは自分なのではないかと思うオスカーであった。

こうして、当初の目的を大きく外れたプロジェクトが発動されることになる。

 ☆☆☆☆

「珍しいな・・おまえがここに来るなど・・」

「はあ・・」

「何か用か・・」

「はあ、たまにはお話でも・・」

オスカーの言葉にクラヴィスがそっと眉をよせた。冷たい雰囲気が辺りに立ち込める。

「いえ、申し訳ありません、失礼しました。」

踵を返して部屋を後にしようとしたオスカーにクラヴィスの声がかかる。

「まあ、よいではないか・・今、茶の用意、いや酒の方がよかろう。ちょうど暇を持て余していたところ、カードの相手をしてくれればよい。」

扉の隙間からオリヴィエが「行け行け」と手を振っている。

ままよ、オスカーは瞳を閉じてクラヴィスの方に振り向いた。

 

「ルヴァ、オスカーは来ていないか?」

「あら、ジュリアス。」

「なんだ?そなた達も来ていたのか。レポートは進んでいるか?」

「もちろんよ、今もルヴァに資料を借りにきてたところ。ね、リュミちゃん」

「ええ・・」

「それなら良いのだが、オスカーを知らないか?」

「さあね〜さっき、クラヴィスんとこへ行ってたけど・・」

「クラヴィスの?」

「うん」

最近、オスカーが頻繁にクラヴィスの部屋へ行っているのをジュリアスは知っている。クラヴィスとは自分の次に仲が悪いと言われているオスカーが何用あってクラヴィスのところへ入り浸っているのか?納得がいかぬというような顔をしているジュリアスを見て、オリヴィエとリュミエールは目を合わせた。なかなかいい調子である。

「ねえ、ルヴァ、オスカーが、クラヴィスに相談があるとかって言ってたよね。」

「ええ〜あれでクラヴィスもなかなか面倒見がいいんですよ。」

ルヴァが肩を叩きながら、首を回しながら言う。

「クラヴィス様も最近ではオスカーの来るのを心待ちにしていらっしゃるようで・・」

リュミエールが息をついて呟いた。

クラヴィスがオスカーを心待ちにしていると?小さな痛みがジュリアスの胸をさす。だいたいオスカーも、クラヴィスに言えて、私に言えない相談とは何なのだ?

最近、仕事もなく、クラヴィスのもとへ小言を言いに行くこともめっきり少なくなったジュリアスはそう思う。(でも彼は一日一度は、苦しい口実を見つけてはクラヴィスのもとを覗いていたのだが。)それに、リュミエール、そなたはクラヴィスを取られて何故こんなところで茶など飲んで呑気にしておるのだ。だいたい、クラヴィスの側にいつもいたのはそなたではないか?

はは〜ん、ジュリアス、ちょっぴり心配?オリヴィエはクスリと笑った。

「オスカ―、クラヴィスのこと好きになってたりして・・」

オリヴィエがポツリと言った言葉をジュリアスは聞き逃さない。ジュリアスはオリヴィエを見た。

「ほら、よくあるじゃない。恋の悩みを相談してたら、だんだんその相談者と恋が芽生えてくるって。クラヴィスって美形だし、冷たい雰囲気も何とも言えないし・・あの紫の瞳で見つめられたらもう、どうにかしてって感じ〜」

オリヴィエが自分をぎゅっと抱きしめた。

「そなた!そのような目でクラヴィスを?」

「いや、そう思う人もいるんじゃあないかって話。やあね、ジュリアス、そんな目を三角にしちゃって。綺麗な顔が台無しよ。」

「そなたは!」

「まあま〜ジュリアス。お茶も入ったことですし〜」

彼らのプロジェクトは成功の一途を辿っているかに見えた。そうここまでは・・

☆☆☆☆

ふう〜〜

オスカーは、およそ彼には似合わないため息をついた。毎日のように訪れている闇の部屋。微かに香る白檀の香り、さらさらと零れる黒い髪、細く白い指先・・

「・・オスカー?」

オリヴィエの声に、はっと我にかえったオスカーは慌てた顔を見せた。

「なんて、顔してんだよ。ほ〜とかふ〜とかため息なんてついちゃって。」

「なんだ、オリヴィエか・・」

「なんだ・・ってご挨拶だね〜、ねえ〜いい感じなのよ、ジュリアス。今日もね、あんたとクラヴィスのことで目をこんなにしちゃってさ。」

と自分の目尻を指で上げて見せる。そんな様子をオスカーはちらりと見て、小さく笑った。

そしてまたため息…

あきらかにオスカーの様子がおかしい。

「オスカー、あんたどうしたの?」

「オリヴィエ・・俺・・クラヴィス様のこと・・好きになりそうなんだ・・」

はー――!?

「クラヴィス様のことを俺は今まで誤解していたようだ。あの方は本当はお優しい方なのだ。それに俺はあの方の側にいると心が安らかになるんだ・・これは恋の始まりなのか?」

嘘でしょ?ミイラとりがミイラになったって、か?

「オリヴィエ・・俺はどうしたらいい?」

オリヴィエの肩を掴んでオスカーが必死に聞いてくる。

「どうしたら・・ってあんた・・どうしよう・・」

オスカーの切羽詰った顔を見つめながら、オリヴィエは後悔していた。やっぱり私がクラヴィスに近づくべきだったと。

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