プロジェクト――後編

クラヴィスは執務机の引出しの奥から、1冊のノートを取り出した。

「おまえが好きだ。」とジュリアスに言った回数ほど書きこんできた正の字、かれこれ20年、ノートもこれで数十冊を数える。

「我ながら、気長なものだ・・」

クラヴィスはポツリと呟いて、口の端に笑みを浮かべた。

『私も嫌いではない。』『そなたは私をからかっているのか。』『そのようなことではぐらかすな』と、その度ごとに言われてきたジュリアスの言葉。

全く・・おまえは分かっていない。あれは、私がライチを好きなのと同じように、自分を好きと言っていると思っているのではないか・・たぶん、きっとそうだ・・しかし、いくら私でもライチに愛を囁く趣味は持たぬ・・

クラヴィスは小さくため息をついた。

「フッ・・しかし、それももう少し・・」

どうせオリヴィエ辺りがなにか画策しているのだろうが、最近身辺が騒がしい。お世辞にも仲がいいとは言えなかったオスカーが、日毎クラヴィスのもとへやって来る。それと時期を同じくして、いろいろと世話を焼いてくれていたリュミエールはぱたりと来なくなった。

何かある・・

クラヴィスは思う。

まあ、胡散臭い計画はともかくとして、クラヴィスがオスカーと親しくするのはジュリアスとて面白くないらしい。時折、ジュリアスの切ない視線をクラヴィスは背中に心地よく感じていた。

これは使える、ジュリアスとの関係を一気に恋愛関係まで進める、またとないチャンスではないか。

「ジュリアス・・。おまえは私を愛している・・」

クラヴィスは手にしていたノートをぱたりと閉じて、水晶球に目をやった。

水晶球の中では、紅い髪の男と金色の影。

「フッ・・最後の仕上げか・・」

クラヴィスは、立ちあがると両手をこすり合わせて不敵な笑みをもらした。

部屋の隅の鏡に映る自分の姿を見つけ、まるで魔界の大王のようだとクラヴィスは自分自身でそう思っていた。

 

「困りましたね〜」

ルヴァはふうと大きなため息をついた。

「まったく、オスカーなら大丈夫だって思っていたのに・・今はハートが頭に飛んじゃってるんだから」

オリヴィエは、ああ〜と額に手をあてて、ソファに体を深く沈めた。

「オスカーは、ああ見えても一途ですからね。」

「そうですね〜クラヴィスを廻るジュリアスvsオスカー。話が意外な方向へ進んでしまいましたね〜」

「ふふっ・・本当に・・困りましたね。」

談笑するルヴァとリュミエールを横目で見ながら、オリヴィエは、大声を上げた。

「ちょっと〜笑い事じゃあないよ。どうすんのよ、『聖地で殺人事件。三角関係のもつれが原因か!?』」なんて、週刊誌の絶好のネタを提供するようなことになったりしたら。」

「オリヴィエ、それは少し飛躍過ぎでは?」

「わかんないわよ―、聖地の最強巴戦よ。考えるだけでも恐ろしいわよ。」

オリヴィエの真剣な顔に、ルヴァとリュミエールは笑顔を曇らせた。

たしかに・・それは・・聖地存亡の危機である。退屈な日々を憂いはしたが、こんな危険を望んだのではない。ふたりの頭の中には、交錯する強大なサクリア、火花の散る刃、流されるおびただしい血。血の海に倒れる守護聖たちの姿が浮かんだ。ぞぞぞーっ、背筋が凍る。

「だからっ、どうにかオスカーにクラヴィスを諦めさせなきゃいけないの!」

「そうですね・・」

「たしかに〜どうしましょうか。」

途端に顔色の悪くなったルヴァの言葉を聞きながら、オリヴィエは考えていた。

「一途で、思いこみの激しいオスカー・・か・・」

オリヴィエは唇に指をあてた。これを逆手に取ることはできないだろうか。

 

 

『おまえが好きだ』と言われ続けて早20年。『私もだ』と答えることができなかったのは、長すぎた春のせいか私の性格のせいか。ジュリアスはそう思いながら、ず〜んと落ちこんでいた。

クラヴィスは、怖い、でかい、暗いの三拍子がそろっていて、今まで言い寄る勇気のある者などひとりもいなかった。あの紫の瞳でギロリと睨まれたら、普通の者なら、震えあがるはずだ。

そう、浮いた噂のひとつもないクラヴィスだからこそ、ジュリアスは安心して守護聖の職務に邁進できたのである。

ところが、ここにきて降って沸いたような出来事。オスカー、意外であった。自ら「愛の狩人」を自負し、浮名を流す炎の守護聖。彼がクラヴィスに目をつけるなど思いもよらぬことであった。おまけに、彼は手が早いと聞く。もしや、もうクラヴィスと・・邪な想像をしたジュリアスは首を強く振って、それを打ち消した。

こんなことになるなら、オスカーに自分のクラヴィスへの気持ちを打ち明けておくべきであった。いや、やはり、そのようなことはできぬ。いや、言って・・同道巡りである。

しかし、最大の原因は、やはり、自分がクラヴィスにきちんと意思表示をしなかったことである。こうして悩んでいる間にも、ふたりはどんどん親密な関係に進むかもしれない、ジュリアスは、覚悟を決めた。

 

「間に合ってくれ・・」

と小さく呟きながら、ジュリアスはすくっと立ちあがって執務室を後にした。

 

「オスカー、そなた、最近クラヴィスと親し・・いや、懇意にしていると聞いたが、何か特命でもあるのか?」

ジュリアスは、オスカーの執務室に乗りこんで、そう切り出した。

冷静に考えて見れば、特命など首座のジュリアスの知らない所であるわけがない。

いや、これも一種の特命と言えなくもないが・・しかし、それ以上にあの方に会うのが楽しみでならない。

何やら思いだし笑いをみせるオスカーにジュリアスは不機嫌な顔をする。

「まあよい、今日はそなたと共にクラヴィスのところへ赴こう。」

「え?」

それはまずいでしょうという言葉をオスカーはごくりと呑みこんだ。

「何か私が一緒ではまずいことでも?」

ジュリアスの言葉にオスカーが激しく手を振る。

「いえ、そのような・・」

オスカーの言葉に、ジュリアスは満足そうに微笑んで告げた。

「よし、それでは早速行くぞ。」

踵を返して炎の執務室を後にするジュリアスの後姿を見つめながら、オスカーは思う。

このオスカー、あなたへの忠誠心は変わるものではありません。たとえ、クラヴィス様へ恋心を抱いたとしても・・。

やはり、クラヴィス様への想いはかなわぬ想いか・・オスカーは小さくため息をついた。

「オスカー!!」

「は、はい。」

髪を撫で付けながら、オスカーはそそくさとジュリアスの背中を追った。

 

「今日はまた、珍しいな・・」

クラヴィスは、小さく言って、グラスにワインを注ぐとジュリアスとオスカーの前に置いた。

「すまぬ。」

ジュリアスは、そう言って、そのグラスを一気に呷った。ゴホッゴホッと咳込むジュリアスの背中をクラヴィスはさすってやる。

その様子がとても自然に見えて、オスカーの胸が痛む。

「あの、今日はこれで失礼します。」

オスカーが立ち上がろうとしたところをクラヴィスが腕を引いて引きとめる。

「よいではないか・・」

紫の瞳で見つめられるとオスカーは体がすくんで動けなくなる。息がかかるほど顔が近づいて、形のよい唇が微かに開く。

「ああっ!」

横でふたりの様子をみていたジュリアスが立ちあがる。

クラヴィスはその様子を横目で見て取ると、薄く笑った。

「クラヴィス様!!」

オスカーが理性を飛ばして、クラヴィスに抱きつく。

その瞬間…

「ちょっと、待ったあ ~!」

乱暴に開けられた扉から入ってきたのは、オリヴィエとルヴァとリュミエール。

ソファでクラヴィスに抱きついているオスカーを見つけると、オリヴィエはその間に割って入った。

「はい、はい、そこまでね〜ルヴァ、よろしくね。」

「そなた達?」

呆気にとられているジュリアスにルヴァはにっこりと笑顔を見せた。

「はいはい、あ〜オスカー。あなたはクラヴィスの術に見事にはまってしまいましたね。」

ルヴァの言葉に、へッ?と思ったのはオスカーだけでなく、当のクラヴィスもである。ちっ、ばれたか?心の中で舌打ちをする。

 

「どういうことだ?」

オスカーが、態勢を立て直し、上ずった声でルヴァに聞いた。

「つまりですね〜あなたはクラヴィスに惚れ薬を盛られていたのですよ〜」

何だと?とクラヴィスが目を見開いたのとジュリアスが「何だと?」と言ったのはほぼ同時であった。

そんな覚えはないが・・とクラヴィスは思ったが、リュミエールがなにやら目配せをするので、黙って様子を見守ることにする。

「ふ〜申し訳ありませんでした。オスカー、私がクラヴィスに無理を言ってお願いしていたのですよ〜新種の惚れ薬が本当に効くものかどうか実験したいとね。そこで、とても仲がいいとは思えなかったあなたを実験台に使ってみたというわけです。結果は大成功。この薬の絶大な威力が証明されたというわけです。」

「そっ!だから、ほら目を覚ますんだよ!」

オリヴィエがオスカーのアイスブルーの瞳の前で指をパチンとならした。

オスカーが口を開く前に、ジュリアスの眉が上がる。

「そなた達は、そのような怪しい薬を入手して、いったいどうするつもりだったのだ?だいたい、クラヴィス、そなたもそなただ。私の頼んだ仕事はせぬくせに、そのようなことに手を貸すとは・・」

「いや、ジュリアス・・」

そのような薬があるのなら、私はオスカーでなくおまえに使うぞ。とクラヴィスが反論をしようとした時に、オスカーの大きな笑い声が響き渡った。

「はははっ・・何だ、そうでしたか。俺もおかしいと思っていたのですよ。まさか、クラヴィス様に恋をするなど・・はははっ・・惚れ薬でしたか、これはまた強力な・・」

オスカーはバツの悪そうな顔で頭をかいた。

オリヴィエは、ルヴァと目を合わせた。『本当に信じたよ、オスカー。』『ふふ、私の演技も捨てたものではないでしょう。』と目で会話をする。

「さあっと、それでは失礼いたします。ジュリアス様、クラヴィス様お邪魔して申し訳ありませんでした。」

オスカーはまるで憑き物が落ちたようにすっきりとした顔でそう言うと、ジュリアスとクラヴィスに深深と頭を下げるとそそくさと部屋を出て行った。

「そ、それでは私達もそろそろ〜」

とルヴァが言って、リュミエールとオリヴィエが後に続こうとした時、ふいにジュリアスが呼びとめた。

「オリヴィエ、そなたにはまだ聞くことがある。」

どき〜ん、オリヴィエの心臓が止まる。おそるおそる振り向くと憮然とした表情のクラヴィスとジュリアスの顔。美形なだけに凄い迫力である。おまけにオリヴィエよりひとまわりでかい。

ごくり・・

「聞かせてもらおうか、オリヴィエ。オスカーがクラヴィスに近づいたわけは?」

「あっ、あのね、守護聖間の親密度アップを図ろうかな〜なんてね。」

「・・それだけではあるまい?」

「オリヴィエ!?」

「ん〜あんた達が仲良くなってくれるといいなあ・・と・・」

「何だと?どうして私達が親しくなると良いというのだ?」

「あ、つまり、それは・・」

とオリヴィエが何かよいいい訳をと考えてるところに、クラヴィスが口を挟んだ

「つまり、ジュリアスに嫉妬させて、レポートあたりから逃れようとした・・」

「な、何を?私がどうして嫉妬しなくてはならぬのだ。」

ジュリアスはそう言って、クラヴィスを睨んだ。

あきらかに狼狽しているジュリアスにクラヴィスは笑いをかみ殺したように言った。

「では、何ゆえオスカーと共に来たのだ?」

「そ、それは・・」

ジュリアスが言いよどんで、視線を下に降ろすのをクラヴィスはくくっと笑う。

「クラヴィス!そなたは、どうしていつもそのように・・」

なんだか、痴話げんかに発展しそうな雰囲気にオリヴィエがそろそろと後ずさりをしながら、部屋を出て行こうとする。

「オリヴィエ!レポートの締めきりは明日だ。よもや出来ていないなどということはないであろうな?オスカーとリュミエールにもそう言っておくように。」

ジュリアスの声に、オリヴィエの足が止まる。

やば〜ジュリアス、覚えてたんだ。

もちろん、レポートなんて、1枚も書いていない。これは、オスカーもリュミエールも同じだろう。あああ、馬鹿なこと考えないでおとなしくレポート書いてたほうがよっぽど良かったわ。

ふ〜と大きくため息をついたオリヴィエは、困った時のルヴァ頼みに向かうべく、足を早めた。

「でも、あのふたり、どうなるかな・・上手く行くといいけどっ。私達がこんなに苦労したんだからさ。」

 

「まったく、平和というものは退屈なものらしいな。」

そう言って、ジュリアスは息をついた。

「おかげで、なかなか面白いものを見せてもらった・・」

「誤解するな、私は嫉妬などしていない。」

ジュリアスの言葉にクラヴィスは小さく笑った。

「ところで、本当にそなたは惚れ薬とやらいう怪しげなものは持っていないのだな?」

「あたりまえだ・・」

「それを聞いて安心した。そのようなものを飲まされたらかなわぬからな。」

ジュリアスは、クラヴィスを横目でちらりと見て笑った。

その言い方が、幼い頃のジュリアスのあどけない笑顔を思い出させて、クラヴィスも思わず笑みが零れる。

 

「私もルヴァの言っていた惚れ薬とやらが欲しくなった。」

クラヴィスはそう言うと、そっとジュリアスの髪に手を差し入れた。

「ジュリアス、おまえが好きだ。」

「全く・・そなたも懲りぬな。」

そう言って、ジュリアスは答えの代わりに、クラヴィスの唇にそっと自分の唇を重ねた。

 

というわけで、クラヴィスの積年の想いはオリヴィエ達によってはからずも叶ったわけであるが、オリヴィエ達がふたりのことに気付くのはもう少し先のこと。

オスカーがありもしない惚れ薬をルヴァにねだって困らせたことや、オリヴィエが占い師サラのもとで恋人のパスパに睨まれつつレポートを仕上げたことや、リュミエールがゼフェルと一緒に作った最新式の水道蛇口で宮殿が水びたしになったことは彼らの名誉のために詳しくは述べまい。

聖地の平和な日々はもう少し続くことになる。

End