再会
「クラヴィス様、お怪我はありませんか?」
「大事無い・・」
「クラヴィス様、俺、上手く言えないけど・・かっこよかったと思います!」
「・・そうか・・」
「なんていうか、俺もちょっとばっかし見なおしたぜ。あんた、よく、ボートなんて操縦できたよな。水晶玉より重てえ物なんて、持てねえと思ってたぜ。」
クラヴィスは、ゼフェルの言葉にフッと笑みを零した。
クラヴィスが聖地に戻った知らせを受けて、すぐに守護聖達に召集がかかった。クラヴィスは年少の守護聖達に囲まれている。
「静かに!」
ジュリアスの声が響き、宮殿の大広間は一瞬の内に静まり返る。
「この度の惑星ガーデイアンの件では、皆ご苦労だった。オスカー、リュミエール、よくやった。」
「いえ、クラヴィス様がいなければ・・」
オスカーの言葉にジュリアスが小さく唇を噛んでから、言う。
「クラヴィス、この度は何事もなく済んだから良かったものの、あのような無茶は絶対に許さぬ。」
「なんだよ〜無事に帰ったからいいじゃないか。」
「そういう問題ではない。何かあってからでは遅いのだ!」
「まあまあ、ジュリアス〜今日はもうその辺で・・」
ルヴァがあわててとりなす。
「そうよ、ゼフェル!あんたもいちいち、つっかからない。」
オリヴィエがゼフェルを睨む。
「はい、皆様、この度は本当にお疲れ様でした。陛下からも皆様にくれぐれもよろしくと労いのお言葉を頂いております。今日の土の曜日、明日の日の曜日とどうぞ皆様ゆっくりとお休み下さい。ジュリアス、報告書は来週でよろしいですからね。」
「デイア・・それでは、遅・・」
「いいえ、ガーデイアンはもう大丈夫ですから・・それとも、陛下のご厚情がお気に召しませんか・・」
「いや・・そのような・・」
ジュリアスの痛い所をついて、デイアは微笑んで見せる。
「決まりっ!そうと決まったら、うちでお茶でも飲まないかい?ねっ、ルヴァ〜いいでしょ?」
オリヴィエが手をたたいて、ルヴァに目配せをする。
「そうですね〜久しぶりにいいですね。参りましょうか〜」
「私も、お邪魔してよろしいかしら?」
とデイアの声に年少組から歓声も上がり、いちだんがぞろぞろと広間を出て行く。
「俺は、ジュリアス様にお詫びを・・」
オスカーが留まろうとするのをオリヴィエが背中を叩く。
「仕事の話は来週、来週。ほら、あんたの活躍話がないと盛りあがらないんだから、行くよ!」
「そうですよ、俺、オスカー様の話、聞きたいです。」
「僕も〜。」
後ろ髪を引かれる思いのオスカーも年少組に押されて、仕方なく部屋を後にする。急に静かになった広間に残ったのは光と闇の守護聖。
クラヴィスが聖地に戻ってから、まだふたりは言葉を交わしていない。
沈黙の時間がしばらく続くが、さりとてどちらも部屋を出ようともしない。
クラヴィスがぽつりと呟くように言った。
「心配をかけた・・」
こんなに素直に謝るクラヴィスを見るのは、初めてでジュリアスは動揺してしまう。
「いや、誉められることではないが、無事ならもうよい。」
素っ気無く言ってから、ジュリアスは唇を噛む。こんなことが言いたいのではないのにと。
「やつれたな・・」
クラヴィスは、すっと掌をジュリアスの頬に当てた。かっと頬が熱くなり、ジュリアスが思わず身を引く。
「そのようなことはない!」
動揺している自分が気恥ずかしく、ジュリアスはいつもの厳しいもの言いになってしまう。
「フッ・・そのようだ。」
クラヴィスの久しぶりの笑顔に、ジュリアスの胸が痛む。
ふっと目をそらしたジュリアスにもう1度微笑んだクラヴィスは、ゆっくりと踵を返して部屋を出ていこうとする。
黒髪がジュリアスのそばをするりと抜けていく、何度も同じような場面を過ごしてきたのに、今日は何故か違う。今呼びとめなければ、今言わなければまた振り出しに戻ってしまう。
「クラヴィス。」
ジュリアスがクラヴィスの背中に声をかけた。
「その・・すまなかった・・」
「何を謝る・・」
クラヴィスは後姿のまま、低く呟いた。
「知らぬこととはいえ、そなたには辛い想いをさせていた・・」
「辛い想いをしたのはおまえの方だ・・」
クラヴィスの言葉に、ジュリアスは首を振った。
「おかしいかもしれないが、私は嬉しくもある。」
その言葉に驚いたクラヴィスは、振り向くと同時に、ジュリアスの肩を揺さぶって叫んだ。
「何故だ!年端も行かぬ子供に記憶処理など・・正気の沙汰とは思えぬ!」
このように感情をあらわにするクラヴィスを見るのは珍しい。
ジュリアスは、クラヴィスの瞳の翳りを包みこむように微笑む。
「仕方なかったのではないか?あの頃の宇宙は今よりもっと事態が切迫していたからな。それより・・私には、ないと思っていた人並みの子供時代があったことの方が嬉しい。そもそも、そなたが負い目を負うことなどないのだ。」
ジュリアスのあまりに穏やかで美しい微笑みにクラヴィスは圧倒された。
敵わないと・・クラヴィスは思った。ジュリアスが自分の記憶処理を知ってしまっていても、クラヴィスからそのことに触れるのはやめようと思っていた。きっとジュリアスはそれを好まぬだろうから。けれど、どうだ、目の前のジュリアスは、自分が許せなかったことをこうも容易く仕方ないと言いきる。ジュリアスの心の広さに比べて、自分の卑屈さに気恥ずかしくなってしまう。
「私は、許せなかったのだ、おまえを救えなかった聖地も私も・・」
クラヴィスが呟くように言った。
ジュリアスは大きく息をついた。
「それで、その守護聖になりきった私も憎んだというのか・・」
憎んだのではないと思う、自分を自分との思い出さえ忘れて心の底から守護聖になっていくジュリアスが歯痒かった。今に思えばたんなる子供の嫉妬に過ぎなかったことにクラヴィスはようやく気づく。
「今となっては愚かなことだ・・」
自嘲ぎみに呟くクラヴィスにジュリアスは真剣な顔を向ける。
「そうだな、おかげでずいぶんと私も苦しんだ。けれど……礼を言いたい。」
そう言ってジュリアスは、クラヴィスに深深と頭を下げた。クラヴィスの聖地嫌いも守護聖嫌いもすべて自分のためだったと気づいた時、子供時代を共に過ごした者がクラヴィスであったことが、ジュリアスはたまらなく嬉しかった。
「私達は長い間共にいたのに、ふたりの時間をもっと大切にすればよかった。もう、遅いのかもしれないが・・」
私は、何を今まで見てきたのだろう、記憶をなくしてもジュリアスはジュリアスだった、そう気づくまでどれだけ傷つき傷つけて多くの日々を無意味に送って来たのだろう。目の前にいる者は、幼い頃から愛してきた唯一の者なのに、私は自分の想いに捕われ続け、大切なものを見失っていた。
「遅くなど・・遅くなどあるものか。私は、ずっとおまえだけを見つめてきた。誰よりも大切に思っている。」
「クラヴィス?」
「愛している・・昔のおまえも今のおまえも私のジュリアスだ。」
ジュリアスの蒼い瞳が輝く、クラヴィスが大好きだった幼い頃のままの輝き。
どちらからともなく、腕が回され、もう何度もそうしてきた恋人同志のように、ふたりは何度も長いくちづけをした。長い遠回りをして、何度もすれ違ってようやく出会えた永遠の恋人たち。
クラヴィスの鼓動を感じながら、この後どんなことが起こっても、このぬくもりだけは、永遠に忘れることはないとジュリアスは確信した。
遠くで聞こえる雨の音は、限りなく優しく聖地を包みこんでいた。
☆☆☆☆
私は忘れない
何度眠っても
何度生まれ変わっても
あなたのぬくもりを
あなたをどんなに私が愛していたか
あなたがどんなに私を愛していたか
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