優しい雨
窓ガラスを流れ落ちて行く雨のしずくをジュリアスはそっとなぞっていた。
「今宵も雨だ・・」
ジュリアスはそう呟いて、クラヴィスに振り向いた。その様子をクラヴィスが目を細めて見つめる。クラヴィスの視線が自分に絡むのを感じて、ジュリアスがすっと視線を落とした。
重い扉をそっと引いて通されたクラヴィスの部屋。何度か訪れたことのあるその部屋が、今夜は何故かジュリアスの心にさざなみをたてる。慣れたはずの白檀の香りがジュリアスの心を掻きたてる。
今宵の私はどうかしている・・ジュリアスは、小さく唇を噛んだ。
視線の先には、柔らかいソファに沈んだクラヴィスの細く白い指。
クラヴィスもまた自分の想いを持て余していた。灰色に煙る聖地の風景を背にして、尚、日の光を一身に浴びるかのような、ジュリアスの神々しいまでの美しさ。ずっと諦めていた愛しいひと、そのひとが私の名を呼び、微笑んでくれる日がくるなど思ってもみなかった。
狂おしいほどのこの愛しい想いをどうすれば、おまえに伝えることができるのだろう・・クラヴィスは乾く唇を紅い酒で濡らした。
「私にもくれ・・」
ふいにジュリアスの指が、グラスを持つクラヴィスの指に触れた。視線の端で捕らえたジュリアスの瞳は濡れたように光って見える。私はもう・・。クラヴィスはグラスに残った液体を勢いよく呷ると、立ちあがってジュリアスの腕を引き、抱き寄せた。
「クラ・・」
ジュリアスの声はクラヴィスの唇に塞がれ、冷たい液体がジュリアスの口中に流しこまれる。眩暈がしそうなほどの甘い感覚は酒のせいか、それとも別の何かなのかジュリアスには分からなかった。ただ、息苦しいこの行為に嫌悪感も罪悪感もなくジュリアスは、クラヴィスを必死に受けとめていた。
クラヴィスは、ジュリアスの口腔をまさぐるのをその細い指に代え、白皙の首筋にくちびるを移していく。
「やっ・・クラ・・」
自分を襲うぞくりとした感覚にジュリアスの声が零れた。クラヴィスは、もう一方の手でジュリアスのしなやかな腰をなぞり、体を引こうと身をよじるジュリアスをきつく抱きしめる。
クラヴィスの息遣い、胸の鼓動を近くに感じる、言葉で聞かずとも分かるクラヴィスの想いをジュリアスは受けとめたいと思う。
クラヴィスのくちづけは唇から首筋へ何度も往復していく、ついばむように優しく、所有の印を刻むように深く。愛しさと切なさが交差して、今まで感じたことのないような自らの昂ぶりに、愛しているのはきっと自分の方だとジュリアスは思う。クラヴィスの願いならすべて叶えてやりたい・・きっとクラヴィスは自分を望んでいる、いや望んでくれているのだと。
「クラヴィス・・」
流されていく波の中で、小さく名前を呼んだ。
クラヴィスが顔を上げて視線を絡ませる。
「どうした?嫌か・・?」
心配気な低い声に、ジュリアスは首を振った。クラヴィスは小さく笑うとジュリアスの顔を両手で包んで言った。
「おまえを感じたい・・」
その言葉に、ジュリアスは小さく頷き、私もだ、と囁くように言った。
夜の帳が降りて、微かに雨音が聞こえる闇の守護聖の寝室で、長い時を越えて巡り会えた恋人達が甘い時を過ごしていた。
クラヴィスの絹糸のような黒髪にジュリアスは指を挿し入れ、自分から何度もくちづけをした。クラヴィスは幸せそうにそれを受けとめる。
今、ジュリアスは、クラヴィスを自分の中に感じていた。
「ジュリアス・・大丈夫か・・」
かすれた声で問うクラヴィスに、ジュリアスは瞳をふせた。
それを合図に、体に押し寄せてくる今まで感じたことのない熱波。くちづけられ、囁かれ、それは何度も繰り返されて、やがて目の前に白い雪が降る。
知らなかった、自分以外の誰かの手がこんなに優しいものだったなんて、誰かの体がこんなに熱いものだったなんて。
どれだけ時を過ごしたろう、ジュリアスが、瞳を開くと、心配そうに覗きこんでいるクラヴィスの瞳と重なった。
「・・愛されるというのは、悪くない・・」
とジュリアスが呟いた。
「そうだな・・」
クラヴィスが頷くのを見たジュリアスは、そっとクラヴィスの頬に手をやると少し眉を寄せて言った。
「そなたはもっと自分を好きになれ。」
その言葉にクラヴィスはフッと笑った。痛いところをついてくると・・。
「おまえの瞳に映る私なら、好きになれるかも知れぬ。」
ジュリアスは目を見開いて唇を噛んだ。
「・・そなたという奴は・・」
怒るジュリアスを抱き寄せながら、クラヴィスは感じていた。
聖地を赦し、守護聖を赦し、自分自身を赦せる日もそう遠くないのではないかと。
何しろ、こんな優しい雨の日もあることを知ったのだから。
「ジュリアス・・おまえが私を救ってくれた・・」
クラヴィスは、少し怒った顔の恋人に、長いくちづけをした。