崩壊

ジュリアスとクラヴィスが手放したものと引き換えに手に入れた宇宙の平穏も、この世のすべてのものに終わりがあるのと同じように、また終わりを迎えようとしていた。

月の曜日の朝、定例会議。

「・・ということで、いいだろう。くれぐれも、サクリアの需要量には気をつけておくように。少しでも異常があれば直ちに申し出るよう。」

ジュリアスのよく通る声が宮殿の広間に響く。

女王を戴くこの宇宙は、今限界の時を迎えようとしていた。

「それでは、これにて散会とする。」

ジュリアスの言葉にいち早く踵を返した鋼の守護聖が扉を開けようとしたその瞬間、目の前がゆらりと揺れた。天井の豪奢なシャンデリアの装飾が金属音特有の冷たい音を立てる。

「地震!?」

緑の守護聖が驚きの声を上げた時、今度は先程より数倍大きな揺れが起こった。地面が大きな力でねじられるようなそんな感覚。

「みなさん、頭の上に気をつけて!」

地の守護聖ルヴァの叫ぶ声が終わらないうちに、背丈の倍ほどもある神鳥の大理石像が大きく傾き、再び大きな揺れが襲った。

「ジュリアス――!」

誰かが首座の名前を呼んだが、大理石の砕け散る音がその声をかき消す。

轟音のあとの恐ろしいほどの静寂。

ジュリアスは、体にのしかかる重みを感じて我にかえった。そして、その重みが闇の守護聖のものだと気づいたジュリアスが小さく彼の名前を呼んだ。

「・・クラヴィス?」

ジュリアスの声に、クラヴィスは顔を上げ、その蒼い瞳を確認すると、一瞬紫の瞳を細めて微笑んだ。ジュリアスは、小さく息を吐いて立ち上がろうとした。

この時のジュリアスは知らなかった。自分の白いローブが赤く染まっていくのを。

「クラヴィス様!!いやあ〜〜〜」

緑の守護聖の悲鳴がその部屋に響き渡るまで・・

☆☆☆☆

「ご苦労だった、ふたりとも。しばらくはこのようなことはないはずだから、もう戻ってもいい。」

すっかり、闇の色が濃くなった光の執務室で、ジュリアスはオスカーとオリヴィエに告げた。

聖地で地震が起きるなどかつてないことである。主星自体、地震の多い星ではない。それに万一主星に地震が起こった場合、一時的に主星と聖地の空間を切り離すことが行われ、最悪の場合でも聖地の安全は保てられるようになっている。今回はそれが間に合わなかったのである。当然、聖地では起こらざるものになっていたから、さて地震が起きるとなると案外人も建物も脆い。死者が出なかったのが幸いであった。通常の惑星上では日常起こる小さな地震の事後処理に、結局 1日を要してしまった。

「これも、陛下のお力の衰えだと?」

オスカーはそのアイスブルーの瞳を曇らせた。

「そう思わなければなるまい、我らの宇宙はもう限界なのだ。それを陛下はおひとりで支えられている。そう遠くない将来、女王交替が告げられるだろう。そして、今度は宇宙を支えて行く女王ではなく、新しい宇宙を築く力を持つ女王を推戴することになろう。」

ジュリアスは躊躇しつつも、はっきりと言った。

「とりあえず、これから忙しくなるってことね。私達は私達のやるべきことをするだけ・・か。」

オリヴィエが、ため息をつきながら呟き、扉に手をかけた。オスカーもジュリアスに一礼をするとその後を追う。

ふいに背中から呼びとめられて振り向く。

「クラヴィスの様子は?」

「ああ、はい、出血がひどかったようですが、もう落ち着かれたようです。今は邸に戻られて、リュミエールが付き添っています。」

オスカーの答えにジュリアスが頷いた。

「・・そうか。今は大事な時期だ、守護聖に何かあるようなことがあってはならぬ。そなた達も自重するように。」

扉が静かに閉められる。

「ねえ、どう思う?」

宮殿の廊下を並んで歩きながら、オリヴィエの言葉にオスカーが、何がという顔をする。

「ジュリアスよ、時々思うんだよね。ジュリアスにとって私達って何なのかなって。」

「何ってそれは・・」

とオスカーは言いかけて、続く言葉が見つからない。家族?友人?同僚?オスカーが言いよどむのを苦笑いしながらオリヴィエが続ける。

「さっきのことだって、自分をかばってけがしたクラヴィスを心配してるって感じじゃなかったよ。私には、闇の守護聖がけがをすると困るって、聞こえた。」

オリヴィエはいつになく真剣な顔でそう言ったが、ジュリアスの片腕として、人一倍ジュリアスに心酔しているオスカーが、答えに困った顔をしているのを見て、オリヴィエは小さくため息をついて、いつもの明るい顔に戻る。

「それにしても、あんた。ジュリアス庇うの、クラヴィスに先越されてどうすんのよ?」

「ああ、実際驚いてる。俺でさえあの一歩に躊躇したんだ。まさか、あの人がな・・」

オスカーがあまり真面目な顔をして言うので、聞いたオリヴィエの方が慌てる。

「何言ってんの?たんにクラヴィスが 1番近かったからでしょ?」

「・・そうだろうか・・」

「そうさ、でもさ、クラヴィス、定例会議なんてめったに出ないのにね〜今日に限ってあんなことになっちゃうんだもん。・・あ、じゃあね、オスカー」

宮殿を出たところで、オリヴィエが手をひらひらと振って、別れて行った。

その背中を見送ったオスカーは、今朝のことを思い起こしていた。あの時、ジュリアスの名前を叫び、その体をかき抱き、身を投げたクラヴィスの姿、皆があまり深刻ではないのは、けががたいしたことなかったからだが、オスカーから見ればあれだけのけがですんだことは奇跡的だと言っていい。もしも、自分がクラヴィスの位置にいたとしてもたぶん間に合わなかったろう。そして、ジュリアスは致命的なけがを負ったはずだ。

「あの人は・・」

知ってた・・とオスカーは思う。あの人は占いに長けていると聞く、そしてそれが現実的なジュリアスの癇に障ることも。

たぶん、あの人はあの大理石像が倒れることを知っていて、ジュリアス様を庇ったのだ。どうして?何のために?ジュリアス様のことだ、占いで凶がでたから自重せよと言って、すんなりそれを受け入れるような人ではない。

じゃあ、どうする?自分なら側を離れず、守ろうとするだろう。

オスカーは、あの時ジュリアスの名を呼んだクラヴィスの声を思い返す。

あんなあの人を初めて見た。いつもは、聞き取れないほどの低く沈んだ声のあの人が発した悲鳴に似た叫び。

「クラヴィス様、あなたは・・」

オスカーは、パキンと乾いた音を立てて、庭木の枝を手折った。

夜の闇が聖地をゆっくりと呑みこもうとしていた。