暗夜
「α星系の惑星、ガーデイアン、炎のサクリアの吸収率が異常に高くなっています。このまま行くと、一両日中にもこの星は自爆することになります。」
女王補佐官デイアの悲愴な言葉に、その場にいた誰もが一瞬息を呑んだ。
「ならば早急に民の移住の手配を。」
オスカーが踵を返そうとした瞬間、ジュリアスの声が背中に届く。
「オスカー、もう、間に合わぬ。」
足を止め、振り向いたオスカーに、ルヴァが脇から声をかけた。
「α星系には、ガーデイアン以外に人の住める星がありません。」
「何だって!?じゃあ、どうすんの?」
いつもは明るい夢の守護聖オリヴィエが大きな声を上げた。
誰もがその問いの答えを聞くために、首座のジュリアスを見る。
「長い苦しみは与えぬ。」
ジュリアスはそう言って唇を噛んだ。その言葉に静まり返った広間に、ゼフェルの怒りに震えた声が響き渡る。
「殺しちまうのか・・?何にもできねえのかよ?俺ら守護聖なんだろう?何とかできねえのかよ!?」
「ゼフェル・・」
隣りにいたマルセルが涙声でその名を呼んだ。
「炎のサクリアが多いんだろ?ならそれを引き上げるか、水のサクリアを送ったらどうなのかよ!?」
「そうですよ、俺もそれがいいと思います。」
いつもは何だかんだと喧嘩の多い風の守護聖さえもゼフェルに賛成する言葉を吐く。
「ええ、理屈ではそうなのですが・・」
ルヴァの困惑した様子に、ジュリアスは首を振った。
「危険過ぎる。」
「何なのよ、ルヴァ。方法あるの?」
二人の様子を不審に思ったオリヴィエがルヴァの長衣の袖をひく。
小さなため息をついたルヴァは思いきったように言った。
「ええ、もう聖地からでは、間に合いませんが、ガーデイアンには衛星があります。そこから炎のサクリアを引き上げ、水のサクリアを送れば、或いは・・ああ、でも確率は低いですよ〜」
一瞬の沈黙の後、オスカーがアイスブルーの瞳をジュリアスに向けた。
「俺にやらせて下さい、リュミエールおまえは?」
ジュリアスの答えを待たずに、蒼ざめている水の守護聖に振り向く。
「私が・・お役に立つのなら・・」
消え入るような声、それでも彼の瞳ははっきりとその意志の強さを示している。
「許さぬ!!そなた達が命を落とすようなことになったら何とする!?」
ジュリアスの響き渡る怒声に、オスカーが急に気弱な声を出す。
「しかし・・」
「いえ、本当に危険なのですよ。既に、ガーデイアンは強大な炎のサクリアによって、世界大戦の様を見せています。それは、宇宙からの攻撃迎撃もあると思っていいでしょう。当然、衛星もその戦いの舞台になっているはずです。その危険な地でサクリアを操るということがどういうことになるのかおわかりでしょう?」
ルヴァが必死な形相をして、オスカーを見つめた。
「最悪、戦いに巻きこまれて命を落とすことにもなると?」
オリヴィエが小さく言った。
「それでも!俺は自分のサクリアで星が人が滅んでいくのを黙ってみてはいられない!」
「オスカー、あなたのせいではないのですよ。」
ルヴァの言う通りであった。
オスカーが炎のサクリアをガーデイアンに送ったことは事実だが、それは膨大なデータと綿密に計算によって割り出された量。星自体の炎のサクリア吸収率が何らかの原因により、高くなってしまったことが原因である。それもこの僅かな期間、王立研究院でさえ把握できないほど早い期間で。
「ジュリアス様、行かせて下さい!!俺はその何%かの確率にも賭けてみたいのです。お願いします。」
オスカーのアイスブルーの瞳が射抜くように、ジュリアスを見る。常日頃、ジュリアスの右腕と自他ともに認める炎の守護聖が初めてみせる態度に周囲は皆驚き、成り行きを見つめたが、ジュリアスはもう一度大きく叱責した。
「許さぬ!そんな成功率の低い賭けに守護聖の命を賭けることなど・・断じて!」
「ジュリアス様・・」
唇をかんだオスカーの隣でリュミエールが今にも涙がこぼれそうな顔をした。
静まり返った大広間、誰も言葉を口にはできない、自分のひとことが星を、星の何億の人を、或いは炎と水の守護聖を失くしてしまう結果になり得るのだから。
その時、重い扉がゆっくりと開いて、微かな風が入る。
「私が、共に行こう・・」
「クラヴィス!?」
ゆっくりと近づいてくる闇の守護聖の姿は、いつにも増して荘厳で威圧的な雰囲気を醸し出している。誰も目がそらせない。ジュリアスさえも、口を開けないまま、青い瞳を見開き、クラヴィスの顔を見据えている。
「あんた、傷はもういいの?」
オリヴィエがうわずった声で聞く。その問いに小さく頷いた闇の守護聖は、ゆっくりとデイアに向き合う。
「私が、オスカーとリュミエールと共に行く、危険があれば星ごと消滅させる。」
「クラヴィス!!」
思わず叫んだジュリアスに、クラヴィスはちらりと瞳を向けて、続ける。
「よいな、オスカーとリュミエールは私が必ず聖地へ帰そう。」
「そなたは、自分が何を言っているのか分かっているのか?どんな危険なことなのかということを。」
クラヴィスは小さく笑って、顔を歪めた。
「わかっている・・おまえが行かなければ私だろう・・」
「なっ、そのような意味ではない!」
星を消滅させる力を持つ者は、女王を除けば、光と闇の筆頭守護聖、ただふたり。クラヴィスは暗にジュリアスにこう言っているのだ。おまえの代わりに私が行くと・・。クラヴィスが共に行くのなら、オスカーとリュミエールは無事に戻れるだろう。それほどまでにクラヴィスの闇のサクリアは強大で強力なのだ。しかし、オスカーがサクリアの吸収に失敗して、ガーデイアンを消滅させなければならない時、クラヴィスは、その衛星からそれを行わねばならない。それもオスカーとリュミエールを先に聖地に戻してから、私ならきっとそうする。おそらく彼も・・。
そして、そうなる確率は高い、何しろ残された時間はあと僅かしかないのだから。
星ひとつ消滅させるということは、その星のマイナスエネルギーをすべて自分の体に受けとめるということだ、遠い聖地から行うその行為でさえ、心臓を鷲掴みにされ、奈落に引きずり落とされそうな感覚に苛まれ、その星の断末魔の叫びを耳奥で聞くことになるのだ。それをその星の衛星から行うなどと・・ジュリアスは考えただけで背筋が凍るような気がした。
そんな思いをクラヴィスに、させられない。
「だめだ・・ガーデイアンは私がこの手で、消滅させる!」
「ジュリアス様!!」
オスカーの嘆願の声にもジュリアスは頑として首を縦に振らない。そなた達は知らないのだ、星を消滅させるということがどんなことなのかをとジュリアスは心の中で叫び、震える瞳を閉じた。
やがて、それまで、成り行きを見ていたデイアがため息を落として、告げた。
「わかりました、闇の守護聖クラヴィス、炎の守護聖オスカーと水の守護聖リュミエールと共に、ガーデイアンへ赴くことを許します。陛下には私からそのように・・」
「デイア!」
驚く声を上げるジュリアスにルヴァがとりなす。
「あの〜ジュリアス、私もやってみるだけの価値はあると思いますよ。もしもこれが、光のサクリアなら、あなたはひとりでも飛んで行ったことでしょう?」
「そ、それは・・」
ジュリアスが口篭もる。そうだ、これが炎のサクリアでなく、光のサクリアなら、たとえ自分の命と引き換えてもガーデイアンを存続させようとするだろう。
そして、光のサクリアであれば、どんなに楽であったか・・ジュリアスは心の中で舌打ちをした。
「ジュリアス様、申し訳ありません。必ずガーデイアンを救ってみせます。リュミエール、準備を。」
「は、はい。それでは・・」
オスカーとリュミエールはジュリアスに一礼をすると、デイアと共に広間を早々に後にした。
「僕達にも何か手伝わせて下さい。」
少年守護聖達もある者はいそいそとある者は渋々と後に続いた。ジュリアス抜きで話が進んで行く時間。ジュリアスは唇を噛み、拳を握った。
広間に残されたのは、光と闇、夢と地の守護聖4人。
しんと静まりかえった広間に4人の息遣いだけが聞こえた。
このいたたまれぬ様子に焦れた夢の守護聖が地の守護聖の袖を引いて言う。
「私達も行こっか?オスカーに任せっぱなしは心配だしね〜」
「そ、そうですね〜」
躊躇いがちに言うルヴァをオリヴィエが引き摺るように連れ出して行く。
そのふたりの様子を見送ったジュリアスが、大きなため息をひとつついた。それを合図にするかのように、隣りに立っていたクラヴィスも踵を返してその場を離れようとした。
「私はまだ許してはおらぬ。」
「私が死んでもまた新しい闇の守護聖が召喚されるだけのこと・・」
「また、そのようなこと!そなたは昔からそうだ、守護聖という地位を軽んじている。」
「昔?おまえが私の昔をどう知っているというのだ。自分の昔も知らないだろうに・・」
「何?」
「・・おまえは自分を知らないということだ。」
クラヴィスの言葉に訝しげに眉を顰めるジュリアスに、クラヴィスは小さく笑みをむけると、扉に手をかけた。ジュリアスが引き止めようと後を追い、クラヴィスの右肩に手をかけた。
「くっ・・」
クラヴィスが小さくうめいた。思わずジュリアスが手を引っ込め、尋ねる。
「そなた、まだ傷が・・」
ジュリアスの心配そうな顔を見たクラヴィスは一転して口元に笑みを浮かべる。
「このような傷・・星のひとつやふたつ消滅させるのに大事はない。」
「クラヴィス!!私が代わる!」
ジュリアスの声に、クラヴィスは紫の瞳を細め、「首座がいなくなるのは困る。」とだけ言った。
広く長い廊下を彼の背中が小さくなって行く。その背中にかける言葉も見つからないまま、ジュリアスは立ちつくしていた。
変わりかけて来たふたりの距離
このまま何も言わないまま
私は、そなたを失ってしまうのだろうか?
遠く消えて行く微かな花の香り・・
ジュリアスは天窓からさす朝の光を見上げた。
声にならない言葉が唇で紡がれる。
それは、たった一言、死ぬな・・と。