| 幸せの理由 |
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ジュリアスはいちども口にしたことはない 瞳を閉じても歩いて行ける 一日の大半を過ごす聖殿や 夕刻まで笑い声の絶えない公園 静かだけれど寂しい森の湖 もう誰よりも長くここにいるジュリアスが 聖地のどの場所よりもこの場所を好むことを 誰も知らない・・たったひとりをのぞいては・・
丘に佇む金色の後ろ姿を見つけて、ああ・・やはり・・とクラヴィスは思った。森を抜けて、ゆるい坂道を登りきれば、そこは聖地を一望できる小高い丘。幼い頃はよくふたりでここに来た。 「風が吹くから、ここが好きだ。」 ジュリアスはそう言った。 下界から見れば天上の楽園が、時折自分たちを息詰ませることに、あの頃の私達は気付きはじめていた。心の奥に広がる、わけのわからない不安に指を繋いで堪えた幼いふたりは、ここから見える美しい聖地を日暮れまで見つめていた。 「私達の聖地だ。」 ある日、誇らしげにそう言ったジュリアスの横顔が、ずっと遠くに見えたのは、私達の間に生まれ始めた距離。触れるほど近くにいてもあんなに不安を感じたのは、近い未来の私達の別れを予感していたせいかもしれない。 「・・クラヴィス・・?」 かなり離れていたはずのジュリアスがいつのまにか私の目の前に立っていた 「どうしてここに・・」 ジュリアスはいつもより、幾分声を落として言った おまえがひとりで泣いているのではないかと思って・・と、言いかけて私はやめる。いつものような同道巡りの言い争いをこの場所ではしたくない。 「・・大丈夫か・・」 咄嗟に探し当てた言葉も、本当は言わずにおいておくはずの言葉だった。そんな私の言葉に、ジュリアスの蒼い瞳に、微かな戸惑いの色が浮かんだ。 「そなた・・ずっと見ていたのか?」 ジュリアスの言葉に私の胸の動悸が激しくなる。 「声をかければ良いものを・・もしや、呼んだのか?」 ジュリアスの問いに、私は自分が見当違いのことを考えていたことに気づく。そんな気恥ずかしさから、思わず顔をそむけて、冷たく、ああと言い放った。 「すまない・美しい景色に見入ってしまった・・」 ジュリアスは神妙な顔をして、すまなそうに言った。こんな顔をするジュリアスを最後に見たのはいつだっただろうか。そして、私は、ジュリアスの言葉に、嘘をつけ、景色など見てはいなかったではないかと心の中で呟く。 私の言わない言葉をまるで見透かしたかのように、ジュリアスは私に苦笑いを見せた。 「・・私が何かを考えてでもいると?」 ジュリアスはため息と共に言った。 「何か気にやむことでもあるのか?」 私の思いきった問いにもジュリアスは、微笑む。 「気にやむことなど・・あるはずがないのは、そなたが一番よく知っているはずだ。」 そう言ってジュリアスは驚くほど穏やかな笑みをこぼした。こんなに笑うジュリアスは初めてな気がする。そんなおまえの笑顔が私を不安にさせると言えばきっとまた一笑されるに違いない。 「何を気にやむことがある?・・このように平和で・・美しい宇宙に・・何の不満がある・・」 ジュリアスは、今度は自分に言い聞かせるように言った。その言葉とは裏腹などこか寂しげな横顔が、子供の頃のジュリアスを彷彿とさせて、私は言わずにはいられなくなった。 「おまえは・・相変わらずだな・・」 唐突な私の言葉に、ジュリアスは怪訝そうな顔を見せた。 「フッ・・相変わらず美しいな・・と言ったのだ。」 私の言葉にジュリアスは一瞬目を見開いて、くっと笑った。 「・・・私にそのようなことを言ってどうする。」 そう言って、ジュリアスは風になびく草の上に腰をおろした。私も少し離れて腰をおろす。 「まったく・・そなたは・・」 ジュリアスはもう一度横顔で笑った。ごまかしでも嘘でもない、おまえの他になにひとつ私の心を動かすものはない。けれどおまえはそんな私の心の奥を知る術もない。 ジュリアスはまだ笑っていた。それは、楽しそうに。 まるで遠い昔に戻ったようなそんな錯覚を私は覚えた。聖地に召還されたばかりのふたりは、たわいない話をしてよく笑った。それがあたりまえでなくなったのはいったいいつからだろうか。そんなことが脳裏に浮かんでは消え、消えては浮かんだ。 「クラヴィス・・私は、この宇宙を守るために、いったいどれだけのものを犠牲にしてきたのであろう。」 ふいにジュリアスはそう呟いた。 「・・何をいまさら・・おまえらしくもない。」 私の言葉にジュリアスは、哀しげな横顔を見せた。 「光の守護聖としての役目は充分とは言えぬが、私なりに果たしてきたつもりだ。しかし、ジュリアスという私は・・」 言葉が途切れ、その瞳が伏せられた。 「たったひとりの大切なものさえも失ってしまった。」 風の音にかき消されてしまうような声だった。 「・・それこそ、おまえらしくない。後悔などおまえには似合わぬ。」 もっと別の言葉を伝えたかった。けれど、それを言うには私達を隔てていた時間は長すぎて、私はあまりに臆病になりすぎていた。私の言葉に、ジュリアスは、小さなため息をついた。 「・・そうだったな。つまらぬことを言った。」 ジュリアスは、そう言って立ちあがるとゆっくりと私に背中を見せた。ゆっくりと、でも確実に遠くなって行く金色の影。 私は、その長い影を見送りながら、こうやって・・私達はまた離れて行くのか・・と胸の奥で思った。僅か数分前のジュリアスの笑顔が胸に浮かんで、伏せた睫に翳をおびたあの哀しげな横顔が、胸を締付けた。 「・・ジュリアス!」 私はその肩を強く掴んでいた。 「・・・・私は・・ずるいな・・宇宙が平和になったからといって、またそなたを求めるなど・・私はずるい・・」 「・・ジュリアス・・」 男にしては細すぎるその肩が、小さく震えていた。 「ずるいなどと・・それを言うなら私こそずるい。そなたの望む言葉を知っていながら、言わずに今日までいたのだから。」 「・・クラ・・?」 「もう、おまえを追うのはやめにしようと何度も思った。所詮、私のいるべき場所は、おまえの傍にはないのだと思っていたから・・私は、おまえの役には立たなかったであろう?」 ジュリアスは背中のまま小さく首を振った。 「・・守護聖として私が生きられたのは、そなたがここにいたからだ。宇宙の崩壊より、そなたがこの場所から消えてしまうことの方が恐怖だった。そなたが、ここにいたから、私は今日まで歩き続けることができた。振り向けば、きっとそこにいてくれると思っていたから・・」 そう言ってジュリアスは振り向いた。ほんの僅か下にある瞳。そうだ、子供の頃から、この距離はずっと変わっていない。 「ジュリアス・・」 「宇宙に平和が戻れば、また昔の私達に戻れる。そんな虫のよすぎることをずっと考えていた・・けれど、実際このような宇宙になって、そなたが許してくれる自信などもう私には、どこにもなかった。」 「許すなどと・・私は・・ジュリアス!」 思わず私はジュリアスの腕を強く引いて、瞳を合わせた。同じだった・・本心を言うには私達は言葉も足りず、ふたりの時間をあまりに無意味に使ってしまった。そう思えば、もう、一秒たりとも無駄にはできない。 「・・いつも・・こうしたいと思っていた・・」 抱きしめる寸前、ジュリアスは一瞬驚いたような瞳をしたけれど、私はもうジュリアスが何と言おうと、この腕を緩めるつもりはなかった。 「・・クラヴィス・・」 ジュリアスの腕が、私の背中を抱く。その腕の強さ、合わせた胸のぬくもりを、私は生涯忘れることはないだろう。 「愛している・・」 その言葉も・・。 ここがおまえの好きな場所 森を抜けて ゆるい坂道を登った 風の吹く小高い丘 ここは私の好きな場所・・ おまえと私 ふたりだけの秘密の場所 |