Snow Drops
夜通し降り続いた雪が、常春の聖地を一面の銀世界に仕立て上げた。
寝室の窓から見る風景は、すべて塗り替えたように常と違って見えて、
見慣れているはずの風景が、ジュリアスの心の中に、小さな心細さを生んだ。
「・・寒いな・・」
先程まで触れていた肌の温もりを探して、ジュリアスは思わず寝台の方へと振り向く。
寝台に横たわる恋人の紫の瞳は
もう――ずっとジュリアスだけを見つめていた。
「・・相変わらず、あまり、気に添わぬようだな・・」
自分の心を見透かすように告げた黒髪の恋人に、
ジュリアスは苛立ちを含んで、問いかける。
「・・何故、そのようなことを言う・・」
「・・おまえのことは、何でもわかる・・」
薄く笑うクラヴィスに、ジュリアスは一瞬眉を寄せ、再び窓の外に目をやった。
「私は・・わからぬ。そなたが何を望み、何を考えているのか・・」
「・・教えて欲しいか・・」
ふいに抱きすくめられて囁かれる。
微かにかすれた低い声に、体の奥が熱くなるのは、
いつのまにかなれてしまった甘い感覚で
「・・聞かずともよい・・」
ジュリアスは、言い捨てるようなその言葉で熱を冷まそうとした。
つれない奴だな・・と苦笑いを浮かべたクラヴィスは、
ジュリアスの肩に顎をのせ、雪に光る外の風景に瞳を移した。
「初めての夜も・・雪が降っていた・・」
白い風景が、二人の中で時を遡る。
「リュミエール、お前の気持ちもわかるが、もう手の施しようがなかったんだ。」
「いいえ、オスカー。私が赴くことができれば間に合ったのです。
何故!お許しくださらなかったのですか?ジュリアス様!」
「ジュリアス様を責めるんじゃない。すべては、おまえの身を案じられてのことだ。」
その蒼い水の星は、水のサクリアを受け入れることが出来なくなっていた。
何度、試みても撥ねつけられる水のサクリア。
研究院も為す術を見出すことが出来なかった。
「・・ですが、オスカー。私は出来うる限りのことを試みたかったのです。
次元回廊さえ開いて下されば、私はあの星が救えたはず。」
「・・そのようなこと、許されるはずなかろう!」
今まで黙っていたジュリアスの
苛立つ声がオスカーとリュミエールの間に
割って入った
誰もが
分かっていた
もうどうしようもない宇宙のひずみ
今度のことはその一片に過ぎない
「ジュリアス様・・」
哀しげに伏せられた瞳は、それでもジュリアスを責めることをやめない。
「リュミエール、もう・・」
オスカーが、今にも崩れ落ちそうになるリュミエールの肩先に
触れようとした瞬間、扉が開き、
光の部屋に黒い帳が降りる。
「クラヴィス様!」
ジュリアスの目の前を水色の髪が横切った。
追った視線の先には、白い指先に握り締められた黒衣
水色の絹糸のような髪が黒い髪に重なる。
それはまるで一枚の絵のようにも見えて
ずっと前から
そうすることが
あたりまえであるかのように
ジュリアスには見えた
わずかに眉を寄せたクラヴィスの顔がジュリアスを見つめる。
オスカーの後ろに立っているジュリアスの蒼い瞳は、
一度クラヴィスを見つめ、
そして、背中をみせた。
ひとり残された執務室
窓の外は、星の見えない漆黒の空
ジュリアスの金色の髪だけが
似つかわしくなく、輝いていた。
扉が開く気配がして
サクリアが近づいてくる
ジュリアスは心の中で大きなため息をつきながら・・
名前も呼ばずに切り出した
書類から目も上げずに、事務的に
「リュミエールは・・」
「・・邸に帰した・・」
クラヴィスの答えにジュリアスは頷く。
「・・まだ戻らぬのか・・」
「・・ああ・・」
ジュリアスの蒼い瞳は一度もクラヴィスを映そうとはしない。
「ジュリアス、何故私を見ない・・」
「クラヴィス・・今宵はもう・・」
「ジュリアス!」
クラヴィスは、ジュリアスの顎を掴むと、激しい口調で言った。
「リュミエールは、何ひとつ知らなかったのだな?
・・おまえが、一晩中、あの星にサクリアを・・」
「クラヴィス!」
どうして、おまえはいつも・・
クラヴィスは小さく息をつくと、ジュリアスの顔から手を離した。
知っている―――最後まで、ジュリアスは模索し続けていた。
たった一つのあの星を救うために。
人命はすでに安全に保護したのだからだと言う研究院の
再三の止める言葉も聞かず、
夜通し送り続けられた光のサクリア。
もう星を救うことは出来ないと分かってからも、
どうか宇宙の一片の欠片になっても光り続けられるように、
いつか時が来たら、また煌く星の素になれるように、
必死の想いで続けられた祈り。
誰も知らないジュリアスの想い。
それは、水晶球が見せた近い過去。
「・・安心せよ、話してはおらぬ。」
細められた深紫の瞳
あの時、
リュミエールの白い指先は、クラヴィスの肩に埋もれていた。
濡れた水色の瞳は、
クラヴィスだけを映していた。
自分もこの胸に飛び込めたら、自分の無力さを泣けたなら、
どんなに楽になれるのか。
想像もつかなかったけれど、それは逃れられない誘惑だった。
「クラヴィス・・もう、ひとりにしてくれないか。」
自分の思いを打ち消すように言った。
「そのような顔のおまえを置いて帰ることはできぬな・・」
クラヴィスは、ジュリアスの腕を掴むと、引き寄せた。
「クラヴィス!頼む!」
ジュリアスが体をよじって逃げようとした瞬間、
白い長衣は風を起こし、机の上に置かれた薄ガラスの水差しは、
あっけなく、大理石の床の上で破片となった。
「つっ・・!!」
咄嗟に座り込んで拾おうとしたジュリアスの白い指先が血に染まる。
「ジュリアス!」
指先をクラヴィスが掴む。
痛い――
でもそれは指先の痛みではない、
胸の奥に刺さった小さな刺の痛み。
守護聖として無力な自分、
もう、隠せないクラヴィスへの想い。
「・・私らしくないな・・クラヴィス・・」
ジュリアスは諦めたようにそう言って、微笑んだ。
「フッ・・そうだな・・」
クラヴィスの微笑みに、ジュリアスは瞳を閉じた。
今なら、許されるだろうか――
雪のせいにしてその腕を求めることを
ジュリアスはそっとクラヴィスの肩先に
額を押し当てた
「ジュリアス・・・?」
「・・黙れ・・」
クラヴィスは肩先にジュリアスの重みを感じながら思う。
唇を重ねるのではない
抱きしめるのではない
愛の言葉を囁くのではない
これで
これだけでいいのか
おまえの想いはこれで
終われるものなのか
愛されているのは
知っていた
いつも蒼い瞳に
見つめられていたから
そして
私もずっと愛してきた
不器用な優しさも
頑なまでの誇りも
私達の生き方は
違うけれど
いつか重なる
そう信じてきた
これで、おまえは
終われるのか
私の言葉も聞かないで
また冷たく光る回廊を
戻るのか
「・・すまない・・忘れてくれ・・」
ジュリアスはクラヴィスから体を離すと、窓の傍に立った。
「・・できぬな・・」
できるわけがない――
おまえをこんな冷たい夜にひとり残すことなど
「・・今宵の私はどうかしているのだ・・」
窓ガラスに映るジュリアスは、
降る雪の中にたった一人佇んでいるように見えて、
流れるように落ちる雪は
まるで流すことを許されなかった
その涙のように思えた
クラヴィスは、駆け寄り、背中から抱きしめた。
「・・クラヴィス・・?」
「・・ひとりで・・泣くな・・」
「・・泣いてなど・・いない・・」
あれから何度目かの雪の夜を越えて、私達はやっとここまで来た。
「ジュリアス・・私の望むものはたったひとつ・・おまえだけだ。」
「・・知っている・・」
「あの夜・・そなたの触れる指先が震えていたから・・」
ジュリアスはそう笑った