てんびん座の長い休日

その日、夢の守護聖は朝から不機嫌だった。お気に入りの朝シャン用のフルーツの香りのシャンプーは切れてるし、いつものマニキュアも上手く塗れない。

「あ〜やだ、やだ・・」

ぶつくさ言いながら、テーブルに、フレッシュジュースと置かれた聖地新聞を手に取った。

人気コーナー「メルの今日の運勢」に目をやると、てんびん座、最悪です。周囲に振り回される予感、気をつけてね!と書かれてある。

メルの甘い笑顔が目に浮かぶ。

「最悪っ、こんな日は外に出ないに限るわ。」

ため息をつきながら、ジュースに手を伸ばす。

「ブハッ!すっぱ〜」

夢の守護聖お得意のフレッシュジュースの配合も今朝は上手くいかなかったようである。

 

「いやだね〜全く、こんな日に・・」

宮殿の長い廊下を花の香りを撒き散らしながら、歩いているのはオリヴィエ、ついてない日はとことんついていない。昨日、リュミエールからもらった生菓子を執務室に忘れてきてしまったのに気付いたオリヴィエは、誰もいないはずの休日の宮殿にやってきたのである。

「あんな美味しいリュミちゃんのお菓子、腐らせちゃあ、それこそ不運だわ。」

とオリヴィエは、夢の執務室へと足を早めようとして、ふとある部屋の前で聞こえてきた話し声に足を止めた。

「ジュリアス?いるんだ・・」

光の執務室の扉をわずかに開くと、奥から声が聞こえる。挨拶のひとつでもと思ったが、変に小言でも言われちゃあ敵わない。そろそろと後ずさりで部屋から出て行こうとしたオリヴィエは、その聞こえてきた声に愕然とした。

「あ・・っ、そこは・・」

ジュリアスの困ったような声が聞こえる。

「・・ここ・・か?」

「だ、だめだ・・うまく行かぬ。」

「だが、ここしか入れる所はないであろう?」

「そ、それは、そうだが・・」

な、何、何の話?上手くいかないって、入れるって何?もの凄いことを想像したオリヴィエは、小さく扉を開けて、廊下に出る。扉の隙間に耳を寄せた頃には、すでに、書く方も赤面するような凄い場面を想像してしまったオリヴィエ。

ちょ、ちょっと、待ってよ〜ジュリアス、そ、そりゃあ、休日に執務室っていうのも悪いシチュエーションじゃあないけどさ。今度使おうとオリヴィエが思ったかどうかは定かではない。

「もっと、こう、優しく入れてくれないか?」

ジュリアスの苛立つ声。

「うっ・・」

微かに聞こえるうめき声。

ごくりと唾を呑みこんだオリヴィエは、次の言葉でさらにぶっ飛ぶ。

「いい・・クラヴィス。」

嘘――――!?ク、クラヴィス〜!?クラヴィスって、あのクラヴィス?オリヴィエの頭の中には、ふたりの姿が走馬灯のように駆け巡る。職務怠慢だといつもクラヴィスをせっつくジュリアス、嫌味で応酬するクラヴィス。聖地中の誰にこんなふたりの姿が想像できるのだろうか?

そう、想像できるのは、これを読んでいるお嬢さん達だけ。

能ある鷹は爪隠すって言うけど、まさに見事な隠し方だわと、全く違う方向で納得してしまうオリヴィエ。そんな彼をよそにどうやら部屋の中では、どんどんと話が進んでいるようである。

「違う・・もっとこう・・まわすように。」

「黙れ・・気が散る・・」

「あっ・・」

「んっ・・もう少し・・」

中腰で聞き入ってたオリヴィエは、そろそろ足が痺れてきた。膝をひとつ伸ばして、本腰を入れて、聞く態勢に入ろうとしたオリヴィエは、長い廊下の向こうに赤い髪の男を見つける。見間違うことない炎の守護聖オスカーである。立ちあがったオリヴィエが、大きく手を振ってオスカーの視界に入る。オリヴィエを見つけたオスカーが、声を上げようとした途端、オリヴィエが、人差し指を自分の口に当てて、「静かに!!」と口でパクパクする。オスカーもそこは心知った同期のよしみである、オリヴィエの意を汲み取ると、抜き足差し足、近づいてくる。こういう所では、変に気の合うふたりである。

「何してるんだ?」

眉を顰めたオスカーに、オリヴィエが「ここ」と光の執務室を指差す。訝しげな顔を見せるオスカーは、それでもオリヴィエのジェスチャーで何事かを察して、扉の隙間に顔を寄せる。隙間から見えるのは彼が敬愛してやまない光の守護聖の執務机と主のいない椅子。光を司る美しい人の姿は見えない。

「い、痛いではないか?」

いきなり聞こえてきたジュリアスの声にオスカーが反射的に飛び出しそうになる。そこをオリヴィエが体を張って止めに入る。

「す、すまぬ。」

聞こえてきた間違いようのない闇の守護聖の声。

オスカーが目を見開いてオリヴィエを見つめた。大きく頷く夢の守護聖。オスカーとオリヴィエは重なるようにして、膝をついた。

「ジュリアス、足が邪魔だ・・」

「ああ。」

「このようなこと、初めてなのだから。」

「私とて初めてだ。」

ゴクリ、扉の外のふたりは自分の唾を呑みこむ音に思わず赤面してしまう。今、初めてって言ったよね、やっぱりね〜そうだと思ったわとオリヴィエは妙に納得する。

「傷をつけないでくれ・・」

ジュリアスのせつない声が聞えてくる。

ああ、ジュリアス様、あなたを傷つける者は私が・・立ちあがりそうになるオスカーをオリヴィエが引き寄せる。

「馬鹿だね〜何、興奮してんのよ。」

オリヴィエに言われて、頭を掻くオスカー、ふと何か思いついたようにオリヴィエに囁く。

「リュミエールも呼んでいいか?」

へっ?とした顔のオリヴィエに、オスカーが笑う。

「いや、俺達、同期の桜だろ?」

「何、訳わかんないこと言ってるのよ?うん、まっ、リュミちゃんにも教育の一環として見せてあげてもいいわね。」

こっちも訳わからないオリヴィエの言葉に、オスカーはシャツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、ピ・ポ・パ。少し離れた所で何事かこそこそと話している。

「リュミエールもすぐに来るらしいぜ。」

「そう。」

頷きながらもオリヴィエの耳は、光の執務室の中の様子に釘づけである。

「クラヴィス、そこはだめだと・・」

ため息混じりのジュリアスの声。

「ここ・・か?」

甘いクラヴィスの声。

「ん〜たまらんなあ〜」

すっかりオヤジの入っているオスカーの腕をオリヴィエがつねる。その痛みに顔をしかめながら、クラヴィス様〜お願いしますよ〜と祈るオスカー。

 

どうやら暇をもてあましていたらしいリュミエールが、デバガメ仲間に入ったのは、それから間もなくのことである。

「リュミちゃん、えらく早かったわね。」

驚くオリヴィエに、「ええ」と慈母のような微笑を浮かべてリュミエールは言った。

「馬車をぶっ飛ばして、やって参りました。」

「そ、そう・・ぶっ飛ばして・・ねえ。」

思わず顔を見合すオスカーとオリヴィエに、リュミエールは手に持って来たバスケットの中から何やらごそごそと取り出す。軽くつまめそうなサンドイッチやらワイン、チーズまである。

「な、何よ、これ?」

「いえ、オスカーに事情を聞いて、必要ではないかと・・ああ、オスカー、これ頼まれた物です。」

後からおもむろに取り出したのは、何と折りたたみデイレクターチェア、しかも三脚。

「ああ、すまない。」

ひょいと受け取ったオスカーは手早く椅子の形に作ると扉の前に並べる。

「あんた達ね〜。」

呆れたオリヴィエに、「いや、まだ時間がかかりそうだからな。」とオスカーがのたまう。まあ、オスカーの言うことも一理あるわと、オリヴィエもその中のひとつに腰を下ろした。

「それで、中の様子は・・?」

リュミエールがワインを紙コップに注ぎながら、心配そうに尋ねる。

「どうもこうもクラヴィスもジュリアスもじれったくてしょうがないわ。」

なかば自棄ぎみにオリヴィエは、ハムのサンドイッチにぱくつく。

「ふう〜そうですか・・このようなことならば、私が、もう少ししっかりとお教えしておけば・・」

深いため息をついて、瞳をうるますリュミエール。思わずオリヴィエは、サンドイッチを喉に詰まらせ、それを急いでワインで流し込んだ。

「おまえのせいではない。それを言うなら俺もジュリアス様に、もっと、こう、ちゃんと、手取り足とりな。」

続くオスカーの言葉に思わずせきこみそうになったオリヴィエは、口を抑えて涙ぐむ。

「もう、あんた達、うるさい!馬鹿話ならあっちでしてよね。」

オリヴィエの声にリュミエールとオスカーが肩をすくめて、瞳を合わせた。

「この説明書によると、やはりこの穴に入れるのは間違いないらしい。」

ジュリアスの毅然とした声に扉の外の3人はアチャ〜と顔をしかめた。ムードも何もあったものではない。そうよ、そこしかないんだから。オリヴィエの声にならない叫びが上がる。

「待て、ジュリアス。入らぬ場合は油を塗れと書いてある。」

「じゃあ、早く塗ってくれ。」

ああ、ジュリアス様〜そんな居丈高な態度で・・よよよっと嘆くリュミエールは、ふと何か思いついたようにオスカーの袖を引き、耳打ちした。

「あの〜つかぬことをお聞きしますが、どちらがその、どちらなのでしょうか?」

どちらが攻めか受けかとリュミエールは聞いているのである。オスカーとオリヴィエが眉を寄せた瞬間、部屋の中から大声が上がった。

「だめだ、だめだ!クラヴィス、代わろう。今度は私が入れる!」

驚く扉の外のデバガメたち。なに〜!?そんなに簡単に代われるものではないぞ。オスカーが拳を握り締めた。

「あ、ジュリアス・・そこだ・・」

「ほら、やっぱり私の方が上手いぞ。」

「うむ、もう少しだ・・」

「あっ。」

「うっ・・。」

「あっ!」

「あ!」

「ウッ!」

最後の声はオスカーである。

すっかり感情移入してしまったオスカーがたまらずオリヴィエとリュミールを両腕で抱く。

「ちょっと〜何、発情してんのよ?」

オリヴィエに、はたかれ、リュミエールには軽蔑の眼差しで睨まれる。

「ああ、恋の狩人と言われた炎のオスカー様もこうなっちゃあおしまいだぜ・・」

ぶつぶつ呟くオスカーにオリヴィエは首を振る。

「あんた、だいぶ溜まってんだね、勝手にやってなさいよ〜ああ、リュミちゃん、相手にしなくていいからっ。」

「そ、そうですね・・」

リュミエールは憐れむような顔をオスカーに向けるとまたすぐに、扉に耳を寄せた。煩悩とは一番離れた場所で生きているような彼もなかなかどうして、嫌いではないらしい。

光の執務室の中では、そろそろクライマックスの様を呈してきた。

「んっ、クラヴィス、今度はそなた、上手く入れてくれ・・」

「ああ・・」

「んっ・・」

「ああ・・」

「もっと上だ・・いや下だ・・」

「ここか?」

「あっ、クラヴィス!いい・・」

手に汗握る扉の外の守護聖達。

一瞬の沈黙の後、ジュリアスの囁く声が届く。

「・・そなた、上手くなった・・」

扉の外、一同ため息〜やれやれやっと、お出来になったのですね〜すっかり、保護者と化してしまった3人組。

しかし、次の瞬間、部屋の中から聞こえてきた信じられない言葉。

「フッ、一度できれば後は同じだ、これなら何百回でも出来そうだ・・」

ひえ〜クラヴィスってば、すごお〜い!!

ともあれ、ふたりの初体験を祝おうとワインのニューボトルが開けられる。

「あ〜一時はどうなるかと思ったわよ〜。」

そう言って、オリヴィエが、コップのワインを一気に呷る。

「本当に・・」

リュミエールが頷く。

「それにしても、まさか、あの方達がな・・」

感慨深げなオスカーである。

「そうですか?私はジュリアス様はクラヴィス様だと踏んでおりました。」

リュミエールがさらりと言う。

「どうしてだ?俺だとは思わなかったのか?」

そう言うオスカーの口を手で抑えたオリヴィエが興味深そうな顔をリュミエールに向けた。

「え!?どうしてリュミちゃん。」

オリヴィエの言葉に微笑んだリュミエールが口を開きかけた。

「それは・・」

オリヴィエとオスカーがリュミエールの言葉に身を乗り出した途端、背中から、変に間延びした声がした。

「何してらっしゃるのですか〜?」

地の守護聖、ルヴァである。彼はすっかり盛り上がっている3人の、足元に転がるワインの空瓶を拾い上げながら言った。突然の登場と言っても、彼らが気付かなかっただけなのであるが、ルヴァの声に思わずデイレクターチェアから転げ落ちそうになった3人は、声を合わせて、「ルヴァ!・・さま。」と言った。

「こんな所で酒盛りとは変わっていますね〜。」

「おっさん達もほんと暇だなあ・・」

ひょこりと出てきた鋼の守護聖ゼフェルの登場に、3人は声も出ない。

「ゼフェル?」

ゼフェルは3人には興味もないように、するりとその脇を抜けると、光の執務室の扉に手をかけようとした。

「だ、だめ!!今ちょっと、取りこんでるみたいだから・・」

オリヴィエの慌てた声に「ん?」と、ゼフェルが振り向く。

「あ、あの〜ゼフェル、今はちょっと・・」

「そ、そうだ、ゼフェル、俺と公園にでも行かないか?」

肩に回してきたオスカーの手を振りほどいたゼフェルは、訝しげな顔をして、吐き捨てるように言った。

「ルヴァ、行こうぜ。春になると変な奴らが増えて困るぜ。」

「え、ええ、お大事に・・」

ルヴァは、慌てふためく3人に、気の毒そうな顔を見せた。

そして、光の執務室の扉は全開にされた。

耳を澄ます扉の外の3人。

「・・待っていたぞ、ゼフェル・・」

聞こえてきたジュリアスの声に、顔を見合わすデバガメ達。

「なんだ?」

「上手く出来たと思うが、これでよいのか・・?」

尋ねるクラヴィスの声。

「何をそんな小僧に聞いてんですか?俺に聞いてくださいよー。」

と歯ぎしりしているのはオスカーだけ。

オリヴィエとリュミエールはこの状況をすでに訝しく思っていた。

「そうそう、オスカー達も来てるんですよ〜。」

近づいてくる足音にやばいと思ったときすでに遅く、いきなり開かれた扉に、部屋の中へと3人は転がり入ってしまった。

「そなた達?」

ジュリアスの大声が上がった。

目を上げた三人の瞳の向こうには、何やら組み立てているゼフェルの姿とクラヴィスの長い影。

「ルヴァ様、何を?」

床に座りこんだリュミエールがか細い声で問う。

「ええ、ジュリアスがね、アンテイ―クの組みたて式のチェステーブルを購入したんですが、なにぶん古いもので、ネジなんかがゆるんでましてね〜私とクラヴィスとで組みたてていたんですが〜らちがあかないので、ゼフェルを呼びに行ったところだったんですよ。」

し〜ん・・

「え!?じゃあ、何、あの入らないとか足が邪魔だとかっていうのはもしかして・・」

「あ?ああ、なかなかこのネジが入らなくてな・・このネコ脚は装飾的には美しいが組みたてには邪魔だった。」

ジュリアスが答える。

「あ、あの初めてだとか、油だとかとは?」

「あ、ああ、私もクラヴィスも、このような物を組みたてるのは初めてで、少々手間取ってしまった。錆付いたネジは、油をさすと良いとこれに書いてあった。」

ジュリアスがかかげたのは、「組みたて方のマニュアル」再びし〜ん。

「まあ、ゼフェルが来てくれたので、助かったが・・」

ジュリアスがほっとため息をついて、後で何やらやっているゼフェルに振りむいた。

「よし、これで完璧だぜ。」

ゼフェルが手にしていたドライバーをカタンと置いた。部屋の奥には、見事なチェステーブルが完成していた。テーブル自体がチェス盤になっていて、チェスの駒が常に置かれている、あれである。

「さすがですね〜ゼフェル。」

「うむ、世話をかけた。」

手をたたくルヴァと微笑むジュリアスに、まんざらでもないような顔をするゼフェル。

呆然とする年中3人組に、ゼフェルはクッと笑うとジュリアスに向かって言った。

「変な奴らに誤解されねえように気をつけなよ。」

「ん?」

見ると横に立っているクラヴィスも、フッと肩を揺らしている。

やば〜い空気を察した3人が部屋から出ようとした所に、ジュリアスの声が届く。

「待て、そなた達!!」

ジュリアスに厳しく問い詰められて、オスカーが事の次第をしどろもどろと話す。

その信じられない話に、ジュリアスがわなわなと唇をふるわせて、激怒したのは言うまでもない。

「そなたらは、いったい何を考えておるのだ!!そもそも守護聖と言うものはだな・・」

こってりと絞られた3人組。

「だいたい、おまえのせいだ。」とその後で、オスカーとリュミエールにさんざん苦言を呈されたのはオリヴィエの不運としか言えない。

せっかくの休日をジュリアスの小言と、オスカーとリュミエールの文句とで終わることになったオリヴィエにさらなる追討ちがかかる。

「ああ、オリヴィエ。昨日、帰りにあなたの執務室に寄ったら、生菓子が忘れてありましたよ〜腐らすのもよくないと思いまして、頂いておきましたから〜」

ルヴァがにっこりと笑った。

「えー!?」

「リュミエールのレモンパイは絶品ですからね〜」

うんうんと頷くルヴァにオリヴィエは声も出ない。

「本当に今日はさいあくだわ。」

 

その頃、メルは明日の聖地新聞の自分のコーナーの執筆に勤しんでいた。

「えーと、てんびん座、あ!明日も最悪だよ。オリヴィエ様〜ごめんなさい〜。」

メルの占いコーナーは今日も絶大な信頼と人気を誇っている。

Fin